慶應義塾

【特集:青少年とスポーツ】座談会:よく遊び、よく学んで、強くなる

登場者プロフィール

  • 佐々木 玲子(ささき れいこ)

    研究所・センター 体育研究所教授

    1982年お茶の水女子大学文教育学部卒業。84年同大学院人文科学研究科修了。 博士(学術)。 お茶の水女子大学文教育学部助手を経て、87年慶應義塾大学体育研究所助手。 2002年より現職。専門は発達動作学、 バイオメカニクス、身体教育学等。こどもの発達とスポーツの関連を研究。

    佐々木 玲子(ささき れいこ)

    研究所・センター 体育研究所教授

    1982年お茶の水女子大学文教育学部卒業。84年同大学院人文科学研究科修了。 博士(学術)。 お茶の水女子大学文教育学部助手を経て、87年慶應義塾大学体育研究所助手。 2002年より現職。専門は発達動作学、 バイオメカニクス、身体教育学等。こどもの発達とスポーツの関連を研究。

  • 上田 誠(うえだ まこと)

    一貫教育校 高等学校英語科教諭一貫教育校 前高等学校野球部監督経済学部 卒業

    塾員(1981経)。1990年より慶應義塾高等学校教諭。91年同校野球部監督。 99年アメリカUCLAに野球留学。2015年まで監督を務め、計4回の甲子園出場を遂げる。 神奈川学童野球指導者セミナー代表。 著書に『エンジョイ・ベースボール』。

    上田 誠(うえだ まこと)

    一貫教育校 高等学校英語科教諭一貫教育校 前高等学校野球部監督経済学部 卒業

    塾員(1981経)。1990年より慶應義塾高等学校教諭。91年同校野球部監督。 99年アメリカUCLAに野球留学。2015年まで監督を務め、計4回の甲子園出場を遂げる。 神奈川学童野球指導者セミナー代表。 著書に『エンジョイ・ベースボール』。

  • 松永 浩気(まつなが こうき)

    一貫教育校 幼稚舎教諭一貫教育校 高等学校庭球部監督環境情報学部 卒業

    塾員(2007環)。在学時は慶應義塾体育会庭球部主将。大学卒業後は 三菱電機ファルコンズと選手契約を結び、プロテニス選手として海外ツアーを転戦。 2012年より幼稚舎教諭。庭球三田会常任幹事。

    松永 浩気(まつなが こうき)

    一貫教育校 幼稚舎教諭一貫教育校 高等学校庭球部監督環境情報学部 卒業

    塾員(2007環)。在学時は慶應義塾体育会庭球部主将。大学卒業後は 三菱電機ファルコンズと選手契約を結び、プロテニス選手として海外ツアーを転戦。 2012年より幼稚舎教諭。庭球三田会常任幹事。

  • 大谷 俊郎(司会)(おおたに としろう)

    看護医療学部 教授

    塾員(1980医)。整形外科医。都立大久保病院整形外科医長等を経て、 2006年現職。07年大学院健康マネジメント研究科教授、医学部スポーツ医学総合センター兼担教授。 博士(医学)。 専門は膝関節外科、スポーツ医学、バイオメカニクス等。慶應義塾体育会バスケットボール部部長。

    大谷 俊郎(司会)(おおたに としろう)

    看護医療学部 教授

    塾員(1980医)。整形外科医。都立大久保病院整形外科医長等を経て、 2006年現職。07年大学院健康マネジメント研究科教授、医学部スポーツ医学総合センター兼担教授。 博士(医学)。 専門は膝関節外科、スポーツ医学、バイオメカニクス等。慶應義塾体育会バスケットボール部部長。

2020/03/05

画像:2018年夏の甲子園大会での慶應義塾高校野球部

成長期のスポーツ障害

大谷

今日は「青少年とスポーツ」について皆様と話し合っていきたいと思います。

皆様、慶應のスポーツ、そして体育教育の現場で大活躍をされている、あるいはされてきた方々なので、最初に、 それぞれご自分の日々のフィールドで感じられている、こんなことが今問題なんですよ、ということがあれば話題にしていただければと思います。 上田さんからお願いできますでしょうか。

上田

私は5年前に慶應義塾高校野球部監督を退きました。高校監督在任中に感じたことで言えば、やはり、慶應高校に入ってきた選手は、内部進学の子も含めて、ものすごくケガが多いのです。 特に肘、腰、膝ですね。どちらかというと中学時代に痛めた箇所の再発が多く、高校在学中に手術をした選手も多くいました。

この前のドラフトで大学野球部から楽天に入団が決まった津留崎大成選手も、高校2年までは順調でしたが、3年になったら肘が痛くて投げられなくなり、結局、トミー・ジョン手術(側副靱帯再建術)をしました。 その後、大学で花開いてプロに行けたのでよかったのですが、そのような選手もいるのです。

そういった選手に聞いてみると、「中学校時代、夏休みに1週間で5試合全部1人で投げた」とか言うわけです。 そのときも痛かったのに、無理をして投げ続けて高校で再発する。

それから、現在、私は大学野球部でコーチをしていますが、故障している選手を医者に連れていって話を聞くと、「小学校時代から土日の度に3試合投げていました」と言う。エースですからね。 そのように肘を酷使してきた子が、高校時代もケガをし、大学でもケガをして、最終的には手術をすることが多いのです。

これは野球界全体で考えなければいけない問題なのに、各競技団体だけで対策を練っているので、一向にその先に進まないという問題もあります。

大谷

これは古くて新しい問題ですね。 指導者も選手を壊したくてやらせているわけではないのでしょう。 子供たちは「投げたい」と言うし、保護者の方も、やはり「わが子を勝たせたい」という気持ちが強いので、指導者は、そういった本人やご家族のご希望を抑え込んで休ませることが、非常に難しいのではないかと思うのです。

ただ、一方で今のお話を伺うと、明らかにやり過ぎています。成長期に肘が壊れてしまうと取り返しがつかない後遺障害を残すことになるからです。 そのあたり、テニスではどうですか。

松永

高校テニス界で昨年話題になったのは、インターハイ(高校総体)のルールが途中で変更になったことです。 テニスの場合、団体戦を先にやり、その次の日から個人戦が始まります。 ですから、団体戦も出場し、個人戦のシングルス、ダブルスとある選手は疲労困憊の中で戦わなくてはいけないのです。

そのような日程の中、昨年は猛暑でしたので、団体戦の最中に熱中症で何人も倒れて救急車で運ばれる事態になったのです。 そこで対策を練る中で大会側が出した結論は、長年、決勝と準決勝はスリーセットマッチでやっていたものをワンセットのエイトゲームマッチで行うことでした。

インターハイの個人戦は1日4試合もやるんですね。私も高校時代にそれを経験し、全身痙攣で救急車で運ばれたことがあります。 これは絶対に無理だろう、と誰もがわかっているにも拘らず続いていたのですが、昨年ようやく少し変化がありました。

まだ根本的な改善にはなってはいないのですが、多少、選手寄りに変更してきたということで、また来年以降変わっていけばいいなと思っています。

大谷

スリーセットマッチとエイトゲームマッチでは、試合にかかる時間はどのくらい違うのですか。

松永

スリーセットマッチでフルセットになると、長い場合だと4時間近くになることもあります。 でも、エイトゲームだと長くても1時間半から2時間ぐらいです。

大谷

熱中症以外に練習のし過ぎなどで肘や肩を壊すというようなことはあるのですか。

松永

はい。やはり肘と手首が多いです。あとは腰、下半身ですね。

部活動の「やり過ぎ」の問題

大谷

佐々木さんはいかがでしょうか。

佐々木

一昨年、スポーツ庁で部活動の「やり過ぎ」が問題になりました。 私も「練習はどのぐらいの長さが適正か」を提言する議論に少しだけ関わりました。

子供たちの中には、もちろんスポーツをやらない子もいます。 しかし、やっている子は「やり過ぎ」ということもよくあり、2極化しているのです。 ですので、週に2回は必ず休んで1回の練習は2時間以内とか、目安をつくらないと、勝つために際限なく練習をすることになります。 そこで、何かしらの目安になるものを私たちが提案したのです。 やはり部活動の練習時間の長さというのは確実に問題になっているのですね。

でも、なかなか数字では決められないところもあります。海外の事情もいろいろ調べたのですが、そもそもシステムが違ったりするので、あまり参考にならないのですね。

大谷

健康マネジメント研究科で、修士課程の学生が中野区の中学校で部活動の全数調査をしたことがあります。 問題としては、まず指導者の数が非常に限られていて、かつ、その指導者が部活動に関わる時間もないぐらい忙しい。 そして、試合は土日が多く、それに全部関わらなければいけないと。

佐々木

もうブラックなんです(笑)。 指導者の先生もその種目の専門ではない方が見ているのが大半で、本当に疲弊している状態ということが多いようです。 ただ、外部に頼むとまた、資質はどうかという問題もあり、難しいところがあるのですね。

日本スポーツ協会などでも、指導者は、その種目のスキルを指導するだけではなく、人間的にと言いますか、指導者としてのベースをつくることが重要と言っています。 そこで、指導者養成のシステムを変えて、アクティブラーニングなども取り入れているようですが、全国の学校にまで浸透するのはまだ難しいのかなと思います。

大谷

上田さん、松永さんも現場で指導されていて、よく体験されていることだと思いますが、指導者の影響力というのは子供だけではなく、たとえ相手が大人であっても、いい意味でも悪い意味でも非常に大きいですよね。

だから、指導者の資質というのは、その競技の経験値さえあればいいというものでは決してなくて、やはり教育者としての視点を持っていないといけないわけです。 だから、そう簡単ではないと私も思います。 一方で、よく「一度は高校野球の監督を経験してみたい」と言う人がいるように、非常に魅力的なフィールドであることもまた間違いない。

そのように指導者の養成は極めて重大な問題ですが、慶應義塾の場合、例えば上田さんや松永さんのように、たくさん資質の高い方がいらっしゃるので、恵まれていると思います。

佐々木

慶應の場合、卒業生の方がフォローしてくださることも、すごく大きいなとつくづく思います。

大谷

スポーツをやらない子供もいるという話も出ましたが、例えば幼稚舎生の体力は落ちていると感じますか。

松永

私もここ10年ぐらいの経験値しかないのですが、感覚的にはそれほど下がっているとは感じませんね。

上田

慶應の下から来る子は意外といいのではないですか。慶應は幼稚舎を含めて、運動に対しての理解がものすごくある。 例えば普通部や中等部も週に複数回、適度に複数の部を兼部できる。 良いシステムをつくっていて、生徒が高校に上がり、その子が大学までスポーツをやることを目標にしているので、これは良い傾向だと思います。

大谷

慶應ではよく「先ず獣身を成して後に人心を養え」という『福翁百話』の言葉が引用されますが、とにかくひ弱な秀才は駄目だ、大人になってからの健康、体力が大事だよ、という福澤先生の教えがあることも大きいですね。

佐々木

それは大学生を見ていても感じます。私のクラスは女子が多いのですが、体育の授業で、「何でもできるな」と思う子は大体幼稚舎からだったりします。 何かの競技に特化してやってきたわけではなくても、体を動かすことに抵抗がなく、器用にできる子が多い。 そういう形は理想的だなと私は思います。

一般には、スポーツをやっている子でも1つの競技だけをやっていることが多いのですが、いろいろなスポーツをやっているということは非常にいいことだと思っています。

「縄跳び」の効用

大谷

よく今の子供は時間があると体を動かして遊ぶのではなく、ゲームばかりやっていると言われる。しかし、幼稚舎は違うようですね。

松永

今まさに、3学期は縄跳びが始まっています。これは、好きな子も嫌いな子も絶対にやらなければいけないのです。 4年生だと前回しとか二重跳びとか後ろ二重とか、全部で13種目あるのですが、それを全部クリアすることをクラスの目標に掲げているところが多くて、朝はほとんど全員の生徒がやっています。

それは私が幼稚舎に来てすごくいいなと思った行事の1つです。ビニールではなく本物の縄を使うので、自分の感覚を研ぎ澄まして試行錯誤をしてやらないとできない。 それをやっている幼稚舎生を見ると、「ああ、楽しいな」と思います。

大谷

縄跳びには2ついい点があります。 1つは、例えば走るのが速い子は1年から6年までずっと速くて、1年の時にビリだった子が努力して6年でリレーの選手になることはほとんどない。 ところが縄跳びは練習すればするほど上手くなる。

これは教育的に非常に優れている。 だから、走るのが遅い子でも縄跳びを練習してクリアすると、非常に自分の自信になるんですよね。

松永

特に背の小さい子が縄跳びが得意だったりします。

大谷

もう1つは、最近は「ハイインパクトスポーツ」と呼ぶのですが、下肢、足の骨に衝撃が加わる運動が骨を強くするために非常に重要なのです。

例えば女子の場合は初経というイベントが起こりますが、非常にざっくり言いますと、初経前の女子は性ホルモンよりも成長ホルモンが優位なので、 その時期にハイインパクトスポーツをやると骨の外周に骨ができて骨が太くなる。 でも、初経後に性ホルモンが優位になると、骨の内側優位に骨ができるので、骨はあまり太くならない、という研究があります。

つまり、まだ実証はされていませんが、小学校の低学年くらいにハイインパクトスポーツをすることで骨の成長が促され、その人が高齢者になった時に良い影響があるはずだと言われているのです。 健康寿命の延伸が叫ばれる時代に、骨粗鬆症になってから治すのではなく、そうならないように1次予防を心がける。そのためには、子供の時に運動嫌いな子をつくらないことが大切だと考えられています。

水泳も運動種目としては素晴らしい点が多々あるのですが、一年中泳いでいても、水中では重力はキャンセルされてしまうので、身体は強くなっても骨は強くなりません。縄跳びは骨を強くするのに最適です。 その2つの点で理想的な運動です。

松永

こちらが押しつけているのではなく、子供たちは楽しみながら朝から跳び始めていて、本当に好きですね。 13種目クリアした子でも、幼稚舎記録というのがあって先輩が出した記録に挑戦するのです。

前跳びで118分とかの記録があるのです。 幼稚舎では縄跳びを跳んでいる記録中だったら、授業があっても出なくていいという公のルールがありまして、勉強嫌いの子もそれで頑張る(笑)。 過去の体育科の先生方がしっかり記録を取られていたということも大きいですね。

大谷

大事なことですよね。子供を運動嫌いにしないように、学校の先生に頑張っていただいて、縄跳びなどを導入して、運動があまり得意ではない子でも目標を達成できるということを経験させてあげる。 そういう成功体験があれば、子供たちが運動を嫌いにならずに高齢者になってからも、元気な身体を保つことにつながります。

「遊び」の大切さ

大谷

佐々木さんのご専門の発達行動学の観点から、最近、よく言われる、子供たちが昔はなかったような転び方をするといったケースは、よくあるのでしょうか。

佐々木

本来、子供は本当にいろいろな動きをしているのです。大人は歩く、座る、せいぜい走るぐらいですが、子供の場合は何10種類もの動きをしています。 しかし、多様な動作を経験する機会がどんどん少なくなっているようなのです。

例えば、小さい頃、バランスを崩した際に、転ばないような体の使い方を、頭ではなく体で覚えていきます。 しかし、すべての環境がデコボコがなくて平らであれば、そういう動きも必要なくなってしまいます。 だから、昔だったら否応なしにやっていた動きを、したことがない子が増えている。 少し大きくなってから、初めて複雑な動きを経験すると、自分の体を上手くコントロールできずに、ケガにつながる恐れがあると言われます。

実際に骨が弱っているということもあるらしいです。 つい最近聞いた話ですが、小学校の体育の授業で、跳び箱に手をついたとたんに手首を骨折するというケースがあったようです。

大谷

それは、おそらく子供に特有の若木骨折という状態です。 枯れた木の枝のようにポキッと折れるのではなく、グリーンスティックフラクチャーというのですが、生きているしなやかな木の枝を折ろうとすると、グニャッと曲がるようなイメージです。 子供の骨は軟らかいので、それが起こる。きっと骨の強度も弱くなっていて、若木骨折が起こりやすくなっているのではないかと思います。

それを防ぐためには、跳び箱の練習をするより、日頃の生活習慣の中で体を動かしてもらうしかないですね。

佐々木

やはり外で遊ばなくなったというのはすごく大きいですね。外で遊ばせられないという事情もあって。

大谷

場所もないですものね。

佐々木

また、今は親が共働きで子供と一緒にいる時間が少ない。 そうすると外に放っておくこともできないので、自然の中で、自ずと体験する動きが減ってしまっているということがあるようです。

そこで、最近は「遊び」ということをもっと意識的にやるべきだという提案をしています。 昔は遊びの中で自然に激しい動きを体験できたけれど、そういうことがなくなっているし、一緒に遊ぶ相手も少なく、群れて遊ぶようなことがない。

これは身体だけではなく、心の面への影響もすごくあるとも言われます。 遊ぶことから入って、体を動かすことが楽しくなれば、後々スポーツにつながることもあるし、そのままレクリエーションとして楽しんでもいい。 やはり最初が大事だと思います。

大谷

そうですね。認知症の予防などでも「デュアルタスク」とよく言われます。つまり、1つのことをやりながら違うことをする。 例えばただ歩くのではなくて、何かをやりながら歩くという機能が、最初に認知機能として落ちてくるわけです。

逆に、子供の昔ながらの遊びは、まさにデュアルタスクの固まりみたいなものです。 そして、それは人間関係の実習の場でもありました。 そういう場がないということはやはり大問題ですね。

佐々木

集団に年上の子も年少の子も、いろいろな子がいるんだ、ということがわかっていれば、自分と違うものに対して排他的になったりはしないと思うのですね。 学校のクラスのようにセッティングされた限られた集団しか与えられないと、違う要素を持つ子が入ってきた時に、仲間外れにするような反応が出ることが多いのかなとも思います。

「腹八分目」の指導

大谷

上田さんに伺いたいと思っていたことがあります。例えば高校生の野球の指導では、強くしようと思えば厳しい練習を課すという考え方もあります。 でも、上田さんが指導で掲げられていたのは「エンジョイ・ベースボール」でした。 そこにはいろいろな意味が込められていると思うのですが、子供たちが自主的に練習をするような形でなければ、本当の意味で強くならない、という意味ではないかと私は思っていました。

実際に上田さんが塾高野球部を指導されている時、練習量とか頻度、あるいは内容はもちろんですが、どのようなことを意識されていたのでしょうか。 実際に、全国一と言っていい激戦区を勝ち抜いて4回も甲子園に子供たちを連れていかれているわけですが。

上田

一言でいうと腹八分目ぐらいということではないでしょうか。天気のいい土曜日に授業が終わって集合しますよね。 「天気いいなあ。今日は休みにしようか」と言うと、彼らはずっと練習しています(笑)。 徹底的にしごいて疲れ果てていたら、終わった後、誰も残りません。だから逆なんだと私は思います。

「おまえらが勝手に全部やれ」というのも私は好きではなく、高校生はそこまでは無理だと思いますが、ある程度、発射台まで連れていって、やり方を教えて、あとはちょっと引いて見ていると、自分たちでやり始める。 そこが一番の楽しみなんです。サインなんかも勝手に自分たちで変えていますからね。「知らないサインが出ているな」と思うと「昨日変えました」と言う。 「俺に教えろよ」と(笑)。

ほかの学校ではできない、と言う方も多いのですが、やらせてみたら、どこの学校でもできると私は思います。 それは前田祐吉さん(元慶應義塾大学野球部監督)もよく言っておられました。指導者は腹八分目にして、学生が自分たちで考え、自分で工夫させるということですね。

今は動画を自分たちで撮って意見交換したり、YouTubeを見て研究したりしている。そこが面白いところだと思います。

大谷

腹いっぱい食べさせるような指導法をしたら、最近の子はそれで部をやめてしまうか、ケガをしてしまう。あまりいいことはないですよね。 腹八分ぐらいで指導を抑える。これは勉強になります。

上田

そうすると、こちらが「やめなさい」と言うまでやる。不思議に逆なんですよね。「早く帰れ、帰れ」と言うのが私の仕事でしたから。

大谷

それは野球に限らないでしょうね。最近、教育の現場で盛んに少人数制教育とか双方向性教育とか言われますが、例えば、小グループに分けて、 そこでテーマを与えてディスカッションさせると、思いもよらないようなアイデアが出たりする。座学で暗記するよりも身になるというわけです。

一方で、どうしても必要な知識はやはり教え込まないといけないこともあるのですが、教育の現場でもディスカッションの重要性は盛んに言われ、実践もされています。 今の先生のお話はまさにそれですよね。場をつくっておいて、やってごらんと。

上田

教えては引いて、教えては引いてということですね。

大谷

それで実際、子供たちの野球のスキルが伸びるわけですね。

上田

そう思います。一番面白いのが高校で花開かなかった選手が「大学でやりたいんです」と言うんです。 こっちは「ほかの道に行ったほうがいいんじゃないか」と一応止めるのです(笑)。 すると、大学でレギュラーになり、大会に出て、優秀選手のトロフィーをもらって嬉しそうにやってきて、「先生、僕にやめろと言いましたね」と(笑)。

こつこつウエイトトレーニングをやったりする子だったので、大学でスーッと伸びて、いいタイミングで使ってもらえたみたいですね。

ライフスキルを磨く場として

大谷

現役時代は日本代表になったほどレベルが高いテニス選手で、今はテニスのコーチをしながら、指導者としての能力をレベルアップしたいと、 健康マネジメント研究科の博士課程で、私のところで研究をしている野沢絵梨さんという大学院生がいます。

松永

私の1つ上の先輩です。

大谷

その研究テーマですが、彼女が大学生をコーチする際、高校の時はすごくいい選手であっても、大学に入ってきて順調に伸びる子と全然伸びない子がいるというのです。 素質自体はさほど違うとは思わないので、これは何が違うのかを究明し、コーチングに生かしたいと言う。

野沢さんの仮説では、テニスのレベルの高い高校では、全寮制もしくはそれに近い環境で、しっかりした指導者が付いて、練習方法も練習時間も管理され、いわばテニス漬けの生活を送ることができる。 ある意味で理想的な環境なのですが、そのような環境では、言われたことを徹底的に再現できる子が伸びる。

ところが大学では、衣食住を含めて自立が求められる環境に変化するので、毎日の生活を自分できちんと管理し、その中で自分の頭で考えてテニスと向き合わなければいけない。 それができる子はさらに伸びるし、「大学は高校と違って何も教えてくれない」と考えてしまう子は伸びない。きれいに2極化するのではないかと考えたんですね。

松永

同感ですね。テニスの場合、ご両親がジュニアの頃から付きっきりでスクールや大会に連れていったり、マンツーマンで見てこられたご家庭が多いので、中学校ぐらいまでは本人が何も考えなくてもお膳立てされている状況が多いと思います。

高校でも、まだご両親がすごく熱心で、どこか自立しきれない子もいます。 大学生になると、さすがに自立しなければいけないのですが、そうなったときに何も考えられない人が、まさにいるのかなと。

大谷

ライフスキルという言葉がありますね。生きて行くのに必要な問題解決能力と考えればいいと思うのですが、野沢さんの研究の次のステップとして、 大学時代に学生としてはトップレベルだった人たち9人に、卒業してから4年以内にインタビューしたんですね。

そういう人たちが大学時代にコーチや監督から何を教わったのか、あるいは自分自身で何を学んだのか、そのことが自分の問題解決能力をどのように高めたかについて尋ねました。 そうすると、やはり内省能力、コミュニケーション能力と、それからコーチの言ったことを鵜呑みにしない能力、これがカギだと。

上田

それはよくわかりますね。

大谷

今まで教わってきたことと違うことを言われた時、それをどう自分の中で咀嚼して取り入れるのか、あるいは切り捨てるのか、という判断ができるかどうか。

これはただテニスをやっているだけでは身に付かない能力ですよね。いわばその種を植え付けるツールが野球であり、テニスであると、指導者の方に捉えていただくといいのではないかと思うのです。

先ほどのお話を伺って、上田さんは野球を指導しながら、やはり人間教育をされているということではないかなと私は思ったのですが。

上田

よく冬などに、野球とは全然関係ない、例えばまさに問題解決能力の高い、マネジメントをやっている方に講演していただくことがありました。 パン屋のそばにセブン-イレブンができてパンが売れなくなった。そのパン屋を再生させるにはどうしたらいいだろうというテーマを与えられ、グループで話すのです。3年間でそれが一番楽しかったという子もいる(笑)。 まったく野球の話ではないんですね。

でも、そういうことが野球にも生きてくるのです。つまり、どうしたら上手くなるのか考えるようになる。 そんなことばかりやっていました。練習しないでいいので楽だから、喜んでやっていたのでしょうけれども(笑)。

スポーツを通じて得る人間力

大谷

私は医学部のバスケットボール部の監督を20年ぐらいやっているのですが、医学部は学生が全員医者になるので、卒業後は学生時代以上に勉強しなくてはならないのです。 むしろ学生時代は勉強から離れる時間が取れる時で、そこでスポーツをやる意義はすごく大きい。

社会に出て患者さんや病気と対峙しながら問題解決能力を養うよりも、学生時代に負けて挫折を味わって、それをどうやって克服するか、 つまり、どうやって一回でも多く試合に勝つかを考えるトレーニングを積む意味はとても大きいと思います。 基本的に医学部の連中は皆、優秀ですから、一生懸命考えると結構、解決策を見つけてきます。

学生時代にスポーツで試行錯誤して思い通りにいかないことこそが大事だと私は思っています。 医者になってから上手くいかないようでは、もうアウトなんです(笑)。 医者というのは絶対に勝てる試合しかやってはいけない職業です。 でも、学生の時は試合に負けることを経験できる。

塾体育会バスケットボール部の部長もやっていますが、やはり社会に出てから、様々な問題にぶつかる前に逆境に出会うのは、人生ではチャンスなんです。 そういう時に何を考えて、どうすればいいかを部員が体験し、学習することは、きっと後の人生に役に立つと思います。

学生たちにはそういう経験を通してぜひ人間力を養ってほしい。 「俺は慶應義塾の出身だ」と言っても社会に出たら何も通用しませんが、 社会人として「あいつ、なかなかいいじゃないか。どういうキャリアパスだ?」と言われた時に、「慶應の体育会出身か。なるほどね」と言われるような人間になりなさいと、卒業の時にいつも言っています。

スポーツはそれ自体が楽しいのですが、それがまた教育のツールとしても、またとないものではないかと思っていて、これを利用しない手はないのです。

この話を幼稚舎生にしてもたぶんわからないかなと思いますが(笑)。

松永

本当におっしゃるとおりです。 幼稚舎生には言葉で伝えるということはなかなか難しいかもしれませんが、運動会で優勝した時に一致団結した高揚感とか、自己肯定感みたいなものを 小学生でも感じてくれているな、と感じる時があって、そういう体験を多くさせてあげたいと思って指導に当たっています。

小学生相手にテニスを上手くさせようということよりも、テニスを通して勉強する。「国語、算数、理科、社会、テニス」みたいな感覚で捉えてやっています。

大谷

難しいのは実際にテニスが上手くならないと、子供たちの目が輝かないことですね。 「できなかったことができるようになる」というのは人生最大の喜びの1つですから、それを実現してあげることは大切です。

教育のツールとしてスポーツが優れているもう1つの点は双方向性にあります。 たとえ相手が小学生でも、何かを教えると必ず教えている側にも何かが返ってきます。だから教えているつもりで教わっている、ということがきっとたくさんあるはずです。

「できた」という自信

佐々木

実際に大学生を教えていて思うのは、体育は個々のそれまでの経験が随分違うし、どういう気持ちでそれまで体育の授業を受けていたかということでもまた違ってくるのです。 私はエアロビクスを担当しているのですが、あまり運動が得意ではないけど、「競争もしなくてよさそうだから、やってみようか」と思ったという子が結構います。

実際に私の授業では「これは間違っている」と言うことはありません。とにかく動き続けて、先生の真似はするけれど、「できなくてもよいから」と言うと、できなくても怒られないことにびっくりする子が結構います。 その不安が払拭されると、「このぐらいできた」ということが自覚できて、大学生でもそのことがすごく自信になっていることがわかるのです。

大谷

なるほど、面白いですね。

佐々木

この「できた」という感覚は、すべてのことに共通するので、自分で何か「ここまでやりたいな」ということを少しずつ設けて、それがクリアできることは自信になるし、楽しいことにつながることをわかってもらうようにしています。 そうすると、別に運動でなくても楽しく取り組めるよ、と言っています。

この「動機づけ」を自分でつくれるかどうかはすごく大事で、それにはスポーツで、体を動かして自分が変わっていくことを感じられるということが1つの大きなきっかけになるかなと思っています。 運動はやれば絶対変わります。そして、きちんとやれば駄目になるということはほぼないので、大学生でも何か自信を持てるのです。

それだけ体育という科目は、好きでやっている子もたくさんいる反面、それが苦痛だという子が結構いるのだと思います。 せめて大学生の時にそれを払拭してあげたい。運動が嫌いなまま世の中に出てしまうと「運動をまったくやらない」人が増えてしまいますので。

特に女子に多いんですね。「できなかった」ということをいい加減に考えられない。 それを「こんな感じでもいいんだよ」と言ってあげると、「そう なんだ」と気づいて、まったく変わってきます。それは子供でもまったく同じです。

大谷

それは大事なことですよ。何か課題を与えて、できる子はA、できない子はCとか評価してしまうと、まずいですよね。できない子はみんな嫌いになってしまう。

佐々木

特に身体は個人差がすごくあって、そもそも有利・不利がスタート時点にあるのです。だから、もう少し違う目標をそれぞれが持てると、それぞれが頑張れるかなと思います。

自主性に任せるまでの葛藤

大谷

先ほどの上田さんの「腹八分」の話ですけれど、それは先生が経験の中から編み出したものなのですか。最初はガンガンやっていたのですか。

上田

最初はメニューをきっちり決めてやっていました。ハラスメントまがいのことも(笑)。 今、こういうことを言っていると、「よくそんなこと言いますね」と言われます。

でも、ある時から「こいつら、考える力があるから、それを利用したほうがこっちも楽だ」と思ったんですね。 私が帰った後も、きちんと危なくない練習をやっています。ちゃんと自分たちで考えますし、すごいですよ。栄養学、解剖学、生理学などの本を読んでいて、生理学のことなんかもものすごく詳しいです。 トレーニング理論も考えますし。

頭から入るというのは、いいのかどうかわかりません。「知っていても練習しなきゃ同じだよ」と言っていますが(笑)。

大谷

では、先生のご経験のプロセスの中から徐々にそういう方向に行ったということですね。

上田

以前は失敗しました。やはり球を投げさせ過ぎて故障させたり。2005年夏、あと1つで甲子園という時があったんです。中林伸陽(現JFE東日本)という投手がいて、 準決勝で東海大相模と延長戦になり、それは勝ったのですが、次の日、運よく台風が来て決勝まで1日空いたので、「行けるか」と言った。それは「行けます」と言いますよね。あと1つで甲子園ですから。

試合中に彼が「何かちょっと変な音がしました」と言って、あわてて代えたのですが、この時の故障で少し大学でのスタートが遅れてしまったのです。 彼は「後悔していません」と言いますが、いまだに私は「あの時、もうちょっと早く代えてやればよかったな」と思います。

彼には100回ぐらい「ごめんなさい」と、いまだに会うと言っています。大学でも20勝あげましたから、気にしていないと本人は言いますが、後悔ばかりで難しいです。

子供に何を教えるか

大谷

子供の成長には段階があり、特に中学生にはグローススパートといって成長が急に起こる時期があり、その時期にスポーツ障害が多発するわけです。 高校になると、成長のスピードが鈍るので、中学生ほどには障害が起きにくい。その各年齢段階によって適切なスポーツのやり方があると思うのです。

例えば松永さんは今、小学生と高校生を教えていらっしゃいますね。もちろん、教え方を変えていらっしゃるでしょうけれど、何か自分で意識しているところとかありますか。

松永

週5日は小学生で、2日は高校生を教えています。テニスの場合、小学校低学年では、実際の硬式テニスボールではなく、スポンジボールを使うことが今流行っています。

なぜそうするかというと2つ理由があって、まず肘への負担が極端に減ること。もう1つはボールが跳ねすぎないこと。小学生だと硬式テニスの球は高くバウンドするのでかなり打ちづらい。 自分の手元で打てるぐらいに跳ねる、スポンジボールを使うとちょうどよいのですね。

野球だとそういうことはあるのですか。

上田

最近になってやっと、ティーボールという軟らかくて当たっても痛くないものが出てきました。投手が投げるのでなく、バッティングティーにボールを載せて止まった球を打って、それを皆で拾いに行って、周りで手をつないで座る。 筑波の先生がそれを考案され、広めていこうとしています。

松永

テニスだと、スポンジボールを使うと1面のコートで4カ所、簡易ネットを立てて簡易のコートをつくることができるのです。ですから、少ない場所で多くの人数がテニスを楽しむことができます。

フォアハンドやバックハンドの打ち方とか教えないで、「とにかく何でもいいから、このスポンジボールとネットを使ってゲームをやってごらんよ」というところから始めるのです。

大谷

昔は手でやっていましたけれどね(笑)。軟式テニスボールで、ペコンペコンと遊びで。

松永

それに近いイメージです。

佐々木

でも、素振りをやるより、テニスをやっていることには近いですよね。結果的にテニスの面白さはそっちのほうが伝わりますよね。

松永

そうなんです。大人と子供でやってもすごく楽しくて、なかなか大人でも子供を負かすのが大変で、結構いい勝負になる。

佐々木

それは子供には嬉しいですね。

「遊び」の中からの指導

大谷

上田さんは今、高校ではなく学童野球の指導者として中学生や小学生を教えられていますね。相手の年齢が変わると、どのように変わりますか。高校生、大学生と同じですか。

上田

いや、全然違います。小学生なんか完全にこっちを舐めてますから(笑)、ぶら下がったり、後ろから蹴ったりしてきます。そうやって一緒に遊んでやっているような感じです。

ルールだけを教えたり、「バットの振り方は」なんていう指導をしたら、絶対寄ってこない。ちょっとこうやって遊ぼうかと言うと、「ワーッ、やりたい」と言ってくる。

いい経験です。全然人の話を聞かないですからね。一生懸命説明しても、向こうを向いて遊んでいますし、集合させるのが大変です(笑)。

大谷

それを「おまえら、何しに来ているんだ、ちゃんと聞け」と言ってはいけないわけですね。

上田

いけません。でも、面白いですよ。勝手に集まってミーティングをやっていたり、試合をやらせると「タイム」とか言って集まって、プロ野球を真似て自分たちで守備位置を変えてみたり、可能性が見えて面白いです。

子供の野球というのは、あまり大人が関わってはいけない。遊びの中でやらせるというのが一番成長していく方法ではないかなと私は思います。

大谷

でも、指導者がそういう指導をするというのは、なかなか勇気がいることですよね。まず基礎を教えてあげなければとか、バットの握り方はこうだとか、ついやりがちですよね。

上田

逆に持って振りますからね(笑)。

佐々木

まずは思うように動かして、ひとしきり終わったら、その後、「じゃあ」と言って基本的なことを教えるために集めると、子供は来てちゃんと聞いてくれるようですね。最初から「はい、聞いて」「はい、これやって」とやると全然聞かないようです。

上田

プロ野球選手なんか、ちゃんと教えようとしてしまうから駄目です。 あの人たちは本当にわかっていないと思います(笑)。プロだから言うことを聞くだろうと思っていても、子供は誰が来ようと関係ない。

ベンチで飛び交う専門用語

大谷

松永さんは元プロ選手であるわけですが、最初は幼稚舎生、高校生を指導する際に何かギャップを感じたことはあったのですか。

松永

やはり、自分が教えてもらった学校の教育のイメージをそのまま子供たちに押し付けてしまっていたなというところはあります。 まさに何か教育的なことを言わなければいけないとか、先生であらねばならないという感じで子供たちと接して、教えてあげるというスタンスでいったので、やっぱり反発がありました。

これではいけないなと思って、ジョン・ウッデンさんのバスケットのコーチングの本などを読んで、こういうふうに接すれば上手くいくのかなと何となく勉強しました。

大谷

結局、試合をするのは選手なので、ベンチがどんなに逆立ちしても試合には勝てません。

バスケットの話をすると、エリート校から来る人ほど高校の先生のカラーに染まっています。高校では、例えば試合で負けそうになると、ベンチがタイムアウトを取り、「こういうプレーをしなさい」という的確な指示が出せるのがいいコーチだったわけです。 大学はそれだけでは勝てない。プレーヤーが相手のプレーに対して、どういう対応をすればいいかを考えられるチームがやはり強いのです。

医学部のバスケットボール部の連中は、私から見るとすごく頭でっかちなのです。正直なところ、レベルは高くありませんが、タイムアウトを取ってベンチに帰ってきたら、コーチが口を差し挟む時間はほとんどない(笑)。 私が聞いてもわからないような専門用語が飛び交っている。特に、勝てるつもりの試合に負けているような時に顕著です。

上田

最高ですね。理想的です。

大谷

実際にはそこまで上手いわけではないんですよ。しかし、タイムアウトに飛び交う言葉を聞いたら、「こいつら、プロか」と思う(笑)。それはすごくいいことだと私は思っています。 だから、学生の中で話し合って決めた学生にコーチをやらせたほうが上手くいきます。

1つのスポーツしかやらない弊害

上田

アメリカの野球は日本とは全然違います。日本の子供たちの野球の指導は基本に忠実に、「これ、やらなきゃ駄目」というのが多いですけど、アメリカは「遠くまで飛ばせればいい」とか「逆シングルでも捕ればいい」ということになる。

この違いは小さい頃からシーズン制でスポーツをやっていることが大きいと思います。1つの競技ばかりやるのではなく、3カ月だけ預かっていると思えば、「面白くして、また来年、この子たちに野球をやらせてあげよう」と思うわけです。

日本は1つの競技を、それも1年中試合ばかりやって、勝利至上主義でスポーツマンシップなんかまったく教えない。小学生にさえも、何か武道みたいな感じになってしまっています。

大谷

本当に1年中、野球なら野球しかしませんからね。本来はいろいろなスポーツをやることが大事です。特に成長期には多様性ということが大事なのですが、日本ではシーズン制は難しいのでしょうか?

上田

今の各競技団体では無理じゃないですか。小学生ぐらい、どこかが仕切ってやってくれるといいですけれど。2シーズンぐらいだって十分違うと思うのですね。

佐々木

指導者側の意識が変わらないといけませんね。例えば、最初はサッカーと野球の少年団に両方入っていても、何年生かになると、どっちか選べとなる。 両方やりたいということが通じない。それがかわいそうで、両方やらせてあげられる環境があればいいのにと思います。

上田

野球は武士道とリンクして、血と汗と涙と、愛校心と自己犠牲が修練として一緒になって、「野球道」になってしまったのです。 どちらかというと慶應はアメリカナイズされていて、前田祐吉さんがエンジョイ・ベースボールを提唱され、それが広まっていった歴史があるのです。

でも、どうですかね。全国で9対1ぐらいではないですか(笑)。エンジョイ・ベースボールなんて言ったらバカにされていましたからね。 髪の毛が長いだけでおかしいと言われる。甲子園の開会式には軍隊みたいな行進をするんです。気持ち悪いから、「いいよ、普通で」と言ったら、すごく怒られて始末書を書かされました。

大谷

それは100年遅れていますね。

より良い青少年のスポーツ環境へ

大谷

私は、慶應義塾の取り組みとして、一貫教育校でスポーツ医学相談というものを20年以上やっています。 スポーツに関係した障害で病院に行くと、レントゲンを撮って、「どこにも異常はありません。やり過ぎだから休みなさい」で終わってしまう。でも、本人にはそれでは解決にならない。

この相談をやり続けるうちに、一番のポイントは保護者の不安を払拭することだと気がついたんです。 つまり、うちに帰ってきて子供たちが膝が痛いとか腰が痛いとか言うと、お母さんは困ってしまうのです。病院に行くと、何でもないと言われる。 でも痛い。「じゃあ、休みなさい」と言うと、「練習を休むのは嫌だ」。そのストレスが全部お母さんにたまってしまう。

それは運動をやり過ぎたための症状ですが、そんなに重症なものではないので、休めば痛みは取れるのですが、体のコンディションを変えずに復帰すると100%再発する。

まず当事者である子供に、それを理解してもらいます。「君にはまだ塾高の野球部の練習についていくだけの基礎体力がないから腰が痛くなってしまう。 練習についていけるだけの基礎体力をまずつけてごらん」という話をすると、「わかりました」と、その子は走りに行くわけです。そういうことがお母さんも理解できると、非常にストレスが減るんです。

そうすると、どうして痛くなっているか、本人がわかるので再発はもちろん減ります。一生懸命ピッチング練習だけをしていたら、子供たちの肘も肩も壊れます。 投げ方、フォームの問題だけではなく、股関節周りや体幹をしっかり鍛えて、下肢の大きな筋肉のパワーを上肢の指先まで伝えることができる、きちんとした運動連鎖ができるような体をつくることが大事です。

スポーツ医学相談のような取り組みが教育環境の改善の1つとしてできるのは、慶應義塾ならではのことだと思います。

上田

体育会に限らず、慶應でスポーツに関わった諸君は、卒業したら、自分でスポーツを続けるか、観戦者の側になりますが、もう1つ子供を育成するというところに必ず行ってほしいなとすごく感じます。 心技体に加え、学伝というのか、学んで伝えるような卒業生になってほしいと強く思います。

大谷

今日は皆さんの現場での経験から、示唆に富むさまざまなお話が聞けて、とてもよかったと思っています。 ぜひ今後の日本の青少年のスポーツが、より良いほうに向かうことを願いたいと思います。 今日は有り難うございました。

(2020年1月16日収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。