登場者プロフィール
山崎 元靖(やまざき もとやす)
その他 : 済生会横浜市東部病院救命救急センター長医学部 卒業塾員(平7医)。慶應義塾大学医学部救急部助手、東北大学大学院医学系研究科救急医学分野助手等を経て2008年済生会横浜市東部病院救急科医長。17年より現職。慶應義塾大学医学部救急医学非常勤講師。東日本大震災時には医療救護班派遣として南三陸町で活動。日本DMAT隊員。
山崎 元靖(やまざき もとやす)
その他 : 済生会横浜市東部病院救命救急センター長医学部 卒業塾員(平7医)。慶應義塾大学医学部救急部助手、東北大学大学院医学系研究科救急医学分野助手等を経て2008年済生会横浜市東部病院救急科医長。17年より現職。慶應義塾大学医学部救急医学非常勤講師。東日本大震災時には医療救護班派遣として南三陸町で活動。日本DMAT隊員。
廣井 悠(ひろい ゆう)
その他 : 東京大学大学院工学系研究科准教授理工学部 卒業理工学研究科 卒業塾員(平 理工、 理工修)。2007年東京大学大学院工学系研究科博士課程中退。名古屋大学准教授を経て16年より現職。東京大学卓越研究員、JSTさきがけ研究員(兼任)。博士(工学)。専門は都市防災、都市計画。東京都「今後の帰宅困難者対策に関する検討会議」座長も務める。
廣井 悠(ひろい ゆう)
その他 : 東京大学大学院工学系研究科准教授理工学部 卒業理工学研究科 卒業塾員(平 理工、 理工修)。2007年東京大学大学院工学系研究科博士課程中退。名古屋大学准教授を経て16年より現職。東京大学卓越研究員、JSTさきがけ研究員(兼任)。博士(工学)。専門は都市防災、都市計画。東京都「今後の帰宅困難者対策に関する検討会議」座長も務める。
山口 真吾(やまぐち しんご)
環境情報学部 准教授(有期)1995年早稲田大学理工学部電子通信学科卒業。同年郵政省(現総務省) 入省。99年英国City University修士課程修了。総務省情報通信国際戦略局国際経済課企画官等を経る。大規模災害時の非常用通信手段の在り方に関する研究会等、防災ICTシステムについて広く研究。
山口 真吾(やまぐち しんご)
環境情報学部 准教授(有期)1995年早稲田大学理工学部電子通信学科卒業。同年郵政省(現総務省) 入省。99年英国City University修士課程修了。総務省情報通信国際戦略局国際経済課企画官等を経る。大規模災害時の非常用通信手段の在り方に関する研究会等、防災ICTシステムについて広く研究。
大木 聖子(司会)(おおき さとこ)
環境情報学部 准教授2001年北海道大学理学部地球惑星科学科地球物理学専攻卒業。06年 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学科博士課程修了。理学博士。東京大学地震研究所助教を経て13年より現職。専門は地震学、災害情報、 防災教育等。著書に『家族で学ぶ 地震防災はじめの一歩』等。
大木 聖子(司会)(おおき さとこ)
環境情報学部 准教授2001年北海道大学理学部地球惑星科学科地球物理学専攻卒業。06年 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学科博士課程修了。理学博士。東京大学地震研究所助教を経て13年より現職。専門は地震学、災害情報、 防災教育等。著書に『家族で学ぶ 地震防災はじめの一歩』等。
2018/03/01
東日本大震災を振り返って
2011年の東日本大震災からこの3月で満7年を迎えます。今日は様々な知見をもっている方々にお集まりいただき、東日本大震災を振り返りつつ、来るべき地震災害にどう備えるかを議論していきたいと思います。東日本大震災以降、「防災・減災」についての研究は各分野で進んでいるのですが、それをどこまで次に生かせるか。各分野の「防災」研究がいくら進んでも完全に被害を防げるわけではないので、逆にその「限界」も知ってもらうことも必要かと思います。まず、東日本大震災の教訓と言いますか、この巨大な震災をあらためて振り返ってみたいと思うのですが、地震学の見地から先に私から少し申し上げます。東日本大震災のようなプレート境界で起こる地震は、熊本地震や阪神・淡路大震災のような直下型の地震に比べておおかた分かってきていると思っていました。もう少し頑張れば、プレート境界で起こる地震は、起きたらどのぐらいの規模になるか等、何月何日という日時の予測以外はできるようになるのではないか、という認識でいて、特に宮城沖などは分かりやすいと思っていました。ところが宮城沖、福島沖、岩手沖と 広範囲に渡って同時に動き、マグニチュードが9までになる地震となり、巨大な津波も来て原発の事故をも引き起こした。想定外だと言うと社会からお叱りを受けるのですが、東日本大震災を引き起こした「東北地方太平洋沖地 震」というのは、地震学者にとって、比較的研究の進んでいたプレート境界地震ですらわれわれは分かっていなかったのだ、ということを突き付けられた地震でした。当時現地に医療活動支援に入られた 山崎さん、どんな様子であったか振り返っていただけますか。山崎震災発生後、医療救護班派遣ということで宮城県の南三陸町に行きました。近年の日本の災害医療は、阪神・淡路大震災(1995年)が出発点で、そこで、助けられる命があるのに助けられなかったということからDMAT(災害派遣医療チーム)や災害拠点病院、情報通信環境などを整備していったのですが、その備えが東日本大震災でも十分生きていなかったところがあると思います。阪神・淡路ではがれきの下で医療を展開し、ケガ人を治療するのがメインだったのが、東日本では津波でさらわれた人は亡くなっているし、逆に取り残された人にはほとんどケガはなかったのです。でも、やはり助けられたはずなのに助けられなかった人というのは一定数発生しています。医療を継続できなかったり、もしくは高々15年ぐらいしか経っていないのに、高齢化の問題が非常に大きくなっていた。さらにその後の2016年の熊本地震では災害の直接死は50人程度でも、災害関連死が200人を超える見込みです。この関連死というのは健康を害して亡くなるわけですが、いままでの医療のアプローチと全然違うアプローチをしないとこの人たちは助けられないと医療者として感じていて、そこを変えなければと思います。大木助けられたはずなのに助けられなかった人というのは、東日本の場合は薬が足りなくなるとかいうことですか。山崎東日本の場合、病院までたどり着いて亡くなった方のうち1、2割の方は防げた死亡という形で推計されているのです。やはり医療の継続が断ち切られたということです。高齢者だと医療や介護が入ることで命が支えられている人がいて、それが途絶えると亡くなってしまう。高齢化に伴いそもそも医療や介護があって初めて生き続けられているという方が地域にたくさんいらっしゃる。そこが阪神・淡路のときとずいぶん違う。もちろん都市部と 地方部という違いもありますが、高齢化の進展もすごく大きいと思います。大木東北は、こう言うと語弊もありますが、ある意味で日本の高齢化の先取りをしていた地域ですよね。今後来ると想定されている南海トラフで大きな被害が予想される高知県土佐清水市なども、現在高齢化率が46%です。
熊本地震でも震災関連死者の8割方は高齢者です。よって直接死を防ぐことも大事ですが関連死の予防もすごく大事だと思っています。首都直下も、それほど高齢化が進んではいない地域かもしれませんが、ものすごい人数がいるので、医療や介護が途切れて亡くなる方の人数は計り知れないのではないかという怖さを感じています。
情報通信の重要性
山口さんは情報通信や人工知能 (AI)の分野から防災に貢献することを研究していらっしゃいます。山口東日本大震災では、情報通信の重要性を関係者が身に染みて分かりました。2日後の3月13日になっても固定電話や携帯電話の通信が全く駄目でした。固定回線は190万回線が被災し途絶しました。携帯電話基地局は2.9万局が広域に止まってしまった。インフラの被災というのは2種類あって、津波で流されてしまった、火災に遭った、倒壊したというパターンと、電源が落ちて機能停止してしまったパターンがあります。携帯電話には「輻輳」(ふくそう)といって、通話が集中することでつながりにくくなることもある。そういったインフラのダメージが史上最大だったので、これをなんとかしないといけないということが一番の教訓だったと思います。震災後に医療関係者にインタビューしてみると、医療サービスの提供が通信の途絶によって支障が生じたケースがあったことが分かりました。災害が起きると病院は患者の受け入れや入院患者さんの給食手配、それから職員の安否確認などで電話をかけまくりますが、それができなくなる。さらに薬剤がないとか、ナースコールが故障してしまったということも多くて、通信が途絶したことで救えなかった命も多くあったのではないかと思います。対策として通信インフラを物理的に頑丈にしたり、2重ルート化によって冗長系を組むことはできるけれども、それをするなら、携帯料金に月20万円払いますか? ということになって しまう。携帯各社のサービスはぎりぎりのところでコストを抑えているので、その前提で、医療業務も、公共サ ービスも非常時の連絡手段を別に用意しないといけないと思います。防災・減災分野は一番イノベーションが立ち遅れた分野だと私は思っています。電話、ファックス、ホワイトボードなど、いま皆がネットを使っている時代にレガシーシステムに凝り固まっている。これからは新技術を上手く使って、最終的に人の命を救うという形に持っていきたいと思っています。大木阪神のときは、携帯電話はまだ普及していなかったので通じやすかった。しかし、その後皆が持つようになって、3・11のときは携帯が全然通じないという事態が起こった。LINEの普及は3・11以降ですね。山口そうです。戦争が起きると科学技術の革新が起きるとよく言われるけれど、災害が起きるとメディアや通信の技術革新が促されるところがありま す。インターネットの一般への普及が本格化したのが阪神の後ですし、熊本ではLINE電話が非常に多く使われ、ツイッターも普及していろいろな情報が出てきた。そういうイノベーシ ョンの出現を考えれば、次の南海トラフや首都直下では、AIやスマートス ピーカーのような技術を使いこなしていく時代になるだろうと思います。
都市防災からみる東日本大震災
廣井さんは東日本大震災についてどのように捉えていらっしゃいますか。廣井都市防災の観点から東日本大震災から学ぶことはたぶん4つぐらいあると思うのです。1つは死者、行方不 明者合わせて2万人程度で、負傷者は 6000人ぐらいだったわけですが、阪神・ 淡路大震災などの都市災害では死者の一つ上ぐらいの桁の負傷者が出るの に、東日本ではまさに津波から逃げられたかどうかが運命の岐路となった。さらに福島の原子力災害も考えると、 避難という2文字が非常に大きな論点となった災害でした。そういう意味で まず1つ目が避難、つまり逃げやすいまちを、これからどうつくるかということを示唆した災害といえます。2つ目は東日本大震災時に首都圏で帰宅困難者が大量に発生し、東京は最大震度5強であったにもかかわらず大混乱しました。東京、大阪、名古屋などの大都市は本当に災害に弱いということが改めて判明しました。大都市特有の防災対策は何なのか、そしてどう進めればよいのか。3つ目が、複合災害の対策です。東日本大震災の地震火災の4割は津波浸水地域内で起きた津波火災というものでした。これはまさに複合災害で、津波と火災が同時に来るわけです。われわれは避難計画をつくるときに、火災を想定した避難計画、津波を想定した避難計画はつくりますが、両方来たときにどう逃げるかというのはなかなか考えない。火災から逃げる場所は広い場所で、津波から逃げる場所は高い場所です。そうすると、両方来たらどっちに逃げればいいか分からないわけです。自分の家が燃えていて、津波が来るかもしれないというときにどうすればよいのでしょうか。特に大都市では莫大な数の帰宅困難者が発生します。人口・建物密度が高いので市街地火災もある。大阪や名古屋は津波も来る。 道路閉塞なども考えると、木造密集市街地は複合災害リスクの固まりです。これにどう対処するかが3つ目です。4つ目が、災害後の人口流出の話です。2015年の国勢調査では宮城県の女川町の人口が5年間で三割減少しました。被災をきっかけに限界集落化する自治体がこれからも出てくる。そうして、もう地域の継続ができないような状況になったときに、われわれは地域をどのように再生、復興すればよいかということを事前に考えておかなければいけないでしょう。つまり人口減少・少子高齢化社会における「よい復興とは何か」という課題です。加えて、南海トラフ巨大地震だと当然広域的な避難・疎開をせざるを得なくなり、震災関連死も莫大な規模になる恐れがある。これら疎開した方々をどのように支援すればいいのかといったことも東日本大震災がわれわれに教えてくれたことかなと思います。大木発災の前に避難や復興をあらかじめ考えておくということですね。都市開発というのは広げていくものだったのが、いまはいかにシュリンクしていくかという発想になるのですね。廣井都市計画というのは、いままでは経済成長を前提とした社会の中でどう開発を規制するかという方法論だったのですが、これからは、おっしゃったようにシュリンクするわけです。私権に介入することも場合によっては必要かもしれないし、あるいは保険やマ ーケットメカニズムをうまく使うとか、いろいろな方法があると思います。山崎撤退戦は難しいですよね。医療も地方だと結局病院を統合、合併して、 数を減らして集約化してという話は当然出てくるのですが、そんなに簡単にまとまらない。廣井南海トラフで大規模な津波の想定が出ている地域では、高台に移転しようという動きもあるのですが、高台の面積は限られているので、資産に余裕のある方ばかり移転できて、厳しい 暮らしをされている方々は移転できないということも考えられます。そういう方々に対して地震リスクが高いというだけで、甚大な被害想定を突き付けることはちょっと暴力的ではないかとも思います。もちろん災害リスクをきちんと伝えることは研究者として重要なのですが、それで諦めてしまう人もいっぱいいるので、そこのバランスをどういうふうに取るか。そこまで見据えた防災計画をつくらないといけないなと思っています。大木人間は本当に大事なものはスペックで見ていないですよね。高台のほうがスペックがいいのだからと、携帯やパソコンを選ぶみたいには絶対選べません。愛着があってそこに住んでいるわけですから。
AIを使った避難所情報の収集
東日本大震災は約2万人の死者のうち、災害関連死は約3600人です。家屋の倒壊や津波から逃れて運よく命を拾うことができても、その後の災害関連死で亡くなることは不幸なことで、私は、これは文明社会の怠慢だと思っています。これをなんとかしなければいけない。被災者に医療サービスを提供するといっても、情報の整理をしないと需要と供給のマッチングができません。派遣できるDMATの数が限られているので、優先順位をつけるための情報が重要です。ただ、情報の整理はとても難しくて、避難所一つ取っても、公的な避難所もあれば、隠れ避難所、テント泊、車中泊、自宅で避難されている人もいる。大木熊本では軒先避難という言葉ができましたよね。山口避難所の調査はDMATや保健師、災害ボランティアの方がやったりしているのですが、それぞれが同じ避難所に対して異なる台帳をつくり始めていたりするので、まず組織間で情報の共有をしないといけない。災害医療に関する学会によると、災害関連死の原因は誤嚥性肺炎が多く、 歯みがきなど口腔ケアが重要なのです。われわれは1日、2日歯を磨かないと口の中が大変なことになります。 若い人は体力、免疫力があるから大丈夫ですが、お年寄りは肺炎になってしまう。内閣府が「避難所運営ガイドライン」と呼ばれるマニュアルを公表していま す。トイレ、口腔ケア、入浴という項 目があり、それぞれに対応する自治体 の担当部署が決められているわけですが、それぞれの対応ごとに膨大なデー タを処理しなければならない。それが 時系列で毎分、毎時のデータになると巨大なビッグデータになり、もはや人間の手で処理することは不可能です。だからAIを使おうというのが私の提案です。これができれば避難所の状況が「見える化」できる。大木これまで中越地震のときなどでも、例えばボランティアが必要なものなどをポータルサイトにまとめて、これを見て行けるようにしようと、いろいろな人がトライしたのですが、結局できませんでした。どういう戦略だったらできそうですか。山口いまはグーグルやアマゾンのA Iスピーカーがネットにつながって会話をしてくれますよね。つまり機械を相手におしゃべりができる時代になっているので、発災時には自治体の災害対策本部の電話をAI化したらいいのです。スマホを持って避難所へ逃げて、ネ ットがつながっていたら、LINEのチャットボットを使って、「お年寄りが3人いる」とか、「毛布が全然足りない」と話しかければいい。大木いちいち入力などしなくてもよいのですか。山口ただ話しかければよいのです。避難所の緊急時にエクセルにいちいち入力するなんてことはやっていられな いですよね。ましてお年寄りであればなおさらです。でも、高齢者も話せば AIが対応してくれる時代になっているので、そうやって情報を収集、分析ができないかといま研究しています。既に米国ではAIスピーカーに話しかければピザが注文できて、配達してくれるようになっています。大木いままでは現場に入力できる若手が1人しかいなくてその人がパンクしたりしていました。でも、AIスピーカーというアイデアは、話して確認すればいいのですね。いままではそのテクノロジーがなかった。
災害時の医療人の役割とは
意外と純粋に医療で助けられる命は少ないと思うのです。直接死で下敷きになった人は、もしかしたら頑張れば1人や2人は助けられたかもしれない。でも、関連死を医療の力で本当に助けられるかというと、その人たちは病院に入院しているわけではないので、むしろいま言われたような情報などが重要になってきます。医療人も医療だけではなくて介護、福祉、保健、 それこそ都市工学的に建物や道路も理解していないといけない。僕は学生のときに阪神・淡路大震災のボランティアに行って、区役所の仕事をひたすら手伝っていました。そのように医療人ではない立場で震災ボランティアをやった経験からすると、「私は医療人だから医療だけで人を救う」ということではたぶん駄目なのだろうと思います。医療人は医療の情報は普段からそれなりにパイプがあるのですが、介護、 保健、福祉などの方と基本的にあまりパイプがない。いまは高齢化社会なので、介護、医療、福祉はシームレスに しようと普段から少しずつ進んではいるのですが、それでもまだ分断している感じがあります。山口災害時の医療というのはマスの情報をまず捉えなければいけないと思うのです。いまここで感染症が流行し始めているから重点的に対応しようということが分かる情報収集手段が必要で、そこにAIを使えないかなと思っているのです。整理した情報は多職種で電子的に共有できますしね。集まってくる情報は定型化されたデ ータだけではなくて、自由記載の状況報告もいっぱいある。それも日本語を解読するAIで整理して、「ここでいま肺炎が起きています」というような情報をすぐに取り出せるような形にしたい。山崎DMATをやっていない救急医から、「情報を集めるような仕事を医者がやる必要があるのか」と言われたことがあります。東日本大震災でも医者はたぶん500人程度行っていると思いますが、せっかくのDMATの特性である機動力のある医療部隊の力が別に使われてしまっているのではないかという指摘を受けたことがあります。山口誰が最初に避難所へ入れるかというと、保健所の保健師たちも自治体の職員もすぐに入っていけない。そうすると、DMATが一番先に入るという現実があって、健康に関わる避難所のアセスメントも同時にお願いするということになってしまう。山崎一見、「なんでDMATがそれ やっているの」と言われることは確かにあるのですが、自然とそういう流れになっているところもある。医療人には、一見そうは見えなくても医療人がやる必要があるという仕事があるのだということは分かってもらいたい。医学部で医学の勉強をして卒業して、そのまま病院で働いて医者になっていると、その発想が湧きづらいんです。大体医師は自分のフィールドだと一番偉い立場に立つことが多いので、ほかのエリアの人と横並びで働くということは案外ない。分野を超えた付き合いが下手な職種ではないかという気がします。
分野を突破する仕掛け
そういう意味で慶應のような総合大学に期待したいのは、分野を突破できる仕掛けです。医学部とSFCが一緒に授業をやって防災を学ぶとか、一貫教育校で医療も含めて災害の勉強をするとか。大木AEDの使い方をいま中学校や高校で教えていますが、実は最初に始めたのは慶應の志木高校で、山崎さんも関わったんですよね。山崎そうです。最初は結構ハードルが高くて。AEDを置くとむしろ責任が発生するので置かないでくれという変な話もあったりしました。そのとき思ったのは、慶應という組織はそういった新しいことを広める発信力がすごくあるなということです。卒業生たちが将来日本の第一線で働いていくということを考えると、慶應の教育の中でぜひ防災についても議論や仕組みをつくってくれるといいのではないかと思います。小学校などでいまだによくやられている、ただ行列を組んで校庭に出るだけの避難訓練を変えていかなければいけない。そういったところも慶應の一貫教育校から変えていけば、日本全国にすごい発信力があると思います。山口その話はとても共感するところがあって、AIやSNSを防災・減災に取り入れようという話を消防や警察に持っていっても総じて反応が鈍いのです。イノベーションを現場に起こして、最新技術を社会実装するにはすごいエネルギーが必要です。イノベーションの先には大きなメリットがあるんだよ、と説得するためには、異分野の先生方がまとまると突破できる。AEDはイノベーションの最たる例ではないですか。そういったものを慶應の中のネットワークでどこかで実証をしながら効果を出して、横展開していくのがよいと思います。山崎AEDはもちろん医療の技術なのですが、技術だけでは人は救えない。使ってもらえなければ駄目で、使う人の教育もしなければいけない。それを全部突破して初めて人の命を救うことができるようになる。そういう一つ一つの積み重ねが、慶應の中でまとまれば結構いけるのではないかと、AEDを広めたときに思ったのです。いまでこそ学校でAEDと救命講習を教えるのは当たり前みたいになってきています。防災の教育も慶應ではもう普通にやっていますと言えると、10年後の日本が少し変わるきっかけになるのではないかと思います。
「防災」を文化にするには
廣井さんはどうお考えですか。廣井地震防災が、AEDみたいになるにはどうすればいいのかなと考えていたのですが、地震防災、特に巨大災害は不確実性が非常に高く、平均で考えてしまうと災害で死ぬ人は割合からすると少ない。一般的に人間の90何%は疾病で死ぬので、AEDを整備することは社会としてモチベーションが湧くのだと思うんです。一方で巨大災害は、一発起きたら日本が浮くか沈むかという話なので、政策的に対応する必要はあるのですが、個人の意識に焦点を絞ってみると、巨大災害対策のコストパフォーマンスはよいとは言えません。成人病予防などをしたほうが、はるかに命を長らえる手段と言えるかもしれません。私は防災ビジネスをいくつかのベンチャー企業とご一緒させていただいたことがあるのですが、なかなか続かない。東日本大震災直後は意識も高かったので、「CSRみたいな形でやろう」となるのですが、企業に相当の体力がない限り、儲かるかといえば微妙です。ビジネスとして続かないのであれば、行政の予算を取ってシステムをつくるしかない。しかも、技術をつくる人はいないので、結局技術が情報工学を専門とする方々から来るのを待つだけなのです。そうすると、例えば防災・減災関連のすごいスマホのアプリができた頃には、もうみんなスマホを使わなくなっているかもしれない。イノベーションは防災からは起きにくいのではないかと思います。過去の最新の知見のシステムが、10年ぐらい使い方が分からないまま放置されているという現状が散見されているので、AEDのように広げるのはなかなか難しいのかなと感じています。山崎災害医療や防災をブームで終わらせるのではなくて、なんとか「文化」に変えたいと思っています。地震が起きると一時的なブームになるけれども、ブームで終わってしまって予算が続かないといったことが起きるんです。横浜市鶴見区で地域の人を巻き込んだ災害訓練を区の20カ所ぐらいで同時にやって1000人ぐらいに参加してもらっています。いままでライバルはほかの地域の訓練だと考えていたのですが、最近はむしろ盆踊りなどをライバルと考えたほうがいいのかなと。盆踊りって、必ず町内会で会場がつくられて、もう文化として当然のようにみんな思っているじゃないですか。災害に関しても、地域の住民が万単位で毎年接するようなものに持っていけないかなと思うのです。東北沿岸部で「てんでんこ」という言葉が残っているのはそういう視点だと思うのです。廣井私も南海トラフの被災が想定される地域の訓練などを拝見すると、すごく頑張って避難訓練をされている、それは本当に頭が下がるのですが、これは20年続くのかなと思ってしまったりもします。中長期的な視点では、「防災」だけではちょっと継続が難しいと思うのです。「東日本大震災を忘れない」のは非常に重要なことですが、とはいえ辛いことを忘れるのは人間の長所でもあり、30年、50年経って世代が変わると当然忘れる。そうすると、「忘れない」だけではなく、東日本大震災や熊本地震の教訓を形のあるもの、例えばまちづくりとか、技術とか、法制度というものに埋め込む作業が必要です。防災だけでなく、例えばまちの景観とか、快適性とか、いろいろな指標とセットでうまく埋め込む工夫がおそらく必要なのでしょう。たぶんそれが盆踊りとか、お祭りといったものなのでしょうね。
「いま」がプラスになる防災教育
3・11以前は、自治体の人に防災教育をやらないかと話に伺うと、「われわれはあなたみたいに暇じゃない」と言われたものです(笑)。でも、3・11後は、うちに来てくれ、うちに来てくれで、「全校生徒を揃えたのでどうぞ話してください」と、私が50分話したら、魔法がかかったように全員死ななくなると思い込んでいるような(笑)。そういったブームで終わってしまうところがありますね。もう7年も経つので、校長が代わっても続いている学校とそうでないところの差は何か、だんだん分かってきました。結局、発災直後の生き死にだけを見ていたら続かないんです。起きるかどうかも分からない地震のために、いまを犠牲にして、いわば入試のための勉強みたいな視点でやっても続かない。社会学で目標志向のものをインストゥルメンタルと言いますが、それでは駄目なんですね。続いた学校は、担任の先生が、「もうこの際、地震なんかいいです。防災教育が学級運営にすごく役立った」とおっしゃる。つまり、防災をやったことで「いまこの時」にプラスが生じた。いつだか分からない未来に起こりうるマイナスをゼロにするための防災ではなく、「いまこの時」がプラスになることに気づいたところはとても上手くいっている。ご家庭でもそうなんです。例えば家の家具を留めたときに、「なんでおばあちゃんちは留めないの?」と防災教育を学校で受けてきた子供が言ったので、お母さんは、うちの子がそれだけ思いやりのある子だと気づいて嬉しくなったそうです。このような、「いまこの時」を充足している状態をコンサマトリーと言うのですが、コンサマトリーとインストゥルメンタルが両方満たされたときに継続的ないい防災になっている。それはつまり「防災の」教育から「防災を通しての」教育になったということなんですね。高知県の土佐清水市の例で言うと、小学生は高齢者を助けに行って自分が被害に遭ってはいけないと言われている。でも高齢者は歩くのが遅いので、このままだと目の前で流されていく高齢者を見ているだけになる。そこで皆で考えて、揺れが終わったら直ちに逃げてくださいというお手紙を、小学生が自分の担当のおじいちゃんに配りに行ったのです。そうすると、お年寄りも訓練に参加してくれる。防災教育がよりよいまちを目指すことや、よりよい自分の像が描けるように位置付けられているところはうまく続いています。廣井ビジョンをちゃんとつくってあげる仕事をわれわれはしないといけないということですね。大木さんがおっしゃったように入試と防災はすごく似ている。ただ、大学に受かりたいだけの勉強をやらされている受験生と、その先に学問って面白いとか、いろいろなことを知りたいという将来ビジョンがある受験生は、ずいぶん違うはずです。つまり防災を目的とするのではなく、よいまちに住みたいとか、みんなで仲良く暮らしたいという根底のビジョンを実現する手段と位置付けることも重要です。山崎それは医療の場でもすごく感じています。僕は地域連携の担当者でもあって、患者さんを紹介したり、転院させたり、地域の病院との連携をするのですが、普通は病院同士で利害がかち合うのだけれども、防災という切り口では、利害関係がなくなるのですごく入っていきやすい。災害医療のことで地域の病院を一つ一つ回って一緒にやりましょうと言うと普段の医療連携がよくなる。災害医療を切り口にしてとりあえず顔見知りになれる。そこから災害拠点病院の役割などを伝えることができる。そうすると、拠点病院と拠点でない中小病院との役割分担とか連携ができていく。大木防災の連携から地域の連携意識が育つわけですね。
想定外を想定する訓練
マンネリ化した防災訓練をなんとかしたいですよね。正解があって、それを達成することしか評価しないですから。大木予定調和なんです。山口アクティブラーニングと同じで、教師も学生も児童も考えさせなければ駄目だと思います。失敗前提でいろいろなシミュレーションをさせて、突発の状況を与えて君はどう考えるか、という訓練をしないといけないと思うのです。災害はどんな形で起きるか分からないし、被害の様相も千差万別で異なりますよね。教師のマインドから変えないといけない。避難訓練をして、ケガなく5分以内にちゃんと校庭に出たということが先生の人事評価につながっている。それは行政の防災訓練も同じです。失敗したら得点3ポイントみたいな形に失敗と改善を尊ぶ文化に変えていかないといけないのだろうなと思います。大木学校の先生は安全担当者の1人が全児童と全教職員の責任を負っているので、その人がやる気があってマニュアルを変えても、その年たまたま地震が起きて被害があったら、「結局前のほうがよかったじゃない」となる。だからすごい勇気が必要なんです。結局どうなっているかというと、新任の先生とか、転任して赴任地1年目とかいう先生が担当していることが多い。そこで、私は教員研修の教材として小説を書いたんです。「何月何日の何時何分に地震が起きる。そこで1年生がキャーッと悲鳴をあげて、その悲鳴が悲鳴を呼ぶ。停電で放送が聞こえなくなり、教室内待機なのに誰かが校庭に行ってしまったからみんな校庭に焦って向かい、昇降口の一番危険なところで一番大きい余震が起きた。校庭に集まったら、今度は1年生が「トイレ」と言って、トイレが流れなくて、地震とは何も関係なく雨が降り出した」と書いて、「どうですか。これを聞いて不安になったことを話し合ってください」と言ったんです。そうすると、自分のクラスの子の顔が見えてきてたくさん意見が出てくるのです。いまは冒頭部分だけ書いて、「続きの小説をあなたのクラスを想定して書いてください」とやっています。そういうふうにクリエイティブにしたら上手くいったのです。例えば自分はガラスが割れていると思っていなかったけど、「ガラスが割れていたが、6年生ならば通れると言って廊下を通して避難させた」とか他の先生が書いていると、新しいパターンに出会えるわけですね。つまり、他人のストーリーに出会うことで何が起こるか分からない想定外を疑似体験できる。廣井そこは東日本大震災の1つの教訓で、われわれも正解を知らないのですよね。防災というのは、当然避難所と避難場所は何が違うかとか、わが国ではどこでも地震が起きる可能性があるといった最低限の知識は紹介できますが、その先の話はわれわれが教えることでもないと思うのです。特にまちづくりなどになると、地域をどうしたいかは地域の人が考えることなので、彼らの発想をお手伝いすることがわれわれの仕事なのではないかと思います。災害リスクとどう付き合うかは人によるし、状況にもよります。大木そうですね。「どうしても寄り道しておばあちゃんを助けてから津波の避難をしたいのだ」と言う人に対して、「いやいや、最短距離で行かなければいけないですよ」と言えませんよね。それぞれの価値とどうやって折り合いをつけていくかですね。山口情報通信の分野から防災分野に入ってきた人間として申し上げると、通信の世界は技術標準とかグローバルなルール作りがしっかりしていないと、そもそも携帯電話がつながらなくなってしまうという、いわば統制の世界なんです。でも、防災分野はそれとは正反対だというのがよく分かりました。熱意ある人は頑張っているのだけれど、バラバラで統一感がなくて、国家としてまとめよう、ルール化しようという動きが薄い。災害の被害想定は地域で異なるので、地域ごとに多様性があってもいいけれど、誰かがまとめないと効率が悪いじゃないですか。例えば慶應発のモデルを出していくとか、国家としての標準案を示していくことが重要なのではないか。多様性とイノベーション創出のバランスをうまく取るような防災行政が欲しいですね。大木いまはリスクがどんどん個別化されているんですね。個別のリスクが見えてくると、防災マニュアルでできないものに対して、個別化を尊重しながら、どうやって標準をつくるかということが重要なのだと思います。例えば防災についてのシミュレーションの物語も全国の教科書に同じものを載せたら意味がないと思うのです。うちの小学校はこれだけ外国人の児童がいる地域なのでこういうふうにしました、としてほしい。だけど、物語を先生方でつくる研修をすると有効だということは標準化できる。そのように根幹には一定の標準があるようなものができるとよいのではと思うのです。
「帰らない」という貢献
首都直下地震の話をしたいと思います。特に帰宅困難の話はすごく重要だと思っています。3・11のときの帰宅困難はもう武勇伝のように「俺は8時間で帰った」とか言っている。でも、「首都直下地震のときにあなたは遺体を何体またいで帰るつもりですか」と言うと、皆黙るんです。例えば余震がたくさん起きて、目の前で倒壊する家があるかもしれない。あなたの真上に看板やガラスが落ちるかもしれない、という視点を皆全然持っていない。そういう最中に何時間歩いて帰るのか、というリアリティが欠けていると思うのです。廣井首都圏の帰宅困難は3・11がまさに悪い成功体験になっている。あれが帰宅困難だと思っている人が結構いますが、首都直下地震や南海トラフでの大都市の帰宅困難と、3・11や大雪での帰宅困難とは全然種類が違います。首都直下や南海トラフだと、みんなが一斉に帰ることで歩道に人が集中し、過密空間となって明石の花火大会の歩道橋事故のときのように群集なだれが発生してしまう恐れがある。あるいは車道の渋滞によって消防車、救急車が動けなくなって、助けられるはずの命を助けられないというリスクがある。つまり、自分が加害者にもなり得る。そういった啓発がまだ十分にはできていないと思うのです。大木どのような対策をしていけばよいのでしょうか。廣井帰宅困難というのは、結局歪んだ大都市の職住分布が問題ですから、帰宅困難者を発生させないという抜本的対策はすぐには難しい。そうすると発生してしまった帰宅困難者をコントロールして、どうやって帰らせないかという発想に帰着します。ただ、公共施設の数は大都市では足りないので、帰宅困難者の人たちを帰らせないための居場所をつくるには、どうしても企業の力を借りないといけない。誤解を恐れずに言えば、いままで都市防災の主体は自助と公助が主でしたが、東日本大震災以降の大都市では、企業の役割が非常に重要になってきています。企業が災害対策として地域に貢献する「共助」はいままであまりなかった。モデルがないので悪戦苦闘していますが、まちを守る新しい防災の形が徐々にできつつあると感じています。大木「帰らないことが大きな貢献なんだ」という意識を持ってもらうことですね。3・11のときに「帰れ」と言った会社がたくさんありました。何かあったら会社の責任になるからです。企業のほうにも一定の覚悟というか準備をしてもらって、帰らせないで社員を全部泊めた企業が貢献した企業になるというふうにチェンジしていかなければいけないですね。
「家族が不安」を解消するために
家族の安否確認ができないと、どうしても怖くて家に帰りたくなってしまうと思うのですが、逆に言えば、通信が生きていれば帰宅困難者のむやみな移動は防げるものですか。廣井以前はそのように言われていたんですが、東日本大震災後にきちんと調査すると、家族との連絡が取れても心配で帰っている人が多かった。だから安否確認だけではなく、帰らないメリットをきちんと準備する必要がある。食べ物を用意するとか、水を用意する、あるいは発災時にボランティアになって周りの人を助けるように意識づける、といった対策が必要と思います。大木また、帰り道はすごく危険なわけです。例えば首都直下地震は直下型なので余震がかなりあると思います。奥さんが旦那さんに「帰ってきてほしい」と言ったことで、帰り道の途中で落下してきた看板が直撃して死ぬかもしれない。そういう情報も地震学の観点から提供しなければいけないですね。廣井火災が起きた時に避難する地域住民も、細い道路は建物が倒壊して閉塞する可能性もあり、どうしても幹線道路を使わざるを得ない。その時に帰宅困難者が幹線道路を使って一斉帰宅すると、密度が非常に高くなって避難に相当の時間がかかります。ただ、やはり「家族が不安だ」というのは人間として当然の感情なので、それを否定するだけでは難しいんです。だから帰宅困難者対策で重要なのは究極的には自宅の耐震化です。自宅が不安だと、安否確認が取れても、余震があるかもしれないから帰る、となってしまう。自宅は安全なんだという認識をきちんと持つことは帰宅困難という観点からもとても重要なのです。山口移動するリスクを「見える化」をして、サイネージで「火災がこの先で起きています」という情報を見せるというのはどうですか?人間の視界はせいぜい数百メートルまでです。でも情報通信を使えば、数キロ先のリスクを帰宅困難者に示すことができます。廣井その表示が出ればいいですね。大木避難について、人間にとって一番の情報は警報などではなく、目の前に逃げている人がいるということなんですね。山口視界の範囲外で「逃げている人がいる」または「その場にとどまっている人がいる」ということが見える化できたら有効かもしれませんね。廣井ただ、そもそも市街地火災から逃げた人っていまはあまりいないんですよね。4年ぐらい前、関東大震災の被服廠(ひふくしょう)の生き残りの方に話を聞いたのですが、火災が起きたらここに逃げようという話し合いはしていたそうです。それだけ昔の人は火災リスクが身近だったんですね。でも、いまは火災避難なんてしたことがない。だからちょっと怖いなと思います。逃げ方ぐらいは地域の中で防災教育をしておいたほうがいいかなと思います。
命を守るために考えるべきこと
会社によっては安否確認システムに家族も入れるところもあります。家族も、「うちの旦那は、今日は営業だからどこにいる」というのが同じシステムで見られるようになっている。それはすごくいいなと思って、慶應にもそれを提案しているのです。そういう家族も含めた安否確認システムを事業所の単位で考えていけば、帰宅困難もだいぶ緩和できると思うのです。企業も、自分の家族まで考えてくれているのだという思いも出てくる。山崎うちの病院でも安否確認システムに家族が入れる体制にしました。東日本のときも、ドクターもナースも病院から離れられないから、自分の家族がどうなっているか分からない。目の前に患者がいるので、自分の家族と連絡していられなくなるのです。山口交通機関は復旧まで結構時間がかかりますが、帰宅困難者はいつまで滞在しなければいけないのでしょうか。廣井東京都だと一応3日、もしくは東京都が安全宣言を出すまでと言っていますね。3日というのは、72時間は生きているかどうか分からない人を助けるモード、72時間たったら今度は生きている人の命を継続させるモード、と行政対応が切り替わるのです。だから復旧とは関係なく3日たったら基本的には「歩いて帰れ」で、そのための帰宅支援も計画されています。あるいは高齢者などはバスなどで拠点まで搬送するという計画になっています。東京都の条例では3日間は帰らないでくださいとなっている。でも全員帰ったら困るけれど、3分の1ぐらい帰るのだったら、歩道でそこまで深刻な過密空間は発生しないと思うのです。3日間の中でも、時差帰宅をするとか、どうしてもという人は先に帰すとか、たぶん折り合いをつけることができます。帰宅困難者対策の主目的はやはり人的被害の軽減ですから、必ずしも全員が都心部にとどまらないと駄目というわけではないとは思います。大木いま企業のトップにいらっしゃる方は、日本がたまたま災害が起きずに経済成長していた時期に働いていた方々だと思います。社員のための一定の備蓄は5年たったら消費期限が来て、使われないことになりますが、それはもう当たり前の投資だと考えてほしい。また日本では学校などで、熱中症注意報が出ているのに運動会をやって搬送されたりします。なぜ「やめる」という決断ができないのか。私はSFCに来てすぐ、台風の予報が出たときに24時間前に休講にして、「その日私が教える授業よりももっと大事なことを教えられたと思っている」と言いました。命の前には全部ドタキャンしていいんだという概念を持って大人になってほしい。そういう意識を企業のトップが持っているかいないかは大きな違いだと思うのです。
自分のジレンマですけど、医者や看護師は患者を置いて逃げていいのかと常に悩むのです。大木私は災害医療従事者の研修の講師をさせていただいていますが、いつも1時間の研修の最後に、「患者さんのベッドの下に入ってでも自分の命を守ってください。あなたが1人生きていることでもう3000人助かることができる。そう考えねばならない事態です」と言います。でも、社会は得てして殉職した人などを美談にしてしまう。山崎たぶん看護師などは帰りたいけど帰らないで病院にい続ける人たちがたくさんいると思うのです。そういったところを美談にしてはいけないし、帰れと言ってもいいのかもしれないけど、本当に帰るとグッとスタッフの人数が減ってしまうので悩ましいところです。
首都直下地震は生活習慣病対策で
首都直下地震の対策は事象が巨大過ぎてみんな思考停止の状態になってしまっている気がするんです。ようやく2年前に内閣府が数十万人規模を動員する応急対策活動の計画を公表したのですが、果たしてそれをちゃんと実施できるのでしょうか。廣井私は4年間名古屋大学にいましたが、南海トラフは20年、30年先ではないかと一般に言われているので、割と長期戦の対策、つまり住み替えとか撤退とかいう議論ができました。野球で言うとペナントレースの戦略です。しかし、首都直下地震はいつ起きるか分からないという意識が強いからか、どうしても家具の固定とか、初期消火など短期的な、つまり高校野球のような短期決戦の戦い方ばかり議論してしまいがちです。首都直下地震でも、もうちょっと中長期的なスパンで考える機会があってもいいとは思います。首都直下の難しいところは、日本経済の沈没などを含めた、首都特有の災害とは一体何なのかがなかなか摑めない点です。それこそ未知なので、シン・ゴジラが来てもなんとかできるぐらいの対応技術がないと対応できないところがあります。このためには、社会全体で未知の部分を解き明かす作業が必要で、これは防災研究者とか防災従事者だけではできない。例えば物流とか、医療とか、いろいろな分野の方々が何が起きるかをイメージし共有するところから始めないと、無理なのかなと思っています。
大木でも地震学の見地からは、首都直下地震への備えはたとえてみれば生活習慣病対策みたいなものですよ。一方、東日本大震災や南海トラフ巨大地震は難病で、一丸となって救命しなければならない。
首都直下地震は、たとえ打ちどころが悪くても受け身が取れるのです。技術的には耐震性のある家を建てる技術も可能で、耐震基準の法整備もでき、あとは家具を留めるなどは自己責任ですから、教育でかなり解消できると思います。
家は燃えにくくなってきているし、耐震性も強くなっている。首都直下地震は毎日の心がけでいくらでもリスクを減らせる。地震学的にはそういう捉え方をしています。「タバコを我慢できない」という部分にどう切り込んでいくか。本来はその程度の地震なのです。
山口生活習慣病だからこそ、その人の意識の部分が大切だと(笑)。
大木そうです。まさに意識の部分の寄与がすごく大きい。揺れている時間は10秒です。まずその10秒を家具の下敷きにならないように生き抜いて、そこから初期消火の段階で火を消せば何とかなります。
廣井でも上物は深刻ですよ。ここまでの高密都市になると、火災は条件が悪ければ死者が万まで行く可能性も十分にある。そういった意味では、まさに生活習慣病ですが、首都圏は心がけが悪い人がたくさん集まっているので。
山崎タバコをやめさせるのはなかなか難しい(笑)。
山口通信インフラの被害想定では、首都圏の固定電話は半分ぐらいが使用不能になる。電柱もばたばた倒れる。携帯電話基地局も停電が起きたら数時間後に停止する。そうするとパニックが起きる可能性もある。首都直下地震で何が起きるかはたぶん誰も解き明かしていないのではないかと思います。
大木地震学者は地面の中しか見ないので、こういう地震が起こるのですと言う。そうすると上をご覧になっている方が、こんなことが起きるのですよと伝える。これで終わると人間はやる気が出ないんですね。その後に、例えば防災屋としての私が、「これは生活習慣病ですよ。毎日こういうふうにしたらこんなに改善されますよ」と言うと、自分はこうすればいいんだという指標が立つ。それを循環させなければいけませんね。
今日は様々な視点から有意義なお話を伺えたと思います。どうも有り難うございました。
(2018年1月26日収録、※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。)