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【特集:大統領選とアメリカのゆくえ】大林 啓吾:選挙とルールと司法──2024年米大統領選挙の伏線

執筆者プロフィール

  • 大林 啓吾(おおばやし けいご)

    法学部 教授

    大林 啓吾(おおばやし けいご)

    法学部 教授

2025/02/06

「われわれは、これらの掟が厳正にまもられていることを信じて疑わないけれども、自分の知らない掟によって支配されるというのは、きわめて苦痛なことである。」(カフカ「掟の問題」『決定版 カフカ短編集』(頭木弘樹編)、201頁、新潮社、2024年)

2024年大統領選挙は共和党の司法戦略が奏功したといってよい。トランプは数々の裁判を抱えて選挙戦に挑むという異例の事態に直面しながらも、それによって致命傷を受けることなく選挙結果を迎えることができたからである。そのことは共和党が徐々に形成してきた保守的司法が影響したといえるだろう。現在のロバーツコート(連邦最高裁)は9人中6人が保守派であり、保守的コートを形成しているからである。ただし、判断結果がトランプに不利にならなかったからといって、それが党派性に基づいていたと即断するのは早計である。そもそも司法は直接選挙の勝敗を決めるわけではなく、選挙にまつわるルールの裁定を行うにすぎない。むしろ司法は自己裁量統制に努めながら法的判断に徹することで、政治とは距離を置いた司法を維持しようとしていたように思える。

また、選挙は司法のルールにも影響することがある。2020年のコロナ禍の選挙において訴訟が頻発した際、連邦最高裁が例外的に緊急判断を行い、今回の選挙でもそうした事例が複数存在した。ここでも、司法には公正な判断と最小限の影響が求められるわけであり、この例外ルールの判断をみると、そうした考慮を看取することができる。

さらに、今回の選挙結果は刑罰のルールにも関係するかもしれない。トランプは数々の罪で起訴されてきたからである。罪を犯した場合には刑罰を受けるのがルールであるが、トランプの当選はそうしたルールにも影響を及ぼす可能性がある。トランプはアメリカ史上初めて自己恩赦を実施する可能性があるからである。

このように、今回の選挙には様々なルールが伏線的に存在しており、それが重要な役割を果たしていると考えられる。そこで本稿では24年選挙に関する諸々のルール問題を明らかにし、それに対して司法がどのようにコミットしたのかを考察した上で、そうしたルールの不知が意味するところを考える。

Ⅰ 3段階の選挙ルール

1 憲法要件ルール

選挙に関する最上位のルールは憲法であるが、大統領資格について定めるところは少ない。すなわち、出生によりアメリカ市民であること、35歳以上であること、14年以上アメリカに居住していることである*1。ところが、今回の選挙では忘却の彼方にあった要件が姿を現すことになった。欠格条項の存在である。この要件はおよそ150年前に南北戦争の際に南軍に加担した者の公職復帰を妨げるために設けられたもので、公務員として憲法忠誠を誓っておきながら反乱や暴動に参加した者を公職に就かせないようにした*2。その後、無聊を託っていたこの条項が久方振りに登場する機会となったのが、24年選挙であった。2021年1月の議事堂襲撃事件に関与した疑いが持たれていたトランプに対し、この規定を根拠とした訴訟が提起されたのである。コロラド州最高裁が立候補資格を認めない判断を行ったため、トランプ側が上告し、いよいよ連邦最高裁が判断することとなった。2024年3月、Trump v. Anderson判決*3は州が大統領立候補資格を決めることはできないとした。それは連邦の管轄であり、州が判断すべき事項ではないとしたのである。Trump v. Anderson判決は予備選後になると選挙への影響が大きくなるため、司法判断の影響を最小限に抑えようとしてスーパーチューズデーの前日に判断を下している。

これにより、憲法上トランプの出馬を妨げる障壁はなくなった。なお、2020年選挙に絡む共謀罪等の刑事裁判の審理は継続中であったが、服役中の立候補の可否に関する憲法上の規定は存在せず、特にこれを規制する法律も存在しない。もちろん有罪判決を受けて収監されてしまうと選挙活動に支障が生じてしまうが、2024年7月、Trump v. United States 判決*4は6対3で一定の刑事免責を認める判断を下し、トランプはこの問題もクリアすることとなった。

一見するとトランプ有利の判断にみえるが、それは結果的な問題であり、判断内容自体は必ずしも党派的とはいえない。連邦最高裁は連邦制や権力分立に基づいて判断し、あくまで法的判断に徹する姿勢を貫いた。Trump v. Anderson判決は全員一致の判断であり、Trump v. United States 判決は6対3で保守とリベラルに分かれたものの、そこで争点となったのは権力分立や法の支配の理解であった。司法が法的判断のみを行うのは当然とはいえ、その法的判断の客観性を担保するために原意主義的判断が行われた点にも留意すべきである。Trump v. Anderson判決は修正14条3節の条文の意味や制定後の歴史的慣行に着目するなど原意主義的判断を行い、Trump v. United States判決も権力分立や執行権について憲法制定者の見解を重視するなど原意主義的判断を行っている。原意主義はかつてスカリア裁判官が法理論化して以来、裁判官の裁量統制方法の1つとして有力に提唱されており、これらの判決が法に徹していることを裏付ける根拠になる可能性がある。

2 選挙制度ルール──投票権法と投票権稀釈

憲法上の立候補資格ほど選挙に影響を与えるわけではないが、間接的に選挙に影響を与える可能性のある法制度が存在する。選挙制度に関するルールである。市民権運動の影響を受けて制定された1965年投票権法は州が差別的な投票方法等を設けないようにするため、連邦が投票方法等の変更をチェックするプレクリアランスの仕組みを設けた。それは黒人支持層の多い民主党に有利な法制度として受け止められ、共和党はその廃止の機会をうかがっていた。2013年のShelby 判決*5はその対象となる適用法域指定方式に関する規定を違憲とする判断を下した。判決は、現在は約半世紀前の投票登録や投票率の状況が大きく変わっており、当時と同様の枠組を用いることは州の主権を侵害し、州権平等に反するとしたのである。この判決は5対4で下されたものであり、リベラル側の裁判官はすべて反対に回る形となった。本判決の結果、それまで適用対象となっていた州、さらには適用対象とされていなかった州も、投票時のID確認を要求するなど投票手続を厳格化するようになり、またオンラインによる選挙登録も廃止するようになった。これらの措置は公正な選挙を理由としたものであるが、それがマイノリティの投票行動に不利に働くという指摘が多い*6。

また、選挙区の設定については、特に党派的ゲリマンダリングへの対応で見解が分かれた。2019年のRucho判決*7は僅差で保守派が法廷意見を形成し、この問題に政治問題の法理を適用して司法判断を回避した。ただし、党派的ゲリマンダリングは両党ともに実施している可能性があるため、司法判断の回避はいずれか一方に有利になるわけではない。

一見すると、これらの判断は保守的コートによる24年選挙への地ならしであったように見える反面、共和党のみに有利に働く保証はなく、またいずれも法的判断以外の政治的要素を考慮したという証拠があるわけでもない。こうした選挙制度に関する司法判断が今回の選挙にどの程度影響したのかは今後のリサーチ結果などを待つことになろう。

3 選挙活動ルール──政治資金規正

ロバーツコートは政治資金規正を緩和する傾向にあり、2010年のCitizens United判決*8を筆頭に数々の違憲判決を下してきた。政治資金規正の緩和は大企業や富裕層の支持が多い共和党に有利になるといわれてきた。もっとも、巨大テックや巨大企業、裕福なインテリジェンス層は民主党支持であることも少なくなく、必ずしも共和党にのみ有利になるとは限らない。ただし、ロバーツコートがネガティブキャンペーンの規制を大幅に緩和したことは、真偽不明であっても誇張的表現を使って相手を批判するのが得意なトランプ陣営に有利に作用した可能性があったとみる向きもあるだろう。だが、それは印象論にすぎず、そもそもトランプの立候補が決まる以前からの判断であるため、共和党にのみ有利な判断とはいえないだろう。

Ⅱ 例外ルール──選挙時のシャドードケット

次に、選挙に絡む訴訟と司法のルールの関係を取り上げる。それが、シャドードケット(影の事件表)である。原告が緊急差止を求めて出訴した場合、連邦最高裁は連邦高裁の審理中でも事件を取り上げて緊急決定を行うことがある。このとき、通常の事件表ではなく緊急事件表に掲載され、裁判所に提出されるアミカスや口頭弁論が省略されることが多く、実体判断には踏み込まずに差止の可否のみが迅速に判断されるので、人知れず重要な決定がなされてしまうがゆえに、シャドードケットと呼ばれる。

24年選挙では4件のシャドードケットがあった。まず、Republican National Committee v. Genser 判決*9では、機械によって無効票と扱われた郵便投票について暫定投票を認めるかどうかが争われ、共和党は暫定投票の集計を認めたペンシルベニア州最高裁の決定の停止を求めたが、連邦最高裁は停止の請求を認めなかった。次に、Beals v.Va.Coal. for Immigrant Rights 判決*10は、バージニア州知事が市民権のない者を有権者名簿から抹消したため、移民団体らがその差止を求めて提訴した。連邦高裁はそれを差し止める判断を下していたが、連邦最高裁が差止停止の請求を認めた。また、Kennedy v. Benson 判決*11では、無所属で立候補したロバート・ケネディ・ジュニアが選挙戦から撤退したことを理由にミシガン州の投票用紙から名前を削除するように求めたが、連邦高裁はそれを認めず、連邦最高裁も緊急差止を認めなかった。Kennedy v. Wisconsin Elections Commission 判決*12も同じくケネディが選挙戦から撤退したことを理由にウィスコンシン州の投票用紙から名前を削除するように求めた裁判であるが、連邦高裁はそれを認めず、連邦最高裁も緊急差止を認めなかった。

これらのケースを見る限り、司法判断はいずれかの政党に肩入れしているわけではない。むしろ、この種の選挙訴訟について司法判断を行うことで選挙に影響が生じないように迅速に処理し、かつできるだけ現場の判断に任せるようにした形となっている。

Ⅲ ルール違反の恩赦?──自己恩赦の問題

さて、選挙に勝利したトランプであるが、かねてより自身に恩赦を与えることに言及してきた。当選したことにより、少なくとも現職中は訴追されるおそれがなくなり、実際複数の訴追が撤回された。しかし、退任後、別途訴追される可能性は残っており、トランプはそれを警戒して自己恩赦を行う可能性がある。

しかし、これまでに自己恩赦が行われた事例はなく、ウォーターゲート事件の際は後任のフォード大統領がニクソン元大統領に恩赦を与えた。判例上、これまで大統領には恩赦について広範な裁量が認められてきたこともあり、訴追の前後を問わず、また事件全般を対象とした自己恩赦が行われる可能性がある。ただし、自己恩赦は何人も自己を裁くことはできないという法の一般ルールに違反するようにも思える。一方、憲法の恩赦条項は弾劾の場合を除き恩赦に限界を設けていないため、自己恩赦が認められる余地もある。

これまでの判例法理を見る限り、恩赦については大統領に広範な裁量が認められており、自己恩赦の可否が裁判になった際には自己恩赦が認められるかもしれない。また、Trump v. United States 判決は職務行為でなければ刑事免責の対象にならないとしたが、自己恩赦は私的行為をもカバーするかもしれないので、公私を問わず大統領を法の網から外してしまう結果となる。訴訟になったとき、司法はいかなる判断を下すことになるだろうか。

後序

エピグラフは、民衆は貴族が作ったルールの中身を知らないにもかかわらず、それが守られていると信じているという悲壮的状況を描写したものである。このことは選挙のルールにも当てはまる。専門家でもなければ先述のルールを熟知しているとは言い難い。一般に知られているのはせいぜい大統領の出生要件や年齢要件くらいであり、選挙の世界に没入しなければ複雑な選挙資金規正や投票権法の監視プロセスを理解するのは難しいだろう。ましてや、修正14条3節の欠格条項はとうの昔に忘れ去られていたものであった。

このことは翻ってリベラルに対する箴言となる。民主党敗北の理由として様々な要因が提示されているが、その中の1つに市民感覚とズレたエリート的思考が指摘されている*13。とりわけ、欠格条項の問題はそうした側面を含有しているのではないだろうか。市民にとって馴染みのないルールを用いてトランプを糾弾することは、そのこと自体が市民の共感を得られたとしても民主党のインテリジェンス層と市民の径庭を示す卑近な例だったのではないか、ということである。他面、エピグラフが示す通りルールが守られていると信じられている状況こそが重要であり、ルールが破られたかもしれないという事実があれば市民の支持が得られるといえるかもしれない。だが、そうなると、その延長線上で共和党が公正な選挙というルールを維持するためにルール違反のチェックを厳しくすることも共感を呼ぶ可能性があり、そこでも民主党は再考を迫られる。

もっとも、かつては共和党においても富裕層と市民層における乖離があったわけであり、いかにしてエリート層と市民層の距離を埋めるかが両政党にとって重要な課題といえる。とすれば、共和党は保守的司法の形成に成功したとはいえ、エリート層の1つである司法がどのようにしてルールを維持しながら市民の信頼を獲得していくかもまた重要な課題となってこよう。

〈註〉

*1 憲法2条1節5項。

*2 修正14条3節。

*3 Trump v. Anderson, 144 S. Ct. 662 (2024).

*4 Trump v. United States, 144 S. Ct. 2312 (2024).

*5 Shelby County v. Holder, 570 U.S. 529 (2013).

*6See, e.g.,Zoltan Hajnal, John Kuk, Nazita Lajevardi,We All Agree: Strict Voter ID Laws Disproportionally Burden Minorities, 80 J. POL. 1052 (2018).

*7 Rucho v. Common Cause, 588 U.S. 684 (2019).

*8 Citizens United v. Federal Election Commission, 558 U.S. 310 (2010).

*9 Republican National Committee v. Genser, 2024 U.S.LEXIS 4422.

*10 Beals v. Va. Coal. for Immigrant Rights, 220 L. Ed. 2d 179 (2024).

*11 Kennedy v. Benson, 220 L. Ed. 2d 179 (2024).

*12 Kennedy v. Wisconsin Elections Commission, 220 L. Ed.2d 178 (2024).

*13 Nicholas Kristof,Will Democrats Finally Pay Attention tothe Working Class?, N.Y. TIMES, Nov. 10, 2024, SR at 3.

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。