慶應義塾

【特集:新春対談】新春対談:次世代を見据えた日本の展望

登場者プロフィール

  • 翁 百合(おきな  ゆり)

    その他 : 日本総合研究所理事長その他 : 政府税制調査会会長その他 : 評議員経済学部 卒業経営管理研究科 卒業

    1960年生まれ。82年慶應義塾大学経済学部卒業。84年同大学院経営管理研究科修士課程修了。2011年京都大学で博士(経済学)。専門分野は金融システム、社会保障、経済政策。エコノミストとして実績を重ね、内閣官房「新しい資本主義実現会議」構成員、金融庁金融審議会委員等、政府役職も多数務める。

    翁 百合(おきな  ゆり)

    その他 : 日本総合研究所理事長その他 : 政府税制調査会会長その他 : 評議員経済学部 卒業経営管理研究科 卒業

    1960年生まれ。82年慶應義塾大学経済学部卒業。84年同大学院経営管理研究科修士課程修了。2011年京都大学で博士(経済学)。専門分野は金融システム、社会保障、経済政策。エコノミストとして実績を重ね、内閣官房「新しい資本主義実現会議」構成員、金融庁金融審議会委員等、政府役職も多数務める。

  • 伊藤 公平(いとう こうへい)

    その他 : 塾長

    1965年生まれ。1989年慶應義塾大学理工学部計測工学科卒業。94年カリフォルニア大学バークレー校Ph.D。助手、専任講師、助教授を経て2007年慶應義塾大学理工学部教授。17年~19年同理工学部長・大学院理工学研究科委員長。日本学術会議会員。2021年5月慶應義塾長に就任。専門は固体物理、量子コンピュータ等。

    伊藤 公平(いとう こうへい)

    その他 : 塾長

    1965年生まれ。1989年慶應義塾大学理工学部計測工学科卒業。94年カリフォルニア大学バークレー校Ph.D。助手、専任講師、助教授を経て2007年慶應義塾大学理工学部教授。17年~19年同理工学部長・大学院理工学研究科委員長。日本学術会議会員。2021年5月慶應義塾長に就任。専門は固体物理、量子コンピュータ等。

2025/01/06

少子高齢化という課題

伊藤

新年、明けましておめでとうございます。今日は翁百合さんをお迎えして、「次世代を見据えた日本の展望」ということをテーマにお話ししていきたいと思います。

翁さんは昨年1月に政府税制調査会会長にご就任され、慶應義塾評議員もお務めいただいており、慶應義塾の将来に向けて大変なご支援をいただいています。

慶應義塾は多くの将来世代に学びの場を提供する学塾であり、全社会の先導者となること、すなわち社会の幸せと発展を目的とする研究・教育に携わっています。しかし、「失われた30年」と言われる、経済の低成長に加えて少子高齢化が進む日本では、相対的に高齢者の数が多くなることから、喫緊の課題に対する政策や国費配分が優先され、次世代の日本の豊かさという中長期的な構想に基づく政策が限定されていると感じる若者たちもいます。

今日の対談では新春にふさわしい明るさと、よい意味での楽観性を保ちながらも、次世代を見据えた日本の選択、そして慶應義塾の未来について翁さんと語り合いたいと願っています。

よろしくお願い致します。おっしゃる通り、長い間、日本は「失われた30年」と言われていましたけれど、現在、経済の潮目は少し変わってきたと思っています。コロナ禍後、人手不足が顕在化し、賃金も上がり始め、物価も上がってきました。逆に地政学リスクは大きくなり、難しい面があるのですが、日本経済は企業収益も好調で回復しており、2024年にはマイナス金利も解除されました。

国内設備投資も、九州ではTSMC(台湾積体電路製造)が参入し、国内企業の設備投資も活性化する動きもあり、株価もようやく30年ぶりの高値水準を付けて、少し元気になってきたかなという印象をもっています。

一方で、おっしゃる通り、今、日本は少子高齢化に突き進んでいまして、2023年の合計特殊出生率が1.20。2024年は出生数が70万人を切るかもしれない状況です。2015年は毎年生まれる赤ちゃんが100万人いたので、これは慶應義塾にとっても大変な問題だと思います。

人口減はある程度進むことは仕方がないのですが、その中でも活力のある社会をつくり、急速な少子化を抑制していくような長期的取り組みが必要になってくる。日本にとって大変大事な時期になってきていると思います。

伊藤

今、新入社員の初任給を上げる会社がずいぶん出てきたので、そういうニュースは若者たちにとって明るい話題ですね。そのほか、今ご指摘いただいた点はどれも大切なことだと思います。

18年前の卒業式祝辞のアドバイス

伊藤

実は私が翁さんに「この方はすごい」と驚いたのは、2007年3月の大学の学部卒業式でした。翁さんは塾員代表として祝辞をステージ上で述べられ、それを私はフロアの1人として伺っていたのです。

そのお話の中で、翁さんが卒業された1982年は高度成長の最後のストレッチで、まさにバブルに向かう頃、終身雇用を前提に、同級生たちも皆一生を預けるような気持ちで会社に就職したと言われた。ところが、1990年代にバブルが崩壊すると、仲間の一部は会社に一生を捧げるという前提を失いました。

当時の翁さんはちょうど卒業25年ということでしたが、祝辞の中で、「私たちの世代は、さすがに25年前に比べて逞しくなり、社会のいろいろなところで頑張っています」と述べられた上で、卒業生たちに次の3つのアドバイスをくださいました。

1、仕事を通じて少なくとも何か1つのことについて、プロフェッショナルと言われるような専門性をもつこと。2、逆境になっても諦めずに粘ってほしいということ。3、心豊かな人生を歩んでいただきたいということ、でした。

18年前の祝辞を覚えていらっしゃるかわかりませんが、その時言われたこの3つのアドバイスを今、どうお感じになりますか。

有り難うございます。今でももし若い方にお話しする機会があったら、やはり同じようなことを言うかなと思います。まず、プロフェッショナリズム、専門性は、ますます必要とされる時代になってきていると思います。働き方も、ゼネラリストであるより、だんだんとジョブ型を組み合わせて、もう年功序列だけでは通用しない時代になってきている。

また、逆境になっても諦めずに粘ることは、いつの時代も大事で、社会に出れば必ず難しい局面があるので、そういった時の対処によって、その後の人生が決まっていくと思います。

3番目もその通りだと思います。

伊藤

そうですか。まず、1つ目の「仕事を通じてプロフェッショナルと言われるような専門性を持つ」というところですが、続けて「いわゆる会社人間の時代はもう一昔前に終わっている」とおっしゃっています。入った組織に幸い愛着を持てたとしても、それだけでは十分ではない。同時に自分の仕事の専門性に対しても、愛着と誇りを併せ持ってほしい、ということですね。今はジョブ型という言葉もありますが、まさに自分の専門性に誇りをもつことが、心の支えになり、社会人としての強さにつながるということでしょうか。

今は働き方が大きく変わってきていて、スキルや専門性を持つことがこれまで以上に大事になっているし、若い方はそのような志向がとても強くなっています。リクルートマネジメントソリューションズの意識調査を見ると、20代、30代は自分の自律的・主体的キャリア形成についてすごく考えています。機会があれば転職も考えたいという人も増え、世の中が変わってきている感じがします。

伊藤

終身雇用制度が当たり前の時代は、逆にプロフェショナリズムを発揮しようとしても、会社の方針に合わせざるを得なくて、異動でどの部署にいくかわからないので力が発揮できないこともありましたが、それが変わってきたということですね。

ええ。それは女性にとってもすごくいいことです。労働の流動性が高まると、よい社員を確保しておきたいという考えも企業側に強まるので、賃金引上げのみならず、よい職場環境や成長の機会を提供するようになっていく。その好循環が働くと思うのですね。

人手不足も深刻になってきていますので、これから社会に出る方たちは以前に比べて、より企業を厳しく選べる時代にだんだんなってきていると思います。

伊藤

また、若い人たちは夫と妻、また様々なパートナーがお互いを助け合うようになってきています。女性が自立して働き、それを夫が助けて転勤も妻に合わせてついて行くなど、いろいろな形が出てきています。

私の知っている会社でも、妻のアメリカ勤務の時に夫が仕事をいったん辞めてきた、という形が増えています。以前とは隔世の感がありますね。

伊藤

それで皆さん、幸せが実感できればいいわけです。でも、われわれにとっては隔世の感でも、若い人たちは、まだまだと感じるところはあるでしょうね。

そう感じている人はたぶん多いと思います。特に今活躍している女性はパイオニア的役割を担っている方も少なくなく、いろいろな苦労があり、このまま仕事と家庭を上手く両立してやっていけるだろうか、という不安をもっている方はまだ多いと思います。

逆境を乗り越えるための専門性

伊藤

これからの時代、家族をどのような形にしていくかということは大きなテーマですね。

さて、2つ目の「逆境になっても諦めずに粘ってほしい」というところですが、「社会に出れば個人の力ではどうしようもない困難に直面することがあります。(中略)逆境がない人などいません。しかしそのときに踏ん張ってください」と続けられています。実際にこの後、リーマンショックが来たわけですね。

翁 リーマンショックがあり、東日本大震災がありました。日本は自然災害が多いですし、そういった個人では抗いきれないことは起きると思います。

伊藤

その時、どうしても社会的なシステムによる支援が大切になりますし、お互いを助ける余裕も大切になりますね。

そうですね。もちろん国や地方自治体が支援するわけですが、NPOや慶應義塾もいろいろな支援をされています。公助と様々な人たちによる共助が大事ですね。自助に加えて公助・共助を上手く重ねてサポートすることで自立でき、逆境を乗り越えていくことができるとよいと思います。

伊藤

祝辞で、「外から支えになってくれるのが、自分を取り巻く家族や友人であり、内からの支えが、自分が頑張って構築してきた仕事の専門性」と言われています。私は家族は内ではないかという印象を持っていたのですが、外というのは自分以外のこと全部で、内は自分の専門性だという言葉は、すごくインパクトがありました。

私が若い頃は、サラリーマンは専門性をもつのが難しい時代だったと思うのですが、当時でも専門性を磨いてチャレンジしたことで、金融危機などの際に活躍し、その後飛躍された方もいます。

私は産業再生機構で、2003年から4年間ぐらい活動していました。そこでは皆さん、日本の金融危機の克服に貢献したいと銀行や会計事務所、弁護士、アナリストといった方たちが集まって専門性を基礎として新たに学び直し、様々な企業の再生を行ったのですね。そういう場所を経てきたので、専門性を磨き挑戦する重要性を特に感じていたのだと思います。

環境変化に応じた対応を

伊藤

2007年というのは、ちょうどインターネット革命があり、Suicaなど交通系カードの電子化が一気に進んでいる頃でしたね。

そうですね。インターネットは1997、98年頃から皆やり始めたのかと思いますが、今はもうスマホが当たり前になり、本当に時代は大きく変わったと思います。

伊藤

今のAI革命に非常に似ているところがありましたが、一方で、あの時は世界情勢は比較的安定していました。

地政学的にもソ連の崩壊があり、デモクラシー、資本主義が唯一の勝者だと思われていた。これからはフランシス・フクヤマの『The End of History and the Last Man(『歴史の終わり』)』みたいになる、と皆が思っていた時代です。

中国も当時はまだまだ発展段階で、大国になればきっと民主主義の陣営に入ってくると楽観的に思っていた人も多かった時代です。そこは今と大きく違いますね。当時はちょうど中国経済が大きくなり始めていた頃で、「(経済について)トンネルを抜けて、視界が開けてきた」と話したのは、海外需要が大きくなってきた時だったんですね。

金融危機時に行っていた預金の全額保護が2005年に全部終了し、企業もかなり筋肉質になっていた。そこに中国、アジアがだんだん台頭してくる。アジアの時代と言われ始めていた時代でした。でも、残念ながら、その後もずっと日本の賃金は低いままでした。

伊藤

1990年代後半から2000年代にかけて、不良債権処理を行い、あれだけ銀行が統合されたわけですが、それをやっていなかったら、どうなっていたのでしょうか?

あの時はかなりドラスティックに銀行統合が進み、都銀11行と言っていたのが、今や5行という感じになっています。人口が減っていく中、長期的には統合は自然な流れだと思います。ただ、海外と比較すると、日本はすごくゆっくりと変わっており、金融危機への対応も北欧などと比べると、大変時間がかかったと思います。もちろん、日本も時間をかけてきっちりと処理をしたことで、その後、金融システムの健全性が改善した面はあると思います。

伊藤

北欧諸国などは、国が小さいこともあり、アメリカなどその時の資本主義のやり方に完全に合わせていたのかと思いますが、日本は変化させるのも当然プロセスがかかります。実際、これで本当に戦っていけるのかと、私は聞かれたことがあるんですが。

やはりドラスティックに統合できたのは、情報開示がしっかりできている土壌が北欧やアメリカにあったからだと思います。北欧などでは金融システムを助けるためには公的資金が必要だと、政治家がきちんと正面を向いて言えたことも大きかったと思います。

一方、日本は情報開示がすごく遅れていて、護送船団方式と言われるように、ゆっくりと弱いところに合わせて金融行政をやっていた。そういうことがあったので、処理も遅れてしまったと思います。

伊藤

18年前、当時、働き盛りの40代後半の仲間の皆さんと、高度成長期を支えた先輩方、それにバブルの後に入ってきた後輩たちと一緒に仕事をするのは、「狭間にいるな」とお感じになられていましたか。

そうですね。高度成長期は石油ショックの1973年ぐらいまでと言われていますが、まだ80年代も経済成長していたのです。それが90年代に入ると、バブル崩壊でものすごく世の中が変わってきた。一方、昭和時代の成功体験を持つ上司の方たちも多い。

そのような感じは今も多少残っていると思います。残すべきところは残し、変わるべきところは変わっていかないと、環境変化のスピードはすごく速いので、それに対応できる企業とそうでない企業で差がついてしまうと思います。

昔はメインバンク制で、銀行が企業経営に対して大きな影響力をもっていたわけです。それが、2000年頃からだんだんと海外株主が増えてきて、現在、東証の上場企業の株式保有比率は海外株主がトップです。そのように、ずいぶん企業を取り巻く環境も変わってきました。コーポレートガバナンスなど、仕組みもずいぶん整えてきていますが、資本市場からの改革要請も強まってきているという感じがします。

1億総中流意識は変質したのか

伊藤

次に「心豊かな人生を歩んでいただきたい」というところです。祝辞で「最近も食品会社やガス機器会社などの不祥事が、再三報道されています」とありますが、不祥事報道は今でも変わりませんね。しかも、その時に「関与した人たち自身が、どこかで自分の心の中の声に耳を塞いだまま、判断した」結果、起こったものではないか、とおっしゃっている。まさに、これは今でも同じなのではないかと思うのです。

続けて、「心の中の声を聞き続ける最良の道は何か」と問いかけられて「本当のところは私にもわかりません」と断られた上で、「家族、友人、趣味、様々な小さな喜びを忘れず」と言われる。私もこれが、今はすごく大切だと思うんですね。

有り難うございます。

伊藤

1970年代に一億総中流という言葉が出てきました。「あなたの生活水準はどう思われますか」という質問に対して、70%以上の人が上中下の選択のなかで「中」を選んだことで一億総中流と言われたのですね。これは、日本にとってとても幸せなことだったと私は思っているんです。

ところが今でも、2023年の内閣府「国民生活に関する世論調査」を見ると「中」を選ぶ人が8割以上なんですよ。

そうなんです。

伊藤

しかし、このようなこともありました。慶應義塾の奨学金授与式で、シングルマザーの家庭で育ち、きょうだいの方も障害を抱えていて、大変な苦労をされている奨学生代表の塾生が素晴らしいスピーチをしてくれました。その中でハッとしたのが「一億総貧困と言われる日本において」という言葉が出てきて、聴衆の若者たちが頷いていたことです。調査上は一億総中流のはずなのに、若者たちは一億総貧困に頷くのです。

それは経済的な面だけでなく心の面もあるかもしれません。例えば好きな趣味とか、毎日に満足しているかということも関係してくるのかなと。要は、翁さんが祝辞でおっしゃった「様々な小さな喜びを忘れず、心の水脈を絶やさないように、心豊かに生きる」ということが、今の若者にとって難しくなっているのかもしれません。

そうかもしれないですね。最近の物価高もあり、余裕がなくなってきていますよね。所得面を見ても、残念ながら賃金が上がっていなかったことが象徴的ですが、経済状況は30年前に比べてよくなっているわけではない。ジニ係数という所得格差の指標は海外ほどは広がっていませんが、世界との相対的な地位を見ると、日本はやはり落ちてきています。

1つは円安の面もありますが、所得環境はいい状況になっているとは言えない。にもかかわらず、中流意識を持っているとすれば、2つぐらい可能性があって、1つは日本は住みやすく、海外と比べれば安価でおいしいものも食べられる。そういう意味では、日本にいれば割に満足して生きていけると思っている人はそれなりにいらっしゃるのかとは思います。

もう1つは、同じ世論調査でも確認できますが、時間のゆとりを持って生活できている人が比較的多く、所得環境は厳しいが、家族友人関係、趣味などが生活の充実の助けになっている可能性はあるのかなと思います。

伊藤

収入面で厳しくても、週末には子どもの野球チームのコーチをして幸せを感じるとか、いろいろな幸せを感じる方がいるということですね。

「ソーシャルブリッジ」の必要性

伊藤

一方、一部のお金持ちの発信を見て、そういう世界とは別世界ということから格差を感じている人もいるのかなとも思います。そのあたりは難しいですが、どうすれば1人1人が幸せを感じられるのか。もちろん子どもの貧困といった問題もあり、そこは国が助けるべきだと思うのですが。

大手上場企業などに勤める方は、比較的ゆとりをもって過ごせている方が多いと思うのですね。しかし、やはり正規・非正規雇用の格差の問題などがあると思います。就職氷河期の方など正規社員になりたかったのになれなかった方に対しては、日本は今までそんなにサポートできていなかったと思います。

私は日本にとって一番大事なことの1つが、人への投資だと思っています。企業に勤めている方のリスキリングだけでなく、非正規にとどまらざるをえなかったような方、不本意な形で今の会社に勤めているけど、いつか飛躍したいと思っている方々に手を差し伸べるべきではないか。ソーシャルブリッジという言葉がヨーロッパにはありますが、まさに次の仕事に円滑に異動できるためのサポートをするのは国、自治体な ど政府の役割だと思います。

伊藤

同一労働同一賃金ということなのに、会社の中で同じ仕事をしていても、正規、非正規で給与格差があるとも言われています。また、エッセンシャルワーカーに対する尊敬の念が、薄いと私は非常に感じているのですが。

そうですね。医師、看護師を始め、今回のコロナの時などは本当にエッセンシャルワーカーの方たちに助けられました。

伊藤

消防士の方、警察官の方、清掃してくださる方などもそうです。

保育士の方や介護士の方などの給与水準が公的価格で低い方が多いので、そういった方の賃金を上げていかないと持続可能ではないですね。そういう政策は非常に重要だと思います。

社会的課題解決の進展具合

伊藤

翁さんは祝辞の後半で、「現在、地球温暖化がグローバルに深刻化しています」と、急に切り出されるんですね。これはちょうどアル・ゴア元副大統領が『不都合な真実』を出した直後ぐらいでしたよね?

そうです。ゴアさんの先見性は素晴らしかったですね。

伊藤

さらに、「今後企業が活動していくうえで、環境への配慮や、子育て支援といった社会的責任を果たすことは欠かせない」とおっしゃっている。それから今、18年ほどが経ったわけですが、これらのことについてはいかがですか。

ようやく取組みが本格化してきているところでしょうか。地球温暖化対策は、2015年頃から金融市場で欧州の投資家の人たちがずいぶん動き始めました。その国際的な動きがうねりとなって、環境問題に対応できていない企業はサステナブルではないと評価されるようになってきています。グローバルな流れは大きくなりましたが、トランプ大統領に再びなることで、やや不確実性が増しています。

私は政府の新しい資本主義実現会議に委員として入っていますが、その理念は社会的課題を解決することをむしろ機会として、長期的企業価値を向上させることです。つまり、成長戦略で社会的課題解決とともに企業価値を上げていく考え方です。ブラックロックのラリー・フィンクCEOや、またビジネス・ラウンドテーブルなどでアメリカでも2010年代ぐらいから言われ始めていて、日本もそういう方向になってきている。こういう考え方には賛同しています。

子育てに関しても男性育休が義務化され大きく伸びてきています。まだまだだと思いますが、とても大事なことだと思っています。

伊藤

祝辞の中でも「ワーク・ライフ・バランスのとれた生活を送ることは、努力がいります」とおっしゃっていました。そして、「社会に貢献しつつ、心豊かな時間を持つ努力をしながら、よき人生を歩んでいっていただきたい」ということで話をまとめられているのですが、心の豊かさが1つの大きなキーワードになっていますね。

私も共稼ぎで、夫もずいぶんサポートしてくれましたが、子どもが小さい頃は心のゆとりはなかなかなく、とにかく仕事と家庭を両立することだけで精一杯でした。しかし、ライフタイムで見ると子育ての時期は案外短くて、その後にまた自分の時間もとれるようになりました。そうなると自分の仕事以外の趣味もできるようになる。10年ぐらいで、その後はだいぶ楽になる感じなので、今、両立で精一杯の方も上手く大変な時期を乗り越えて、ロングタームで人生を豊かに過ごしていただきたいと思います。

伊藤

翁さんの世代、また少し後の世代も、結婚した女性で活躍されている方は、ほぼ間違いなくパートナーの方のサポートがありますね。

それはとても大事なことですね。やはりお互いに助け合えると家庭と仕事の両立は容易になると思います。実際にOECD諸国で見ると、男女の無償労働の格差は日本が一番大きく、男性の家事・無償労働は平均1日40分なんですね。本当に短くて、そういった国ほど少子化が進んでいるのです。だから、「共働き共育て」の時代に大きく変化している今、それに合った形で企業がサポートし、社会全体で子育てもしながら、この人手不足の時代を上手く豊かに乗り切っていく。そういう取り組みをぜひ力を入れてやっていただきたいと思います。先ほど塾長もおっしゃっていましたが、20代はほとんど共働きですよね。

伊藤

そうですね。私もどこまでしっかりと理解して今まで取り組んできたか、という反省があるんですが、間違いなく、今の若いカップルはそういう形で取り組もうとしているので、それを親世代や祖父母世代の大人が邪魔をしないことですね。

おっしゃる通りです。内閣府のアンケート調査で、男性が外で働き、女性がそれを支える、いわゆる男女の役割分担についてどう思うか、という設問を年代別に見たものがありますが、これに肯定的なのは70代以上は4割強、60代が3割強ですが、20代は2割を切っています。経営幹部の世代が頭を切り替えていくことがこの国の持続性を担保すると思います。

超高齢社会の到来にどう対応するか

伊藤

医療費・介護費の負担も、それを若者に向ければいいという問題ではないですよね。あとは教育費や投資をどう捉えるべきなのか。医療費負担も、先日、現役世代が年間1人7万円ぐらい、75歳以上に仕送りをしているのと同じだという記事(「日経新聞」2024年8月27日付朝刊)を読みました。

2025年はいわゆる団塊の世代の方、皆が後期高齢者になるのです。ここからが本当に超高齢社会時代で、2040年ぐらいまで、人手も足りないし、この15年ぐらいが特に大変なのですね。

高齢化とともに人口減少が進んでしまうと、その後も引き続き高齢者比率は変わらないという問題も生じます。人口が増えてくると高齢者比率は徐々に下がるのですが、今のままでは下がらずに40%近くで横ばいになってしまうので、やはり少子化対策は重要だと思います。

伊藤

その中で18歳から30歳の有権者が占める割合が、現在15%程度に下がっているわけです。

いわゆるシルバー民主主義と言われるものですね。これは大きな問題で、どうしても高齢者に向けた政策が優先されてしまう。また、生産性という面でも、若い人ほどイノベーションを起こしやすいので高齢化はネガティブに働くとも言われています。高齢者の方はやはり新しい技術に慣れるまでに時間がかかる側面もあります。

伊藤

なかなかデジタル化が進まない中、例えばマイナンバーカードを利用した健康保険証でワクチン等の接種記録がつくとか、母子手帳ではなく全部ポータブルで見られるようになったり、お薬手帳も一体化するといった改革は進んでいますね。

しかし、アメリカなどではソーシャルセキュリティナンバーによる管理で、アルバイトで年金を納めた時から、生涯にわたってすべて合算され、どこに転職しても結果的にあなたはこれだけの年金をもらえる権利がありますと、プッシュ型で連絡が来る。それがどうしても日本の場合は、申請ベースになってしまいますよね。

年金も一部見られるようになっていますが、転職も増え、マイナンバーが普及しましたから、マイナポータルで常に自分の将来の年金が確認できる社会になるといいですね。年金の制度は、複雑でわかりにくいところがありますし。

伊藤

特に若い人、またお金に困っている方々は、何かあったらコロナの時などには収入に応じて申請ではなく自動的にお金が入ってきてもらえるような、プッシュ型の助けがあるといいわけですよね。

本当にそう思います。データ連携によりこの人が困っているとわかったら、自治体などがすぐに対応できる。そういうデジタルのインフラの利便性をもっと高くしていく必要があると思います。

伊藤

国民全員に4万円を配るようなことをせずに、どの人に何が必要かということを責任をもって国がしっかりと管理した上で見えるようになれば、必要な支援が得られると思うのです。

私も高等教育の将来に関していろいろ発言していますが、お金がない家庭から大学に行きたいということであれば、「あなたはどこの大学に行っても、これだけ毎年支援が得られます」ということがプッシュ型で通知され、国公立大学だろうと私立大学だろうと支援が得られる仕組みになればと思うのです。

私も賛成です。デジタル時代でスマホを皆が持っている時代に、プッシュ型支援はすごく大事だと思います。カギはデータ連携ですよね。

日本は、1人ひとりの可処分所得を把握しようとすると、税、保険料、手当、それぞれ所管官庁がバラバラなのです。それらを併せると所得の低い若い人の負担率は重いのです。特に社会保険料が高くなっており、生活保護レベルをちょっと超えた所得の若年層の負担率が国際的にも高いです。年収200万といった若い層を支援しなければと思います。

伊藤

その年収200万円の若者が、高齢者に仕送りをしている状態なのですね。

私はもっと配慮すべきだと思います。

伊藤

個人情報保護があるのでこれはできないとか、いろいろできない理由が出てきますよね。

マイナンバーカードでもちょっとミスがあったりすると、マスコミで騒がれたり。でも、健康保険も大きな流れとしてマイナンバーカードを進めていますよね。これは大事なことだと思います。

伊藤

やはり必要な人がプッシュ型で助けてもらえるようにしたい。お金がある方はその流れをある程度見られても諦めてくださいと。そこは共助ですからね。

若い人や困っている人が、そういう支援を受けられるようにしたいですね。

ワイズスペンディングが必要

伊藤

国の財源に関しては、国債の発行をできるだけ抑制して、現役世代のそれなりの負担が大切だということを、翁さんはことあるごとにおっしゃっていますよね。

子ども、孫たちの世代は人口が大きく減少していきます。その中で、大きな公的債務を抱えたままでいくと、金利がある世界ですから、歳出を債務の利払いに充当しなければならなくなるので、将来世代の社会保障のためにそれほど使えなくなる。

現在の世代のために必要な支出はできるだけ現在の世代でまかなっていかないといけない。すでに対GDP250%の負債を抱えていますので。もちろんすべて現在の世代でということではなく、社会的リターンの大きいものであれば国債発行も必要であるとは思います。

伊藤

将来の投資であればということですね。

そうですね。財政支出そのものも、やはり社会的リターンの大きいワイズスペンディング(賢い支出)をしていただきたい。

コロナでの給付がありましたが、給付は本当に必要な人たちに集中的に支援する必要がある。電気・ガス、ガソリン補助金はすでに約10兆円を使っています。本当に厳しい事業者、世帯にはしっかり支援する必要がありますが、高所得者まで一律で支援が必要なのか。ワイズスペンディングが重要だと思います。ガソリンはこれからCO2を削減していく政策との整合性もあります。そういうところで、もっと将来のためになるようなお金の使い方ができないかと思うのですね。

伊藤

そうですね。でも将来世代の声を反映させていくのは、先ほどいったように、有権者の中で占める割合が少ないし、また海外から来た若者たちも選挙権がない状況です。

経済学の分野だと、選挙権のない子どもの親が子どもの立場に立って投票できるような仕組みを取り入れたらどうかという議論がありますが、なかなか現実には難しいと感じます。

1つ海外の例で参考になるのは、独立財政機関の取り組みで、将来世代の利益のために、超長期の財政推計を、議会や、政府の中の独立した組織が出していることです。OECDの国々の多くに存在します。日本でもこうした組織と機能が必要という議論もあります。ようやく内閣府が2024年初めに、2060年までの経済財政推計を出すようになったのは第一歩です。

3つシナリオが出ているのですけれども、成長ケースはかなり楽観的です。やはり医療などの支出増加をいかにメリハリのある形で抑えていくかが重要です。国民皆保険は維持しなければいけませんが、どのようにやるか。特に保険の範囲をどうするのか。

持続可能な医療制度に

伊藤

どちらかといえば、薬価を抑える方向で今、帳尻を合わせようとしているわけですよね。

イノベーションを阻害すると問題だと思っています。医療はデジタル化が大事で、それを進めて過剰診療、重複投薬などをチェックし、効率化することはできると思います。同時に医療提供体制の見直しもやっていかないといけないのではないかと思います。

伊藤

例えば、慶應義塾大学病院は難病患者の最後の砦になることを誇りとしていて、医療の最先端を切り開いている。

ただ、例えば胃がんでかつ心臓も悪い方がいらっしゃると、胃がんの手術に心臓の医師も一緒に入って手術を行うのですが、その時には実際には胃がんの点数しかチャージできない。最強のチームを編成するのですが、保険診療なので、いただける治療費は変わらない。要は複雑な治療ほど赤字になるわけです。でも、このような高度医療こそが慶應病院の使命です。

高度医療の現状を理解してもらえないと、最先端の病院はやっていけないのが今の状況なんですね。

保険外併用療養費制度というのがありますが、そういうものも上手く組み合わせていく必要があると思います。再生医療は慶應も強いですが、こういった分野は治験の数も少ないので、保険外併用療養費制度を上手く活用しながらやっていくことも考えたほうがよいと思います。

伊藤

ある意味、いろいろな病院が生き残りをかけています。例えばある私大の大学病院はベッド数を増やすことでスケールアップして、利益を確保しようとしている。それはいいことだと思うんですが、もし慶應病院が同じことをすると、ベッド数が供給過剰になり、それは日本全体のためにはよくないわけです。

実際に首都圏では病院のベッド数が十分なので待つことなく保険診療が受けられます。英国ではベッド数が足りないため、保険診療で高度な治療を受けようとすると半年待ちとかが普通なので、自由診療で高額の医療費を払って優先的に治療を受ける患者が多い。日本が素晴らしいのですが、その一方で、先進国において、外科医など専門医の収入が、いわゆる開業医より低いのは日本以外では見当たらない。これでは専門医を目指す人が減っていくわけです。

診療報酬という公定価格の設定の問題も大きいのではと思います。やはりペイフォーパフォーマンスであってほしいということですよね。

伊藤

そうですね。儲ける必要はないのですが、せめて持続可能にしていくだけのものは必要だなと。

あとは薬にしても、治療にしても、医療機器にしても、やはりイノベーションをもっと評価できるようにしてほしい。薬価も全体としてもっとメリハリをつけてやっていただくことが大事かなと思います。

伊藤

患者サイドとしては、特にそう思いますよね。

創薬については、岸田政権時にこれから創薬でイノベーションを起こしていこうという大きな方針が立てられたので、いい方向になってきています。また医療・ヘルスケア産業についても大変重要という位置づけになっています。

ただ、医療全般のデジタル化、データ連携がなかなか進まないので、そういったところを突破していかないといけないと思います。

中間層を支える教育という理念

伊藤

少子化がさらに加速している状況において、上位層の学生もだんだん少なくなるということもありますが、われわれがボリュームゾーンと言っている中間層に対する教育はしっかり行わないと、国力が落ちていってしまいます。

慶應義塾はもともと福澤先生の『学問のすゝめ』にあるように、「ミッズルカラッス」、つまりミドルクラスの人たちを育てることを非常に重視してきました。国の役目は、国民の自由を保証し、悪者を制することだと福澤先生はおっしゃっています。自由の中で中流階級が学ぶことによって、様々なイノベーションが出てくる。そこがボリュームゾーンですから、その層が活躍できる学ぶ場をつくっていく。

最近、慶應義塾大学の入学試験における偏差値が高いので、中流層の入学が困難になっています。そこを意識した教育改革を、他のボリュームゾーンを支える同じ志を持つ大学の人たちとともに、進めていかなければいけないと感じています。

親がエリートだとその子どもも優位にあって、その後の人生が決まってくるという傾向がどの時代にもあります。どうやって中間層がハッピーに、趣味も謳歌して、いろいろな仕事で生活の糧を得ながら、尊敬もされ、夫婦やパートナーで支え合いながら、明るく生きていける世界をつくっていくか。このような社会の実現を先導するのも私たち教育機関の使命だと思うのですが、翁さんは、どうお考えですか。

慶應義塾の教育を受けられた方々が社会に出て中間管理職になり、トップになり、今も日本で多く活躍されているわけです。そういう方たちが、次の世代を見据えた仕事、経営をしていく。または、サステナビリティを意識した経営を実践し、新しいイノベーションを起こしていくことを通じて、社会全体を持続可能で豊かなものすることができるはずだと思います。

多様な人が幸せに生きられる社会へ

伊藤

全社会の先導者を目指すというのは、そういうことですよね。ところで2024年上半期放映のNHKの朝ドラ『虎に翼』はご覧になっていましたか。

毎日見ていました。

伊藤

あの中で主人公であるエリートの裁判官のカップルが子どもたちに対し、自由な選択をしていいんだ よという、メッセージがありましたよね。

いいメッセージでしたね。

伊藤

子どもの意志を尊重して、その中で幸せを見つけてくれればよいと。ああいうメッセージ性はすごいと私は思ったのですが。

『虎に翼』はすべてにおいて素晴らしかったと思っています。ご指摘の箇所もそう思います。

伊藤

親が望んだ生き方ではないかもしれないと、心配しながらも、でも途中からみんなこれでいいんだと、徐々に幸せを見つけていく。親としてはいつも心配なのですが、学ぶことがたくさんありました。

やはり1人1人が多様なのだということですね。花江さんという専業主婦の方もいらっしゃって、どの人たちもそれぞれの生き方で幸せになれるのだというメッセージもあったと思います。

でも女性の立場から見て、本当に今も変わらないなと思うところもすごくありましたね。例えば民法の改正のところで頑なな感じの学者の先生が出てきましたが、こういう方は今もいらっしゃるなと(笑)。

伊藤

ああいうメッセージがNHKの朝ドラで出てくるのは時代が変わったと思いました。

ええ、素晴らしいと思います。LGBTの問題などにも踏み込んでいましたよね。伊藤沙莉さんの好演もあって、よかったなと思います。共感して見ていました。

伊藤

若者の反応はどうだったんでしょうね。

若い人たちも関心をもって見ていたみたいです。20代、30代の人にも共感があったと思います。女性も力を発揮できる、多様でいいのだと。

政府には社会保障制度など様々な制度を、生き方が多様になっている令和時代にふさわしいものに見直していってほしいと希望しますし、50代、60代の今のトップの方、中間管理職の方は環境変化にアンテナを高くして経営をリードしていっていただきたいです。日本が成長し、持続可能にすることは私たちの世代1人1人にかかっていると思います。未来に向けていろいろな課題を考えることが大切だと思いますね。

伊藤

私も慶應義塾に教員として就職したのがちょうど30年前ですから、まさに失われた30年と重なります。最初のころは研究だけに集中して、何か人任せなところがあったので、それが一番の反省ですね。もっと若いときから、皆で将来のことについて考えながら、もっと声を挙げていかなければいけなかったと。

教員になってからちょうど10年で伺ったのが翁さんの入学式の祝辞ですから、そのときの気持ちを今でもよく覚えています。同じような後悔を20代、30代の教職員には今後もってほしくないという思いで、今いろいろなことに慶應義塾として取り組みたいと思っています。今後ともご支援、よろしくお願いします。

こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。