それから2週間おいた2023年2月16日、チャバ・コロシ第77回国連総会議長(H.E. Mr. Csaba Kőrösi, President of the 77th session of the United Nations General Assembly)をお迎えして「折り返し地点に立ち:SDGs達成プロセスの加速へ向けて」と題したシンポジウムが開催されました(注2)。コロシ氏は2014年の「国連:SDGsに関するオープンワーキンググループ」の共同議長を務められた方で、2015年9月の国連サミットで「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を加盟国による全会一致の採択に導いた立役者です。今年2023年は、2030年までの持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた折り返し点ということで、進捗状況の中間評価の年となります。SFC研究所xSDGラボ・コンソーシアムの代表で大学院政策・メディア研究科教授の蟹江憲史さんがホスト、ジャーナリストで特任教授の国谷裕子さんがモデレータとして、田中明彦国際協力機構(JICA)理事長もお迎えして塾生たちとの濃密な質疑応答が展開されました。
コロシ議長は、人世紀(Anthropocene)という枠組みで地球環境悪化が大きく加速する(great acceleration)なかにおいて、私たち人類の対応が全く追いついていない惨状を解説され、変化ではなく変革(transformation)が必要なことを力説されました。特に強調されたのが、一国の政策や活動が他国に及ぼす影響についてよく吟味することの重要性でした。そして出来る範囲での努力ではなく、2030年のゴールを達成するために必要な道筋を明らかにしながら、そのために必要なルールを人類が結束して作るべきと話されました。しかし、このルール作りに時間を要しては意味がありません。2030年へのロードマップを達成するためのルールですから、スピーディーに皆の合意のもとでアップデートし続けて、私たち全員が最新のルールを守ることが必要です。このルールメーキングに参加することこそが次の世界を先導するということになるのでしょう。「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を単なる案としてまとめたのでなく、それを国連加盟国による全会一致まで導いたコロシ氏のリーダーシップは想像を絶するレベルであり、そのような先導者が2030年に向けた危機感を真剣に語る姿に会場の全員が胸を打たれました。
SDGsとは人間と地球の安全保障という概念であって、国の安全保障は隅に置かなければならないということです。国家安全保障という枠組みでは、国防に加えて経済なども議論されます。国防や経済となると、ある国の隆盛が他の国の衰退によって得られることもあるので、「誰一人取り残さない」というSDGsの理念とは相いれません。ロシアによるウクライナ侵攻においては、大統領のロシアの安全保障のために多くのロシア市民が兵隊として犠牲になっています。国や君主の安全保障のために人間の安全保障が蔑ろにされています。
人間の安全保障(Human security)という概念が世界レベルで認識されるようになった一つのきっかけは2001年に国連において人間の安全保障委員会(Commission on Human Security、CHS)が設置されたことです。この活動は日本がイニシアティブをとったそうで、CHSの初代共同議長には、緒方貞子氏とアマルティア・セン氏が就任しました。その緒方氏は後にJICA初代理事長に就任し、JICA研究所も創設しました。その研究所の三本柱の一つが人間の安全保障です。緒方氏は皆に惜しまれながら2019年に永眠されましたが、氏の功績を讃えてJICA研究所はJICA緒方貞子平和開発研究所と名称変更しました。そのJICAを率いる田中明彦理事長は、人間の安全保障を軸とした国際協調を日本こそがリードすることを強く訴えていらっしゃいます。
塾生たちにとって、ストルテンベルグNATO事務総長やコロシ国連総会議長との直接対話が人生の転機になるのではと私は期待しています。教育の目的は、若者に高い志と実行力を備えることです。夢と希望を与え、より良い社会を築いてもらうことです。NATO事務総長は人間と国の安全保障、国連総会議長は人間と地球の安全保障についての危機感を語られましたが、お二人に共通していたのは、この挑戦を必ず乗り越えるという決意と、実際にそうなるであろうと我々に信じさせる論理性とカリスマ性です。皆で危機感を乗り越えて明るい社会を創っていこうという未来志向です。塾生たちのためにこれからも多くのオピニオンリーダーを世界から招く慶應義塾を目指したいと思います。