メインカラムの始まり

[慶應義塾豆百科] No.70 福澤先生誕生記念会

三田キャンパスで行われている、福澤先生誕生記念会
慶應義塾の新年は毎年1月10日の「福澤先生誕生記念会」の開催により始まる。

創立者である福澤先生の事績をたたえ、遺徳をしのんで、教職員、塾員、塾生たちが一堂に集まり、福澤家の方々をお招きして先生の誕生日を祝うもので、会場は三田の教室を使用し、塾長の年頭所感並びに先生に関する講演を傾聴し、その後場所を移して「新年名刺交換会」が開かれるのが慣例となっている。

もっとも、先生が誕生されたのは実際には天保5年12月12日であって、これを陽暦になおすと1835年1月10日にあたるのである。そして、先生の歿後10年を経た明治44年(1911)に、福澤家ではこのことを確認し、それ以後この日に先生の誕生を慶祝することになったのであるが、それにともなって各地の三田会も、これ以後この日を先生の記念日とし、記念の集会を催すようになった。

すなわち、先生の誕生地である大阪三田会はまず率先して同年にこれを実施し、当日中之島大阪ホテルに新年宴会を開いて、「本日は太陽暦に於ける福澤先生の誕辰に相当すべきに付、本会を以て同記念会と定め、自今例年2月3日に開きし命日記念会を廃すべき旨を一同に諮り、満場異議なく之に賛し」福澤家へは祝電を送って敬意を表した。また、翌年には東京でも三田山上の教場でこの日に記念会を催し、「故福澤先生紀念会は例年2月3日の先生命日を以て挙行し来りしが、本年よりは先生の誕生日たる1月10日を以て挙行することに改め」たのであった。

つまり、それまでは先生の命日2月3日を記念日として、社中の先進後輩在塾生らが集まり、先生を追憶して在世中の事績を語りあい、墓参するのがならわしであったが、いつまでも先生の長逝を悲しんでいるのもどうかという説もないではなかった折から、ちょうど福澤家で前記の誕生日慶祝のことがきまったので、いっせいにこれにならったわけである。

ここにおいて、慶應義塾でも大正3年以後、それまでの2月3日の「福澤先生記念日」をやはり1月10日に改め、当日は休業することとなった。ただ、記念会だけは1月10日が年頭早々で集会に不便だとの理由により、昭和6年から10年までの間、開校記念日の前日に催されたことがあった。