慶應義塾大学文学部心理学研究室の梅田 聡教授、寺澤 悠理准教授、名古屋大学大学院医学系研究科脳神経外科学の本村 和也准教授らの研究グループは、脳腫瘍患者に対する摘出手術の前後に感情認識能力の検査を行い、この能力の低下が身体内部の状態の変化を知覚できる能力(内受容感覚)の低下と関連していることを明らかにしました。
脳と心の機能の関係性については様々な研究が進められていますが、実際にある脳領域を損傷や摘出した場合に、嬉しい、悲しい、腹立たしい、といった自己の感情の認識がどのように変化するのか?という問いの答えは、未だに分かっていません。これまでの研究結果から、心拍や呼吸といった身体内部状態の変化の知覚に深く関連する島皮質(島回)への刺激や切除が、怒りなどの興奮性の感情の認識に変化をもたらすことは示されてきましたが、その理由は明らかではありませんでした。
本研究では、島回に係る脳腫瘍患者18例に対して、摘出手術の前後に表情認識課題(顔写真から表情を認識する課題)と内受容感覚を計測する課題を実施しました。術前と術後の両課題の検査結果を比較した結果、怒りや喜びなどの感情認識能力の低下と内受容感覚の低下の間に統計的に意味のある関連が見られました。これは、島皮質が身体内部からの情報である内受容感覚の神経基盤として機能し、怒りや喜びなどの感情認識を支えていることを示すとともに、ドキドキやソワソワといった身体の感覚が豊かな感情を体験するために不可欠であることを示唆しています。本研究の結果から、島周辺領域の外傷性の変化や加齢性の変化によっても、感情の感じ方が変わる可能性が考えられます。
本研究成果は、国際科学誌「Cortex」(2021年4月号)の電子版に公開されました。
また、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業「基盤研究B」(No.24330210)、「基盤研究C」(No.25861268)の助成を受けました。