日本医療研究開発機構・脳科学研究戦略推進プログラムの一環として、(公益財団法人)実験動物中央研究所(実中研)マーモセット研究部の佐々木 えりか部長(慶應義塾大学先導研究センター特任教授兼務)と慶應義塾大学(慶應大)医学部生理学教室の岡野 栄之教授らは、ゲノム編集という技術を用いて、世界に先駆けて目的の形質を示す霊長類のモデル動物の作製に成功しました。これまで、遺伝子改変マウスはライフサイエンス研究に貢献してきましたが、ヒト疾患の治療法開発研究のためにはマウスよりヒトと解剖学的、生理学的に類似している霊長類のモデル動物が重要となります。本研究グループは2009年に小型で繁殖力の高い霊長類であるコモンマーモセット(以下、マーモセット)を用いて、世界初のトランスジェニックマーモセットの作製に成功し、ヒト疾患モデル動物の開発・研究を大きく進展させてきました。しかしながら多くのヒト疾患モデルマウスが作製されてきた標的遺伝子ノックアウト技術はマーモセットを含む霊長類には適用できませんでした。一方、近年、開発されたゲノム編集技術により、霊長類を含む様々な動物種で受精卵の遺伝子を直接改変できるようになり、本研究によって霊長類であるマーモセットでもゲノム編集を用いてヒト病態モデルの作成が可能である事を示しました。
今回の研究では、ゲノム編集によりマーモセット受精卵のIL2rg遺伝子の機能を失活させて先天性免疫不全マーモセットを作成しました。具体的にはマーモセット受精卵内のIL2rg遺伝子を標的とした人工ヌクレアーゼをコードするmRNAを注入し、正常に発生した胚を仮親マーモセット子宮内に移植し胎仔を得ました。種々の免疫学的解析の結果、産出された胎仔には正常の免疫機能が認められず、狙い通り免疫不全マーモセットになることが証明されました。このようにして得られた免疫不全マーモセットは、高度に衛生が管理されたクリーン飼育室では長期間(1年以上)生存させることが可能であり、ヒトの重症先天性免疫不全症と近似した特徴を示すことが明らかになりました。今後、免疫不全マーモセットはヒト免疫不全症の病態解明ならびに治療法開発モデルとして、また、ヒトiPS細胞を用いた様々な臓器再生医療における新たな治療法の有効性・安全性の検証にも貢献すると期待されます。さらに、今回開発したゲノム編集を用いたヒト疾患のマーモセットモデル作製技術は自閉症、統合失調症などのヒト精神・神経疾患をはじめとした様々な疾患の発症メカニズム、病態解明に貢献するものと期待されます。
本研究成果は、2016年6月30日(米国東部標準時正午)発行の科学雑誌「Cell Stem Cell」誌に掲載されました。
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