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[講演録]ブータン国王ジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク陛下の慶應義塾大学名誉博士称号授与式における講演(仮訳)

 
2011/12/19  慶應義塾

ブータン国王ジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク陛下
塾長、学部長、経済学部の教授陣及び関係者の皆様、この度はこのような栄誉を賜り、また、貴大学の学生の皆さんにお話しする機会を賜りましたことに対し御礼申し上げます。

学生の皆さん、
私は国王でありますが、即位後5年しか経っておりません。私が皆さんに話せるのは、私自身の考えと経験のみですが、ここから皆さんが何かを得ることを期待しています。

ブータンにとっていかに良い国王となるかを熟考する中で、私は、非常に早い時期に気づいたことが一つあります。それは、私たちが生きているこの世界は、絶えず変化し続けているということです。 その変化の速さと広がりは驚異的です。10年の歳月が経つと物事は、その前の10年とはあまりにも大きく変わってしまい、見分けがつかなくなってしまいます。昨日は想像すらできなかった事を、今日には当然視しているといった具合です。

私たちが使っている携帯電話を例にとってみましょう。皆、携帯電話が大好きですね?私たちは携帯電話を使って、生活の中の特別な瞬間を捉えたり、友人や同僚にメールを送ったりします。携帯電話は、日々の用事を済ませる上でも役立ち、愛する人々と会話を楽しむと同時にメールを受け取ることもできます。この独創的な技術は、私たちのコミュニケーションの方法を完全に変えてしまいました。民主主義、社会の結びつきの強化、効率性の向上に対してこの技術が果たした役割は、そのどれもが本当に計り知れません。私が大人になる過程では、こうした技術の存在を想像するとしてもせいぜい『スター・トレック』のようなSF映画を鑑賞する程度のことでしたし、ましてやその技術を実際に用いることなど考えられませんでした。

皆さんは、携帯電話の無い生活を想像できますか?そのようなことは、ほとんど想像できないと思います。それでも近い将来、また何か新しいものが発明され、こうした生活様式を変えていくことでしょう。

私たちの世代が何をなすべきかについて、私が考え続けている理由は、まさにこのためなのです。私たちは、自分たちの時代に、この世界をいかに歩んでいくのでしょうか?私たちは、これから生まれてくる私たちの子どもたちにこの世界を託す時、どのような足跡を残すことになるでしょうか?

このように多様性と変化に富んだ世界において、一つ明確なことがあると私は感じています。それは、個人の独立と無関心の度合いが大きくなってきているということです。高度に技術が発展した世界では、小規模で真の意味での人間関係を築く必要性はもはや高くありません。私たちはすでにひとつの「グローバル・ビレッジ」になったのかもしれませんが、そこには、個人という島々がバラバラに存在しています。私たちは、携帯電話のようなコミュニケーション・ツールを持つ一方、自然で親密な人間の絆を持っていないのです。

今日世界が直面している課題は、私たちすべてに等しく突きつけられています。これらの課題の解決策は、他人、一切衆生そして未来の世代への真摯な関心と配慮を払ったものでなくてはなりません。私たちは、この地球に起きていることに関心を持たなくてはなりません。そのためには、リーダーシップ、科学または技術以上の何か、すなわち「人間的価値観」が必要です。今日の世界の状況を反映している統計を一瞥するだけで、その情報がどれほど正確であっても、見えてくる全体像は美しいものではありません。

まず、環境問題について話しましょう。
これらの統計の数値を聞けば、私たちが過去も、そして引き続き現在もいかに無責任であるかに驚くことでしょう。環境という基本的なもの、すなわち地球が、利益を求めるあまりに見捨てられているのです。
氷河は融け、極地の氷雪の融解も進み、さんご礁が死に絶えつつあります。
気候変動は、人類の安寧を脅かしています。
今日、再生可能な天然資源の消費量は、自然の再生能力を50%上回っています。
毎秒、サッカー場の広さの熱帯雨林が消失しています。
水資源問題は人類の半数に影響を与えています。
今後、前世代から受け継いだ世界と比較して、多くの点で悪化してしまった世界を次の世代に引き継いでいくことになることは明白です。

次に、貧困について話します。
前例のない物質的成長を経験した世界において、最も裕福な国や人々はさらに富を得ています。
世界全体の20%を占める富裕層が、世界の総所得額の75%を得ている一方、世界の人口の40%にあたる最貧層の所得割合はわずか5%です。
毎日24,000人の子供たちが貧困を理由に命を落としています。
世界の人口の約半数、30億人が都市部に住んでいますが、そのうち10億人がスラムでの生活を余儀なくされています。
貧しい国や人々についての問題は、汚職によって悪化することもしばしばあります。汚職は、貧しい人々が生活を向上させるための機会を増加させる鍵となる経済成長を遅らせ、堅固で公平な政治体制の育成を妨げます。
発展途上国においては、賄賂だけでも年間200億-400億ドルに達します。これだけの予算があれば、貧しい人々の健康、教育及び経済的な機会の面でどれほどのことができるか想像してみてください。
先進諸国であっても、汚職が根付いています。これは単により精巧で洗練された形式をとっているに過ぎません。
貧困は、苦難、苦痛そして言葉では言い表せない惨めさをもたらします。こうした不平等ゆえに、不調和、争い、そしてついには世界規模での不安定を生じさせるという点に注意を払わなくてはいけません。

健康についてはどうでしょうか?
10億人の人々が適切なヘルス・ケアを受けることができません。
毎年5歳未満の子供達1100万人が、栄養失調や回避可能な病気で死亡しています。
3億人がマラリア感染による深刻な病に苦しみ、毎年100万人が死亡しています。
4000万人がHIV/AIDSとともに生きています。

そして、世界経済の問題があります。
法制度が予測不可能かつ不十分であるために、非常に貧しい国々では不安定と不確実性が生じ、それにより、すでに不安定な人々の生活に悪影響を及ぼしています。
軍事費と結び付けて考えると、世界の未来はさらに予測不可能であり、危険です。2009年の世界の軍事費は、1.5兆ドルと見積もられ、これは世界で一人当たり約225ドルとなります。
資源を最も必要としている貧しい国々は、概して、世界経済を形成する上で、最も脆弱な声しか持っていない国々です。
こうして私たちは、不公平と憤りに満ちた世界、資源と生活の糧をめぐり対立し、争いが絶えず、テロや不安定に満ちた世界の土台を築いているに過ぎないのです。

世界的な問題のリストはまだまだ続きます。世界の人口は、1930年の20億人から今日では70億人となり私たちが40代半ばに達するころには、80億人となる見込みです。このような人口の急速な伸びと相まって、一つ一つの問題は毎年倍増し、悪化していくのです。

すべてを要約し、簡単に言えば、こういうことです。「科学と発明の偉大さ、卓越した哲学者や企業・産業の偉大さは、世界に計り知れない利益をもたらしました。今日の私たちは、私たちの祖先の生活とはかけ離れた生活を送っています。しかしながら、私たちは新たなそしてより大きな地球規模の課題に直面しています。不平等、不正、環境悪化、制限なき消費といった問題を考慮しない成長は、究極的には持続不可能です。そして、それは私たちがその被害を回復できなくなるその日まで、今後も人類の行く手により大きな問題を提示し続けることでしょう。」

それでは、このように大きな課題を突きつけられて、私たちは何をすべきでしょうか?

グローバルな問題に対する解決策は、政治、偉大なる指導者や科学技術だけによってもたらされるのではありません。コミュニティー、社会、国の一員として生活している私たち、そして何よりも世界市民として生きる私たち自身からもたらされるのです。また、世界市民の一員として、私たちを一つにする力、私たちの強さは、国家、民族または宗教の制約を受けるものではなく、基本的な人間的価値観からもたらされなければなりません。基本的な人間的価値観とはすなわち、思いやり、誠実さ、公平さです。こうした人間的価値観は人類と同じくらい古くから存在しており、私たちは、そうした価値観の真価を認め、これらの基本的な人間的価値観を、私たちの生活、社会そして政府の中でこれらが本来占めるべき正しい場所に戻さなくてはなりません。

私の最大の望みは、私たちの世代が、気持ちを一つにして人間としての価値観を共感し、そして、これまで集積してきた科学と技術を活用し、歴史からの教訓を生かし、切実に必要とされている解決策を探求することです。私は、私たちが根本的な発想の転換期にあること、人類が成長を追求する方法を変える社会的変革期にあることに気づくことを望んでいます。私たちの世代は、成長の真の目的を再考し、再定義することを求められています。そして、その過程において、本当に持続可能な成長を見つけることを求められているのです。

塾長からの書状には、私が国民総幸福量(GNH)という概念を普及させた功績により名誉博士号を授与する旨が記されております。では、GNHとは何でしょうか?GNHとは、私がこれまで話した成長と発展に対するアプローチに他なりません。

(親愛なる友人の皆さん、繰り返しになりますが、私たちの世代は成長の真の目的を再定義しなくてはなりません。皆さんは、経済学部の学生でありますので、 新しい成長の道筋を発見する責任を皆さんに託します。是非ともこの問題に、誠意と大きな責任感を持って取り組んで下さい。しかし、何よりもまず、皆さん一人ひとりが善良で立派な人格を備えた人間でなければなりません。)

最後に、親愛なる友人の皆さん、皆さんが知恵、勇気そして決断力を身につけ、それにより、問題を乗り越え、機会を捉えるよう、また、高潔な生活に向け道徳的な指針を得られるよう、お祈りいたします。

そしてまた、皆さんが、最後に人生を振り返ったとき、悔いなく、幸福と達成感に包まれ、満足のいく素晴らしい人生だったと思えるよう、お祈りいたします。そして、私は、皆さんが、誇りを持って、ただの一人の人間として成し遂げたあらゆる善行の知らせが、毎年届くことを祈っています。

親愛なる友人の皆さん、どうも有り難うございました。