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第689回三田演説会「荷風・瀧太郎の「三田文学」— 明年「三田文学」創刊百年を迎えるにあたって—」開催

 
2009/12/15  慶應義塾

12月14日(月)に、作家で三田文学会理事長の坂上弘氏による第689回三田演説会が開催されました。会場となった三田演説館には多くの塾員、塾生、「三田文学」ゆかりの方々や教職員が来場しました。

1910(明治43)年5月、当時31歳の永井荷風主幹で「三田文学」は出発しました。自由清新なる編集のもとに、創刊一年後には水上瀧太郎、佐藤春夫、久保田万太郎が学生作家として登場しています。戦後は原民喜、加藤道夫、柴田錬三郎、山川方夫、山本健吉、松本清張、遠藤周作、江藤淳など、慶應義塾出身者に限らず数多くの逸材を輩出してきました。一方で、文芸雑誌をとりまく出版事情は厳しく、休刊と復刊を繰り返しつつも、2010年には創刊から100年を迎えます。

坂上氏は講演の中で、「三田文学」創刊の経緯に触れ、慶應義塾文学科の刷新の取り組みとして、当時慶應義塾の幹事であった石田新太郎が森鴎外に相談した結果、永井荷風に任せることとなり創刊し、荷風は慶應義塾の教員と「三田文学」の編集の二足のわらじを履き、1915(大正4)年まで編集に携わったと紹介しました。また、創刊一年後には学生作家として水上瀧太郎が登場、アメリカ留学中も積極的に作品を発表し、帰国後は生命保険会社に勤務する傍ら、1926(大正15)年には編集委員となり編集会議である「水曜会」を主宰し、執筆、新人の発掘、「三田文学」の刊行に心を砕いたことが語られました。創刊当時から「三田文学」は、公器として慶應義塾以外の執筆者も歓迎し、新しい才能を発掘・育成し、独立採算でやっていくことが方針となっていたが、これらの方針は永井荷風や、特に水上瀧太郎の温かいまなざしによって受け継がれたものであると締めくくりました。

会場となった三田演説館
▲会場となった三田演説館
講演する坂上弘氏
▲講演する坂上弘氏

講演会の様子
▲講演会の様子
熱心に聞き入る聴衆
▲熱心に聞き入る聴衆

撮影:石戸 晋