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[ステンドグラス] 時を超えて守り継がれる 図書館旧館とステンドグラス

2009/01/26 (「塾」2009年WINTER(No.261)掲載)
ステンドグラス


慶應義塾創立50年を記念して建てられた、三田キャンパスの図書館旧館。
エントランスの右手には、堂々としたヒマラヤ杉の大樹が茂り、
左手には福澤諭吉先生の胸像が、塾生を見守っている。
歴史を感じさせるその建物の中央階段踊り場には、
師の代表作を、弟子が執念で復元した壮麗なステンドグラスが輝いている。

明治末年の図書館開館式の日 三田界隈は祝賀ムード

開館式当日の図書館
開館式当日の図書館
図書館落成祝賀会
図書館落成祝賀会
明治40年に義塾は創立50年を迎えた。その記念事業として図書館が建設され、明治45年4月15日に竣工した。翌日から学生への閲覧が開始されたが、開館式は5月18日に行われ、晴天の中当日の来賓は800名を超え、三田通りに並ぶ商家の軒先には塾旗が揺れ、赤レンガ造りゴシック様式の美しい図書館の完成に、三田界隈は華やかな祝賀ムードに包まれた。

図書館を訪れる人々は皆、その壮麗優美な造りに目を見張ったものだが、それから3年後の大正4年12月、来館者の目を喜ばせる新しい美が加わった。中央階段の踊り場にある高さ6.45m、幅2.61m のステンドグラスの大窓である。

原画を描いたのは洋画家の和田英作。その構図は、燦然たる光とともに門を開いてあらわれた、塾章ペンを手にした西洋文明のシンボルである女神を、封建とミリタリズムの象徴である鎧をまとった武士が白馬を降りて迎えているところ。まさに新時代を開かんとする塾の精神をあらわしている。下部にはラテン語でCalamvs Gladio Fortior(ペンは剣よりも強し)とあり、左右には義塾創立の年(1858)と創立50年の年(1907)がローマ数字で記されている。

原画を元にステンドグラスを制作施工したのは小川三知。米国で修業を了えたばかりの小川はガラスを米国から取り寄せ、深い色を出すために二重、三重に重ねるなどの苦心を重ね、「日本人の手になるものとしては抜群の出来栄え」と、大いに賞賛された。

昭和20年の空襲で図書館被災 ステンドグラスも失われる

その後、図書館は昭和20年5月25日夜からの空襲で被爆し、蔵書への被害は最小限に止められたものの、焼夷弾の猛威により八角塔を含め本館全体が火に包まれ、ステンドグラスも失われた。

鎮火後の姿は痛々しく、「焼けた書庫の最上階の鉄骨が三田通り付近から、中天にかかって見えるのは如何にも悲惨だ」(幸田成友名誉教授/文芸春秋・昭和21年8月号)などと、塾関係者を嘆かせた。文学部教授だった折口信夫も、三田新聞・昭和22年2月号に「赤羽の橋のほどより、歩み来てふとぞおどろく—。灰燼のうへに 波たつ図書館の屋根の 鉄骨—。いららぎて空に向える 恐竜の背鰭なせども、古生紀の岩に凝(ココ)れる—然(シカ) 古き智識ならめや」と詠んで、被災した図書館を悲しんだ。

戦災により多くの校舎を失い、また日吉キャンパスを米軍に接収された義塾は校舎の復興も急がねばならず、図書館建物の復興には数年を要し、昭和24年5月5日に修築落成式が行われた。ただし、ステンドグラスがあった大窓には、透明なガラスが張られていた。

戦前の図書館を知る者たちにとって、ステンドグラス無しの図書館は、どこか物足りなく、一抹の寂しさを感じさせた。小川三知のもとでステンドグラスを学び、制作者として活躍してきた大竹龍蔵にとっても、恩師の代表作が失われたままであることは、悲しく耐え難いことだった。前に制作されたときには、大竹はまだ使い走りのようなもので、実際に制作に携わることはなかった。しかし、青春の修業時代に仰ぎ見た師の制作によるステンドグラスは、かけがえのない作品だった。「自分が何とかしなければ」との思いに駆られた大竹は、昭和46年に復元の志を立てた。既に77歳の喜寿を迎えていた。

大竹龍蔵の命がけの執念で 図書館ステンドグラスが復活

図書館旧館
図書館旧館
和田の原画は保存されていたが時の経過に色あせており、カラー写真も存在しない。色の再現は困難を極めた。しかし大竹は、師の小川がガラスを取り寄せた米国の会社からガラスを取り寄せ、粘り強く丹念に修復に没頭した。

「復元と申しますか、むしろ復活とさえ呼びたいこの作業は、父にとりましては、ひとつには、恩師小川三知先生への、ステンドグラス復活のなによりの報告であり、なおひとつには、生涯をかけて歩み続けて参りました、この道の総決算の意味を持つものでした。」(息子で後継者の大竹勝弥氏/三田評論・昭和50年1月号)

そして3年の工期も終わりに近づき、最後の色調調整の指示を作業員に与えた翌日の昭和49年10月10日、大竹龍蔵は突然この世を去ったのである。完成除幕式は、それから2カ月後の月命日、12月10日に行われた。復元された図書館のステンドグラスは、大竹の執念が実り、色あざやかに復活したのである。

東門を抜け階段を登った右手に、今も古色を湛えながら流麗に建つ図書館旧館。その佇まいは、今の塾生にとっても、青春期を三田で学んだ卒業生にとっても、まさに母校のシンボルにふさわしい知的な威厳を備えている。そして、その建物の中央階段には、師、小川三知によって制作され、弟子、大竹龍蔵により復元されたステンドグラスが、時の流れを超越して、「ペンは剣よりも強し」と、知の素晴らしさを伝えている。