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[ステンドグラス] 本という宝物—義塾図書館貴重書室

2003/07/01 (「塾」2003年SUMMER(No.239)掲載)

- 貴重書とは?

 慶應義塾図書館では貴重書と呼んでいるが、稀覯書(容易には見られない書物)、善本(比較的得がたい稀書)、珍本(なかなか手に入らない、めずらしい書物。以上『広辞苑第五版』を参照)と呼ばれることもある。英語ではRare Books(まれな、珍しい書)という。義塾図書館5階には貴重書の部屋があり、約1万タイトルの内外の図書を管理、保存している。
 では貴重書とはどんな図書をいうのだろうか。貴重とか、珍しいというのは人によって程度が異なるし、図書館によっても図書の価値は違う。「人間は考える葦である」と言ったパスカルの『パンセ』(1670)と、経済学に影響を与えたケインズの『一般理論』(1936)を比較した場合、哲学に興味を持っている者は『パンセ』の方が、経済学を学ぶ者にとっては『一般理論』が貴重だと言うように、人によって違う。『学問のすゝめ』(1872)は、日本において貴重であるが、義塾にとってより貴重である。
 そこで図書館では貴重書の客観的な尺度として出版年を用いている。あくまでも目安だが、和書では1700年以前、洋書では1800年以前を貴重書としている。古ければ、古いほど印刷された部数が少ないからである。洋書の場合、かなり客観的に説明できる。1800年から30年ごろに機械式印刷機が出始め、それ以前の手動式に比べて、飛躍的に部数が増えた。部数が少なければ、その本の希少価値が高まる。

- 閲覧するには?

<1>Teixeira 『日本図』(1595)
<1>Teixeira 『日本図』(1595)
<2>ブックフートン
<2>ブックフートン
<3>ブックフートンの使用例
<3>ブックフートンの使用例
 本は閲覧のために生まれてきたので、単に貴重だからといって、閲覧できないのは教育・研究を支援する図書館なら許されないかもしれない。義塾図書館では、貴重書は指導教授の了解を得て所定の手続きをとって閲覧できる。閲覧には当然本の傷みが伴う。しかしそれは本の宿命である。最近「資料保存」という言葉に関心が集まっている。その観点から、国立国会図書館ではマイクロフィルム化された貴重書は、現物の閲覧はできない。義塾図書館では近い将来に向けて、貴重書をマイクロ化、デジタル化したものをまず閲覧者に見てもらい、最後に現物を閲覧してもらうことを検討している。閲覧と資料保存を両立させるためである。
 貴重であるが故、閲覧の際にはいくつかの配慮をし、「筆記用具には、鉛筆をお使いください」など、十カ条の閲覧ルールを作っている。ボールペンは誤って貴重書にペン先が触れた場合、もう消せないからである。鉛筆は貴重書室で用意している。
 洋書は革と紙と糸と糊という異なる材質からできているので、経年すると材質がさまざまに変化する。空気が乾燥すると、革はかさかさになり、紙も乾燥するし、二カワ糊も弾力性がなくなる。無理に開くと、本の背に負担がかかるので背表紙が割れる。欧米では閲覧時に180度開かないようにするためにスポンジ製のブックレストを一般的に用いているが、シカゴのニューベリー図書館では日本の布団をもじった“Book Futon”「ブックフートン」というお手製のブックレストも使っている。それは80×30センチの帯状の布に綿を入れたもので、本のページの進み具合によって、丸める度合いを変えていくものである。半分読み終わった本を置く時は、ブックフートンの端を両側から丸め込むと、本がちょうどV字形になる。義塾図書館ではこのブックフートンを作製し閲覧の際に供している。
 閲覧するには明かりを必要とする。新聞紙を日なたに2,3日出しておくと、紫外線で黄ばんでしまう。閲覧室は紫外線を発する蛍光灯を使っていない。さらに、外からの紫外線を防ぐために、紫外線カットフィルムを窓ガラスに貼っている。閲覧以外の時、収蔵している時でも貴重書のために設備を常に整えている。

- 保存するには?

 東京の冬は乾燥している。手肌も乾燥してかさかさになる。それと同じで革製本した洋書は、湿度を低いままにすると、乾燥して傷む。冬でも湿度が80%、温度28度以上になると、カビが生える。温度20度前後、湿度50%前後が適温適温で、それを維持するために書庫は24時間稼動エアコンを備えている。
 カビも本の大敵のひとつ。本の大敵にはカビ、虫などの生物的要因、印刷に使うにじみ止めや紫外線などの化学的要因、そして地震、火災、水害などの物理的要因がある。生物的要因には、臭化メチルという毒ガスでいぶす薫蒸をしている。火災の際には消火剤や水を貴重書にかけずにすむように、書庫には空気中の酸素を奪うハロゲンガス噴射装置を備えている。

- 本という宝物

『花鳥風月』写 (室町時代末期)
『花鳥風月』写 (室町時代末期)
Lesson『極楽鳥の博物誌』(1845-35)
Lesson『極楽鳥の博物誌』(1845-35)
 ディカプリオ主演映画の「タイタニック」、そのタイタニック号が貴重書の宝庫ということは知られていない。ハーバード大学のワイドナー図書館の入口には「ハーバード大学卒業のハリー・エルキンス・ワイドナーは1912年4月15日タイタニック沈没により死す」というプレートがある。名うてのブックコレクターであったワイドナーが欧州で本を購入した帰りに事故に遭ったので、タイタニックの船倉には貴重書が眠っている。ワイドナーの遺族が建物と旧蔵図書を寄贈してワイドナー図書館ができ、そこには大理石の“Treasure Room”と呼ばれる貴重書室がかつてあった。ハーバード大学の「宝物殿」は宝物が多くなり、やがて単独の貴重書図書館としてホートン図書館が誕生した。
 わが義塾図書館5階も宝物殿である。室町時代末の御伽草子や絵巻物、江戸時代初期の古活字本、料理関係図書、福澤諭吉の文書類、洋書ではアダム・スミスらの経済学、ニュートンなどの科学史、ビュフォン、レッソンの博物学など主要な蔵書がある。こうした貴重書は授業期間には毎月1回の「貴重書展」(図書館1階)で見ることができ、さらには図書館ホームページや毎号の「塾」でも貴重書紹介を行っている。ぜひ貴重書を使った研究を試みてはいかがだろうか。