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平成28年度大学卒業式式辞

2017月3月23日

慶應義塾長 清家 篤

卒業生の皆さん、ご卒業まことにおめでとうございます。慶應義塾大学を代表して、皆さんのご卒業をお祝い致します。また卒業生のご家族・関係者の皆様にも心よりお慶びを申し上げます。

皆さんは今日慶應義塾大学を卒業されると「塾員」になるわけですが、今日は25年前に卒業されて塾員となられた1992年三田会の方々が、皆さんの門出を祝うため駆けつけて下さっています。まことに有り難いことであり、卒業生と共に御礼申し上げたいと思います。

またこの場を借りまして、卒業生の皆さんたちを今日まで熱心に指導して下さった先生方、その学業や生活に必要な支援を与えて下さった職員の方々にも、御礼を申し上げます。

さて皆さんはこれから社会に出て仕事をされる方、大学院に進学される方とその進路は様々だと思いますが、いずれにしても大切なのは仕事の場において、あるいは学問研究を進める上で正しい判断、決断を行うということだと思います。そしてその正しい判断の大前提は、物事を正しく認識すること、つまり「真実」を知りよく理解しているということです。しかし最近では、フェイク・ニュースといった言葉も出てきていたりするように、情報の氾濫する中で真実は何かということが、なかなか分かり難くなっています。

そのときに大切なことは、人の言っていることを安易に信じ込んだり、常識と言われているようなことを鵜呑みにしたりせず、何ごとも疑ってみるということです。このことを福澤先生は、「信の世界に偽詐(ぎさ)多く、疑の世界に真理多し」という印象的な書き出しで始まる『学問のすゝめ』第15編で明快に述べています。

この中で福澤先生は、多くの真理は「疑い」を出発点として得られていることを強調しています。例えば天文などはそのよい例で、中世のヨーロッパにおいて、天体望遠鏡の技術進歩などにより、天体の動きをより正確に観測できるようになったことから、ガリレオ・ガリレイなどの天文学者は、それまで信じられていた地球が宇宙の中心であって、太陽や星はその周りを回っているという天動説に疑問を持ちました。そしてついにその天動説とは正反対の地動説こそ真理であることを明らかにしたのです。

ここで大切なのは、それまで常識と考えられていたこと、あるいは人々の実感に合致していたことに疑いを持ったということです。私たちは朝になると東から日が昇り、夕方になると西に日が沈むのを見ており、また夜になると夜空に星のぐるぐると動く様子を見ているわけですから、天動説は間違いなく実感に合っています。そうした人々の実感に合った天動説に異を唱えたガリレオなどが異端者として宗教裁判にかけられたりするのも不思議ではありませんでした。しかし驚くなかれ真実は、私たちの実感とはおよそ正反対のものであり、地球は傾いた地軸の周りを自転し、また太陽の周りをぐるぐると公転しているということだったわけです。

このように物事の真実を探求するのが福澤先生の言われた「実学」で、先生が実学という言葉にわざわざ「サイヤンス」とルビを振られたのもこのためです。同時にそのように真実と認められる物事それぞれの重み、あるいは価値は同じではありません。正しい判断とは何を大切なことと考えるかということですが、実は大切なこととは絶対的なものではなく、相対的なものです。

このことについても福澤先生はその主著である『文明論之概略』第1章の冒頭で明快に示しておられます。それを少し引用しますと、「軽重、長短、善悪、是非等の字は相対(あいたい)したる考より生じたるものなり。軽あらざれば重あるべからず」、つまり「軽い」というのは「重いものに比べて」軽いといえる、ということです。

そしてこのことを当時の日本に当てはめて、廃藩置県によって、大名や藩士は困るようになったが、これは政府が闇雲に大名藩士の財産を奪ったように見えるがそうではない。日本国と全国の藩とを比べれば、日本国は重く、諸藩は軽いということである。封建の制度を倒して近代の日本を作ったのは、封建が絶対的に悪いからでも、近代が絶対的に良いからでもなく、その時の日本の状況を勘案すると、封建よりも近代を選ぶ方が良いという相対的判断だったというわけです。

人の言うことを信じ込んだり、常識と言われていることを鵜呑みにしたとたんにそこで思考は止まり、真実が見えなくなってしまいます。何ごとにも疑問を持ち真実は何かを常に考える実学の精神が重要です。その上ですべてのものにはプラスとマイナスがあり、絶対に良いということも、また絶対に悪いということもないというふうに物事を見ることが重要です。相対的に考えるということです。

この相対的に大切なことを見極める知性を福澤先生は「公智」と呼びました。『文明論之概略』ではこれを「人事の軽重大小を分別し軽小を後にして重大を先にしその時節と場所とを察するの働を公智と云う」と、明快に定義しています。つまりその持っている知識や分析力を総動員して、その時々の社会の状況などに応じて最も大切なことは何かを判断する知性を公智というのです。

また多くの物事の間には、「あちらを立てればこちらが立たず」という二律背反の関係があります。例えば費用と便益の関係などがその典型で、費用は安いほど、便益は大きいほど良いわけですが、費用を節約しようとすれば便益も減少し、逆に便益を増やそうとすれば費用も高くなってしまいます。そこではこのくらいの費用でこのくらいの便益をという均衡点を選択しなければなりません。

正しい判断とは、多くの物事の中からより大切なものは何か、そして二律背反の関係の中でどこに均衡点を見つけるか、それらを実証的な事実認識によって判断するということです。福澤先生の言葉で言えば、「実学」に基づき「公智」を働かせる、ということになります。

このような正しい判断を行うには、知的強靭さを必要とします。人はきびしい選択、意思決定を迫られると、なんとかなるのではないかといった希望的観測や、頑張ればできるといった精神論に傾きやすいものです。また複雑な考察を加える煩雑さを厭い、物事を極端に単純化し、時流に流された選択をするといったようないわゆるポピュリズムに走ることもあります。

こうした傾向は、最近の内外の情勢を見るとむしろ強まっているようにも思えます。しかし福澤先生は徹頭徹尾時流に流されず、明治維新前後の「尊王絶対、幕府打倒」といった流行には決して与しなかった方でした。何かを固く信じ、目を吊り上げて突き進むというようなことを、先生は善しとされませんでした。

先生は『福翁百(ひゃく)話』の第13話で「人間の心掛けは兎角(とかく)浮世を軽く視て熱心に過ぎざるに在り」というように、世の中のことにこだわらず、熱中し過ぎないことを説きました。このようにいえば、何ごとも冷淡に見て力を尽くす人がいなくなるように思われるかも知れないが、そうではないと福澤先生はおっしゃいます。むしろ「浮世を軽く視る」ことで「心の働き」は自由活発になり、肩の力を抜き、よく周りを見渡し、余裕を持って物事を考察することで、公智は発揮できると考えられたわけです。

皆さんは、そうした福澤先生の建学理念を今日に伝える慶應義塾で、実学に基づいて真実を知る術と、物事を相対的に捉え、その軽重大小を判断する公智を身に付けられました。それは皆さんのこれからの人生を支え、また皆さんが、社会に貢献するための力となることと信じています。そうした皆さんのこれからの人生が、幸せで、実り多い、そして意義深いものとなることを祈念して式辞と致します。さて今日めでたく卒業を迎えられた方々の中には留学生も多数おられます。そこで最後に短く英語による式辞も述べさせて頂きます

Remarks for International Students

Now I would like to make some remarks in English for the international students who are among those graduating from Keio University today.

First of all, on behalf of the entire community of Keio University, I would like to extend my heartfelt congratulations to you all.

In your life you always need to make the right decisions. And in order to do so, those decisions should be based on facts that can be explained by science. This is why our founder Yukichi Fukuzawa or Fukuzawa-sensei emphasized the impor tance of lear ning, particularly scientific learning which he called jitsugaku. And what Fukuzawa-sensei meant by this is that you can make the right decision by looking at many different important things and choosing the most important one.

In this respect, it is essential for you to possess what he valued greatly, which is “kochi” or public wisdom. In his book An Outline of a Theory of Civilization, public wisdom is defined as “the ability to evaluate people and events, to give weightier and greater things priority, and to judge their proper times and places.”

In order to become a person with public wisdom, you need to have a wide range of knowledge and a deep insight. I am very confident that you have obtained these qualities here at Keio University and hope that you will make significant contributions to our society through your public wisdom.

Once again I would like to congratulate you all and wish you a truly happy, successful, and meaningful life in the years to come.

改めて皆様のご卒業をお祝い致します。本日はまことにおめでとうございました。

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