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日本初の社交倶楽部「交詢社」の拠点、面影残し完成

 
2004/09/15  慶應義塾

福澤諭吉の主唱で創られた社交倶楽部「交詢社」(財団法人交詢社 理事長:石川忠雄)の拠点として昭和初期に建築された交詢ビルディングが、9月13日(月)、旧建築の面影を残しながら装いを新たにし、竣工式が催されました。 式後の直会では、安西祐一郎塾長が祝辞を述べました。

交詢社は明治13(1880)年に福澤諭吉の主唱のもとに、「知識ヲ交換シ世務ヲ諮詢スル」ことを目的として設立された社交倶楽部です。創立の当初から1700名余りの会員を擁していましたが、福澤先生は慶應義塾の卒業生だけではなく、広く世間一般にその加入を勧誘しました。

ビルは関東大震災で全壊しましたが、銀座6丁目の現在地は震災時以外は移っておらず、昭和4(1929)年には地上7階建ての2代目ビルが建てられました。このビルは昭和初期の代表建築として大変親しまれていましたが、築後70年が経過し、このたび建て替えとなりました。

地上10階、地下2階の新しい交詢ビルディングは、旧建築の正面玄関をそのまま保存しており、談話室や中庭も一度解体し復元・移設。伝統を保ちながら先進性を兼ね備えています。
日本初の社交倶楽部「交詢社」の拠点、面影残し完成
日本初の社交倶楽部「交詢社」の拠点、面影残し完成
日本初の社交倶楽部「交詢社」の拠点、面影残し完成


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