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[半学半教] 震災復興に私たちは何ができるのか —気仙沼復興プロジェクト(環境情報学部教授 一ノ瀬友博)

2012/11/26 「塾」2012年AUTUMN(No.276)掲載
※職名等は掲載時のものです。

一ノ瀬友博研究会「農村イノベーション」では、気仙沼復興プロジェクトと富士吉田市地域力向上プロジェクトに、合計20名程度で取り組んでいる。

一ノ瀬 友博(いちのせ ともひろ)環境情報学部教授

研究会の皆さん
SFCにおける気仙沼復興プロジェクトは、学生代表を務める清水健佑君(当時環境情報学部2年)とTwitterでやりとりする中から生まれた。清水君は、気仙沼出身で、震災以前から筆者の研究会に所属していた。2011年4月から気仙沼を対象に研究を始めようとしていて、その予備調査のために帰省し、首都圏に戻った直後に震災が発生した。幸い彼の実家は無事であったが、家業である水産加工業の工場はすべて津波で被災した。私と彼のツイートを見ていた教員や学生から次々にプロジェクトへの参加表明が舞い込んだ。入学式と授業の開講が5月にずれ込み、閑散としていた4月初旬のキャンパスで最初のミーティングを開催したときには、まだ入学式を済ませていない1年生を含め30名近くの教員と学生が集まった。実にSFCらしいスタートだった。

気仙沼復興プロジェクトは、とにかく被災地のために何かしたいという人が、清水君を中心に集まったプロジェクトだ。ほとんどの人が震災以前に気仙沼と関わりがあったわけではない。2011年度には10名以上の教員、100名以上の学生が集い、8つのチームを結成して、気仙沼市役所への復興策の提案や市の内外でワークショップなどを行ってきた。複数の研究会を横断する、SFCでもまれな大規模なプロジェクトに発展した。清水君が立ち上げた気仙沼市の復興を考えるFacebookグループは、参加者が800名を超えた。2012年度は、参加メンバーも入れ替わり、7つのプロジェクトを70名程度の教員・学生で進めている。

初めて被災地に入ると学生のみならず、教員でも、この状況に対して自分がいったい何ができるのだろうと自問自答する。短期間で目に見える貢献をすることは、容易ではない。しかし、被災地に直接関わり、ともに復興に向けて歩もうとすることが被災地支援の第一歩である。私の研究会では、常に実社会の課題に取り組むことを求めているが、被災地は究極的な現場であり、学びの場である。震災復興に関わることは、一生の力となるだろう。

現場の問題と向き合い「個」を磨く

清水 健佑(しみず けんゆう)君
環境情報学部4年
「農村イノベーション」で私は気仙沼復興プロジェクトの学生のとりまとめ役を務めています。プロジェクトでは復興の現場で、問題に対する感覚を養い、自分たちが迎えようとする将来社会についての考えを深めています。プロジェクトは学年や研究室の枠にとらわれないチーム構成になっており、取り組む分野もさまざまです。個性豊かなメンバーとコミュニケーションを取り、現地でそれぞれの活動を進めていく中で、同じキャンパスの中にいるだけでは気づけなかったメンバーの人間性に触れることができます。同じ志の仲間や地域住民の方々をはじめとする多くの人と、地域社会の問題解決に向け取り組みを進めています。
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