メインカラムの始まり
[半学半教] 饗宴(シュンポシオン)に政治の話はふさわしくない(法学部政治学科教授 萩原能久)
2011/10/24 「塾」2011年AUTUMN(No.272)掲載
※職名等は掲載当時のものです。
政治哲学・理論、平和研究を専門とするゼミで、院生7名、学部生33名が在籍中。
抽象的議論に終始してしまわないよう、沖縄合宿では戦争の傷跡や基地問題を肌で感じます。
政治哲学・理論、平和研究を専門とするゼミで、院生7名、学部生33名が在籍中。
抽象的議論に終始してしまわないよう、沖縄合宿では戦争の傷跡や基地問題を肌で感じます。
萩原 能久(はぎわら よしひさ)法学部政治学科教授
毎週、時間割の制約にこだわらず数時間かけて行われるゼミでの討論は、院生も含めた学生たちに私も加えて、古今東西の賢人を、場合によっては黄泉の国からお招きして行われる…これが私たち萩原ゼミのスタイルです。
もちろん比喩ですよ。決して怪しい交霊会を開催するオカルト研究会なのではありません。言いたいことはつまり、ゼミでの議論にあっては教師である私ももちろん、歴史に名を残すような知的巨人でさえ、自著のテキスト解釈において特権的な地位を占めることは許されていないということです。ゼミでの討論の目標はつねに、それぞれ異なる価値観や視点を有する討論参加者たちのあいだでの「地平の融合」なのであり、討論のネタを提供してくれている大哲学者もそこではいち参加者でしかないのです。
別の言い方をするなら、私たちの求めているのはなんらかのテキストの「正しい解釈」(そのようなものがはたして存在するのでしょうかね)ではなく、あえて言えば創造的曲解の方なのです。そのためにはホッブズよりもホッブズ的になる必要があるでしょうし、場合によってはアレントのテキストを、アレントに逆らって読むことすら求められます。
だから私たちのゼミで「分かりました」は禁句です。分かってしまったら、問いはそこで終わってしまいます。理解しようと努力しつつ、それでもまだそこに理解されないまま残り続けるものを、つまり自分たちが分かっていないことを分かろうと私たちは苦闘しているのです。
そのような討議空間を作り出していくゼミの場で、案内役でもある私が心がけているのは「学ぶ」ということの楽しさを学生たちに伝えることです。いったんその楽しさを覚え、自学自習のスイッチが入ったら、教師の出る幕はもう終わりです。その意味で仕事をいかに減量するか、つまり学生たちを手早く自律させ、自分が楽をできるよう工夫するのが私の仕事です。
もちろん比喩ですよ。決して怪しい交霊会を開催するオカルト研究会なのではありません。言いたいことはつまり、ゼミでの議論にあっては教師である私ももちろん、歴史に名を残すような知的巨人でさえ、自著のテキスト解釈において特権的な地位を占めることは許されていないということです。ゼミでの討論の目標はつねに、それぞれ異なる価値観や視点を有する討論参加者たちのあいだでの「地平の融合」なのであり、討論のネタを提供してくれている大哲学者もそこではいち参加者でしかないのです。
別の言い方をするなら、私たちの求めているのはなんらかのテキストの「正しい解釈」(そのようなものがはたして存在するのでしょうかね)ではなく、あえて言えば創造的曲解の方なのです。そのためにはホッブズよりもホッブズ的になる必要があるでしょうし、場合によってはアレントのテキストを、アレントに逆らって読むことすら求められます。
だから私たちのゼミで「分かりました」は禁句です。分かってしまったら、問いはそこで終わってしまいます。理解しようと努力しつつ、それでもまだそこに理解されないまま残り続けるものを、つまり自分たちが分かっていないことを分かろうと私たちは苦闘しているのです。
そのような討議空間を作り出していくゼミの場で、案内役でもある私が心がけているのは「学ぶ」ということの楽しさを学生たちに伝えることです。いったんその楽しさを覚え、自学自習のスイッチが入ったら、教師の出る幕はもう終わりです。その意味で仕事をいかに減量するか、つまり学生たちを手早く自律させ、自分が楽をできるよう工夫するのが私の仕事です。
責任ある言論者へ
渋谷 昭絵(しぶたに あきえ)
法学部政治学科4年
法学部政治学科4年
「政治とは公的な空間で意見を表明することである」との先生のお言葉が印象に残っています。しかし、公的な空間で意見を表明することは想像以上に勇気のいることです。というのも「意見」は絶対的に正しいものではありえず、自分がこれまで見聞きした経験に限定された不完全なものでしかないからです。それでもそのような正しさの確証のない「意見」を私たちは語り続けなければならず、また、公的な「語り」は(それが公的であるがゆえに)、良くも悪くも現実を変え得る力を有しているのです。そのような公的な空間の中で、あらゆる批判を受けつつも責任ある言論者であろうとする姿勢こそ、私が研究会で学んだことなのです。
























