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[半学半教] 多からなる一、他からなる自己 アメリカ文学と自分を探求する場所として(文学部准教授 大串 尚代)

2011/01/18 「塾」2011年WINTER(No.269)掲載
※職名等は掲載当時のものです。

2007年から開講されたアメリカ文学の研究会。
現在3年生10名、4年生14名が在籍し、卒業論文執筆のために様々なテーマに取り組んでいる。

大串 尚代(おおぐし ひさよ) 文学部准教授

研究会の皆さん
「アメリカでの暮らしは素晴らしいわ」「闘うことができればな」「ここは自由だし誇りも持てる」「自分の仲間と一緒にいればの話さ」——アメリカ・ミュージカル史上に名を残す『ウエスト・サイド物語』には、プエルト・リコからの移民アニタとベルナルドが、「アメリカ」とはどんな国かをめぐって歌とダンスで戦うシーンがある。わたしがアメリカについて考えるとき、つねに思い出すのがこの場面だ。人々は自由と平等を求めてアメリカを目指す。だが自由を享受するために乗り越えるべき差別や困難もまた、存在する。それはアメリカが建国から抱える根本的な矛盾であり、その矛盾があるがゆえに、アメリカは興味の尽きない国だと思う。

わたしが担当する米文学研究会では、学生たちがそれぞれの観点から、アメリカの多様性を考える方法を模索している。学生には研究テーマは強制しないが、かならず「自分が2年間考え続けられるくらい好きなテーマ」を探してもらう。人種・階級・性差の多様性を知り、文化の多元性を考える作業は、歴史・社会・政治的背景の幅広い知識が必要であるため、わたしが学生から教えられることも多い。指導する立場・される立場を越えて、お互いに切磋琢磨する場だと捉えている。

基本的には文学を扱うゼミであるが、学生たちには文学史的な知識だけではなく、「じっくりと考え、語るべき自分の言葉を模索すること」を学んでほしいと思っている。「なにを考えるべきか」「どう考えるべきか」「どんな意味があるのか」——こうした問いは、最終的にはそれを問う自分とは何者かへと繋がっていくはずだ。それは決してナイーヴな内面探求ではなく、自分と他者との関係性を模索する作業にもなる。こうした時間と場を提供することにこそ、研究会の意義があると思いながら、学生とともに学び続けている。

ゼミについて語るときに我々の語ること

福田 雅之(ふくだ まさゆき)
文学部4年
「純粋のリアリストとか純粋の芸術家などというものは、めったにいるものではない。われわれは、雑種の文学にとっぷり漬かっている雑種の存在なのである」と言ったのはアメリカの詩人ウォレス・スティーヴンズですが、同様にアメリカ文学・文化の多彩な方面に関心を寄せる学生が会するのが大串研究会です。
各々の研究テーマは文学作品にとどまらず、映画・漫画・スピーチなど多岐にわたり、週に1度の研究会では、某熱血テニス選手でさえたじろぐほどの熱い議論が繰り広げられています。
そんな我々を束ねるのが、文学部英米文学専攻の新たな女王として着々とその足場を固めている大串尚代先生で、先生の懇切丁寧なご指導を仰ぎながら、学生は各自の研究を追究し、雑多でかつ豊饒な文学の世界に身を浸らせる妙味を日々享受しています。
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