メインカラムの始まり
[半学半教] 10年後の自分を目指して(文学部教授 神崎忠昭)
2010/02/09 「塾」2010年WINTER(No.265)掲載
※職名等は掲載当時のものです。
ヨーロッパ中世の「不可思議」を「思」索し、「議」論する。
ヨーロッパ中世の「不可思議」を「思」索し、「議」論する。
神崎 忠昭(かんざき ただあき) 文学部教授
分からなかったから始めた、これが、僕がヨーロッパ中世史に迷い込んだきっかけです。分からなくなる前、僕は「分かって」いました。高校教科書にあったように、ヨーロッパ中世とは一枚岩的で静的な社会構造で、誰もが同じ思考様式だと考えていました。しかし、どうもそうではない、自分と同じへそ曲がりがここにもいて、変なことを考えていたことを知りました。11世紀のある神学者が「四つ辻や道端で、田舎者や無知な者たちが、鍬で耕したり家畜の小屋や豚の世話をしたりする以外にはほとんど何も知らないにもかかわらず、何も知らない娘や牛追いたちの前で、恥じらいもなく聖書の意味について論じている」と記していますが、それを知りたくなったのです。僕たちの日常となった西洋文明にも、その背後には異なる心性が存在します。それを「不可思議」としてではなく、歴史的社会的文脈に即して理解したいと思いました。その頃と比べると分かってきているとは思いますが、まだ道半ばです。
こんな妙なことに首を突っ込んでいる僕ですが、ゼミに関しては、テーマを強制したりはしません。強制されるのが苦手な僕は、もちろん誘導や助言はしますが、好きなテーマで、と言うのを常にしています(そのため途方に暮れることもありますが)。ただ学生さんに一つ言うことがあります。「10年後の自分を想像してごらん」と。来年は簡単です。特に2・3年生は簡単です。明日は今日の連続ですから。30年後も、リアリティがなさすぎて、逆に簡単です。ステレオタイプに考えるしかありません。しかし10年後の自分は案外難しいものです。突然に10年後の自分が実現するのではなく、そこに向かう人生設計が必要です。現状の自分を把握して、夢を持たなければなりません。ただ多くの学生さんは、自分の可能性と分岐点の多さを実感し切れていないようですが。
10年後の自分、そこに向かって自分の「青春」のねじを巻き直していきたいと思います。
こんな妙なことに首を突っ込んでいる僕ですが、ゼミに関しては、テーマを強制したりはしません。強制されるのが苦手な僕は、もちろん誘導や助言はしますが、好きなテーマで、と言うのを常にしています(そのため途方に暮れることもありますが)。ただ学生さんに一つ言うことがあります。「10年後の自分を想像してごらん」と。来年は簡単です。特に2・3年生は簡単です。明日は今日の連続ですから。30年後も、リアリティがなさすぎて、逆に簡単です。ステレオタイプに考えるしかありません。しかし10年後の自分は案外難しいものです。突然に10年後の自分が実現するのではなく、そこに向かう人生設計が必要です。現状の自分を把握して、夢を持たなければなりません。ただ多くの学生さんは、自分の可能性と分岐点の多さを実感し切れていないようですが。
10年後の自分、そこに向かって自分の「青春」のねじを巻き直していきたいと思います。
教員のプロフィール
1989年慶應義塾大学大学院文学研究科後期博士課程満期退学。大学文学部助教授を経て、2007年より現職。専門はヨーロッパ中世におけるキリスト教の歴史。
青春のモニュメント
原田 亜希子(はらだ あきこ)
文学研究科修士課程2年
文学研究科修士課程2年
大学生活4年間の集大成となる卒業論文。その卒業論文がいかに充実した「青春のモニュメント」となるか、これこそが神崎研究会の一番の目標です。ゼミ生は自由にテーマを選ぶことができるので、それぞれ時代も地域もさまざまです。ゼミではまず、史料収集の仕方、史料を「読むこと」を学びます。特に日々進化する電子ジャーナル使用法を毎年確認することは、非常に貴重な機会です。そしてその史料を基に研究を進め、ゼミの時間にその成果を発表し、それぞれのテーマに合わせ(お体同様)大きな包容力を持って神崎先生が今後の研究の進め方や参考文献などを指導してくださいます。また発表の後のゼミ生同士の意見の交換も、忘れてはならない大切なアドバイスです。これらを元にゼミ生一同、各々の個性を活かした「青春のモニュメント」作成に日々励んでいます。
























