メインカラムの始まり
[半学半教] 医療介護分野の問題解決を目指して(総合政策学部教授 印南一路)
2009/01/19 「塾」2008年AUTUMN(No.260)掲載
※職名等は掲載当時のものです。
医療や介護の政策問題を取り上げ、その問題の本質は何か、どうしたら解決できるか、
一つの学問分野に囚われることなく、自分の頭で考える。
医療や介護の政策問題を取り上げ、その問題の本質は何か、どうしたら解決できるか、
一つの学問分野に囚われることなく、自分の頭で考える。
印南 一路(いんなみ いちろ) 総合政策学部教授
私の専門は2つある。意思決定論・交渉論・組織論と医療介護政策である。どちらかに絞るべきだと一時は考えたが、結局、どちらも20年以上研究し、授業もゼミも双方にまたがっている。この企画では、医療政策に絞って記述する。
医療は、日本の経済の低成長化が著しい中、確実な成長を遂げている分野である。が、世界に未曾有の超高齢社会に突入しつつあるのに、医療提供体制は全く対応できていないといってよい。今は、産婦人科医、小児科医の不足や救急医療体制の不備等に代表される医療崩壊を騒いでいるが、高齢者医療&介護の方が中長期的には深刻である。政党も圧力団体もマスコミも国民の「怒り」を利用した、目先の駆け引きに終始しており、問題解決からは程遠いところにいる。ゼミでは、問題の本質は何か、どうしたら解決できるか、一つの学問分野に囚われることなく、自分の頭で考え、自分でまとめることを基本にしている。
大学時代は、学者になるなど夢にも思わなかった。裁判官になりたかったが、結局は銀行員になった。銀行に勤めてみると、意外なことに勉強好きな自分を発見した。初志を貫徹しなかった自分の人生態度を反省し、新たに発見した知的好奇心を満たすために、米国の大学院への留学を決意した。社内の留学生試験では一番であったが、残念ながら留学はさせてもらえず、代わりに厚生省保険局に出向させられた。これが、医療政策に触れたきっかけである。
当時は、都市銀行の絶頂期だったが、自分の夢を果たすため、銀行を辞めた。幸いフルブライトの奨学金をもらえ、さらに厚生省とのつながりから、製薬会社からも支援を受けて、ハーバードの行政大学院、公衆衛生大学院で学び研究もすることができた。ハーバードのケースメソッドに幻滅したので、博士は、より数量志向の強い大学院をということで、シカゴ大学の経営大学院に進んだ。当時は、世界最古の医療管理プログラムの下で医療政策を専門にするつもりだった。ところが、博士入学後1年で、プログラムが廃止され、指導教員と考えていた教員は去ってしまった。その代わり、Behavioral Decision Theoryや実験経済学に触れることになった。これが意思決定論との出会いである。結局博士論文は、「グループ意思決定」で書いた。
思ったようには行かないのが人生だ。誰でも必ず死ぬし、死ぬまでに、人類の歴史に残るような業績をあげられる人は本当にまれだ。何か目標を設定し、その実現に向かって努力し、その手ごたえを感じている時が最も幸せな瞬間だ。人生は結果ではなく、プロセスなのである。学生には、ひたむきに努力することを期待している。
医療は、日本の経済の低成長化が著しい中、確実な成長を遂げている分野である。が、世界に未曾有の超高齢社会に突入しつつあるのに、医療提供体制は全く対応できていないといってよい。今は、産婦人科医、小児科医の不足や救急医療体制の不備等に代表される医療崩壊を騒いでいるが、高齢者医療&介護の方が中長期的には深刻である。政党も圧力団体もマスコミも国民の「怒り」を利用した、目先の駆け引きに終始しており、問題解決からは程遠いところにいる。ゼミでは、問題の本質は何か、どうしたら解決できるか、一つの学問分野に囚われることなく、自分の頭で考え、自分でまとめることを基本にしている。
大学時代は、学者になるなど夢にも思わなかった。裁判官になりたかったが、結局は銀行員になった。銀行に勤めてみると、意外なことに勉強好きな自分を発見した。初志を貫徹しなかった自分の人生態度を反省し、新たに発見した知的好奇心を満たすために、米国の大学院への留学を決意した。社内の留学生試験では一番であったが、残念ながら留学はさせてもらえず、代わりに厚生省保険局に出向させられた。これが、医療政策に触れたきっかけである。
当時は、都市銀行の絶頂期だったが、自分の夢を果たすため、銀行を辞めた。幸いフルブライトの奨学金をもらえ、さらに厚生省とのつながりから、製薬会社からも支援を受けて、ハーバードの行政大学院、公衆衛生大学院で学び研究もすることができた。ハーバードのケースメソッドに幻滅したので、博士は、より数量志向の強い大学院をということで、シカゴ大学の経営大学院に進んだ。当時は、世界最古の医療管理プログラムの下で医療政策を専門にするつもりだった。ところが、博士入学後1年で、プログラムが廃止され、指導教員と考えていた教員は去ってしまった。その代わり、Behavioral Decision Theoryや実験経済学に触れることになった。これが意思決定論との出会いである。結局博士論文は、「グループ意思決定」で書いた。
思ったようには行かないのが人生だ。誰でも必ず死ぬし、死ぬまでに、人類の歴史に残るような業績をあげられる人は本当にまれだ。何か目標を設定し、その実現に向かって努力し、その手ごたえを感じている時が最も幸せな瞬間だ。人生は結果ではなく、プロセスなのである。学生には、ひたむきに努力することを期待している。
教員のプロフィール
1958年横浜生まれ。1982年東京大学法学部卒業。1992年シカゴ大学にてPh.D.を取得。1994年から慶應義塾に奉職。現在は、社会的入院と高齢者医療&ケア問題、医療費適正化問題の研究に力を注いでいる。高血圧対策として、茅ヶ崎三田会でゴルフを楽しんでいる。
現場と学問を結ぶ!
水口 由美(みずぐち ゆみ)
政策・メディア研究科修士課程2年
政策・メディア研究科修士課程2年
私たち印南研究会(医療福祉政策・経営)では、「よく学びよく遊べ!」をモットーに、医療・介護分野の政策・経営に関する研究を行っています。学部生は、医師不足問題、救急受け入れ拒否問題、キューバ医療など各個人の関心テーマを追究します。大学院生は、よりアカデミックに高齢者医療&ケア提供体制や医療費に関する研究を行っています。医学や看護学、医療経済学、社会学などのように一つの学問体系だけではなく、諸学問横断という研究スタイルを取り、本質的な問題は何か、それを解決するためにはどのような政策手段が考えられるかなどについて深く考察しています。
医療崩壊という言葉が表すように、昨今、医療に対する国民の不信感や医療者の疲弊感が存在します。私は慶應義塾大学病院でのナースとしての勤務経験を生かし、高齢者にとっても若い世代にとっても、そして医療者にとっても良質で効率的な医療提供体制を実現したいと考えています。
医療崩壊という言葉が表すように、昨今、医療に対する国民の不信感や医療者の疲弊感が存在します。私は慶應義塾大学病院でのナースとしての勤務経験を生かし、高齢者にとっても若い世代にとっても、そして医療者にとっても良質で効率的な医療提供体制を実現したいと考えています。
























