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[研究最前線] 東南アジアの「孤立語」の理論構築を目指す(言語文化研究所教授 三上直光)

2013/01/15
三上 直光 言語文化研究所教授
韓流ブームに伴う朝鮮語への興味やビジネスにおける中国語の必要性など、近年、アジアの言葉への関心が高まっています。言語文化研究所の三上教授は長年にわたりタイ語やベトナム語をはじめ、少数民族語も含めた東南アジアの言語の研究を続けています。西洋の言語とは異なる東南アジアの言語の特徴や魅力についてお聞きしました。

※職名等は掲載時のものです。

三上 直光(みかみ なおみつ)

三上 直光 言語文化研究所教授
1976年慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業、79年同大学大学院文学研究科中国文学専攻修士課程修了、85年同博士課程単位取得退学。83年慶應義塾大学言語文化研究所助手。専任講師、助教授を経て2004年同研究所教授。海外歴として、1982年タイ国立カセサート大学人文学部講師。89年~91年在タイ日本国大使館専門調査員。97年日本学術振興会バンコク研究連絡センター長。著書に、Khmer People in Southern Vietnam(共編著)、『東南アジア大陸部諸言語の「行く・来る」』(共著)、『タイ語の基礎』『苗[フモン]語基礎1500語』など。

東南アジアの諸言語との出会い

──東南アジアの言語に興味を持ったのはいつ頃からですか。

大学2年の頃からです。大学入学当初は、おとなしく西洋の言語を勉強していたのですが、どの言語も語形変化を覚えることに終始して、おもしろさを味わう前に放棄してしまいました。その後、少し毛色の変わった言語を勉強してみたいと思うようになり、遅まきながら日本に近いアジアに目を向けたわけです。
幸い、慶應には外国語学校や言語文化研究所があり、ベトナム語やタイ語などの珍しい言語の講座も設置されていましたので、それを受講したのが東南アジアの言語との最初の出会いになりました。ベトナム語やタイ語は、西洋の言語とは性格があまりに違っていて、つかみどころのない言語に感じられましたが、かえってそれが私の学習意欲をかきたててくれました。学部時代、ベトナム研究が専門の川本邦衛先生から指導を受けたことで、ますます関心が深まりました。

──東南アジアの言語にはどのような特徴があるのでしょうか。
三上 直光 言語文化研究所教授
東南アジアには、系統的に異なった5つほどの言語グループがモザイク状に分布していますが、その特徴の一つとして系統の違いを超えた類似性が構造全般にわたって認められるということがあります。たとえば、何を指しているかが相手にわかれば、主語や目的語も言わなくてよいこと、文の主題を文頭のほうに置くこと、ものを数えるときに助数詞を使うこと、人を呼ぶ言葉が多様で、相手との関係によって使い分けること、などの現象が広く見られますが、これらは東南アジアの北に位置する東アジアの言語とも共通する特徴です。
東南アジア大陸部・東アジアに限定して言うと、形態的に、中国語、ベトナム語、タイ語などの「孤立語」タイプの言語が優勢で、そのほとんどは単語が単音節的で、声調があります。孤立語とは、語形変化がなく、語順によって語と語の関係が表されるタイプの言語のことで、複雑な語形変化がさまざまな機能を担う西洋の言語とは対照的な性格を持っています。言語化される情報は、西洋の言語に比べると少ないかもしれませんが、そこはコンテクストをうまく利用しながら、コミュニケーションを成立させるしくみになっているわけです。その意味で、非常に経済的で、効率的な言語だと言えるのではないでしょうか。

──こうした孤立語を学ぶおもしろさはどんなところにありますか。

孤立語は形態的に身軽な言語です。語形変化もなければ、語と語の関係を表す標識も多くありません。学習する上では、面倒な文法規則に悩まされずにすむ反面、意味の解釈や構造の分析ということになると、なかなか一筋縄ではいきません。品詞の認定や語、句、節、文といった単位の認定も、形からの手がかりに多くを期待できないだけに容易ではありません。
孤立語のおもしろさの一つは、語と語の結びつき方です。動詞と名詞、動詞と動詞が実に多様な意味関係で結びつくのです。動詞と名詞の結びつきの例を挙げてみましょう。孤立語では、「食べる」の直後に、「ごはん」など食べる対象だけでなく、道具の「スプーン、フォーク」や場所の「店」などの名詞が続くことがあります。西洋の言語では、ふつう、動詞の直後の名詞は目的語、目的語をとる動詞は他動詞として処理されますが、それをそのまま孤立語の分析に適用するには無理がありそうです。時制(tense)を持たない言語も多く、西洋的な言語観では捉えにくい現象も少なくありません。
もう一つ例を挙げます。「朝ごはん」「食べる」「もう~した(完了)」という単語が並んだ文は、どういう意味になるでしょうか。これを「朝ごはんが(何かを)もう食べた」と解釈する人はいないでしょう。孤立語の学習では、言語内外のいろいろな知識を使いながら、意味を解釈していくおもしろさを存分に味わうことができるのです。

東南アジアの言語を研究すれば日本語が見えてくる

──東南アジアにはどのくらいの数の言語があるのですか。

東南アジアは、どの国も一様に多民族、多言語の社会です。国語や公用語の地位を占めている言語のほかに、多数の少数民族語が存在しています。大陸部の国々では50前後からそれ以上、そして島嶼部ではインドネシアで500以上、フィリピンで100以上の言語が話されていると言われています。こういった多言語状況は、特に島嶼部の国々では、政治的、文化的に大きな影響を及ぼしています。東南アジアのほとんどの国で、国語あるいは公用語を何々語とするといった条文が憲法に盛り込まれているのもうなずけます。
東南アジアには、主要民族語、少数民族語を問わず、一つの言語が国境を越えて複数の国にまたがって話されているという状況もあります。私は少数民族語にも関心があって、これまでベトナムのカン語(Khang)やタイ、ラオスのフモン(白苗)語(Hmong)などの調査を行いました。
三上 直光 言語文化研究所教授
──それほど多数の言語をどのようにして研究していくのですか。

私の場合、主要な言語現象について、言語を限定して分析・記述することから始めますが、なかでも特に興味を引かれるのは多くの言語に見られる類似現象です。類似現象の一つ一つについて、歴史的、地理的視点を交えながら、分析・記述していきます。はじめは個々の言語でこれを行い、材料がそろえば、対照研究に持ち込みます。これは、類型的一般化の前提となる作業です。
この地域に、なぜ類似性が広範に見られるようになったかについては、現象ごとに追究すべき問題ですが、その解答を見出すためにも、さまざまな角度から検討する必要があります。東アジアの言語が、接触によって相互に影響しあって発展してきたという事実を考えると、歴史的、地理的視点は欠かすことができません。

──日本語と東南アジアの言語との関係についてお聞かせください。

日本語と東南アジアの言語とは、発音や文字表記の点では違いが目立つかもしれませんが、その他の点では似ているところもいろいろとあります。先ほど東南アジアの言語の特徴についてお話ししたときに挙げた点のいくつかは、日本語にも当てはまることです。主語や目的語を使わずにすませることや人を呼ぶ言葉が多様で、親族名称が親族関係のない人に対しても拡張的に用いられることなどは、特殊な現象だと思われがちなのですが、近隣のアジアに目を向けさえすれば、決してそうではないことがわかります。
私の経験を言いますと、東南アジアの言語を勉強したことで、日本語の理解がより深まり、日本語の見方も変わってきたと感じていますし、また逆に日本語の知識が東南アジアの言語の理解や分析にも活かされるということも認識しました。西洋の言語との比較からだけでは気づかない日本語の特性も見えてきました。
偏りのない言語観を身につけるためには、異なった形態の言語をバランスよく学ぶのも有効な方法です。日本語とある程度の類似性を持ち、形態的に異なる東南アジアの孤立語を、西洋の言語などとあわせて学ぶことをお勧めしたいと思います。

消えていく少数民族の言語を記録しておきたい

ラームカムヘーン王碑文(13世紀)。
ラームカムヘーン王碑文(13世紀)。
タイ族が残した現存最古のタイ文字資料。
この碑文を偽作とする説もある。
──東南アジアの言語を研究するなかで、今、重要だと感じていることは何ですか。

東南アジアの言語の研究は、まだ記述的な研究の蓄積が十分ではありません。質、量の両面において充実させる必要があります。まずは、比較的進んでいる主要な言語の記述をさらに深化させ、より一般性の高いかたちで提示することが求められます。
それと同時に、まだ十分に行われていない少数民族語の調査も急務です。消滅の危機に瀕した言語も少なくないからです。これは、言語研究が課題としている、人間言語の普遍性と多様性の解明のためにも欠かせない作業です。
言語文化研究所は、東南アジアの言語の記述研究を進めるために、共同研究プロジェクト「東南アジア諸言語研究会」を立ち上げて、共同研究ならではの成果を発表しています。

──これからの研究テーマをお話しください。

言語文化研究所は、本学の研究所の中でも最も古い歴史を誇る研究所の一つです。本年度(2012年度)がちょうど創立50周年にあたります。研究所には現在、言語理論、東南アジア、イスラーム思想、西洋古典を専門とする専任スタッフがいますが、この体制は、研究所の伝統を継承するかたちで、長く維持されてきているものです。研究所の活動は個人研究だけでなく、学内外の研究者の参加を得て、さまざまな共同研究も展開しています。
私は1983年に助手となって以来、この環境のなかで東南アジアの言語の研究に携わってきました。今後は、タイ語の碑文資料に基づく史的研究など、個別の言語で計画していることに加えて、研究を始めたときから抱えているテーマ「孤立語の全体像の記述」に取り組んでいきたいと思っています。孤立語に特徴的な現象をうまく説明できるような枠組みの構築が最終的な目標です。
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