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[研究最前線] 遺伝と環境が人間に及ぼす影響とは? ~ふたごの研究から解き明かす~(文学部教授 安藤寿康)
2012/10/15
安藤 寿康 文学部教授
長い間、教育を論じるにあたって遺伝要因を考えることは、「遺伝子決定論」につながるというのでタブーとされてきました。文学部の安藤教授は、個人の行動や心のはたらきに遺伝的な素養がどれだけ関係しているのかを、ふたごの研究調査によって明らかにしてきました。環境だけでも遺伝だけでもなく、その両方を組み込んだ新しい教育学が誕生しようとしています。
※職名等は掲載時のものです。
※職名等は掲載時のものです。
安藤 寿康(あんどう じゅこう)
1981年慶應義塾大学文学部教育学専攻卒業、86年同大学大学院社会学研究科教育学専攻博士課程単位取得退学、87年慶應義塾大学文学部助手、93年同助教授を経て、2001年同教授。著書に『遺伝子の不都合な真実』『遺伝マインド』『心はどのように遺伝するか』など多数。
教育にもエビデンスが必要だ
──安藤先生がふたごの研究を始めた理由を聞かせてください。
私は大学で教育学を専攻したのですが、音楽が好きだったこともあり、美的教育について関心がありました。当時、「才能は生まれつきではない」として、どんな人にも音楽の能力を育てる鈴木鎮一のバイオリン教育法「スズキメソッド」に感銘を受け、才能や遺伝ではなく環境こそ教育にとって重要であるという思いを強くしていました。また、当時はナチスの優生学や、黒人と白人の知能指数の差に遺伝的な影響があるとした教育心理学者アーサー・ジェンセンへの反発から、教育や人間の行動が遺伝によるところが大きいなどとはとても言えない時代でした。
けれども、大学院に進んだとき、当時の指導教授の並木博先生から「遺伝と環境は、教育の基本問題だ」と教わり、人間行動における個人差に遺伝と環境がどのように寄与するかを検証する行動遺伝学を専門にすることにしました。そして、当時の教育学が科学的な論証に立っていないようにも思われ、教育学も科学的なエビデンスが重要であると痛感しました。
そこで、人間の知能やパーソナリティ、社会性などの心理的な側面に、遺伝や環境がどんな影響を与えるのかを、同じ環境で育った100%同じ遺伝子を持った一卵性双生児と、50%だけ遺伝子が同じ二卵性双生児の行動解析を行うことによって検証しようと考えたのです。
私は大学で教育学を専攻したのですが、音楽が好きだったこともあり、美的教育について関心がありました。当時、「才能は生まれつきではない」として、どんな人にも音楽の能力を育てる鈴木鎮一のバイオリン教育法「スズキメソッド」に感銘を受け、才能や遺伝ではなく環境こそ教育にとって重要であるという思いを強くしていました。また、当時はナチスの優生学や、黒人と白人の知能指数の差に遺伝的な影響があるとした教育心理学者アーサー・ジェンセンへの反発から、教育や人間の行動が遺伝によるところが大きいなどとはとても言えない時代でした。
けれども、大学院に進んだとき、当時の指導教授の並木博先生から「遺伝と環境は、教育の基本問題だ」と教わり、人間行動における個人差に遺伝と環境がどのように寄与するかを検証する行動遺伝学を専門にすることにしました。そして、当時の教育学が科学的な論証に立っていないようにも思われ、教育学も科学的なエビデンスが重要であると痛感しました。
そこで、人間の知能やパーソナリティ、社会性などの心理的な側面に、遺伝や環境がどんな影響を与えるのかを、同じ環境で育った100%同じ遺伝子を持った一卵性双生児と、50%だけ遺伝子が同じ二卵性双生児の行動解析を行うことによって検証しようと考えたのです。
──研究は順調に進んだのですか。
ふたごの研究は、できるかぎり多くのサンプルをとって、それを統計学的な手法で解析しなければなりません。しかし、最初は、研究予算もほとんどつかず、知り合いのつてをたどってほんのわずかのふたごを調査対象にするしかありませんでした。
風向きが変わったのは、1996年に脳内神経伝達物質であるドーパミンの受容体に関係するDRD4という遺伝子が、「新しいもの好き」、専門的な用語では「新奇性追求」と関係があることが分かったときからでした。分子生物学の発達で、遺伝子解析も進み、ようやく環境だけでなく遺伝子の側から個人の行動を検証することの意味が再認識されるようになったのです。
その後、1998年に「慶應義塾双生児研究プロジェクト(KTP)」が立ちあげられてからは、現在までおよそ8000組の乳児期から青年期・成人期までのふたごを対象にした調査を行うことができました。
ふたごの研究は、できるかぎり多くのサンプルをとって、それを統計学的な手法で解析しなければなりません。しかし、最初は、研究予算もほとんどつかず、知り合いのつてをたどってほんのわずかのふたごを調査対象にするしかありませんでした。
風向きが変わったのは、1996年に脳内神経伝達物質であるドーパミンの受容体に関係するDRD4という遺伝子が、「新しいもの好き」、専門的な用語では「新奇性追求」と関係があることが分かったときからでした。分子生物学の発達で、遺伝子解析も進み、ようやく環境だけでなく遺伝子の側から個人の行動を検証することの意味が再認識されるようになったのです。
その後、1998年に「慶應義塾双生児研究プロジェクト(KTP)」が立ちあげられてからは、現在までおよそ8000組の乳児期から青年期・成人期までのふたごを対象にした調査を行うことができました。
遺伝と環境の両方を見ることが大事
「集団遊び」調査の様子にて
──ふたごを対象にして、具体的にはどんな研究を行ったのですか。
KTPの下では、IQやパーソナリティに遺伝がどこまで寄与するかを主要な研究テーマにしました。パーソナリティを調べるときのモデルとして、外向性、神経症傾向、誠実性、調和性、開放性の「ビッグファイブ」と呼ばれる5つの因子があり、これらの遺伝による影響を調べたところ、それぞれ、順番に46%、46%、52%、36%、52%が遺伝要因で、残りが環境要因であることがわかりました。このほか、体重やIQなどについても、同じように遺伝の影響が大きく、ヒトのあらゆる行動に遺伝の影響が大きく関わっていることを科学的に証明することができました。
──遺伝と環境が及ぼす影響の例を紹介していただけますか。
一卵性双生児と二卵性双生児の研究で、同じ遺伝的素養を持っていても、環境によってその遺伝的な要素が出る場合と出ない場合があることが分かってきました。たとえば、問題行動を起こす遺伝的素質の差は、しつけが厳しすぎたり一貫した教育を施さない家庭の方に強く出る傾向があります。反対にしつけが厳しすぎず、一貫性のある教育をする家庭では、問題行動の遺伝子が発現しにくくなるのです。
一方で、国際的に親のしつけとふたごの子どもの行動について調査したところ、スウェーデンでは、親が自分の教育方針を強く持ってこどもをしつけるため遺伝的影響は少なく、日本では子どもに寄り添って育てるため、子どもの遺伝的な影響が大きくなるという傾向も出ています。
また、同じふたごのデータを何年も継続して取っているので、発達が遺伝要因とどう関わるかについても探ることができました。たとえば、6歳のときは内向的だったのに、24歳になったら外向的になったというのは、一見、環境による変化と判断されがちですが、6歳のときには発現していなかった遺伝子が成長過程で発現したと捉えることもできます。遺伝と環境の交互作用を見ていく必要があるのです。
KTPの下では、IQやパーソナリティに遺伝がどこまで寄与するかを主要な研究テーマにしました。パーソナリティを調べるときのモデルとして、外向性、神経症傾向、誠実性、調和性、開放性の「ビッグファイブ」と呼ばれる5つの因子があり、これらの遺伝による影響を調べたところ、それぞれ、順番に46%、46%、52%、36%、52%が遺伝要因で、残りが環境要因であることがわかりました。このほか、体重やIQなどについても、同じように遺伝の影響が大きく、ヒトのあらゆる行動に遺伝の影響が大きく関わっていることを科学的に証明することができました。
──遺伝と環境が及ぼす影響の例を紹介していただけますか。
一卵性双生児と二卵性双生児の研究で、同じ遺伝的素養を持っていても、環境によってその遺伝的な要素が出る場合と出ない場合があることが分かってきました。たとえば、問題行動を起こす遺伝的素質の差は、しつけが厳しすぎたり一貫した教育を施さない家庭の方に強く出る傾向があります。反対にしつけが厳しすぎず、一貫性のある教育をする家庭では、問題行動の遺伝子が発現しにくくなるのです。
一方で、国際的に親のしつけとふたごの子どもの行動について調査したところ、スウェーデンでは、親が自分の教育方針を強く持ってこどもをしつけるため遺伝的影響は少なく、日本では子どもに寄り添って育てるため、子どもの遺伝的な影響が大きくなるという傾向も出ています。
また、同じふたごのデータを何年も継続して取っているので、発達が遺伝要因とどう関わるかについても探ることができました。たとえば、6歳のときは内向的だったのに、24歳になったら外向的になったというのは、一見、環境による変化と判断されがちですが、6歳のときには発現していなかった遺伝子が成長過程で発現したと捉えることもできます。遺伝と環境の交互作用を見ていく必要があるのです。
──こうした研究結果はどんな意味を持っているのですか。
これまで、ヒトの行動について遺伝的要素と環境的要素のどちらが大きいかというとき、遺伝的要素について述べることはタブー視されていたといえます。けれども、多くのふたごを使った研究で、ヒトの行動には遺伝的な要素の影響があることがエビデンスとして分かったのですから、遺伝的要素を無視することはできなくなったと思います。
しかし、だからといって、環境的な要素を考えなくてよいというものではありません。行動遺伝学は、理論的にも方法論的にも遺伝と環境の「両方」を見ることができる科学であり、そのどちらかによって、ヒトの行動を「決定する」ことは間違っていると考えています。
これまで、ヒトの行動について遺伝的要素と環境的要素のどちらが大きいかというとき、遺伝的要素について述べることはタブー視されていたといえます。けれども、多くのふたごを使った研究で、ヒトの行動には遺伝的な要素の影響があることがエビデンスとして分かったのですから、遺伝的要素を無視することはできなくなったと思います。
しかし、だからといって、環境的な要素を考えなくてよいというものではありません。行動遺伝学は、理論的にも方法論的にも遺伝と環境の「両方」を見ることができる科学であり、そのどちらかによって、ヒトの行動を「決定する」ことは間違っていると考えています。
一人ひとりの多様な能力を開花させる教育に向けて
──いま慶應義塾大学で行われているふたご研究について聞かせてください。
先ほどお話しした青年期・成人期のふたごを対象として研究する「慶應義塾双生児研究(KTS)」と、2004年にスタートした乳幼児期・児童期のふたごを研究対象とする「首都圏ふたごプロジェクト(ToTCoP)」の二つの機関がふたご研究の柱になっています。
これらの組織を統括する形で2009年に「慶應義塾大学ふたご行動発達研究センター」が立ち上がり、アジア最大のふたご研究拠点として、国内外の研究者と協働しながら調査研究を進めているところです。これまで、成人約2000組、中高校生約3000組、小学生約1000組、学齢前のお子さんと保護者約2000組の方々にご協力いただき、研究の成果は100本以上の学術論文や学会発表にまとめられています。
先ほどお話しした青年期・成人期のふたごを対象として研究する「慶應義塾双生児研究(KTS)」と、2004年にスタートした乳幼児期・児童期のふたごを研究対象とする「首都圏ふたごプロジェクト(ToTCoP)」の二つの機関がふたご研究の柱になっています。
これらの組織を統括する形で2009年に「慶應義塾大学ふたご行動発達研究センター」が立ち上がり、アジア最大のふたご研究拠点として、国内外の研究者と協働しながら調査研究を進めているところです。これまで、成人約2000組、中高校生約3000組、小学生約1000組、学齢前のお子さんと保護者約2000組の方々にご協力いただき、研究の成果は100本以上の学術論文や学会発表にまとめられています。
家庭訪問調査の様子にて
──調査研究はどんな方法で行っているのでしょうか。
調査はアンケートのほかに、大学に来ていただいたりご自宅を訪問したりして聞き取り調査も行っています。また、乳幼児の脳の働きを血液量で調べる光トポグラフィーを使った調査もしました。光トポグラフィーを使うためには頭に被せものをしなければならず、小さなお子さんの場合、なかなかたいへんでした。
──ご協力いただいているご家族などへの情報提供などは行われているのですか。
核家族化が進んでいることもあって、ふたごをを育てる親には大きな負担がかかっているのが現実です。そうした負担を少しでも軽くするのも「ふたごプロジェクト」のひとつの役割です。プロジェクトでは「ToTCoPだより」というニュースレターを発行して、たとえば、ふたごのお子さんの言葉の発達などの情報をお伝えしています。ふたごを持った親同士が集まる機会があまりないので、交流会なども開いています。
──この研究のこれからの現実の教育への関わりについて教えてください。
今はあくまで研究として行っているので、これをすぐに現実の教育課題に応用するのは難しいところがあります。ただ、これまで遺伝的な素養を考慮しないで学校教育を進めてきたために、たとえば数学ができないのは努力が足りないせいだということになってしまうこともあります。遺伝と環境の交互作用を認めるなら、たとえ苦手な領域があっても、ほかの領域の能力を見てあげて、一人ひとりの多様な能力を開花させる教育ができるのではないかと考えています。
調査はアンケートのほかに、大学に来ていただいたりご自宅を訪問したりして聞き取り調査も行っています。また、乳幼児の脳の働きを血液量で調べる光トポグラフィーを使った調査もしました。光トポグラフィーを使うためには頭に被せものをしなければならず、小さなお子さんの場合、なかなかたいへんでした。
──ご協力いただいているご家族などへの情報提供などは行われているのですか。
核家族化が進んでいることもあって、ふたごをを育てる親には大きな負担がかかっているのが現実です。そうした負担を少しでも軽くするのも「ふたごプロジェクト」のひとつの役割です。プロジェクトでは「ToTCoPだより」というニュースレターを発行して、たとえば、ふたごのお子さんの言葉の発達などの情報をお伝えしています。ふたごを持った親同士が集まる機会があまりないので、交流会なども開いています。
──この研究のこれからの現実の教育への関わりについて教えてください。
今はあくまで研究として行っているので、これをすぐに現実の教育課題に応用するのは難しいところがあります。ただ、これまで遺伝的な素養を考慮しないで学校教育を進めてきたために、たとえば数学ができないのは努力が足りないせいだということになってしまうこともあります。遺伝と環境の交互作用を認めるなら、たとえ苦手な領域があっても、ほかの領域の能力を見てあげて、一人ひとりの多様な能力を開花させる教育ができるのではないかと考えています。
























