メインカラムの始まり
[研究最前線] 研究と教育の両面から都市問題を考え、地域のまちづくりを実践(経済学部教授 長田進)
2012/04/16
長田 進 経済学部教授
長田教授は、日本の都市人口の変化について都市地理学、経済地理学からの分析を行うと同時に、学生とともにまちづくり・地域振興に関する実地調査やフィールドワークを積み重ねています。さまざまな側面から実際の地域のまちづくりに参加し、対話を通して地域問題の解決につなげる仕組みづくりを目指しています。
※職名等は掲載時のものです。
※職名等は掲載時のものです。
長田 進(おさだ すすむ)
1991年慶應義塾大学経済学部卒業。1992年ロンドン大学LSE大学院地理学修士課程修了。2001年同大学地理学環境学部博士課程修了。2003年~2004年京都大学経済研究所COE研究員。2005年慶應義塾大学経済学部准教授。2012年同教授。
学生と飛騨高山地域のまちづくりに協力
飛騨高山での調査風景
──授業の一環で学生とまちづくりに参加されているとのことですが、授業の中に地域でのワークショップを取り入れた背景をお聞かせください。
私は地方都市で生まれ育ったこともあり、地域経済や地域活性化の問題については以前から関心を持っていました。専門の都市経済学、経済地理学の研究では、文献や統計データを活用した研究を行っていますが、地域研究においては、実際に対象地域に出かけて行って、その地域の人々の話に耳を傾けることが重要ではないかと思っています。
そんな折、岐阜県の飛騨高山のまちづくり活動をしている飛騨コンソーシアムという組織から、観光まちづくりに協力してほしいという依頼を受けました。先方は飛騨高山地域には大学がないこともあり、大学生が参加することで既成概念にとらわれない地域活性化に向けた提案を期待していました。
私は、教育・研究者の立場として、地域研究・地域開発の問題意識を育むことを目的として、1,2年生向けの少人数授業となる「自由研究セミナー」という授業を担当しています。地域からのニーズとして、学生の参加を期待していることがあることもわかってきたので、「現場に出て、地域振興の問題を考える」と題したワークショップをその授業の中に継続的に取り入れていくことにしました。
──具体的にはどんな活動を行っているのでしょうか。
最初に実施したのは2006年度のことでしたが、2006年9月に学生とともに高山市で合宿し、地域を見学しました。高山市は平成の大合併によって日本最大の面積を持つ市となり、中心市街地だけの調査では全体像が見えないのです。そこで全員でバスに乗って高山市の中心から離れた地域にまで足を伸ばして視察しました。そこから見えてくる地域の問題点、地域に観光客を誘致するためのアイデアなどを学生たちが出し合いました。その意見を「東京の大学生から見た高山市の印象」と題して、高山市や岐阜県の関係者に対してプレゼンテーションし、地域の人々と意見交換をしていきました。学生たちはこの体験をもとにして、自分の興味を持ったテーマで研究論文を書き、それを研究成果として飛騨コンソーシアムに提出しました。
私は地方都市で生まれ育ったこともあり、地域経済や地域活性化の問題については以前から関心を持っていました。専門の都市経済学、経済地理学の研究では、文献や統計データを活用した研究を行っていますが、地域研究においては、実際に対象地域に出かけて行って、その地域の人々の話に耳を傾けることが重要ではないかと思っています。
そんな折、岐阜県の飛騨高山のまちづくり活動をしている飛騨コンソーシアムという組織から、観光まちづくりに協力してほしいという依頼を受けました。先方は飛騨高山地域には大学がないこともあり、大学生が参加することで既成概念にとらわれない地域活性化に向けた提案を期待していました。
私は、教育・研究者の立場として、地域研究・地域開発の問題意識を育むことを目的として、1,2年生向けの少人数授業となる「自由研究セミナー」という授業を担当しています。地域からのニーズとして、学生の参加を期待していることがあることもわかってきたので、「現場に出て、地域振興の問題を考える」と題したワークショップをその授業の中に継続的に取り入れていくことにしました。
──具体的にはどんな活動を行っているのでしょうか。
最初に実施したのは2006年度のことでしたが、2006年9月に学生とともに高山市で合宿し、地域を見学しました。高山市は平成の大合併によって日本最大の面積を持つ市となり、中心市街地だけの調査では全体像が見えないのです。そこで全員でバスに乗って高山市の中心から離れた地域にまで足を伸ばして視察しました。そこから見えてくる地域の問題点、地域に観光客を誘致するためのアイデアなどを学生たちが出し合いました。その意見を「東京の大学生から見た高山市の印象」と題して、高山市や岐阜県の関係者に対してプレゼンテーションし、地域の人々と意見交換をしていきました。学生たちはこの体験をもとにして、自分の興味を持ったテーマで研究論文を書き、それを研究成果として飛騨コンソーシアムに提出しました。
丹生川地区を自転車で回りながら調査
──現在はどのような展開を見せていますか。
現在の高山市は、2005年の市町村合併によって丹生川(にゅうかわ)という地域を含んでいます。この地域の人たちから、地域資源を活用した観光まちづくりの事業を展開するために学生の意見を聞きたいという依頼がありました。具体的には、江戸時代の一揆である大原騒動などの史跡や、円空の彫刻、道祖神、そして豊かな自然と農産物などの地域の資産をめぐるサイクリングロードを設定するというもので、その実現可能性についての学生の意見がほしいというものでした。
そのために2011年9月と11月、そして2012年2月に学生たちが丹生川に入り、実際に地域の人々と話し合いをしました。すると、サイクリングロードはあくまで一つのアイデアであって、丹生川でどんなまちおこしができるのか、学生の率直なアドバイスがほしかったのだとわかりました。そこで学生たちが実際に丹生川地区を回って歩きながら、地域の人とコミュニケーションを図り、現在、最終報告会に向けて提案をまとめているところです(2012年3月時点)。
現在の高山市は、2005年の市町村合併によって丹生川(にゅうかわ)という地域を含んでいます。この地域の人たちから、地域資源を活用した観光まちづくりの事業を展開するために学生の意見を聞きたいという依頼がありました。具体的には、江戸時代の一揆である大原騒動などの史跡や、円空の彫刻、道祖神、そして豊かな自然と農産物などの地域の資産をめぐるサイクリングロードを設定するというもので、その実現可能性についての学生の意見がほしいというものでした。
そのために2011年9月と11月、そして2012年2月に学生たちが丹生川に入り、実際に地域の人々と話し合いをしました。すると、サイクリングロードはあくまで一つのアイデアであって、丹生川でどんなまちおこしができるのか、学生の率直なアドバイスがほしかったのだとわかりました。そこで学生たちが実際に丹生川地区を回って歩きながら、地域の人とコミュニケーションを図り、現在、最終報告会に向けて提案をまとめているところです(2012年3月時点)。
丹生川の史跡
──学生たちは丹生川でのフィールドワークでどんなことを感じたのでしょうか。
観光まちづくりに限らないのですが、まず、地域で進んでいる高齢化の実態を実感したことが大きいようです。高山市の中心市街地から10kmしか離れていないのに、若い人が少ないのが印象的だったと語っていました。また、地元の人には何気ないことであっても、外から来る人たちにとっては興味深いことがたくさんあります。ただサイクリングロードをつくるのではなく、その地域の歴史や人々の生活を体験できるような仕掛けづくりを提案したいと張り切っています。たとえば、地域の人にとって大原騒動はメジャーな歴史的事件かもしれませんが、多くの人たちに体験してもらうには仕掛けが必要です。学生たちは外からの視点を生かして、地域の産業を変化させるのではなく、地域の魅力を上手に工夫して伝えることができるような提案を目指しています。
観光まちづくりに限らないのですが、まず、地域で進んでいる高齢化の実態を実感したことが大きいようです。高山市の中心市街地から10kmしか離れていないのに、若い人が少ないのが印象的だったと語っていました。また、地元の人には何気ないことであっても、外から来る人たちにとっては興味深いことがたくさんあります。ただサイクリングロードをつくるのではなく、その地域の歴史や人々の生活を体験できるような仕掛けづくりを提案したいと張り切っています。たとえば、地域の人にとって大原騒動はメジャーな歴史的事件かもしれませんが、多くの人たちに体験してもらうには仕掛けが必要です。学生たちは外からの視点を生かして、地域の産業を変化させるのではなく、地域の魅力を上手に工夫して伝えることができるような提案を目指しています。
英国留学では都市圏の定義を探って論文を執筆
──経済地理学を専門に研究することになった経緯を教えてください。
慶應義塾大学の経済学部の1年生のときに履修した少人数での自由研究の授業の経験が大きいです。その授業全体のテーマは「第三世界の飢餓問題」で、地理学の教員によって開講されていました。私はそれまで、地理学とは暗記するばかりのものだと思っており、それまで地理学に対して強い興味を持っていなかったのです。自由研究の授業を受けることで、地理学の持っている論理性や学問領域の幅広さに目を開かれる思いがしました。
そして、3年生の時に経済地理学のゼミに入り、身の回りで集めることができるデータから都市の状況を知るということについてトレーニングを受けました。例えば、パソコンも既存の統計も使わずに電話帳から地域の飲食店などの分布を地図に手描きでプロットすることで、産業と立地の関係について理解する演習を経験したことは今でもよく覚えています。大学3,4年はあっという間にすぎてしまったので、経済地理学をもっと掘り下げてみたいと考え、卒業後英国に留学することを決めました。留学先のロンドン大学LSE大学院では、修士課程、博士課程を修了しました。
──英国ではどんな研究をされたのですか。
修士論文は、日本の都市人口の変化をテーマとして書き上げました。このテーマのもとで国勢調査の人口データを使い、日本の1970年代初めの石油危機から80年代末にバブル経済を経験するまでの20年間の間に、日本の都市人口がどのように変化したのかについて分析を行いました。
博士論文では、より精緻な分析を行うために、「都市圏の設定」に関する研究も含むものとなりました。都市研究を行うときには都市の範囲を明確に定義することが必要です。日本の場合は人口規模や人口密度、産業構造などを考慮して自治体を設定しています。しかし、今日では交通網の発展もあり、自治体の境界を越えた移動は日常的なものになりました。都市研究を行うためには、日常の生活パターンを反映した都市圏を設定して研究することが重要となります。実際、諸外国の都市研究と比較を行う場合には、都市圏の考え方に基づいた研究成果と比較することになりますので、この作業は重要なものとなります。博士論文では、既存の定義とは異なる独自の都市圏を設定するところから研究をスタートし、英国の都市圏と比較しました。
慶應義塾大学の経済学部の1年生のときに履修した少人数での自由研究の授業の経験が大きいです。その授業全体のテーマは「第三世界の飢餓問題」で、地理学の教員によって開講されていました。私はそれまで、地理学とは暗記するばかりのものだと思っており、それまで地理学に対して強い興味を持っていなかったのです。自由研究の授業を受けることで、地理学の持っている論理性や学問領域の幅広さに目を開かれる思いがしました。
そして、3年生の時に経済地理学のゼミに入り、身の回りで集めることができるデータから都市の状況を知るということについてトレーニングを受けました。例えば、パソコンも既存の統計も使わずに電話帳から地域の飲食店などの分布を地図に手描きでプロットすることで、産業と立地の関係について理解する演習を経験したことは今でもよく覚えています。大学3,4年はあっという間にすぎてしまったので、経済地理学をもっと掘り下げてみたいと考え、卒業後英国に留学することを決めました。留学先のロンドン大学LSE大学院では、修士課程、博士課程を修了しました。
──英国ではどんな研究をされたのですか。
修士論文は、日本の都市人口の変化をテーマとして書き上げました。このテーマのもとで国勢調査の人口データを使い、日本の1970年代初めの石油危機から80年代末にバブル経済を経験するまでの20年間の間に、日本の都市人口がどのように変化したのかについて分析を行いました。
博士論文では、より精緻な分析を行うために、「都市圏の設定」に関する研究も含むものとなりました。都市研究を行うときには都市の範囲を明確に定義することが必要です。日本の場合は人口規模や人口密度、産業構造などを考慮して自治体を設定しています。しかし、今日では交通網の発展もあり、自治体の境界を越えた移動は日常的なものになりました。都市研究を行うためには、日常の生活パターンを反映した都市圏を設定して研究することが重要となります。実際、諸外国の都市研究と比較を行う場合には、都市圏の考え方に基づいた研究成果と比較することになりますので、この作業は重要なものとなります。博士論文では、既存の定義とは異なる独自の都市圏を設定するところから研究をスタートし、英国の都市圏と比較しました。
コミュニケーションを通じて、地域の抱えている問題を解決する仕組みをつくりたい
地域の方々との対話
──都市地理学や経済地理学は、非常に幅広い学問のように思われます。
そうですね。学問分野としての経済地理学は19世紀に始まり、経済学の諸理論、人文地理学、都市工学、地域マーケティングなど、さまざまな学問が付加されていったものです。同僚と話をするときに、「場所」や「空間」が関係するならば、どのような問題だって取り扱える、などと冗談交じりでよく語っていたものです。私が研究分野として選んでいる地域活性化や都市問題などは、経済地理学が取り扱うほんの一部にしかすぎません。
そうですね。学問分野としての経済地理学は19世紀に始まり、経済学の諸理論、人文地理学、都市工学、地域マーケティングなど、さまざまな学問が付加されていったものです。同僚と話をするときに、「場所」や「空間」が関係するならば、どのような問題だって取り扱える、などと冗談交じりでよく語っていたものです。私が研究分野として選んでいる地域活性化や都市問題などは、経済地理学が取り扱うほんの一部にしかすぎません。
──これから取り組みたいテーマは。
私は、大きく二つのテーマに取り組んでいくのだと思っています。
一つが先ほどお話しした「都市圏の設定」に関する研究です。都市の実勢を反映したものである都市圏の考え方に従うと、その中心部はどこなのか、その外側を形成する郊外はどこまで広がっているのかについて検証を続けることになります。これは「都市とはどのようなものなのか」という根本的な問題意識と密接に関係しているため、これからも考え続けることになるでしょう。
もう一つは、現場に根差したまちづくりの仕組みづくりの手法を構築したいと希望しています。これは、地域の問題を解決するために、地域が抱えている問題の核心部を見つけ出すための手法であり、解決につながる実践に向けた組織運営に対しての提案でもあります。これらは実際のまちづくりにつながる内容です。まちづくりに関する分野ではとかく事例紹介に陥りがちですから、手法の確立まで行いたいのです。そのため、地域の人々や学生たちと行う実践の部分が大変重要だと考えています。
これから大学が社会・地域貢献を求められる機会も増えていくと思いますが、地域コミュニケーションの問題について、今後もいろいろな活動を通してかかわっていきたいと思います。
私は、大きく二つのテーマに取り組んでいくのだと思っています。
一つが先ほどお話しした「都市圏の設定」に関する研究です。都市の実勢を反映したものである都市圏の考え方に従うと、その中心部はどこなのか、その外側を形成する郊外はどこまで広がっているのかについて検証を続けることになります。これは「都市とはどのようなものなのか」という根本的な問題意識と密接に関係しているため、これからも考え続けることになるでしょう。
もう一つは、現場に根差したまちづくりの仕組みづくりの手法を構築したいと希望しています。これは、地域の問題を解決するために、地域が抱えている問題の核心部を見つけ出すための手法であり、解決につながる実践に向けた組織運営に対しての提案でもあります。これらは実際のまちづくりにつながる内容です。まちづくりに関する分野ではとかく事例紹介に陥りがちですから、手法の確立まで行いたいのです。そのため、地域の人々や学生たちと行う実践の部分が大変重要だと考えています。
これから大学が社会・地域貢献を求められる機会も増えていくと思いますが、地域コミュニケーションの問題について、今後もいろいろな活動を通してかかわっていきたいと思います。
丹生川でのフィールドワークに参加した学生たちと
(左から/法学部2年松本康資君、経済学部2年渡邉雄一郎君、同4年奥野祥雄君、同4年加藤理君)(※学年は2012年3月時点)
(左から/法学部2年松本康資君、経済学部2年渡邉雄一郎君、同4年奥野祥雄君、同4年加藤理君)(※学年は2012年3月時点)
























