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[研究最前線] 財政社会学の醍醐味は、財政と社会の関係を通して社会の変化の胎動を読み解くこと(経済学部准教授 井手英策)
2011/04/15
井手 英策 経済学部准教授
経済と社会、情報のグローバル化が世界中で急速に進むなか、これまで日本の成長を支えてきた政治や経済、社会保障などさまざまなシステムが、いま機能不全に陥っているように思えます。新しい日本にふさわしいシステムとは──? 井手准教授は、財政政策と政策の受け手である国民の論理の関係性を探りながら、今、日本のとるべき財政金融政策を導き出しています。
※職名等は掲載当時のものです。
※職名等は掲載当時のものです。
井手 英策(いで えいさく)
1995年3月 東京大学 経済学部卒業、2000年9月 東京大学大学院 経済学研究科博士課程単位取得退学。2000年5月~2001年3月 日本銀行金融研究所客員研究生。東北学院大学経済学部助手、横浜国立大学大学院国際社会科学研究科准教授、University of Colorado Boulder校を経て、2009年4月より慶應義塾大学経済学部。著書に、『高橋財政の研究-昭和恐慌からの脱出と財政再建への苦闘』、『交響する社会-「自律と調和」の政治経済学』(共編)、『希望の構想-分権・社会保障・財政改革のトータルプラン』(共編)など
1930年代の財政研究を出発点として
──財政社会学を研究されるようなったのはどのような理由からでしょう。
経済学は一般的に「人間は自分の利益を最大化する」という前提で理論構築していく学問です。けれども私は、社会というのは、ただ単に自分の利益を追求する個人が集合してできているのではなく、何かの価値観を分かち合い、運命をともにする人間が集まって成立しているはずだと感じていて、もう少し違った観点から経済や人間を考えてみたいと考えていました。
大学院に進んだとき、オーストリアの経済学者のヨーゼフ・シュンペーターの『租税国家の危機』という財政社会学の著作を読んで、「これはおもしろい」と感じました。『租税国家の危機』は、第一次大戦の敗戦後、空前の公債累積にあえぐオーストリアの現状を見たシュンペーターが、財政の側面から国家の本質や形態・運命の把握を試みたもので、財政社会学の基本的文献とされています。
──その財政社会学について簡単に説明してください。
財政学は、政府が国民から税金を徴収してその使い方を決定する際の原則に焦点を当てた学問です。政府の政策が問われるわけですが、政策を論じるにあたっては、受益者となる国民の論理がどのように施策に反映されていくか、また、その政策によって社会にどのような変化が起きたかなどの分析が欠かせません。このような政府と国民との間の双方向性や、相互作用、その結果として政策が社会の変化に及ぼした影響といった動態を歴史的に分析していくのが財政社会学です。世の中を成り立たせている政治、経済、社会のすべてをつかまえようとする学問であり、財政現象の変化を読み解くことで社会の変化の胎動を捉えることができる点が大きな魅力といえます。
──具体的にはどんな研究をされてきたのですか。
大学院へ進学してから、1930年代以降の財政史を中心に研究してきました。当時大蔵大臣であった高橋是清は、金本位制から通貨の発行量を通貨当局がコントロールできる管理通貨制度へと転換させ、積極財政に踏み切りました。国債を日銀が引き受けることによって政府が軍事費を自由に調達できることから、その後の日中戦争、そして第二次世界大戦への道を開き、日本が軍国主義化していったというのが通説となっています。
しかし、大切なことは、高橋財政が戦争につながったことだけではなく、高橋財政から占領期に至る時期に形成された財政システムが戦後へと受け継がれたことです。そのシステムがうまく機能した時には、国民の所得が倍増するような高度経済成長を実現しましたが、それが社会のニーズとずれてくると、国民の強い租税抵抗を生んだり、社会や政府に対する不信を生んだりします。その結果が今日の空前の財政赤字です。
高橋財政、戦時期、占領期の政策決定過程を、一次資料を駆使してさらに掘り下げることによって、現代へと続く日本社会の底流が見えてくる。財政史研究は財政社会学の基礎にあるのですが、現代の財政面での日本の苦悩の出発点を探る研究として位置づけられます。ある意味ではきわめて現代的なテーマだと言えると思います。
経済学は一般的に「人間は自分の利益を最大化する」という前提で理論構築していく学問です。けれども私は、社会というのは、ただ単に自分の利益を追求する個人が集合してできているのではなく、何かの価値観を分かち合い、運命をともにする人間が集まって成立しているはずだと感じていて、もう少し違った観点から経済や人間を考えてみたいと考えていました。
大学院に進んだとき、オーストリアの経済学者のヨーゼフ・シュンペーターの『租税国家の危機』という財政社会学の著作を読んで、「これはおもしろい」と感じました。『租税国家の危機』は、第一次大戦の敗戦後、空前の公債累積にあえぐオーストリアの現状を見たシュンペーターが、財政の側面から国家の本質や形態・運命の把握を試みたもので、財政社会学の基本的文献とされています。
──その財政社会学について簡単に説明してください。
財政学は、政府が国民から税金を徴収してその使い方を決定する際の原則に焦点を当てた学問です。政府の政策が問われるわけですが、政策を論じるにあたっては、受益者となる国民の論理がどのように施策に反映されていくか、また、その政策によって社会にどのような変化が起きたかなどの分析が欠かせません。このような政府と国民との間の双方向性や、相互作用、その結果として政策が社会の変化に及ぼした影響といった動態を歴史的に分析していくのが財政社会学です。世の中を成り立たせている政治、経済、社会のすべてをつかまえようとする学問であり、財政現象の変化を読み解くことで社会の変化の胎動を捉えることができる点が大きな魅力といえます。
──具体的にはどんな研究をされてきたのですか。
大学院へ進学してから、1930年代以降の財政史を中心に研究してきました。当時大蔵大臣であった高橋是清は、金本位制から通貨の発行量を通貨当局がコントロールできる管理通貨制度へと転換させ、積極財政に踏み切りました。国債を日銀が引き受けることによって政府が軍事費を自由に調達できることから、その後の日中戦争、そして第二次世界大戦への道を開き、日本が軍国主義化していったというのが通説となっています。
しかし、大切なことは、高橋財政が戦争につながったことだけではなく、高橋財政から占領期に至る時期に形成された財政システムが戦後へと受け継がれたことです。そのシステムがうまく機能した時には、国民の所得が倍増するような高度経済成長を実現しましたが、それが社会のニーズとずれてくると、国民の強い租税抵抗を生んだり、社会や政府に対する不信を生んだりします。その結果が今日の空前の財政赤字です。
高橋財政、戦時期、占領期の政策決定過程を、一次資料を駆使してさらに掘り下げることによって、現代へと続く日本社会の底流が見えてくる。財政史研究は財政社会学の基礎にあるのですが、現代の財政面での日本の苦悩の出発点を探る研究として位置づけられます。ある意味ではきわめて現代的なテーマだと言えると思います。
国民が税に見合うサービスを受けていないと感じているのが問題だ
──財政社会学の専門家からご覧になって、現在の財政問題はどのようなところにあるとお考えですか。
いま日本の政府は大きな赤字財政に苦しんでいて、多くの国民はその原因は政府の無駄遣いにあると考えているようです。そこで、事業仕分けなどに見られるように現政権のもとでもできるだけ無駄遣いをやめるように要望しています。しかし、わが国は先進国の中では最も小さな政府であり、歳出が過大だというのは明らかにミスリーディングです。財政赤字の最大の理由は、歳入にあたる税金が不足していることです。
ではなぜ税金が足りなくなっているか。なぜ人びとは政府に無駄遣いが多いと感じるのか。それは国民が税金の使い道に納得していないからです。つまり、税を支払ってもそれに見合ったサービスを受けていないと大部分の国民が感じているのです。
たとえば、女性が社会に進出して、家庭だけでは子育てを行えなくなった。そこで、女性が安心して働ける育児施設がほしいと考える。また、日本は急激な高齢社会になっていて、お年寄りは充実した介護サービスを望んでいます。ところが、政府は公共事業を最優先で経済対策を打ち、その後、ただでさえ小さな財政規模をますます小さくしてきた。これでは、国民が納得して税金を払う気持ちになれない。「共同需要の共同充足」という財政の本質を政府が見失いつつあることに問題の根源が横たわっているのです。
──なぜそのような事態に陥っているのでしょうか。
実は戦後長い期間、税金を徴収し、それを配分するシステムがうまくいって、ある程度国民が政府に対する信頼感を持っていました。70年代の半ばごろまでは、中間層や中小企業には減税が大々的に実施され、低所得者層や農村部には公共事業に税金を投入することで、雇用を提供することができたので、税を納めることにそれほど大きな抵抗感はなかったといえます。
それ以後も政府は、引き続き、こうした政策をとっていったのですが、90年代以降、社会が大きく変化しつつあったにもかかわらず、この旧来型のシステムを極端に推し進めました。その結果が大規模公共事業、大幅減税につながりましたが、繰り返された減税は財政赤字を引き起こし、その手法も限界に来ています。90年代には政治的多数が、都市部の有権者、中間層へとシフトしているので、公共事業への反発も強まっています。日本の財政システムは社会の変化に対応できず、人びとの反発を強めているのです。
──では、どうしたら、この難局を乗り越えられるのでしょうか。
政府と社会の本質や役割をきちんと区別し、必要なものをきちんと出せる仕組みづくりが必要だと思います。国は国民の生きる権利、生存を保障することが使命です。貧しい人から多くの税を徴収するのはこの原則に背きますから、国は累進所得税、法人税、相続税を軸とした税制を構築すべきです。この目的のためには、中間層、富裕層の了解を得る必要があります。それゆえ中間層が受益者となる政策を推進する必要があります。生存に心配のない人々のニーズは生活の保障です。そのための施策やサービスを担うのは、国ではなく、くらしに密着した地方自治体の役割です。
つまり、国の財政のありかたを根本から変えなくてはなりません。中央で集めたお金を地方に分配するという発想ではなく、地方がそれぞれの構成員の生活を満たす政策を進めるために地方財政を拡充しなくてはなりません。そこで登場するのが消費税です。いま国税としての消費税を何%上げるかといった議論が盛んですが、地方税としての消費税を考えていくべきでしょう。生活保障のニーズは莫大です。消費税は、国民すべてに平等な税負担を求めるので税率は低くすみます。住民税とあわせて基幹税にすべきです。
──地方消費税を徴収したとして、どのように遣うのがいいのでしょうか。
必要な生活のニーズを満たすために、地方消費税で全自治体の財源をかさ上げする。そして、さらに必要なサービスについて、市民は住民税で負担した税金を自分たちの生活のために使うように要求し、地方政治もそうした市民の要求に応えていけばいい。国と違って、地方の方が税の使い道やニーズが具体的にリアルに掴めますからね。子育てのための育児施設、高齢者のための介護サービスなどに遣っていけば、市民も納得して税金を納めるようになります。
こうした地方発の政策を推進していくことで、社会参加の意欲も高まり、政治や財政への信頼も高まると見ています。その結果、国税を通じた再分配も可能となるのです。
いま日本の政府は大きな赤字財政に苦しんでいて、多くの国民はその原因は政府の無駄遣いにあると考えているようです。そこで、事業仕分けなどに見られるように現政権のもとでもできるだけ無駄遣いをやめるように要望しています。しかし、わが国は先進国の中では最も小さな政府であり、歳出が過大だというのは明らかにミスリーディングです。財政赤字の最大の理由は、歳入にあたる税金が不足していることです。
ではなぜ税金が足りなくなっているか。なぜ人びとは政府に無駄遣いが多いと感じるのか。それは国民が税金の使い道に納得していないからです。つまり、税を支払ってもそれに見合ったサービスを受けていないと大部分の国民が感じているのです。
たとえば、女性が社会に進出して、家庭だけでは子育てを行えなくなった。そこで、女性が安心して働ける育児施設がほしいと考える。また、日本は急激な高齢社会になっていて、お年寄りは充実した介護サービスを望んでいます。ところが、政府は公共事業を最優先で経済対策を打ち、その後、ただでさえ小さな財政規模をますます小さくしてきた。これでは、国民が納得して税金を払う気持ちになれない。「共同需要の共同充足」という財政の本質を政府が見失いつつあることに問題の根源が横たわっているのです。
──なぜそのような事態に陥っているのでしょうか。
実は戦後長い期間、税金を徴収し、それを配分するシステムがうまくいって、ある程度国民が政府に対する信頼感を持っていました。70年代の半ばごろまでは、中間層や中小企業には減税が大々的に実施され、低所得者層や農村部には公共事業に税金を投入することで、雇用を提供することができたので、税を納めることにそれほど大きな抵抗感はなかったといえます。
それ以後も政府は、引き続き、こうした政策をとっていったのですが、90年代以降、社会が大きく変化しつつあったにもかかわらず、この旧来型のシステムを極端に推し進めました。その結果が大規模公共事業、大幅減税につながりましたが、繰り返された減税は財政赤字を引き起こし、その手法も限界に来ています。90年代には政治的多数が、都市部の有権者、中間層へとシフトしているので、公共事業への反発も強まっています。日本の財政システムは社会の変化に対応できず、人びとの反発を強めているのです。
──では、どうしたら、この難局を乗り越えられるのでしょうか。
政府と社会の本質や役割をきちんと区別し、必要なものをきちんと出せる仕組みづくりが必要だと思います。国は国民の生きる権利、生存を保障することが使命です。貧しい人から多くの税を徴収するのはこの原則に背きますから、国は累進所得税、法人税、相続税を軸とした税制を構築すべきです。この目的のためには、中間層、富裕層の了解を得る必要があります。それゆえ中間層が受益者となる政策を推進する必要があります。生存に心配のない人々のニーズは生活の保障です。そのための施策やサービスを担うのは、国ではなく、くらしに密着した地方自治体の役割です。
つまり、国の財政のありかたを根本から変えなくてはなりません。中央で集めたお金を地方に分配するという発想ではなく、地方がそれぞれの構成員の生活を満たす政策を進めるために地方財政を拡充しなくてはなりません。そこで登場するのが消費税です。いま国税としての消費税を何%上げるかといった議論が盛んですが、地方税としての消費税を考えていくべきでしょう。生活保障のニーズは莫大です。消費税は、国民すべてに平等な税負担を求めるので税率は低くすみます。住民税とあわせて基幹税にすべきです。
──地方消費税を徴収したとして、どのように遣うのがいいのでしょうか。
必要な生活のニーズを満たすために、地方消費税で全自治体の財源をかさ上げする。そして、さらに必要なサービスについて、市民は住民税で負担した税金を自分たちの生活のために使うように要求し、地方政治もそうした市民の要求に応えていけばいい。国と違って、地方の方が税の使い道やニーズが具体的にリアルに掴めますからね。子育てのための育児施設、高齢者のための介護サービスなどに遣っていけば、市民も納得して税金を納めるようになります。
こうした地方発の政策を推進していくことで、社会参加の意欲も高まり、政治や財政への信頼も高まると見ています。その結果、国税を通じた再分配も可能となるのです。
財政社会学の観点から日本社会の現在に至る流れを捉えたい
──日本の経済を立て直すためには何が必要だとお考えですか。
いまは、低成長経済化ということで、働く人の賃金が上がっていません。そのため、消費が低迷してしまって、日本全体に元気がない。まず労働分配率を上げること、つまり賃金を上げて消費活動を活発化することです。いま、高齢者はかなりの貯蓄を持っているけれど、生活不安でお金を遣おうとしないので、お金がまわっていきません。若い人はお金を遣いたくても労働分配率が低いため、消費意欲が満たされない。これでは、経済が活発になり、国民みんなが元気になるわけがないのです。
大胆に制度を変えることです。ヨーロッパの国々は、税金は高負担ですが、保育園などの育児施設や高齢者のための福祉施設などを充実させ、しかも経済成長もしっかり成し遂げています。日本は戦後、経済成長を遂げ、国民は成長神話を信じてきたため、こうした福祉国家へ舵を切ることに抵抗があるかもしれません。しかし、これまでのような経済成長が望めないのなら、経済成長にとらわれないで生きていける社会を日本では目指すべきだと思います。
お金で人間を区別する社会から決別することです。人間の生活をしっかり保障する社会とは、あらゆる人間—富裕層も中間層も低所得層も—を等しく扱う社会です。貧しい人だけを救済し、経済的に平等化する社会は行き詰ります。日本やアメリカがこの典型です。お金の多寡で人間を区別しない、そうした姿勢を国家がとったとき、人々の国や社会に対する考え方が変わり、他者を信頼するようになり、納税に対しても理解を示すようになる。そして結果的に弱者への「寛大さ」が発揮される社会、所得再分配がきちんと実現できる社会になると思いますね。「all for all」が財政の原則なんです。
──財政を考えることは政治、経済、社会をトータルに把握すること、という先生のスタンスがうかがえますね。
経済活動を行うのも、社会を構成しているのも人間です。社会をどんな観点から見るのかは、人間をどう見るかということ。財政社会学は人間を理解し、その人間が作る社会の行く末を見守ろうとする学問でもあると言えるでしょう。
──今後の課題は
先ほど申し上げた1930年代の高橋財政から現在へと至る日本社会を、財政社会学の観点から総合的にまとめるつもりです。
いまは、低成長経済化ということで、働く人の賃金が上がっていません。そのため、消費が低迷してしまって、日本全体に元気がない。まず労働分配率を上げること、つまり賃金を上げて消費活動を活発化することです。いま、高齢者はかなりの貯蓄を持っているけれど、生活不安でお金を遣おうとしないので、お金がまわっていきません。若い人はお金を遣いたくても労働分配率が低いため、消費意欲が満たされない。これでは、経済が活発になり、国民みんなが元気になるわけがないのです。
大胆に制度を変えることです。ヨーロッパの国々は、税金は高負担ですが、保育園などの育児施設や高齢者のための福祉施設などを充実させ、しかも経済成長もしっかり成し遂げています。日本は戦後、経済成長を遂げ、国民は成長神話を信じてきたため、こうした福祉国家へ舵を切ることに抵抗があるかもしれません。しかし、これまでのような経済成長が望めないのなら、経済成長にとらわれないで生きていける社会を日本では目指すべきだと思います。
お金で人間を区別する社会から決別することです。人間の生活をしっかり保障する社会とは、あらゆる人間—富裕層も中間層も低所得層も—を等しく扱う社会です。貧しい人だけを救済し、経済的に平等化する社会は行き詰ります。日本やアメリカがこの典型です。お金の多寡で人間を区別しない、そうした姿勢を国家がとったとき、人々の国や社会に対する考え方が変わり、他者を信頼するようになり、納税に対しても理解を示すようになる。そして結果的に弱者への「寛大さ」が発揮される社会、所得再分配がきちんと実現できる社会になると思いますね。「all for all」が財政の原則なんです。
──財政を考えることは政治、経済、社会をトータルに把握すること、という先生のスタンスがうかがえますね。
経済活動を行うのも、社会を構成しているのも人間です。社会をどんな観点から見るのかは、人間をどう見るかということ。財政社会学は人間を理解し、その人間が作る社会の行く末を見守ろうとする学問でもあると言えるでしょう。
──今後の課題は
先ほど申し上げた1930年代の高橋財政から現在へと至る日本社会を、財政社会学の観点から総合的にまとめるつもりです。
























