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[研究最前線] ラテンアメリカ諸国の民法・消費者法を手がかりに、日本とラテンアメリカの法文化をあぶり出す(法学部准教授 前田美千代)
2011/01/11
前田 美千代 法学部准教授
外国文化に興味があって、大学でスペイン語を専門に学んだ前田准教授。学部生の3年次に民法のゼミを選んだことが、日本でも数少ないラテンアメリカ法の研究者となったきっかけでした。外国法を学ぶことは、条文の背後にある歴史、文化、国民性をも視野に、日本の法文化の特性を知り、目指すべき法の姿を探究する上で役に立つと力説します。
※職名等は掲載当時のものです。
※職名等は掲載当時のものです。
前田 美千代(まえだ みちよ)
1997年東京外国語大学外国語学部スペイン語学科卒業。99年慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。2000~03年サンパウロ大学法科大学院(ブラジル)留学。04年慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。同志社女子大学現代社会学部専任講師などを経て、2007年4月より現職。専門はラテンアメリカ法。ブラジル消費者法を中心に、契約の成立や合意にかかわる問題を、ラテンアメリカ諸国やヨーロッパや日本の民法と比較研究。
スペイン語学科から民法研究へ
──スペイン語学科を卒業されながら法学の研究者の道に進まれたとは、きわめて異色のご経歴ですね。
高校生の時から外国の文化に興味を持っていました。将来は留学もしたいという希望もあって東京外国語大学の外国語学部を受験しました。フランス語や英語は月並みな気がして、当時バルセロナオリンピックで盛り上がっていたこともあって、スペイン語を専攻したのです。スペイン語を学ぶことは大変楽しかったのですが、3年次のゼミを決めるときに、語学以外の科目を勉強することも重要だろうと民法、経済、政治、文学などの中から民法のゼミを選んだのです。4年生になって卒論を書くことになり、テーマをスペイン語にするか、民法にするか大いに迷ったのですが、ゼミの先生に相談したところ、「民法を初歩から勉強するぐらいの気持ちでかまわないから、スペインの民法について調べたらどうか」とアドバイスを受け、「債権譲渡」を卒論のテーマにしました。
──卒論は順調に進んだのですか。
いいえ、たった1年少ししか民法を学んでいなかったので、卒論を書くとなると大変でした。しかも、外国の資料を探すと、フランス法とドイツ法ばかりで、スペイン法に関係するものが見当たらない。世界ではフランス語圏やドイツ語圏よりもスペイン語圏の方が多いのに、なぜそうなのか。それなら、スペイン語と民法の両方を学んだ自分が研究してやろう、私がやらなくてだれがやる、そんな気持ちになりました(笑)。
ゼミの卒論を書くときの座右の書となったのが、慶應義塾大学法学部法律学科の池田真朗先生の『債権譲渡の研究』で、それがご縁で大学院は慶應義塾大学の法学研究科・民事法学に進むことになりました。
──大学院ではどんな研究をされたのですか。
学部生だったときの卒論で不十分に終わったスペイン法の「債権譲渡」をさらに探究したいという思いもあって、修士課程のときにスペインに行って資料を収集したりしました。授業では、イタリアやローマの話が中心になる西洋法制史が興味深かったですね。その中でブラジル法のことがよく出てきました。中世ローマ法はラテンアメリカ諸国に影響を与えたからなのですが、ラテンアメリカ諸国はスペイン語圏でもあり、スペイン法との関係もあって、いずれ勉強しようと考えるようになりました。
高校生の時から外国の文化に興味を持っていました。将来は留学もしたいという希望もあって東京外国語大学の外国語学部を受験しました。フランス語や英語は月並みな気がして、当時バルセロナオリンピックで盛り上がっていたこともあって、スペイン語を専攻したのです。スペイン語を学ぶことは大変楽しかったのですが、3年次のゼミを決めるときに、語学以外の科目を勉強することも重要だろうと民法、経済、政治、文学などの中から民法のゼミを選んだのです。4年生になって卒論を書くことになり、テーマをスペイン語にするか、民法にするか大いに迷ったのですが、ゼミの先生に相談したところ、「民法を初歩から勉強するぐらいの気持ちでかまわないから、スペインの民法について調べたらどうか」とアドバイスを受け、「債権譲渡」を卒論のテーマにしました。
──卒論は順調に進んだのですか。
いいえ、たった1年少ししか民法を学んでいなかったので、卒論を書くとなると大変でした。しかも、外国の資料を探すと、フランス法とドイツ法ばかりで、スペイン法に関係するものが見当たらない。世界ではフランス語圏やドイツ語圏よりもスペイン語圏の方が多いのに、なぜそうなのか。それなら、スペイン語と民法の両方を学んだ自分が研究してやろう、私がやらなくてだれがやる、そんな気持ちになりました(笑)。
ゼミの卒論を書くときの座右の書となったのが、慶應義塾大学法学部法律学科の池田真朗先生の『債権譲渡の研究』で、それがご縁で大学院は慶應義塾大学の法学研究科・民事法学に進むことになりました。
──大学院ではどんな研究をされたのですか。
学部生だったときの卒論で不十分に終わったスペイン法の「債権譲渡」をさらに探究したいという思いもあって、修士課程のときにスペインに行って資料を収集したりしました。授業では、イタリアやローマの話が中心になる西洋法制史が興味深かったですね。その中でブラジル法のことがよく出てきました。中世ローマ法はラテンアメリカ諸国に影響を与えたからなのですが、ラテンアメリカ諸国はスペイン語圏でもあり、スペイン法との関係もあって、いずれ勉強しようと考えるようになりました。
日本より進んでいたブラジルの消費者法
2008年8月、ブラジル・サンパウロ大学にて開催された「ブラジル移民100周年・慶應義塾創立150年記念国際シンポジウム」にて講演
──その後、研究はどのように進展したのでしょう。
博士課程に入ったとき、留学先を決めることになりましたが、私は多くの法学研究生が望むフランスにはあまり興味がわかず、ポルトガル語という新しい語学にも挑戦でき、修士時代に興味を持ったラテンアメリカ法に属するブラジルに留学することにしました。サンパウロ大学はラテンアメリカ諸国の大学のうちでも法律学などではトップクラスで、当然、授業はポルトガル語です。最初はリスニングで苦労しましたが、スペイン語をマスターしていたこともあり、半年間でプレゼンテーションをこなすところまでこぎつけました。
──日本人がブラジルの法律を学ぶことに、違和感はなかったのですか。
日本は明治時代、近代化を推進する上で、フランス民法、ドイツ民法を取り入れました。ブラジルなどラテンアメリカにおいても、スペイン法などを通じてフランス法が取り入れられています。日本もラテンアメリカ諸国もフランス法を母法としているわけで、違和感はなく、むしろラテンアメリカ法の研究は、わが国の法解釈との関係で母法や法原則の正確な理解の助けになるものでした。
──ブラジルで現在の研究テーマに出会ったわけですね。
はい。大学院間の単位振替のこともあり、民事法系科目を中心に履修しました。その一つが消費者法です。ちょうど日本で2000年に、消費者取消権、損害賠償請求権、クーリング・オフといった条項を盛り込んだ消費者契約法と金融商品販売法が制定され、消費者私法の分野で大きな一歩を踏み出した時期でしたので、日本の新しい法律について授業で発表しようと考えていたわけです。
ところが、先進国である日本が法律においても進んでいると考えるのは大きな間違いでした。ブラジルでは1990年には消費者法典が制定されていて、2000年に消費者私法ルールを導入した日本に比べて10年も進んでいたのです。
──なぜブラジルではそれほど消費者法が進んでいるのですか。
ブラジル社会は相当な階級差があり、富裕層は日本とは比較できないほど裕福です。そうした階層から、法律に携わる人材が輩出して海外に留学し、理論的にも破綻のない最高レベルの法理論を築き上げてしまうのです。ところが、こうした先進性には問題もあって、たとえば、社会の下層に暮らしている人には文字が読めない人がたくさんいるというような、社会の現実と大きく遊離してしまう。
最高レベルの法が制定されていても、それを現実に適用するにあたっては、さまざまな問題が発生してきます。それを法解釈で運用していくことになる。大きな矛盾があるわけです。
博士課程に入ったとき、留学先を決めることになりましたが、私は多くの法学研究生が望むフランスにはあまり興味がわかず、ポルトガル語という新しい語学にも挑戦でき、修士時代に興味を持ったラテンアメリカ法に属するブラジルに留学することにしました。サンパウロ大学はラテンアメリカ諸国の大学のうちでも法律学などではトップクラスで、当然、授業はポルトガル語です。最初はリスニングで苦労しましたが、スペイン語をマスターしていたこともあり、半年間でプレゼンテーションをこなすところまでこぎつけました。
──日本人がブラジルの法律を学ぶことに、違和感はなかったのですか。
日本は明治時代、近代化を推進する上で、フランス民法、ドイツ民法を取り入れました。ブラジルなどラテンアメリカにおいても、スペイン法などを通じてフランス法が取り入れられています。日本もラテンアメリカ諸国もフランス法を母法としているわけで、違和感はなく、むしろラテンアメリカ法の研究は、わが国の法解釈との関係で母法や法原則の正確な理解の助けになるものでした。
──ブラジルで現在の研究テーマに出会ったわけですね。
はい。大学院間の単位振替のこともあり、民事法系科目を中心に履修しました。その一つが消費者法です。ちょうど日本で2000年に、消費者取消権、損害賠償請求権、クーリング・オフといった条項を盛り込んだ消費者契約法と金融商品販売法が制定され、消費者私法の分野で大きな一歩を踏み出した時期でしたので、日本の新しい法律について授業で発表しようと考えていたわけです。
ところが、先進国である日本が法律においても進んでいると考えるのは大きな間違いでした。ブラジルでは1990年には消費者法典が制定されていて、2000年に消費者私法ルールを導入した日本に比べて10年も進んでいたのです。
──なぜブラジルではそれほど消費者法が進んでいるのですか。
ブラジル社会は相当な階級差があり、富裕層は日本とは比較できないほど裕福です。そうした階層から、法律に携わる人材が輩出して海外に留学し、理論的にも破綻のない最高レベルの法理論を築き上げてしまうのです。ところが、こうした先進性には問題もあって、たとえば、社会の下層に暮らしている人には文字が読めない人がたくさんいるというような、社会の現実と大きく遊離してしまう。
最高レベルの法が制定されていても、それを現実に適用するにあたっては、さまざまな問題が発生してきます。それを法解釈で運用していくことになる。大きな矛盾があるわけです。
ラテンアメリカ法研究でフロントランナーに
ゼミ合宿の様子。前田研究会では日系ブラジル人やペルー人コミュニティーがある茨城県常総市、東京都町田市、神奈川県大和市をフィールドに日系人労働者の家族生活や労働条件などの調査を行っている。
──ラテンアメリカ法を研究する意義やおもしろさはどんなところにありますか。
理想の法を現実の社会にどう適応するかなど、法律の成り立ちと法の運用は、単なる条文解釈ではなく、その国や地域の歴史や文化に深くかかわっています。そういった地域文化の総合的な理解の上に立って、初めてその国の法が見えてくるし、こうした比較研究を通じて、日本の法も理解できるということですね。私は高校生のころから外国のさまざまな文化に興味があって、スペイン語学科に進学したのもそうした興味を満たしたかったからですが、その思いは、いまでも変わらないとも言えますね。
──国際化が進んだ現在、消費者法をはじめとする外国法を研究することはどんな意味があるのでしょう。
経済の国際化に伴って、諸外国との取引においてそれぞれの国の商法や民法を知っておくことは重要な意味を持ってくるでしょう。とくにブラジルを中心としたラテンアメリカ諸国の経済は近年著しい発展を遂げ、世界に与える影響も大きくなっています。今後は欧米諸国の法律だけではなく、BRICsなどの法律の研究は必須ですね。
また、貿易の自由化、通信・輸送手段の発達によって、国内市場で外国製品を購入する機会も増えています。さらに、金融市場の自由化に伴って、投資家保護や事業者のコンプライアンス経営の観点からも、消費者法は国境を越えたものになるに違いありません。
──いま各大学で、ラテンアメリカ法の研究は盛んなのですか。
法学部のある大学は数多いのですが、外国法を学ぶ機会は決して多くはないのが現状です。外国法の授業があったとしても、英米やフランス、ドイツの法が中心で、ラテンアメリカ法を専門にしているの研究者はごく少数です。残念ながらまだまだマイナーですね。
慶應義塾大学では、法学部でドイツ語、フランス語のほかにスペイン語や中国語など多くの外国語が履修できますし、スペイン法、ラテンアメリカ法などを研究対象にすることができる恵まれた環境にあります。今後ますます重要性を増してくるラテンアメリカ法を学ぶことは、フロントランナーとして新しい地平を切り拓くことができる魅力的な分野と言えます。
理想の法を現実の社会にどう適応するかなど、法律の成り立ちと法の運用は、単なる条文解釈ではなく、その国や地域の歴史や文化に深くかかわっています。そういった地域文化の総合的な理解の上に立って、初めてその国の法が見えてくるし、こうした比較研究を通じて、日本の法も理解できるということですね。私は高校生のころから外国のさまざまな文化に興味があって、スペイン語学科に進学したのもそうした興味を満たしたかったからですが、その思いは、いまでも変わらないとも言えますね。
──国際化が進んだ現在、消費者法をはじめとする外国法を研究することはどんな意味があるのでしょう。
経済の国際化に伴って、諸外国との取引においてそれぞれの国の商法や民法を知っておくことは重要な意味を持ってくるでしょう。とくにブラジルを中心としたラテンアメリカ諸国の経済は近年著しい発展を遂げ、世界に与える影響も大きくなっています。今後は欧米諸国の法律だけではなく、BRICsなどの法律の研究は必須ですね。
また、貿易の自由化、通信・輸送手段の発達によって、国内市場で外国製品を購入する機会も増えています。さらに、金融市場の自由化に伴って、投資家保護や事業者のコンプライアンス経営の観点からも、消費者法は国境を越えたものになるに違いありません。
──いま各大学で、ラテンアメリカ法の研究は盛んなのですか。
法学部のある大学は数多いのですが、外国法を学ぶ機会は決して多くはないのが現状です。外国法の授業があったとしても、英米やフランス、ドイツの法が中心で、ラテンアメリカ法を専門にしているの研究者はごく少数です。残念ながらまだまだマイナーですね。
慶應義塾大学では、法学部でドイツ語、フランス語のほかにスペイン語や中国語など多くの外国語が履修できますし、スペイン法、ラテンアメリカ法などを研究対象にすることができる恵まれた環境にあります。今後ますます重要性を増してくるラテンアメリカ法を学ぶことは、フロントランナーとして新しい地平を切り拓くことができる魅力的な分野と言えます。
























