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[研究最前線] 貴重な古典籍と向き合いさまざまな角度から検証 ~「本」を通じて時代と人を読み解く~(慶應義塾大学附属研究所斯道文庫主事 佐々木孝浩)

2009/10/14
佐々木 孝浩 准教授/慶應義塾大学附属研究所斯道文庫 主事
「書誌学」とは書物を調査・研究の対象とする学問で、内容は多岐にわたりますが、斯道文庫(しどうぶんこ)では主に日本と中国の古典籍を対象として、書かれたり印刷されたりした本文の比較を行って、個々の古典籍が有している本文を系統分類上に位置付ける研究や、装訂や用いられた紙といった形態的特徴の調査を行って、その古典籍の制作年代や相伝過程などを検証する研究などを行っています。佐々木准教授は、主に中世の和歌作品の写本の調査を中心に、文学研究の基礎となる一次資料の研究に携わってきました。その研究の魅力を探ります。

※職名等は掲載当時のものです。

佐々木 孝浩(ささき たかひろ)

佐々木 孝浩 准教授/慶應義塾大学附属研究所斯道文庫 主事
1962年山口県生まれ。1985年慶應義塾大学文学部卒業。1987年慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。国文学研究資料館研究情報部助手を経て、1996年慶應義塾大学助手(附属研究所斯道文庫)。専任講師を経て、2003年より現職。1995年第21回日本古典文学会賞受賞。

本の形、文字、筆跡などから、本の性格、成立事情を明らかに

──書誌学とはどんな学問なのですか。

私が取り組んでいる書誌学とは、江戸時代以前に作成された古典籍を、記された文字や絵ばかりに注目するのではなく、いわば「もの」としてとらえて、その存在自体が有している情報までも読み取ろうとする学問です。具体的には、使われている紙や表紙のデザイン、本の大きさや装訂などから、その本が制作された時代やどんな階級の人たちが制作に係わっていたのかなどを解明したり、書かれた文字の特徴からその筆者が誰であるのか、あるいは筆者が属していた家なり流派などのグループを特定したりします。本は情報の保存媒体ですから、通常の文学研究では当然そこに保存された文字や絵画の情報ばかりが注目されるわけですが、その媒体自体に着目することによって、そこから得られた知見を保存された内容の研究にも活かそうとする学問であるといえます。水が盛られた器の形に従うように、本文も書物の形態に何らかの影響を受けているものなのです。
私の場合は、古典籍の中でも印刷されたものではなく、人の手によって書かれたものを主な研究対象としています。数多くの古典籍を調査していると見覚えのある筆跡に出会ったりすることがあります。筆跡が同じと思われる本の調査データを集積していくと、最初は誰とはわからなかった筆者が判明する場合もあります。また必ずしも筆者が同じでなくても、使っている紙や表紙の色と模様が同じであったりすると、同じ場所で制作されていた可能性が高いことにもなります。地方の小さな図書館にある本と、海を渡ってニューヨークの大きな図書館に収められている本が親戚であることが明らかになったりするのです。
古典籍というのはそれが制作された時代の様々な製造加工技術、あるいは美術的なセンス、さらにはそれを書いたり所持していたりした人々の性格までをも、今に伝えるタイムカプセルであるわけです。

──多くの古典籍をどのように比較研究するのでしょうか。

古典籍は日本各地の図書館や美術館、史料館、また神社や仏閣、旧家やコレクター等様々な場所に保存されています。絵のあるものを中心として海外で所蔵されているものも少なくありません。私たち斯道文庫の研究員は可能なかぎり、調査対象とする古典籍が所蔵されている場所に出かけていき、直接手にとって大きさを測ったり、紙質を確かめたりといった、記されていない情報を読むための調査を行います。またそうした調査も記された内容の性格を明らかにするのが目的ですから、記された本文の調査も行います。1ページに何行で書いてあるだとか、漢字が多いとか、振り仮名を始めとする書き入れがあるだとか、細かな特徴も確認していきます。本当は本文も全部読み通すと良いのですが、分量の多いものになると時間がかかりますから、マイクロフィルムや最近ではデジタルカメラで、箱や表紙を含めて全ページの撮影を行います。斯道文庫に戻ってから、そうやって入手した調査データや画像を利用して、それまでに集めた同じ作品の別の本の情報や画像と比較して、形態や本文の共通性や違いを調べていきます。そういう作業を繰り返して、一つの作品の本文の全体的な特徴を明らかにするわけです。

──研究を通じてどのような発見がありますか。

これまで常識と考えられてきた古典籍に関する認識の再検討を迫られるケースもあります。たとえば『源氏物語』は作者と考えられる紫式部の自筆の本というものは存在していないので、現在伝わっている多くのものの中から研究対象とするに最も相応しいと考えられる本が選び出され、その本の本文を基本として、本文を分類する研究や、解釈や批評といった内容的な研究も行われてきたわけです。その最も信頼できる本としてここ半世紀にもわたって利用されてきたのが、「大島本」と通称される写本です。この本は、室町時代の中頃に、公家の飛鳥井雅康(出家して法名が宋世)が、周防山口の守護大名である大内政弘の求めに応じて書かれた本であるとされてきました。現在図書館などで簡単に読むことができる現代の文字に改められた『源氏物語』の多くが、この「大島本」をもとにしています。
私は大学院生の頃に飛鳥井雅康を研究しようと思ったことがあり、書誌学を本格的に学ぶ以前から「大島本」が雅康筆だという通説に疑問を感じていました。最近になってこの「大島本」を直接調査する機会を得られたのですが、全53冊のどこにも飛鳥井雅康の筆跡が確認できないことがわかりました。そういう目で見ると、確かに「大島本」は当時の公家や有力守護大名が大切な本に用いるような装訂をしていないのです。そこで私は「「大島本源氏物語」に関する書誌学的考察」(斯道文庫論集41、2007・2)という論文の中で、従来の認識の問題点を指摘し、この「大島本」を本の存在自体が物語っている正しい認識に従って用いるべきだと述べました。

*「大島本源氏物語」
昭和初期に佐渡島で見出された本で、慶應義塾出身で三井合名会社理事であった大島雅太郎が買い取って世に出したことから、所蔵が変わった現在も「大島本」と呼び習わされている。

本は人類最大の発明

佐々木 孝浩 准教授
──いま関心を持っている研究テーマは。

これまでの書誌学では古典籍の形態についての研究はかなり進んでいます。けれどもそこに書かれた文字の書道史的な研究はまだまだ不十分であると感じています。書誌学と書道史学の融合が不十分であると思うのです。筆跡の研究が進んで、その本を書写した人物の特定や解明ができるようになれば、その本全体の評価をより踏み込んで積極的に行えるようになるはずです。たとえばある本を書いた人物の名前が明らかであり、しかもその人の筆跡にある書道の流派の特徴がはっきりと確認できるとします。室町時代や江戸時代は、和歌の師匠から書道も習うということが良くありますから、この事実から、その人物の和歌と書道の師匠が推測できるわけです。そうなると、その本も師匠の本と関係がある可能性を認めることができるという風に研究が繋がっていくのです。先の「大島本」の場合も、筆跡面での研究がもっと早くから行われていれば、誤った認識はとうに訂正されていたはずだと思います。

──研究の魅力はどんなところにありますか。

古典籍に触れていると、書いた人間、持っていた人間の存在を身近に感じることができるような気がします。本は人間が関与した最大の芸術品であり、人類最高の発明品だと思います。いまはデジタル・メディアの時代ですが、それでも書籍というスタイルは、情報の保存媒体としては最高のものではないでしょうか。紙の質が良くて、人間の住める環境に置いて、紙を食べる虫と火災にさえ注意すれば、確実に千年以上持つことが日本国内に伝わる数多くの古典籍によって証明されていますし、しかもそこに保存された情報を引き出すのに特別な道具も機器も要らないのです。
そのような素晴らしい本に囲まれていること、それを研究の対象として触れていられることは私にとって何よりも素晴らしくありがたいことです。斯道文庫は自分の研究室に行くのに必ず書庫を通る構造になっています。斯道文庫の蔵書の中で毎日を過ごし、研究生活を送れることに本当に感謝しています。

センチュリー文化財団からの古典籍の寄託でさらに研究が豊かに

写経の一部
藤原道長が998年に書写した法華経の一部。1007年に極楽往生等を願って他の経と共に経筒に入れて吉野の金峯山に埋められたものが、江戸時代に発掘された。寄託品は一紙分だが、纏まって伝わるものは重要文化財に指定されている。
──主事として携わられている斯道文庫(しどうぶんこ)についてお聞かせください。

斯道文庫は、三田キャンパスの図書館旧館内にあり、名前にも「文庫」とあるので、大学図書館の貴重書室と混同する人もいるのですが、大学直属の独立した研究機関です。2010年12月に創立50年を迎えますが、その前身は、実業家の麻生太賀吉氏が、日本や東洋の精神文化の研究所として1938年に福岡の地に設立した財団法人斯道文庫です。旧斯道文庫は1945年の空襲で施設が焼失してしまい、翌年に財団も解散してしまいましたが、疎開して無事であった蔵書約7万冊が、麻生氏から1955年の義塾創立100年に際して研究所を設立することを条件に寄贈されました。そして準備期間を経た1957年に、書誌学の研究所としての慶應義塾大学附属研究所斯道文庫が誕生したのです。
慶應義塾は昨年創立150年を迎えましたが、それを一つの契機として、今年(2009年)2月に財団法人センチュリー文化財団からその所蔵美術品1740点が慶應義塾に寄託され、斯道文庫がそれらを保管すると共に、研究に活用していくこととなりました。これらはセンチュリー文化財団の創設者である故赤尾好夫氏が蒐集された、日本の文字資料を中心とするコレクションで、日本の書道史を概観するのに必要十分な資料が揃えられています。また1740点の内の1点は約1万5千冊からなる文庫で、書道関係書が網羅的に集められています。同財団が美術館を運営されていることからもわかりますように、歴史上の著名人の自筆資料や、高名な絵師の手による絵画資料等といった美術的価値の高いものも数多く含まれています。それらももちろん素晴らしいのですが、この度の寄託資料は、これまでの斯道文庫の研究対象であった古典籍の筆者や書風などを考える上で、大変有益な資料ともなりうる点において大変ありがたいものであるということができます。そうした研究は従来の斯道文庫で最も手薄であった分野なのです。もう一つ研究所ができても良い程の質と量を有する資料群が加わったことにより、その弱点が補われたどころか、これからは得意分野とせざるをえないような状況になりました。従来の所蔵品とうまく組み合わせて用いれば、これまでできなかった新しい研究が行えることが期待できるのです。
短冊手鑑
江戸時代に作成された「短冊手鑑」。室町時代を中心とした和歌短冊が貼り込まれており、将軍足利義政のものは二枚ある。加賀前田家旧蔵と伝えられる。
──それらの貴重な美術品を、どのような体制で研究していくのでしょうか。

斯道文庫の専任研究員は6名で、他に文学部の教員を中心とする研究嘱託が6名います。毎年年度初めに研究計画を立て、テーマ毎にその12名の中から協力しあえる者が集まって調査と研究を行っています。センチュリー文化財団からの寄託品は、これまでの斯道文庫の所蔵品と性格を異にするものも多いですから、特に絵画史や書道史を専門とする塾内外の専門家の方達の協力を仰ぎつつ、共に研究していけるような体制作りを行っていきたいと考えています。もちろん大学院生等の若い方々にも加わっていただけることを希望しています。
──保存・管理は。

これまでの所蔵品である古典籍も貴重なものが多いので、湿度管理や害虫予防などには気を配ってきましたが、新たにお預かりした美術品には絵画や漆工といった一層配慮が必要なものもありますので、24時間態勢で温度と湿度を調整した書庫内で厳重に保存・管理しています。ただ、何しろ膨大なコレクションだけに、まだまだ整理しきれていないものも多く、これから時間をかけてじっくりと整理しつつ、研究や展示に活用していきたいと考えています。展示会開催は寄託の条件でもありますので、三田キャンパス東館の展示スペースを中心に様々な企画展を開催する予定です。今年度は体制が整っていませんので、規模の大きなものはできませんが、今回の寄託のことを広く塾生に知ってもらうために、三田図書館内の展示コーナーにおいて、小規模ながら優品を揃えたお披露目展を2009年11月下旬に開催する予定です。

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