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[研究最前線] 「社会の中のジャーナリズム」の視点を大切にしながら、日本社会の変容とメディアの関係を読み解く(法学部教授/メディア・コミュニケーション研究所所長 大石裕)
2009/07/01
大石 裕 法学部教授/メディア・コミュニケーション研究所所長
大石教授は、2006年にマス・コミュニケーション論の観点から政治現象に切り込んだ『ジャーナリズムとメディア言説』で「義塾賞」を受賞しました。その後もメディアとナショナリズム、政治とメディアの関係などの今日的課題を、独自の視点から探求しています。
※職名等は掲載当時のものです。
※職名等は掲載当時のものです。
大石 裕(おおいし ゆたか)
法学部教授/メディア・コミュニケーション研究所所長
1956年生まれ。1979年3月慶應義塾大学法学部政治学科卒業、1985年3月同大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。関西大学社会学部専任講師、助教授などを経て、1997年より慶應義塾大学法学部政治学科教授。英国ウエストミンスター大学訪問教授、英国エセックス大学政治学部訪問研究員を経て、2007年メディア・コミュニケーション研究所長に就任、現在に至る。博士(法学)。
主な著書に『地域情報化—理論と政策』『政治コミュニケーション—理論と分析』『ジャーナリズムとメディア言説』『メディア・ナショナリズムのゆくえ—「日中摩擦」を検証する(共編著)』など。
1956年生まれ。1979年3月慶應義塾大学法学部政治学科卒業、1985年3月同大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。関西大学社会学部専任講師、助教授などを経て、1997年より慶應義塾大学法学部政治学科教授。英国ウエストミンスター大学訪問教授、英国エセックス大学政治学部訪問研究員を経て、2007年メディア・コミュニケーション研究所長に就任、現在に至る。博士(法学)。
主な著書に『地域情報化—理論と政策』『政治コミュニケーション—理論と分析』『ジャーナリズムとメディア言説』『メディア・ナショナリズムのゆくえ—「日中摩擦」を検証する(共編著)』など。
社会運動をメディア論から分析
──大石教授の研究は、従来のジャーナリズム論とは異なった視点からの精緻な研究として注目されています。
これまでのジャーナリズム論、マス・コミュニケーション研究は、現実的な問題に対してすぐに解答を導き出すものが多く、ともすると現象に振り回されてしまうきらいがありました。私は現実的な問題の背景にある深層を「なぜ」という問いを重ねていくことによって探ることが大切だと考えています。たとえば、記者クラブやワイドショー化された政治の弊害についての問題を指摘するだけでなく、それらがなぜ存続し続けるのかを明らかにしたいというわけです。
──具体的には、どのようにアプローチしてきたのですか?
水俣病、南アルプススーパー林道、天神崎(和歌山県)のナショナル・トラスト運動、沖縄平和行進などの社会運動に注目してきました。社会運動の現場には、地元住民、市民運動家、行政、企業、メディアなどがそれぞれの立場から関与していますが、こうした社会運動を分析的に見ていくと、メディアと市民、行政、企業などの関係が浮かび上がってきます。
たとえば、南アルプススーパー林道問題では、林道建設に賛成し、推進したい地元住民と行政、それに対して環境保護の立場から反対する市民がいました。最終的には自然保護に配慮した形で林道開発を行うこととなり、市民運動が成果をあげる結果となりましたが、その背景には、当時、環境保護問題を取り上げていたマス・メディアの影響が大きかったといえます。自然保護運動を展開した市民は、東京の銀座でデモを行ってマス・メディアに取り上げさせるなど、上手にメディアを活用していったのです。
それが天神崎のナショナル・トラスト運動では、メディアは一方では自然保護を打ち出しながら、他方では自然保護とは反対のリゾート産業推進の旗振りもしました。なぜ、対立する二つの主張がメディアに同居したのか、それは「ニュース・バリューとして、どちらも重要だ」という根拠からでした。
従来のマス・コミュニケーション論では、こうした社会運動を、経済発展が引き起こす社会・政治システムの不均衡によるものとして分析してきましたが、私はこれに対して、宣伝媒体、社会的ネットワーク、政策決定者へのアクセスなど、社会運動組織が動員する「資源」に注目して分析しました。多様な社会で、長期にわたって継続する社会運動を分析するには適した手法だったと思います。
こうした社会運動のメディア論からの分析は、政治コミュニケーション、世論などへの理解を深めるものと考えています。
──メディアと世論形成、社会の変化の関係を探っていくわけですね。
ここで大切なのは、メディアが社会に与える影響だけを論じるのではなく、メディアもまた社会から影響を受けていることを視野に入れることです。つまり、社会の変容がジャーナリズムを変えるわけで、私は、「社会の中のジャーナリズム」の視点を大切にしながら、社会全体からコミュニケーション過程を把握しなおしたいと考えています。
これまでのジャーナリズム論、マス・コミュニケーション研究は、現実的な問題に対してすぐに解答を導き出すものが多く、ともすると現象に振り回されてしまうきらいがありました。私は現実的な問題の背景にある深層を「なぜ」という問いを重ねていくことによって探ることが大切だと考えています。たとえば、記者クラブやワイドショー化された政治の弊害についての問題を指摘するだけでなく、それらがなぜ存続し続けるのかを明らかにしたいというわけです。
──具体的には、どのようにアプローチしてきたのですか?
水俣病、南アルプススーパー林道、天神崎(和歌山県)のナショナル・トラスト運動、沖縄平和行進などの社会運動に注目してきました。社会運動の現場には、地元住民、市民運動家、行政、企業、メディアなどがそれぞれの立場から関与していますが、こうした社会運動を分析的に見ていくと、メディアと市民、行政、企業などの関係が浮かび上がってきます。
たとえば、南アルプススーパー林道問題では、林道建設に賛成し、推進したい地元住民と行政、それに対して環境保護の立場から反対する市民がいました。最終的には自然保護に配慮した形で林道開発を行うこととなり、市民運動が成果をあげる結果となりましたが、その背景には、当時、環境保護問題を取り上げていたマス・メディアの影響が大きかったといえます。自然保護運動を展開した市民は、東京の銀座でデモを行ってマス・メディアに取り上げさせるなど、上手にメディアを活用していったのです。
それが天神崎のナショナル・トラスト運動では、メディアは一方では自然保護を打ち出しながら、他方では自然保護とは反対のリゾート産業推進の旗振りもしました。なぜ、対立する二つの主張がメディアに同居したのか、それは「ニュース・バリューとして、どちらも重要だ」という根拠からでした。
従来のマス・コミュニケーション論では、こうした社会運動を、経済発展が引き起こす社会・政治システムの不均衡によるものとして分析してきましたが、私はこれに対して、宣伝媒体、社会的ネットワーク、政策決定者へのアクセスなど、社会運動組織が動員する「資源」に注目して分析しました。多様な社会で、長期にわたって継続する社会運動を分析するには適した手法だったと思います。
こうした社会運動のメディア論からの分析は、政治コミュニケーション、世論などへの理解を深めるものと考えています。
──メディアと世論形成、社会の変化の関係を探っていくわけですね。
ここで大切なのは、メディアが社会に与える影響だけを論じるのではなく、メディアもまた社会から影響を受けていることを視野に入れることです。つまり、社会の変容がジャーナリズムを変えるわけで、私は、「社会の中のジャーナリズム」の視点を大切にしながら、社会全体からコミュニケーション過程を把握しなおしたいと考えています。
「記録」「記憶」「集合的記憶」に注目
『ジャーナリズムとメディア言説』
(勁草書房 2005年10月刊)
ニュースの背後の「不可視の権力」を探り、ジャーナリズム分析の新たな視点を示した
(勁草書房 2005年10月刊)
ニュースの背後の「不可視の権力」を探り、ジャーナリズム分析の新たな視点を示した
──学生時代から、マス・コミュニケーションをテーマにしようと考えていたのですか?
新聞や雑誌は大好きで、学部時代はそれこそ、図書館で毎日、新聞やいろいろな雑誌を読みふけっていました。この体験は実に大きかったのですが、当時は、それを仕事にしようなどとは考えてもいませんでした。
法学部政治学科では大衆社会論、政治権力論などの観点から研究を進め、マス・コミュニケーションそのものを直接の分析対象としたのは大学院博士課程に入ってからです。アメリカ流の実証的なジャーナリズム研究と、ヨーロッパ流の理念的・哲学的なジャーナリズム研究をバランスよく取り入れ、社会理論や政治理論に立脚しながら、メディアと距離を置いて研究を進めてきました。
──マスメディアの分析にあたって大切にしていることはありますか。
たとえば、「権力」「記憶」などというキーワードを大切にしたいと思っています。私の場合、方法論を深めるというよりも、キーワードをぶつけあって、多様な視点を獲得しながらメディア論を構築するためのヒントを得ています。
学生たちにも、言葉を大切にしなさい、「世論」「国民感情」「民意」などという、意味が曖昧な言葉が登場したときは注意して、その背後の政治の意思やメディアのねらいを分析するよう話しています。
──いま注目しているキーワードは?
「記録」と「記憶」そして「集合的記憶」ですね。マス・メディア分析を通じて、日本社会の歴史観や価値観がいかに構築されてきたかを探っていきたいのです。
記憶の形成に、メディアが果たす役割は大きいといえます。たとえば、多くの日本人は、国民的作家と呼ばれた司馬遼太郎の作品を通じて、明治から昭和にかけての日本の歴史を認識しようとする。司馬は歴史のなかの「記録(資料)」をもとに作品を組み上げていきますが、作品を読んだ読者は、司馬作品のイメージから歴史のイメージや「記憶」を作り上げていくのではないでしょうか。そして、テレビや新聞、雑誌などのメディアが司馬作品を取り上げることによって、イメージや「記憶」が増殖していくというわけです。
ここ数年、広島、長崎、沖縄に注目しています。戦争の「記録」と、当事者や私たちの「記憶」、それに関わる世論の変遷を、様々な証言や地元紙の分析、全国紙との比較などを通して考えてみたい。大きなテーマですが、ようやく、しっかりと取り組める構えができてきました。
新聞や雑誌は大好きで、学部時代はそれこそ、図書館で毎日、新聞やいろいろな雑誌を読みふけっていました。この体験は実に大きかったのですが、当時は、それを仕事にしようなどとは考えてもいませんでした。
法学部政治学科では大衆社会論、政治権力論などの観点から研究を進め、マス・コミュニケーションそのものを直接の分析対象としたのは大学院博士課程に入ってからです。アメリカ流の実証的なジャーナリズム研究と、ヨーロッパ流の理念的・哲学的なジャーナリズム研究をバランスよく取り入れ、社会理論や政治理論に立脚しながら、メディアと距離を置いて研究を進めてきました。
──マスメディアの分析にあたって大切にしていることはありますか。
たとえば、「権力」「記憶」などというキーワードを大切にしたいと思っています。私の場合、方法論を深めるというよりも、キーワードをぶつけあって、多様な視点を獲得しながらメディア論を構築するためのヒントを得ています。
学生たちにも、言葉を大切にしなさい、「世論」「国民感情」「民意」などという、意味が曖昧な言葉が登場したときは注意して、その背後の政治の意思やメディアのねらいを分析するよう話しています。
──いま注目しているキーワードは?
「記録」と「記憶」そして「集合的記憶」ですね。マス・メディア分析を通じて、日本社会の歴史観や価値観がいかに構築されてきたかを探っていきたいのです。
記憶の形成に、メディアが果たす役割は大きいといえます。たとえば、多くの日本人は、国民的作家と呼ばれた司馬遼太郎の作品を通じて、明治から昭和にかけての日本の歴史を認識しようとする。司馬は歴史のなかの「記録(資料)」をもとに作品を組み上げていきますが、作品を読んだ読者は、司馬作品のイメージから歴史のイメージや「記憶」を作り上げていくのではないでしょうか。そして、テレビや新聞、雑誌などのメディアが司馬作品を取り上げることによって、イメージや「記憶」が増殖していくというわけです。
ここ数年、広島、長崎、沖縄に注目しています。戦争の「記録」と、当事者や私たちの「記憶」、それに関わる世論の変遷を、様々な証言や地元紙の分析、全国紙との比較などを通して考えてみたい。大きなテーマですが、ようやく、しっかりと取り組める構えができてきました。
























