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[研究最前線] 動物たちの脳と心の研究は、新しい発見と可能性に満ちている(文学部教授 渡辺茂)

2009/04/01
渡辺 茂 文学部教授
渡辺教授の専門研究分野である比較認知科学は、一言でいうと、心理と脳の関係を、鳥やネズミなどの動物とヒトの行動を比較研究することで理解しようとするものです。渡辺教授の研究室では、ラット、マウス、ハト、ブンチョウ、カラス、キンギョなどを使用し、ハトにピカソの画を見分けさせたり、カラスの「脳地図」を作成するなどの先進的な研究成果で注目を集めています。今回の研究最前線は、カラスが鳴き、ハトが忙しく動き回る研究室からのレポートです。

※職名等は掲載当時のものです。

渡辺 茂(わたなべ しげる)

渡辺茂 文学部教授
文学部教授
1948年東京生まれ。慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。同大学院社会学研究科心理学専攻博士課程修了。慶應義塾大学21世紀COE「心の解明に向けての統合的方法論構築」プロジェクトでは、文鳥が中国語と英語を聞き分けることを明らかにし、これは、音声言語を聞き分ける能力が哺乳類以外で初めて確認された実験となった。著書に『ピカソを見分けるハト』『認知の起源をさぐる』『ヒト型脳とハト型脳』など多数。
現在グローバルCOE「論理と感性の先端的教育研究」拠点リーダー。前日本動物心理学会理事長。

動物とヒトの心や脳はどこが同じで、どこが違うか

——ハトやカラスなどの鳥類をはじめ、動物を対象とした心理学や認知科学を研究されるようになったのは、どんな理由からでしょう。

本当の理由は動物が好きだったからですよ(笑)。1970年代の初めまで、動物心理学では、実験対象の動物のどこが人間に似ているかが研究されていました。あくまで人間が中心で、人間より単純な動物を研究することですべての動物に共通する一般原理を導き出そうとしていたのです。けれどもその後、動物の認知行動そのものを研究することで、ヒトと動物ではどこが同じであり、どこが違うのかを明らかにすることが、動物心理学の主流になっていきました(※1)。
私は動物にもヒトとは違った形で、脳や心の機能が備わっているのではないかと考えていましたから、こうした認知科学を中心とした研究が主流になったことで研究にはずみがつきました。ハトやカケス、カラスなどの鳥類やネズミなどを対象に、彼らの認知のしくみを研究することで、認知の進化と脳の進化や、人間の心の起源を探る研究を進めてきたのです。

※1
1960年代後半にそれまでの知覚・感覚心理学に代って、認知心理学や認知モデルから見た行動科学が評価されるようになり、「認知革命」の名で呼ばれるようになった。また、コンピュータ・モデルを応用した情報処理メカニズムで人間の認知、心理を捉えようとする動きも活発になった。


——そこではどんな発見があったのでしょう。

たとえば、鳥類はヒトとは形態的にもずいぶん違う動物ですが、視覚を主体に認知活動を行うという点では共通しています。進化の過程でヒトも鳥類も昼行性動物となり、枝から枝に飛び移る樹上生活を営んだ時期があり、視覚が発達したのでしょう。ただ、ヒトと鳥類の視覚には違いがあり、たとえばヒトの視界は前方だけですが、ハトは前方を見ながら同時に真横を見ることができる。餌を食べながら、敵の襲来に気をつけるためなのです。また、実際にどんな色として見えているのかは不明ですが、ハトは3原色のほか、ヒトよりも短い波長の色を認識しているらしいことなども分かってきました。
こうした視覚を中心にした研究を進めていくうちに、鳥類の脳の研究が重要だということに気づき、ハトやカラスなどの脳のメカニズムを知りたいと思うようになりました。

カラスの脳を輪切りにした脳地図を、世界で初めて作成する

カラスの脳の線画、標本写真
ハシブトガラスの脳を先端部から後方に1.5cmの位置で輪切りにした線画、及び標本写真。標本写真の点線部分が、ヒトでいえば高次の精神機能を司る連合野に相当する巣外套、高外套。
——その研究のひとつが世界で初めてとなるカラスの脳地図作成だったのですか。

慶應義塾大学のキャンパスには、カラスがたくさんいたことも研究のきっかけでした(笑)。当時、カラスの脳の中がどんな構造になっているかなど、まったく分からないので、すべてが手探りでした。脳内の領域を区分して位置を把握するため、凍結した脳を40ミクロンの厚さで輪切りにして、神経細胞がどのように分布しているのかを顕微鏡で調べ、50枚の脳地図を作成しました。
作成した脳地図から、カラスは大脳が発達していること、大脳の中でも複雑な情報処理を行っている、ヒトの脳でいえば「連合野」に相当する「巣外套」「高外套」がハトなどに比べて格段に発達していることが判明しました。カラスは賢いと昔から言われてきましたが、実際に脳地図を作成してみると、脳の知的活動に関する部分が大きく、発達していることが見てとれたのです。この仕事は主に准教授の伊澤栄一さんがやってくれました。
ただ、カラスの大脳が発達していることは分かっても、人間と同じ働きをしているかなど、分からないことがたいへん多い。ハトやカラスなどの研究は、まだジグソーパズルのピースのように、パーツの素材を集めている段階で、全体の絵が完成するには時間がかかりそうです。しかし、まだ研究が始まったばかりですから、新たな発見を期待でき、スリリングでわくわくすること、この上なしですね。
——カラスを扱うのはたいへんそうですね。

ハトに比べると、かなり手ごわいですよ。あまり簡単な作業をやらせるとそっぽを向くし、難しすぎると協力してくれません。それに機嫌が悪いとつついてくる(笑)。
だから、カラスを相手に研究するには、カラスと社会的に良い関係を築くことがとても大切なのです。そういう意味でも、カラスはかなり高いコミュニケーション能力を持っているといえるのではないでしょうか。

重要でしかも楽しい研究テーマにチャレンジしてほしい

研究室にて
——ヒトと動物の脳の働きで新しく分かってきたことには、どんなことがありますか。

かつては、動物には特定の日時や場所に関連した個別の経験についての記憶(エピソード記憶)はないと考えられていました(※2)。けれども、カケスを使った実験でトリにもエピソード記憶があり、短いスパンなら未来予測もできるらしいと分かってきました。カケスは、餌を蓄えるトリとして知られていますが、カケスに朝食付きと朝食なしの2つの部屋を用意し、どちらかに泊めることにしたところ、カケスは、朝食付きの部屋に泊まるときには餌を運ばないけれど、朝食が付かない部屋に泊まるときには餌のある部屋から餌を持ってきて隠しておくのです。つまり、こちらの部屋には朝食が付いていないことを経験的に記憶し、食いっぱぐれないよう予測した行動をとるわけですね。ただし、このタイムスパンがヒトとカケスとではまったく違いますが。
このように鳥類などの動物の脳研究を進めていくと、ヒトのような高等な言語能力や記憶力はなくても、その原型は持っていることが次第に明らかになってきています。

※2
記憶には大きく分けて、年号や樹の名前など知識を記憶する「意味記憶」と、「先週、友人と銀座で買い物をした」というようなストーリーを記憶する「エピソード記憶」がある。

——これから研究されたいテーマ、分野は?

人間の知能が高いのは、「あのヒトはこのヒトよりも偉くて強い」など、人間の社会的関係を論理的推論で捉え、社会行動を行うからだと言われています。動物、なかでも鳥類にはどんな社会的な知能が備わっているのか、動物の社会行動と脳はどんな関係にあるのかなどを究めていきたいと考えています。これからは、私たちの研究分野である動物心理学会と動物行動学会が共同で研究を行う計画もあり、成果が期待されています。
これはトリではありませんが、研究室の学生がおもしろい研究を手がけました。ネズミに集団でストレスを与えると、一匹一匹のストレスは軽減し、反対にほかのネズミが遊んでいて、一匹だけストレスをかけるとストレスの効果は強くなります。
このように、動物の社会行動と心理や知能を探っていけば、ヒトの心の起源や認知の進化について新しい角度からの発見が生まれる可能性があると思います。

——学生にメッセージをいただけますか。

学問には、社会的に重要な研究と、一見何に役立つかわからないけれど、おもしろく楽しい研究があります。重要であるけれどおもしろくない、おもしろいけれど重要ではないというのではなく、「面白くて重要な」テーマを見つけて充実した楽しい研究をしてほしいですね。

渡辺研究室のその他の研究

研究室ではハトの認知行動を知るために、さまざまな実験を行っている。たとえば、ハトにリアルタイムの自己画像と、それ以前に録画した別の動きをする画像を見分ける訓練をすると、画像に数秒の遅れがあっても自分が写っていることを認識できるという。自己認知といった高次な認知機能が、多様な動物に見られることを確認する実験となった。

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