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[研究最前線] 消費者の買物行動と小売構造の解明にむけて(商学部教授 高橋郁夫)
2009/01/08
高橋 郁夫 商学部教授
高橋郁夫商学部教授は、ミシシッピ大学チャールズ・インジーン教授との共著による“Structural Determinants of Retail Market Potential in Japan,2002”(「日本の小売市場潜在力の規定要因—2002年データによる分析」)によって「2008年グローバル・マーケティング・コンファレンス 上海」最優秀論文賞を受賞しました。消費と流通・マーケティングとの接点に焦点をあて、日本の小売市場と消費者行動について分析した研究内容についてご紹介します。
※職名等は掲載当時のものです。
※職名等は掲載当時のものです。
高橋 郁夫(たかはし いくお)
商学部教授、博士(商学)
1981年慶應義塾大学商学部卒業、86年同大学大学院商学研究科博士課程修了。杏林大学、東京経済大学を経て、94年慶應義塾大学商学部助教授、98年より教授。マーケティング論、消費者行動論、流通論を専門領域とする。日本商業学会関東部会代表理事、日本消費者行動研究学会理事(09年より副会長)。『消費者購買行動-小売マーケティングへの写像』(99年)で日本商業学会賞奨励賞ならびに慶應義塾賞を受賞。
1981年慶應義塾大学商学部卒業、86年同大学大学院商学研究科博士課程修了。杏林大学、東京経済大学を経て、94年慶應義塾大学商学部助教授、98年より教授。マーケティング論、消費者行動論、流通論を専門領域とする。日本商業学会関東部会代表理事、日本消費者行動研究学会理事(09年より副会長)。『消費者購買行動-小売マーケティングへの写像』(99年)で日本商業学会賞奨励賞ならびに慶應義塾賞を受賞。
新たな要因を入れて都市の小売市場潜在力を分析
2008年3月に上海で開かれたグローバル・マーケティング・コンファレンスにて。左がインジーン教授。学会には44カ国から500以上の論文の応募があり、インジーン教授との共同研究は、さまざまな領域での優秀論文のなかでも「BEST of the BEST」に輝いた。
——今回の受賞論文の研究を始めた背景についてお聞かせください。
博士課程のときに、国際ロータリー財団の奨学金で84年から1年間米国ノースウェスタン大学大学院博士課程に留学しました。80年代のアメリカでは、マーケティング理論に認知心理学など学際的な要素を導入し、従来とは違った新しい視点による消費者行動研究が行われていました。当時の日本のマーケティング研究では記憶や情報処理プロセスといった心理学的知見が議論されることはなかったので、驚くとともに新鮮な刺激を受けました。そこで、私が取り組んでいた小売業の労働生産性向上と市場や消費者の買物行動との相互作用を探る重要性を実感し、それからは、流通・マーケティングが消費者行動(特に、消費者購買意思決定プロセス)に及ぼす影響の分析に力を入れることになりました。
——インジーン教授との共同研究のきっかけは?
インジーン教授は、小売業に関してもっとも高い水準を誇る学術誌『ジャーナル・オブ・リテイリング』の編集長を歴任するなど、この分野の泰斗です。私が小売労働生産性をテーマに修士論文を執筆したのが81年でしたが、インジーン教授も82年にアメリカの学術誌に、私とまったく同じ着想による小売労働生産性に関する論文を発表されました。まったく会ったこともないアメリカの若い研究者と私が、同様の構想のもとで研究していたことに、非常に驚いたものでした。
その後ノースウェスタン大学留学中に、アメリカ・マーケティング協会の年次研究大会でインジーン教授の報告を聞いたことがきっかけで交流が始まりました。98年の慶應義塾派遣留学の際には、当時ワシントン大学で教鞭を執っておられた同教授に受け入れていただきましたし、2006年には慶應義塾大学にもお招きしました。今回受賞の対象となった共同研究の構想は、この滞在時にふたりで議論を積み重ねてつくり上げたものです。2007年にイタリアのベローナで開かれたアメリカの学会で途中経過の報告を行い、今回それをさらに精緻なものに仕上げました。
——論文の具体的な内容はどのようなものなのでしょう。
この論文は、都市レベルで見た1世帯あたりの小売販売額を小売市場潜在力と捉え、それを規定している要因を、マクロ・データの分析によって統計的に明らかにしたものです。日本では都市レベルでの統計データが比較的整備されており、5年に1度実施される経済産業省の「商業統計調査」でその当時入手可能な直近データとして2002年データを用いて分析することにしました。
その規定要因の候補としては、所得、世帯規模、昼間人口比率などの「デモグラフィック要因」、乗用車の保有台数、住宅面積、中心都市までの距離などの「社会経済的要因」、そしてサービスの質、店舗の品揃え、店舗密度、店舗の新しさ、広告量などの「マーケティング・ミックス要因」を取り上げ分析したわけですが、昼間人口比率、中心都市までの距離、住宅面積などは、欧米の研究ではこれまで取り上げられてこなかった変数で、その影響についても確認できました。また、車社会となった現在の日本では車の保有台数がその地域の消費者行動を左右する大きな要因になっていること、店舗の品揃え充実度が、他の地域からの消費者行動を誘発することなども、この研究で明らかになりました。
博士課程のときに、国際ロータリー財団の奨学金で84年から1年間米国ノースウェスタン大学大学院博士課程に留学しました。80年代のアメリカでは、マーケティング理論に認知心理学など学際的な要素を導入し、従来とは違った新しい視点による消費者行動研究が行われていました。当時の日本のマーケティング研究では記憶や情報処理プロセスといった心理学的知見が議論されることはなかったので、驚くとともに新鮮な刺激を受けました。そこで、私が取り組んでいた小売業の労働生産性向上と市場や消費者の買物行動との相互作用を探る重要性を実感し、それからは、流通・マーケティングが消費者行動(特に、消費者購買意思決定プロセス)に及ぼす影響の分析に力を入れることになりました。
——インジーン教授との共同研究のきっかけは?
インジーン教授は、小売業に関してもっとも高い水準を誇る学術誌『ジャーナル・オブ・リテイリング』の編集長を歴任するなど、この分野の泰斗です。私が小売労働生産性をテーマに修士論文を執筆したのが81年でしたが、インジーン教授も82年にアメリカの学術誌に、私とまったく同じ着想による小売労働生産性に関する論文を発表されました。まったく会ったこともないアメリカの若い研究者と私が、同様の構想のもとで研究していたことに、非常に驚いたものでした。
その後ノースウェスタン大学留学中に、アメリカ・マーケティング協会の年次研究大会でインジーン教授の報告を聞いたことがきっかけで交流が始まりました。98年の慶應義塾派遣留学の際には、当時ワシントン大学で教鞭を執っておられた同教授に受け入れていただきましたし、2006年には慶應義塾大学にもお招きしました。今回受賞の対象となった共同研究の構想は、この滞在時にふたりで議論を積み重ねてつくり上げたものです。2007年にイタリアのベローナで開かれたアメリカの学会で途中経過の報告を行い、今回それをさらに精緻なものに仕上げました。
——論文の具体的な内容はどのようなものなのでしょう。
この論文は、都市レベルで見た1世帯あたりの小売販売額を小売市場潜在力と捉え、それを規定している要因を、マクロ・データの分析によって統計的に明らかにしたものです。日本では都市レベルでの統計データが比較的整備されており、5年に1度実施される経済産業省の「商業統計調査」でその当時入手可能な直近データとして2002年データを用いて分析することにしました。
その規定要因の候補としては、所得、世帯規模、昼間人口比率などの「デモグラフィック要因」、乗用車の保有台数、住宅面積、中心都市までの距離などの「社会経済的要因」、そしてサービスの質、店舗の品揃え、店舗密度、店舗の新しさ、広告量などの「マーケティング・ミックス要因」を取り上げ分析したわけですが、昼間人口比率、中心都市までの距離、住宅面積などは、欧米の研究ではこれまで取り上げられてこなかった変数で、その影響についても確認できました。また、車社会となった現在の日本では車の保有台数がその地域の消費者行動を左右する大きな要因になっていること、店舗の品揃え充実度が、他の地域からの消費者行動を誘発することなども、この研究で明らかになりました。
社会的視点を導入した研究に力を入れたい
高橋研究室では、学生の研究テーマは、よほど方向性に間違いがなければ、比較的自由に選択できる。高橋教授もそうした慶應義塾の自由な学風の中で育ったからで、ゼミの中で半学半教の精神を実現しそれを受け継いで行ってもらえればという。
——この論文の今日的意義について説明していただけますか。
現在、経商連携グローバルCOEプログラムでは、「市場の質」が重要なテーマになっていますが、その方向性に合致した研究だといえると思います。マーケティングというと、単に個別の企業が製品を効果的に売るためのミクロ視点に立った戦略問題のように思われがちですが、他方で、マクロ視点から日本の小売構造や流通システムを分析し、それらがどうあるべきかという政策上のヒントを提供していくことも重要です。たとえば、中心市街地の空洞化が昨今大きな問題になっていますが、高齢社会を迎え、車に過度に依存した小売形態のみが生き残った場合や、あるいは所得格差が拡大して地域間で商業構造の格差が広がるなどした場合、小売構造がどのように規定されるかが明らかになっていれば、その対策にも応用でき、政策決定に役立つと思います。
この論文はマクロ的研究に属しますが、このほかにも小売構造を消費者がどのような買物環境として認識し、満足度を得ているのかというミクロとマクロの接点の研究も行っています。マクロとミクロの両面からアプローチすることで、消費者視点に立った小売構造のあり方が次第に見えてくるのではないでしょうか。
現在、経商連携グローバルCOEプログラムでは、「市場の質」が重要なテーマになっていますが、その方向性に合致した研究だといえると思います。マーケティングというと、単に個別の企業が製品を効果的に売るためのミクロ視点に立った戦略問題のように思われがちですが、他方で、マクロ視点から日本の小売構造や流通システムを分析し、それらがどうあるべきかという政策上のヒントを提供していくことも重要です。たとえば、中心市街地の空洞化が昨今大きな問題になっていますが、高齢社会を迎え、車に過度に依存した小売形態のみが生き残った場合や、あるいは所得格差が拡大して地域間で商業構造の格差が広がるなどした場合、小売構造がどのように規定されるかが明らかになっていれば、その対策にも応用でき、政策決定に役立つと思います。
この論文はマクロ的研究に属しますが、このほかにも小売構造を消費者がどのような買物環境として認識し、満足度を得ているのかというミクロとマクロの接点の研究も行っています。マクロとミクロの両面からアプローチすることで、消費者視点に立った小売構造のあり方が次第に見えてくるのではないでしょうか。
——これからの研究の展望をお聞かせください。
ひとつは、国際的視点に立った研究と活動です。今回の受賞研究は日本のデータを使っていましたが、アメリカのデータを収集してもらい、国際比較をすることなども検討しています。今後も積極的に国際学会に参加したり、学術誌に研究成果を発表したりして行きたいと考えています。
もうひとつは、ミクロ的研究における社会的視点の導入です。企業の社会的責任(CSR)が問われていますが、先般、私どもの研究室ではNTTレゾナント株式会社と共同で、「企業の危機管理と消費者の購買意欲に関するアンケート」を実施しました。不祥事や自然災害などの危機における企業の対応が消費者の企業イメージや購買行動にどのような影響を与えるかを探ったもので、研究室の大学院生が中心となって行った調査です。消費者に製品を売り利益を上げるだけのマーケティング発想は時代遅れです。したがって、顧客満足と企業利益だけではなく、そこに社会的利益をいかに調和させるかといった社会的視点を組み込んだ研究枠組みを模索しているところです。
ひとつは、国際的視点に立った研究と活動です。今回の受賞研究は日本のデータを使っていましたが、アメリカのデータを収集してもらい、国際比較をすることなども検討しています。今後も積極的に国際学会に参加したり、学術誌に研究成果を発表したりして行きたいと考えています。
もうひとつは、ミクロ的研究における社会的視点の導入です。企業の社会的責任(CSR)が問われていますが、先般、私どもの研究室ではNTTレゾナント株式会社と共同で、「企業の危機管理と消費者の購買意欲に関するアンケート」を実施しました。不祥事や自然災害などの危機における企業の対応が消費者の企業イメージや購買行動にどのような影響を与えるかを探ったもので、研究室の大学院生が中心となって行った調査です。消費者に製品を売り利益を上げるだけのマーケティング発想は時代遅れです。したがって、顧客満足と企業利益だけではなく、そこに社会的利益をいかに調和させるかといった社会的視点を組み込んだ研究枠組みを模索しているところです。
























