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甦る萬來舎の精神-記憶の継承

三田山上にあった「萬來舎」の精神が、どのように継承されているかを紹介します。

「萬來舎」の歴史

萬來舎
2005年3月28日に竣工した、三田キャンパス南館3階のルーフテラスに「萬來舎」が新しい創造物として移築されました。  
「萬來舎」とはもともと明治9年に、キャンパス東側現在の塾監局付近に、演説館と隣接して建てられた木造平屋の建物の呼称で、教職員、塾生、卒業生のための一種の社交クラブでした。 この建物は明治20年頃取り払われてしまいましたが、後年、その名称と精神をキャンパス南西の位置にあった別の建物に受け継いで復活。戦災によって消失されましたが、昭和26年、同じ場所に 、慶應義塾幼稚舎など義塾関係の建築を数多く手がけた建築家・谷口吉郎と、彫刻家イサム・ノグチのコラボレーションにより再建されました。
移築にあたっての慶應義塾のコンセプトは次のようなものでした。
  • さまざまな人たちが交流し、新しいものを創造する場という萬來舎の精神を継承していく。
  • 建築家谷口吉郎と彫刻家イサム・ノグチのコラボレーションの空間と精神性を継承する。

継承

萬來舎
今回の移築は、インテリアデザインを建築家の隈研吾理工学部客員教授、ランドスケープをフランスのミシェル・デヴィーニュ氏のコラボレーションで行われました。隈教授は、記憶のフィルターとして「谷口」と「イサム」の間に白いメッシュを張り巡らせ幻想的な空間を創り出し、デヴィーニュ氏は、自然の形を巧妙に自らのデザインに取り込んでいたイサム・ノグチに倣い、サンプリングした自然の地形と旧ノグチガーデンの形状を重ね合わせ、デジタル処理をすることで屋上庭園をデザインしました。形だけの継承ではなく、谷口吉郎とイサム・ノグチの芸術性、精神性、また福澤諭吉が明治期に建てた初期の「萬來舎」の精神性を継承できたと考えています。
同年3月29日に行われた見学会では、「萬來舎」に関係する資料や移築されてきた経緯などが展示され、午後には隈教授による「記憶の継承と創造」と題した講演が行われました。


【追記】
2011年4月より「旧萬來舎」に呼称が変更されました。

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