メインカラムの始まり
[塾員山脈] 森山 明能君(株式会社御祓川 ひと育て課)
2011/12/12 (「塾」2011年AUTUMN(No.272)掲載)
※職名等は掲載当時のものです。
故郷、石川県七尾の民間まちづくり会社に勤務 地域活性化の一手段として「能登留学」をコーディネート
故郷、石川県七尾の民間まちづくり会社に勤務 地域活性化の一手段として「能登留学」をコーディネート
【もりやま あきよし】1983年石川県七尾市生まれ。2007年、総合政策学部を卒業し株式会社ナナオ入社。2010年9月、株式会社御祓川(みそぎがわ)入社。ひと育て課に在籍し「能登留学」など、地域活性化のための人的交流を図る。2011年4月からは、家業である自動車学校の将来の経営者として、社長室長も兼務している。
故郷をもっと元気にするためにさまざまなプロジェクトに取り組む
——森山明能さんは石川県七尾市生まれ。総合政策学部卒業後、石川県に本社を置く世界的なディスプレイメーカー「ナナオ」を経て、現在は故郷七尾において民間まちづくり会社「御祓川(みそぎがわ)」に勤務し、生まれ育った七尾、そして能登の活性化のためにさまざまなプロジェクトに取り組んでいます。民間まちづくり会社というのは、どんな会社なのですか?
(森山)
地域振興といえば行政が主体の機関がほとんどだと思いますが、株式会社御祓川は100%民間資本でまちづくりに取り組んでいる会社です。1999年の創業時に資本金5000万円を出したのは地元の有志8人で、行政の資本は入っていません。目指しているのは七尾を「小さくても世界レベルの都市にする」こと。そのための三本の柱が「まち育て、みせ育て、ひと育て」です。
「まち育て」では、市街中心部を流れる御祓川の浄化活動に取り組み、シンポジウムやワークショップを開いたり、水質浄化システムの共同開発を行ったりしています。また、観光客に能登の食や歴史、伝統文化などを実体験してもらう「能登旨美オンパクうまみん(※1)」という着地型観光プロジェクトの事務局をしています。これは、地元住民しか知らないB級グルメの食べ歩きといった、たくさんの小さな体験プログラムを提供することが特長です。オンパクの名は、大分県の別府八湯温泉泊覧会(オンパク)から全国に広がった、地域資源を利用する手法にちなんでいます。
「みせ育て」では御祓川沿いに人々のにぎわいを創出するために、直営の飲食店、能登物産店、ギャラリーを出店し、さらに美容院などを誘致して地域を盛り上げています。また能登の特産品を販売するウェブショップ「能登スタイルストア」も展開しています。
最後の「ひと育て」は、私がいま全力で取り組んでいるものです。地域活性化には、地元の企業やお店が元気になってくれることが不可欠。しかし、社長さんや店主からは「新しいこと、面白いことをやりたいけれど、それを担う若い人がいない」という嘆きをよく聞きます。実は能登には大学がひとつもなく、若い人は流出するばかりなのです。そこで、若い人がいないなら連れてこよう、と始めたのが「能登留学(※2)」プログラムです。
(森山)
地域振興といえば行政が主体の機関がほとんどだと思いますが、株式会社御祓川は100%民間資本でまちづくりに取り組んでいる会社です。1999年の創業時に資本金5000万円を出したのは地元の有志8人で、行政の資本は入っていません。目指しているのは七尾を「小さくても世界レベルの都市にする」こと。そのための三本の柱が「まち育て、みせ育て、ひと育て」です。
「まち育て」では、市街中心部を流れる御祓川の浄化活動に取り組み、シンポジウムやワークショップを開いたり、水質浄化システムの共同開発を行ったりしています。また、観光客に能登の食や歴史、伝統文化などを実体験してもらう「能登旨美オンパクうまみん(※1)」という着地型観光プロジェクトの事務局をしています。これは、地元住民しか知らないB級グルメの食べ歩きといった、たくさんの小さな体験プログラムを提供することが特長です。オンパクの名は、大分県の別府八湯温泉泊覧会(オンパク)から全国に広がった、地域資源を利用する手法にちなんでいます。
「みせ育て」では御祓川沿いに人々のにぎわいを創出するために、直営の飲食店、能登物産店、ギャラリーを出店し、さらに美容院などを誘致して地域を盛り上げています。また能登の特産品を販売するウェブショップ「能登スタイルストア」も展開しています。
最後の「ひと育て」は、私がいま全力で取り組んでいるものです。地域活性化には、地元の企業やお店が元気になってくれることが不可欠。しかし、社長さんや店主からは「新しいこと、面白いことをやりたいけれど、それを担う若い人がいない」という嘆きをよく聞きます。実は能登には大学がひとつもなく、若い人は流出するばかりなのです。そこで、若い人がいないなら連れてこよう、と始めたのが「能登留学(※2)」プログラムです。
——大学がないとすると、どこに留学するのですか?
(森山)
留学先は能登の地元企業です。長期実践型インターンとしてプロジェクトに参加し、地元企業の経営課題解決にチャレンジすることで地域における仕事づくりを促進し、同時に自己の成長を図ることが目的です。期間は半年から1年が基本ですが、3カ月の短期プログラムも用意しています。2010年にスタートし、1期生は4名、2期生は3名でした。この夏にスタートした第3期には5名が参加しています。
たとえば、和ろうそくの老舗に約4カ月間留学した、ある大学の経済学部の女子学生は、地域に密接に関係した伝統企業の存在意義と、製品自体が地域の人々の暮らしの中で育てられていることに、単なる利益追求では収まらない企業本来の目的を実感し、感銘を受けたそうです。一方で、彼女は企業への貢献もしっかり果たしてくれました。問屋やショップの人が洋風キャンドルの知識はあっても和ろうそくの知識が薄いことに着目して作ったパンフレットは、有用な販促ツールとして大変好評でした。
東日本大震災以後、学生たちの地方に対する見方が変化してきました。都会だけでなく故郷や地方の街で働きたいという意欲を持つ人が増えています。しかしながら学生にとって、地方の企業の現場を知る機会は多くありません。「能登留学」は、そんな学生に現場を知ってもらうための企画です。長期インターンで企業の人とともに仕事をすることは、きっと多くの得るものがあると思います。同時に、受け入れ側の企業にとっても、このプログラムは若者からの刺激を社内の活性化や事業のイノベーションにつなげられるチャンスであり、大きなメリットがあるはずです。
——どのような大学からの参加者がいるのですか?
(森山)
金沢大学、名古屋大学、立命館アジア太平洋大学、法政大学などです。いまのところ義塾からの留学生はいませんが、ぜひとも参加してもらいたいと思います。きっとこれまで知らなかった、あたたかい新しい世界が見えてくるはずです。小さくても積極的な経営に取り組んでいる地方企業での仕事を体験することは、起業家スピリットを養うにも大いに役立つはずです。
(森山)
留学先は能登の地元企業です。長期実践型インターンとしてプロジェクトに参加し、地元企業の経営課題解決にチャレンジすることで地域における仕事づくりを促進し、同時に自己の成長を図ることが目的です。期間は半年から1年が基本ですが、3カ月の短期プログラムも用意しています。2010年にスタートし、1期生は4名、2期生は3名でした。この夏にスタートした第3期には5名が参加しています。
たとえば、和ろうそくの老舗に約4カ月間留学した、ある大学の経済学部の女子学生は、地域に密接に関係した伝統企業の存在意義と、製品自体が地域の人々の暮らしの中で育てられていることに、単なる利益追求では収まらない企業本来の目的を実感し、感銘を受けたそうです。一方で、彼女は企業への貢献もしっかり果たしてくれました。問屋やショップの人が洋風キャンドルの知識はあっても和ろうそくの知識が薄いことに着目して作ったパンフレットは、有用な販促ツールとして大変好評でした。
東日本大震災以後、学生たちの地方に対する見方が変化してきました。都会だけでなく故郷や地方の街で働きたいという意欲を持つ人が増えています。しかしながら学生にとって、地方の企業の現場を知る機会は多くありません。「能登留学」は、そんな学生に現場を知ってもらうための企画です。長期インターンで企業の人とともに仕事をすることは、きっと多くの得るものがあると思います。同時に、受け入れ側の企業にとっても、このプログラムは若者からの刺激を社内の活性化や事業のイノベーションにつなげられるチャンスであり、大きなメリットがあるはずです。
——どのような大学からの参加者がいるのですか?
(森山)
金沢大学、名古屋大学、立命館アジア太平洋大学、法政大学などです。いまのところ義塾からの留学生はいませんが、ぜひとも参加してもらいたいと思います。きっとこれまで知らなかった、あたたかい新しい世界が見えてくるはずです。小さくても積極的な経営に取り組んでいる地方企業での仕事を体験することは、起業家スピリットを養うにも大いに役立つはずです。
故郷・七尾への思いを父と姉から受け継ぐ
——27歳で故郷の七尾に帰り、まちづくり会社に就職した理由を教えてください。
(森山)
小学生の頃の作文に「七尾のまちをよくしたい」と書いていますから、故郷でまちづくりの仕事をすることは、幼い頃からの希望でした。しかし、いま思えば、それは両親による洗脳だったのですけれど(笑)。
株式会社御祓川の出資者の一人が私の父、森山外志夫です。初代社長を務め、現在は会長です。父は七尾で自動車学校を経営し、祖父が起こした建設会社の役員も兼任しながら、御祓川設立以前からJC(日本青年会議所)のメンバーとして、当時の七尾の地域振興と経済立て直しに奔走していました。当時のマリンシティ構想のもと、20年前につくられた土産物とレストランの観光施設「能登食祭市場」は、現在も年間90万人の観光客を集める人気スポットです。
七尾のために忙しく働く父の背中を見て育ち、母には「お父さんは地元のために頑張っているのよ」と教えられていたこともあり、私が「地域のために役に立ちたい」と思うようになるのは自然な成り行きでした。
そして、現在の御祓川の社長は10歳上の姉、森山奈美です。姉も私と同じく洗脳され(笑)、七尾の街を念頭に置きながら建設学科で都市計画を学び、父の思いを引き継いでいます。
(森山)
小学生の頃の作文に「七尾のまちをよくしたい」と書いていますから、故郷でまちづくりの仕事をすることは、幼い頃からの希望でした。しかし、いま思えば、それは両親による洗脳だったのですけれど(笑)。
株式会社御祓川の出資者の一人が私の父、森山外志夫です。初代社長を務め、現在は会長です。父は七尾で自動車学校を経営し、祖父が起こした建設会社の役員も兼任しながら、御祓川設立以前からJC(日本青年会議所)のメンバーとして、当時の七尾の地域振興と経済立て直しに奔走していました。当時のマリンシティ構想のもと、20年前につくられた土産物とレストランの観光施設「能登食祭市場」は、現在も年間90万人の観光客を集める人気スポットです。
七尾のために忙しく働く父の背中を見て育ち、母には「お父さんは地元のために頑張っているのよ」と教えられていたこともあり、私が「地域のために役に立ちたい」と思うようになるのは自然な成り行きでした。
そして、現在の御祓川の社長は10歳上の姉、森山奈美です。姉も私と同じく洗脳され(笑)、七尾の街を念頭に置きながら建設学科で都市計画を学び、父の思いを引き継いでいます。
SFCの柔軟なカリキュラムで経営学とまちづくりの両方を学ぶ
卒業コンサート後に同級生たちと
——七尾を愛するご両親とお姉さんの影響が大きいようですね。ところで総合政策学部入学の経緯は?
(森山)
家業である自動車学校のために経営を学ぶべきか、都市計画などまちづくりに直結する分野を学ぶべきか迷いました。そんな時、商学部を受験すべく取り寄せた義塾のパンフレットにSFCが紹介されていて、ここなら経営とまちづくりのどっちも学べそうだと思って試験を受けました。商学部にも合格しましたが、最後は迷わず総合政策学部を選びました。
——塾生時代はどのような生活だったのですか?
(森山)
勉強もきちんとしましたが、最大の思い出は「アカペラシンガーズK.O.E.」でのサークル活動です。母が音楽好きで、姉も合唱をやっていた影響もあり、もともと歌うことが好きでメンバーになりました。
同サークルは部員約100人の大所帯。4~6名でバンドを組んで、ゴスペルやR&B、J-POPの曲をアカペラで歌います。人気グループのゴスペラーズを思い浮かべていただくと、歌い方はイメージしてもらえると思います。夏と冬、年に2回の大きなコンサートを行い、この時には全体曲と呼ばれるサークル全員で歌う曲も披露されます。
コンサートのすべてを手づくりするのがサークルの伝統で、私も歌うだけでなく、空間デザイン班つまり大道具のチーフをやっていました。木製のステージを布で覆ったり、暗幕を張ったりいろいろ工夫したものです。この時に大学や学祭実行委員会、他サークルの備品を借りるのですが、ここで交渉力も磨かれました。とても充実したサークル活動でしたね。
また、たくさんの友人を得ることもできました。なかでも先輩の伊藤智子さんとの出会いは、今につながる大きな出来事でした。高知生まれで香川育ちの伊藤さんは、ニューヨークで讃岐うどんブームを仕掛けたことを皮切りに、帰国後は四国を愛する人たちのネットワーク「HIP(ホームアイランドプロジェクト)」を組織し、“四国を世界の中心にする”と豪語しているすごい人です(笑)。
私がナナオの大阪営業所に勤務していた頃、「東京で仕掛けた四国バスツアーの途中で大阪に寄るから、宴会を手伝って」と言われて久しぶりに再会しました。その後、HIPのように地元を愛する各地の団体との連携を図る企画を手伝い、その集まりが地元自慢チームのネットワーク「TeamJapan(チームジャパン)(※3)」に発展しました。伊藤さんの巻き込み力は本当に強力です。
ちなみに、石川県の地元自慢をする「じもチーム」は「ish(イッシュ)」といい、私が代表を務めています。その関係で「green drinks Kanazawa」というエコとサステナビリティ意識の高い金沢のグループとも交流し、同イベントの運営にも携わっています。
(森山)
家業である自動車学校のために経営を学ぶべきか、都市計画などまちづくりに直結する分野を学ぶべきか迷いました。そんな時、商学部を受験すべく取り寄せた義塾のパンフレットにSFCが紹介されていて、ここなら経営とまちづくりのどっちも学べそうだと思って試験を受けました。商学部にも合格しましたが、最後は迷わず総合政策学部を選びました。
——塾生時代はどのような生活だったのですか?
(森山)
勉強もきちんとしましたが、最大の思い出は「アカペラシンガーズK.O.E.」でのサークル活動です。母が音楽好きで、姉も合唱をやっていた影響もあり、もともと歌うことが好きでメンバーになりました。
同サークルは部員約100人の大所帯。4~6名でバンドを組んで、ゴスペルやR&B、J-POPの曲をアカペラで歌います。人気グループのゴスペラーズを思い浮かべていただくと、歌い方はイメージしてもらえると思います。夏と冬、年に2回の大きなコンサートを行い、この時には全体曲と呼ばれるサークル全員で歌う曲も披露されます。
コンサートのすべてを手づくりするのがサークルの伝統で、私も歌うだけでなく、空間デザイン班つまり大道具のチーフをやっていました。木製のステージを布で覆ったり、暗幕を張ったりいろいろ工夫したものです。この時に大学や学祭実行委員会、他サークルの備品を借りるのですが、ここで交渉力も磨かれました。とても充実したサークル活動でしたね。
また、たくさんの友人を得ることもできました。なかでも先輩の伊藤智子さんとの出会いは、今につながる大きな出来事でした。高知生まれで香川育ちの伊藤さんは、ニューヨークで讃岐うどんブームを仕掛けたことを皮切りに、帰国後は四国を愛する人たちのネットワーク「HIP(ホームアイランドプロジェクト)」を組織し、“四国を世界の中心にする”と豪語しているすごい人です(笑)。
私がナナオの大阪営業所に勤務していた頃、「東京で仕掛けた四国バスツアーの途中で大阪に寄るから、宴会を手伝って」と言われて久しぶりに再会しました。その後、HIPのように地元を愛する各地の団体との連携を図る企画を手伝い、その集まりが地元自慢チームのネットワーク「TeamJapan(チームジャパン)(※3)」に発展しました。伊藤さんの巻き込み力は本当に強力です。
ちなみに、石川県の地元自慢をする「じもチーム」は「ish(イッシュ)」といい、私が代表を務めています。その関係で「green drinks Kanazawa」というエコとサステナビリティ意識の高い金沢のグループとも交流し、同イベントの運営にも携わっています。
会社が水質浄化に取り組む御祓川の前で
——人の輪の広がりがすごいですね。ところでSFCでは経営とまちづくりの両方を学びたいということでしたが、勉学のほうはどうでしたか?
(森山)
授業で経営を、研究会でまちづくりを学ぶというのが、最初の大まかな方針でした。授業で経営をしっかり学ぶとともに、1、2年次には石川幹子先生(現東京大学教授)の環境デザインの研究会に所属しました。ただ、学んでいるうちに自分には図面や設計よりも、組織をつくって行動するほうが向いていると感じ、3、4年次には榊原清則先生(現名誉教授)の研究室で経営戦略論や経営組織論を学びました。
加えて4年次には飯盛(いさがい)義徳研究室にも参加して地域活性化の勉強をしました。この研究会で学んだことは、まさに御祓川での仕事にダイレクトにつながっています。今でも飯盛先生とは交流があり、能登で地域活性化意見交換会を開くお手伝いをしました。その他、研究会ではないのですが、経営コンサルタントでもある伊藤良二先生の授業もグループワークが充実していていい勉強になりました。
このようにSFCでは、当初のもくろみ以上に、経営とまちづくりに関する質の高い勉強をすることができました。
——最後に塾生へのメッセージをお願いします。
(森山)
出身地で仕事をしたいと考えている人は、案外多いのではないかと思います。しかし理想的な仕事がなかなか見つからないのも事実。ただ能登留学をコーディネートしていて、地方にも潜在的なパワーを秘めている企業は多くあり、有能な若い人がそれを開花させる起爆剤になることもわかってきました。たとえ地元で就職しないとしても、地元への興味と愛情を持ち続けてください。いつか、故郷に貢献する機会があると思います。
——本日はありがとうございました。
(森山)
授業で経営を、研究会でまちづくりを学ぶというのが、最初の大まかな方針でした。授業で経営をしっかり学ぶとともに、1、2年次には石川幹子先生(現東京大学教授)の環境デザインの研究会に所属しました。ただ、学んでいるうちに自分には図面や設計よりも、組織をつくって行動するほうが向いていると感じ、3、4年次には榊原清則先生(現名誉教授)の研究室で経営戦略論や経営組織論を学びました。
加えて4年次には飯盛(いさがい)義徳研究室にも参加して地域活性化の勉強をしました。この研究会で学んだことは、まさに御祓川での仕事にダイレクトにつながっています。今でも飯盛先生とは交流があり、能登で地域活性化意見交換会を開くお手伝いをしました。その他、研究会ではないのですが、経営コンサルタントでもある伊藤良二先生の授業もグループワークが充実していていい勉強になりました。
このようにSFCでは、当初のもくろみ以上に、経営とまちづくりに関する質の高い勉強をすることができました。
——最後に塾生へのメッセージをお願いします。
(森山)
出身地で仕事をしたいと考えている人は、案外多いのではないかと思います。しかし理想的な仕事がなかなか見つからないのも事実。ただ能登留学をコーディネートしていて、地方にも潜在的なパワーを秘めている企業は多くあり、有能な若い人がそれを開花させる起爆剤になることもわかってきました。たとえ地元で就職しないとしても、地元への興味と愛情を持ち続けてください。いつか、故郷に貢献する機会があると思います。
——本日はありがとうございました。
























