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[塾員山脈] 草上 仁君(作家・スミセイ情報システム株式会社PMO部統括マネージャ)

2009/12/21 (「塾」2009年AUTUMN(No.264)掲載)
※職名等は掲載当時のものです。

作家と会社員、ダブルキャリアを保つ秘訣はウイークデーは会社の仕事に徹すること
草上 仁君
【くさかみ じん】(本名:小浜耕己)1959年神奈川県生まれ。81年、在学中に第7回ハヤカワ・SFコンテスト佳作。82年、法学部法律学科を卒業し住友生命保険相互会社に入社。現在はスミセイ情報システム株式会社に出向しPMO部統括マネージャ。作家としてはSFのみならずミステリ、ライトノベル、ホラーと幅広く短編、長編を発表している。近刊は、5月に出た長編ミステリ『数学的帰納の殺人』(早川書房)。

4年の時にコンテストで佳作に 少し迷いはあったが就職を選択

——「草上仁」のペンネームで作家として活躍するとともに、情報システム会社ではプロジェクトマネージャの要職に就いています。いわゆる二足のわらじ、今風に言うとダブルキャリアを貫いているのですが、まず作家になった経緯を教えてください。

(草上)
小学生の頃から本を読むこと、作文を書くことが好きでした。中学1年のとき、SF好きの友人に「書け、書け」とそそのかされて原稿用紙で4、5枚の短編を書いたのが、小説書きの始まりです。とはいえ、作家になろうなどと考えていた記憶はありません。ところがびっくり、数年前に父が勤めていた会社の古い社内報が出てきて、その家族紹介のページで小学生の僕は「将来は小説家になりたい」と堂々と言っていたのです(笑)。つまり、僕は初心を忘れることなく、今もけなげに書き続けているということです。
高校生になってからは、SFを書き出版社主催のコンテストに毎年応募していました。小説に限らず、書くことが苦にならない、というより楽しんでしまうタイプで、高校1年の夏休みには「日本語について」というテーマで、原稿用紙298枚の長文レポートを提出して先生を驚かしたこともあります。

——それが作家にいちばん大切な資質ですね。義塾を卒業してからは生命保険会社に就職し、関連会社に移ってもずっと勤め続けています。最初からそのつもりだったのですか?

(草上)
コンテストの3回目からは一次選考を通過するようになり、大学4年の時には佳作に選ばれました。ちょうど就職活動の時期でしたから就職すべきか、筆一本に賭けるか、心は揺れました。そこで出版社の編集者に「書き続けたいので、一般企業ではなく作家への近道と思われる編集者になるのはどうでしょうか」と相談したのです。彼は即座に「やめときなさい」と言いました。編集者は昼も夜も土日もなく忙しく、小説を書く時間なんか取れないというのです。当事者の言葉ですから、そんなものかと納得し、就職して創作を続ける道を選びました。

草上 仁君
——会社員でありながら書き続けるというのは、周囲を気にしたり、肩身が狭かったりしませんか。

(草上)
同じ立場の人に話を聞くと、嫌みを言われたりして大変な部分もあるようですが、僕の場合は大丈夫でした。就職した住友生命はオープンな社風で「へえ、小説を書くんだ。面白いね」という感じで、隠す必要もありませんでした。ただ厳密に言えば兼業禁止規定がありますから、会社にも同僚にも絶対に迷惑をかけないように厳しく自己規制をしています。ウイークデーは会社員に徹して家でも一切小説を書きません。残業でも飲みの誘いでも、執筆が理由で断ったことはありません。 
15年ほど前のこと、歌手の小椋佳さんが銀行を退職する時に、「兼業サラリーマン」をテーマに、会社に取材を申し込んできた雑誌社がありました。会社はそんな社員がいることもPRの一種と判断したのか、広報と人事の部長が話し合って取材を受けてくれ、それ以後は、小浜イコール草上仁が社内で広く認知され、まったく問題はなくなりました。いい会社です。

——平日は完全な会社員ということですが、会社での仕事について教えてください。

(草上)
入社後数年は住友生命の支店で保険業務をし、それから社内の情報システム部門に異動。10年ほど前からは関連会社のスミセイ情報システム株式会社に出向しています。かつてはSE(システムエンジニア)の現場を経験しましたが、現在はPMO(プロジェクトマネージメントオフィス)部の統括マネージャとして、SEの仕事をサポートしています。

——SEと聞くだけで、激務を想像してしまうのですが。

(草上)
世間にはすっかりそんな印象が定着していて残念なのですが、本当のSEは、面白くてやりがいがあり、充実感の大きな仕事です。ただ、お客様のために、という言葉を曲解し、必要な折衝や提言を怠ったり、闇雲に何でも作ろうとしたりする傾向があり、休日返上や徹夜も辞さない現場が多く、これでは質のいい仕事はできません。妥当な契約を結び、段取りよくやれば、優れた仕事ができるのに、なぜか過剰な無理をするのが当たり前のようになっています。今はそんな状況を改善し、SEはいきいきと仕事ができ、お客様も満足できる結果が得られる仕事環境をつくることに取り組んでいます。実際のところSEのイメージ低下はかなり深刻で、大学でもコンピュータ関連の学科が不人気と聞きます。先日会った同業の人とは、イメージを上げるために「SE島耕作」を仕立てなきゃなんてことをかなりマジメに話したりしました。

執筆は週末2日間限定 しかも1日3~4時間のみ

最新作 「数学的帰納の殺人」
最新作 「数学的帰納の殺人」
——平日は会社員に徹するとなると、土日だけが創作の時間。どのように時間を使っているのですか。

(草上)
そんなに机にへばりついてはいません。執筆は1日3~4時間で、あとは家族と過ごしたり、本を読んだりの普通の生活です。幸い筆は速いほうで、1枚400字として“時速6枚の男”を自称していて、短編なら土日で1作書き上げます。

——SFやミステリの場合はとくにアイデアが鍵。机に座ってすぐに思いつくことは難しいのでは。

(草上)
ところが、案外その日の思いつきで書くことが多いのです。もちろん電車の中なんかで思いついたアイデアは、その場でノートに書きとめて、常に200本近くのアイデアストックがあります。しかし、それを読み返して使うのは半分以下。土曜の朝に浮かんだアイデアで書くことが多いですね。
締め切りに追われて書くというより、コンスタントに書くタイプですから、一時は「富山の薬売り作家」を自称していました。短編、中編の長さの違う作品を5、6本取り揃えて、置き薬のように出版社に預けておくのです。誰かが書けなくて原稿を落としたら、どうぞ使ってください、というわけです。編集者がその原稿を使おうと思った号にすでに草上仁の小説が載っていて、さすがに同名で2本は掲載できず、急遽もう一つペンネームを作ったこともあります。読者にすれば、「なんだこの新人は、草上に文体が似てるなあ」ということになってしまいました。

——さて、今年5月に出た『数学的帰納の殺人』は、3年前に話題になった『文章探偵』とともに長編推理ジャンルの作品です。作品中にSFCとしか思えない描写があったり、塾監局に似た学監局という言葉が使われていたり、義塾のことかなと思われる箇所がいくつかあります。これはやっぱり義塾がモデルですよね。

(草上)
バレましたか(笑)。実はその通りです。SFCが開設されたのは僕の卒業後なのですが、数年前に仕事にからんで環境情報学部の大岩元先生にお世話になって、数回訪れました。緑の多い好環境もすてきでしたが、なんといっても棟名にε(エプシロン)とかΩ(オメガ)とか付けられているのが面白く、案内してくれた大学院生に「学生は覚えられるの?」と聞いたら、「卒業する頃にはなんとか」と苦笑いしていました。そんなこともあってSFCは印象深く、『数学的帰納の殺人』に出てくる大学のモデルにしました。

水泳同好会と律法会に所属 選んだゼミは犯罪学

草上 仁君
——では、その塾生時代のことを教えてください。クラブには所属していましたか。

(草上)
運動は得意ではないのですが、高校で水泳部だったのでなんとなく水泳の同好会に入りました。専用プールのない同好会なので区民プールなどで泳ぐのですが、混んでいたりしてなかなか大変でした。そのうえ「競技水泳は初めてです」という下級生に抜かれたりして、「もうスポーツはいいや」って2年でやめちゃいました。もともとスポーツが苦手なことが、小説家志望の理由のひとつですし(笑)。マジメ系では法律を研究する律法会に所属していました。先輩に現衆議院議員の石破茂さんがいて、すごく頭が切れる人なのにキャンディーズのファンだったりしたのを覚えています。合宿では朝から一升瓶のワインを飲みながら議論をしていました。

——ゼミはどうでしたか。

(草上)
加藤久雄教授の犯罪学ゼミです。府中刑務所に見学に行って受刑者に出される食事を食べたこともあります。ゼミのテーマは「被害者なき犯罪」で、ひとつ上の先輩たちは晴海ふ頭で暴走行為を繰り返すグループに話を聞きに行って殴られかかったり、僕たちは麻薬犯罪の調査で田町周辺の薬局でヒアリングしようとして追い返されたりしました(笑)。

——犯罪学を選んだのは、小説のネタ探しの意味もあったのですか。

(草上)
いえいえ、まだ真剣にプロになるとは考えていませんでしたし、そんな下心はありません。ただ、信濃町で受けた法医学の授業を含めて、結果として小説に役立っているとは思います。当然ですが小説には作家の経験が随所に現れます。『文章探偵』では、SE経験が見え隠れすると指摘されましたし、『数学的帰納の殺人』で出てきた余命を測る生命表は、生命保険会社には欠かせないものです。

——SFから長編ミステリへとフィールドを広げていますが、今後はどのようなテーマで書きますか。

(草上)
SFとミステリはもちろんですが、そのほかにリアルなサラリーマン小説に挑戦したい気持ちがあります。企業謀略ものや暗い私小説的なものではなく、頑張っている普通の会社員の姿を自然に描いて共感してもらえたらと思っています。小説も会社も大切にしてダブルキャリアを実践してきた僕にとって、重要な作品になるかもしれません。また、小説ではないのですが、プロジェクトマネジメント技術に関することを本名でビジネス雑誌に連載し、それが単行本として出版されてもいます。これは純粋に会社の仕事から派生したもので、草上仁とは関係ありません。

——その線の引き方が、潔いですね。では最後に塾生へのメッセージをお願いします。

(草上)
やりたいことがあるならば、就職だからと諦めることはありません。会社と両立させながら、その夢もあせらず、無理なく、しつこく追い続けたほうがいいと思います。もちろんうまくいくとは限りませんが、やってみないとわからないのが人生というものです。

——ありがとうございました。今後の健筆に期待しています。
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