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2013年01月10日 第178回福澤先生誕生記念会年頭の挨拶 「奴雁(どがん)の視点で」

慶應義塾長  清家 篤
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教育・研究・医療の充実
 あけましておめでとうございます。今年も, 1月10日の福澤先生のお誕生日を皆様とともにお祝いできること有り難く思っております。本日は福澤家を代表して福澤雄吉様にご出席いただいております。
 さて一昨年3月11日に発生した東日本大震災は今年で丸2年となります。しかしその復興はまだ道半ばであります。われわれはけっして被災者や被災地のことを忘れてはならないと思います。私ども慶應義塾も息の長い復興支援を続けて行きたいと考えていますが,現在も多くの塾生,塾員,教職員が様々な形の支援活動を行っています。
 たとえば,最も甚大な被害を受けた地域の一つである宮城県南三陸町では,塾生,教職員の有志が地震発生直後から復旧や復興のお手伝いをしていますが,そこには慶應の森があります。その有志の人たちの発案で,昨年から慶應の森から出る間伐材を使った慶應グッズを,新たに現地で立ち上げられた木工所に依頼して製作しています。ささやかであっても地域の生産活動,そこから生まれる雇用創出に貢献しますので,塾員の皆様にもこのグッズを購入しイベントなどに活用していただければと思います。
 被災地出身の塾生も厳しい状況の中でもくじけずに学業生活を送っています。義塾としても学費減免などの支援措置を講じていますが,学費を減免されただけでは学業を続けるのが困難な被災学生も少なくありません。そこで彼らを支援するため,慶應義塾東日本大震災被災学生奨学金を設け,すでに昨年度と今年度合わせて約313人の塾生が総額1億5000万円にのぼる奨学給付を受けています。
 この奨学金は震災直後の2011年3月の卒業式にお招きするはずであった127三田会の皆様の寄付を原資とし,その後昨年の卒業式にお招きした128三田会の皆様も寄付をくださるなど,塾員からの寄付によって賄われています。こうした塾員の寄付による奨学金を受け取る塾生は,もちろんその経済的な支援によって学業を続けられることで助けられると同時に,そこに後輩の塾生である自分たちを思う先輩塾員の気持ちが込められていることに大きく勇気付けられています。
 こうしたことを含めた塾員の支援も受けながら,慶應義塾は昨年も,教育と研究そして医療等の社会貢献活動を着実に前進させることができました。教育においては昨年4月から文理融合の大学院生を英語による授業で育成するリーディング大学院プログラムが,多くの研究科の先生方の協力で船出をしました。また各学部,研究科でも様々な新しい試みを進めておりますし,日吉キャンパスでは充実した導入教育が学部横断的にさらに深化しています。一貫教育校では今年4月に慶應義塾横浜初等部が開校します。
 研究においても様々な学問分野での単独研究,共同研究の進展がありました。応用研究分野では大型研究プロジェクトが複数進んでおります。また基礎研究分野でもそれぞれの学会で高い評価を得る研究が深められています。こうした研究の進展は,学問研究を基礎にした大学教育の質の向上にも不可欠のものであります。
 医療の面においては昨年信濃町キャンパス3号館南棟が完成し,予防医療や腫瘍治療の拠点として活動を開始しています。また医学部,看護医療学部,薬学部の先生方の協力による医・看・薬の連携医療,連携教育も進んでいます。そしていよいよ今年は,そうした質の高い慶應医療の水準をさらに高めるべく,病院新棟の建設も具体的に動き出す予定です。
 昨年はまたオリンピック,パラリンピックの年にあたり,ロンドンオリンピック,パラリンピックには,塾生,塾員合わせて7名の選手が出場しました。これほどたくさんの塾生や塾員が出場するのは東京オリンピック以来でした。メダルを獲得したり入賞したりするなど好成績をあげた選手も含めて,慶應の選手は皆,文武両道の精神を貫いてくださったことが特に嬉しいことでした。10月1日には体育会本部の塾生達が企画して選手招待会が開催されました。
 オリンピック,パラリンピックに出場した選手たちが,それぞれに出場報告をしてくれましたが,その中でパラリンピック短距離陸上100メートル,200メートルに自己ベスト記録で入賞した高桑早生君は,自分は慶應に入学後,障碍者であるために,慶應義塾体育会競走部には入れてもらえないのではないかと心配していたが,それは全くの杞憂で温かく迎えられすぐに皆と同じように部活動をすることができた,そのおかげでパラリンピックにも出場できた,ということを話していました。これは誰にでも門戸を開いている慶應義塾体育会の面目躍如であります。体育会会長を兼ねる者としても,大変誇らしくまた嬉しく思いました。

学生のために
 さて高度化した社会において大学教育の果たす役割はますます重要になっています。それに伴って大学教育には各方面から様々な要望が寄せられています。そうした声を寄せてくださるのは,大学に生徒を送る高等学校の関係者,大学で学生の教育指導にあたる教職員,大学生を採用する産業界,そして大学に公的助成する政府,ひいてはその背後にいる国民一般といった,大学をめぐる様々なステークホルダーです。私たちはそうした様々な声に真摯に耳を傾けていかなければなりません。
 そしてそうした大学をめぐるステークホルダーの中で,なんと言っても最も大切なのは学生であります。例えば私どもが産業界の意見に耳を傾けるのも,その第一義的理由は多くの学生が卒業後は産業界において働くからであり,産業界の要望は学生たちの職業人生が良いものとなるための教育は何かを考える時に大きな意味を持ってくるからです。しかもここで大切なのは,学生の今のことだけではなく,その長い人生にとって良いことは何かということであります。
 この点で想起されるのは,慶應義塾大学理工学部の前身で,1939年に創設された藤原工業大学の初代工学部長であった谷村豊太郎氏(谷村さんは海軍技術中将でもあったわけですが)の言葉です。谷村さんは,戦時に即戦力を求める軍部や産業界などに対して,「すぐ役に立つ人間は,すぐ役に立たなくなる人間」なのでわれわれはそういう教育はしない,と言われたということです。おそらく戦中期にそうした発言をすることはかなり勇気のいることだったと思いますが,当時の小泉信三塾長は後に,これを至言であったと書いています。
 このことは労働経済学を研究してきた者にとっては,よく理解できることであります。というのは,およそ仕事をする能力はそのときの技術や市場の特性によって規定されるものであるからです。そのときの技術や市場構造のもとで有用な能力が,技術や市場の構造が変わっても有用であり続ける保障はありません。今日の技術,市場のもとでの即戦力は,明日の技術や市場のもとでは陳腐化した能力の持ち主でしかない者となってしまうかもしれません。
 むしろわれわれが学生に身に付けてもらうべき能力は,どのように技術や市場が変化しても,しっかりと仕事をすることのできるような能力です。それは,その時々の状況を自分の頭で理解し,その理解にもとづいて,問題を解決できる能力です。具体的には問題を見つけ,その問題について自分なりに考え,その考えが正しいかを客観的に確認し,正しいならばそれにもとづいて問題を解決するということです。
 すぐに気づかれるように,これは学問の作法,科学的思考方法にほかなりません。未解決の問題を見つけ,その問題が何故発生したかに関する仮説を作り,その仮説を自然科学ならば実験によって,社会科学ならば統計などを使い,また人文科学ならば文献調査などによって検証し,結論を導くということです。

着実な学びの場を
 学生の長い職業人生のために大学がなすべき最良のことは,大学に学ぶ学生の本分である学問をしっかりとして,自分の頭で考える力を養えるような学塾とすることです。まずは幅広く学問を学んでもらい,学問の面白さ,そうした学問を確立した過去の碩学たちが,まさに自分の頭で考えたプロセスを追体験することが必要です。この点で,慶應では文科系学部の学生には実験を伴う自然科学の授業をしっかりと受講してもらい,一方理科系学部の学生にも社会科学や人文科学を十分に勉強してもらっていますが,これは専門的教育を深めると同時に,文理融合の幅広い学問教養を身に付けてもらうことがきわめて重要だと考えているからです。
 その上で,課題発見,仮説構築,仮説検証,結論導出というプロセスをたどる研究活動を自ら行うことです。上級生になってからの卒業論文や卒業研究の作成はもちろん, 1年生, 2年生から少人数授業でレポートをまとめるアカデミック・スキルズのプログラムなどもそのよい機会になっています。体育会などの課外活動も,どんな技や戦術が有効であるか考え,それを練習で試し,最も有効と分かった技や戦術で試合に臨むかといったように,自らの頭で考えるよい機会になっています。いずれにせよ,自分の頭で考える力を養うあらゆる機会を充実させることが重要です。
 また機会の充実という点では学生に異文化と触れる機会を多くもってもらうことも大切です。グローバル化の進展する経済社会において,学生たちは将来,文化的背景を異にする人たちと仕事をし,生活する機会がますます増えるわけで,異文化と触れる機会をできるだけ早く持ち,異文化理解力の必要性を早く認識してもらうことが必要です。大切なのは,文化的背景を異にする学生たちが,机を並べて学び,互いに触発しあうことです。
 そのため慶應では海外からの留学生と国内の塾生が,文字通り共に学ぶプログラムの整備を心がけています。例えば英語で行われる授業でも留学生だけでなく日本人の学生も一緒に学べるよう,また留学生にもしっかりと日本語を学んでもらって日本語での授業にも積極的に参加してもらうようにしています。このような一体性を重視した国際化は,留学生向けの学部や研究科を新設して一気に留学生を増やすといった手法に比べて,手間と時間がかかります。しかし真に意味のある国際化を進めるためには,こうしたやり方が急がば回れでも,最も有効な方法だと考えています。

奴雁
 このように教育は目先の即効性ではなく,長期的な効用を重視して行わなければなりません。それは変化の時代であればあるほどそうであると思います。その時々の流行に流されず,学生の長い人生に最善と信じる学塾とするということです。
 このことで想起されるのが,連合三田会会長の服部禮次郎さんもお好きな言葉だと書いておられた福澤先生が言われた「学者は国の奴雁なり」という言葉です。明治7年の『民間雑誌』に書かれた文章を少し引用しますと,「群雁野に在て餌を啄むとき,其内に必ず一羽は首を揚げて四方の様子を窺い,不意の難に番をする者あり,之を奴雁と云う。学者も亦斯の如し。天下の人,夢中になりて,時勢と共に変遷する其中に,独り前後を顧み,今世の有様に注意して,以て後日の得失を論ずるものなり」と書いておられます。
 すなわち,雁の群れが一心に餌を啄ばんでいるときに,一羽首を高く揚げて難に備えるものを奴雁という,学者もまた,社会の人々が目先の利益に汲々としているようなときに,ひとり遠くを見据え,現状を冷静に分析し,将来のために何が最も良いかを考える者でなければならないと,おっしゃっておられるわけです。
 福澤先生自身がまさにこのような態度を貫かれており,これを福澤の研究家である伊藤正雄氏などは「たとえば,早く封建主義に反対して,国民を文明開化に導きながら,西洋直訳の民権論などが横行する世の中になれば,逆に国権論を唱えて,国民の自覚を促し軽挙を戒め,さらに国権主義の風潮が盛んになって,極端な国粋主義や軍国主義に発展する危険があれば,またその無謀を警告する」と述べています。時流に流されず,しっかりと自分の頭で考えて発言し,行動するという態度です。そしてその基礎となるのが,学問であり,先ほど幼稚舎生たちが「福澤諭吉ここに在り」と元気に歌ってくださったように,人々が立ち騒ぐなかで,一人冷静に学問にいそしみ,学問によって将来の日本の近代化に備えられた福澤先生に,われわれはいつでも立ち返らねばならないと思います。
 学問の大切さは,われわれの見ているものや経験は必ずしも真理ではなく,事物の真理は学問を通じてはじめて正しく理解されるということです。コペルニクスやガリレオ・ガリレイの地動説は人々の実体験と正反対だったため,最初は異端の説とされましたが,しかしやがてそれが真理であることを人々は理解し,それがニュートン力学に結びつき,産業革命を可能にして今日の物質的に豊かな社会の基礎となっていることを考えれば,学問による真理探究がいかに大切であるか分かると思います。大切なのはそうした長期にわたって社会を発展させるような学問,今は役に立たないように思われても将来大きな効用を人類にもたらすような基礎研究を進めることだと思います。大学の学問による社会貢献もこうしたところにあると考えています。

独立自尊
 時流に流されず,長期的な視点に立った教育,研究は,その時々の権力や社会勢力から独立したところでなければ成り立ちません。そしてそうした教育や研究が,実はその社会にとっても不可欠なのです。大学の役割はここにあります。
 そのときに大切なのが,私立であるということです。国民や住民の税負担で運営されている国立,公立の大学は,やはりその時々の国民,住民の平均的な考えに沿わざるを得ないからで,実際最近の「市民目線」による事業仕分けなどによって,大学の事業が仕分けられたりもしています。
 しかし私学はそうではありません。固有の建学理念に則り,個性のある教育を,より自由に展開することのできる存在です。もちろん私学といえども公的助成を受けており,また様々なステークホルダーに支えられているわけですから,それらの意見や要望に耳を傾けなければならないのは冒頭に述べたとおりですが,その上で自らの考えをしっかりと持ち,それに基づく教育をすることが私学の責務だと思います。
 私たち慶應義塾では,言うまでもなくその建学の理念を示すのが福澤先生であります。何よりも学問を尊び,それによって自分の頭でものを考え判断することのできる独立自尊の人を育てるということであり,こうした義塾の原点を示してくださる先生を創立者に持つことのできる私たちは,まことに幸せであると申せましょう。

卒業生によって
 先に大学のあり方は,学生の長い人生にとって最も良いことはなにか,ということを基準に考えなければならないということを申し上げました。ではその事が成功したかどうかはどのようにして測られるのでしょうか。それは言うまでもなく義塾に学び社会に出て行かれた卒業生,すなわち塾員の方々によって評価されます。
 昨年もお話ししたと思いますが,私たちは学生,塾生を在学中だけのお客さん,「顧客」,とは考えておりません。塾を卒業してからも,どんな風に仕事しているか,生活をしているか心配になる,人生の大切な後輩です。そして慶應義塾の教育の最終的な評価は,慶應義塾に学ばれた塾員の皆様が,その人生を終えられる時に,慶應義塾に学んで本当に良かったと思ってくださるかどうかにかかっていると思います。
 その意味で毎年の卒業式に卒業25年目の塾員の方々が,そして入学式には卒業50年目の塾員の方々が,あのようにたくさんおいでくださるのはまことに有り難いことであります。卒業25年目の働き盛りの忙しい方々が,そして古希を過ぎた卒業50年目の方々が,全国各地から後輩の門出を祝うために日吉の山にお運びくださるのは,皆さん慶應に学んでよかったと思ってくださっているからに他ならないからで,これまでの慶應のあり方が間違っていなかったことを示していると思います。
 そうした姿を見るにつけ,今日慶應義塾に学んでいる塾生が,25年後,50年後に後輩を祝うために日吉まで足を運んでくれるよう,塾生の長い人生に資するような,よき学塾にしていかなければならないと,思いを新たにしています。さて今日はこのあと,加藤三明君の講演が予定されておりまして,皆様も楽しみにされていると思います。私も加藤さんのお話を早く伺いたいと思いますので,私の話は以上といたします。
 改めて福澤先生のお誕生日,まことにおめでとうございます。

(これは1月10日に開催された第178回福澤先生誕生記念会における清家塾長の年頭の挨拶である。)

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