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2012年03月23日 平成23年度大学卒業式式辞

慶應義塾長  清家 篤



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 卒業生の皆さん御卒業まことにおめでとうございます。今日皆さんに授与された「学士」の学位は,皆さんの学業の証です。慶應義塾を代表してお祝いし,ここに至る皆さんの努力に敬意を表します。
 また卒業生を今日まで支えてこられた御家族,関係者の皆様にも,心からお祝いを申し上げます。さらに卒業生たちを今日まで導いてこられた先生方,また学業や学生生活に必要な支援を与えてこられた職員の皆様にも,改めて御礼を申し上げたいと思います。
 卒業生の皆さんは今日卒業されますと塾員になられるわけですが,この卒業式の会場にも多くの塾員が御臨席下さっています。とくに皆さんの席の後ろのスタンドには,卒業25年目の128三田会の先輩方が,皆さんの門出を祝うために全国から大勢駆けつけて下さっています。卒業生とともに感謝を申し上げたいと思います。
 さて私たちは今,正に激動の時代を生きています。一年前の3月11日に発生した東日本大震災は文字通り未曾有の地震津波災害となりました。その犠牲となられた方々には改めて深い哀悼の意を表しますとともに,今もなお厳しい生活を強いられている被災者の方々には改めてお見舞いを申し上げます。
 今回の地震津波を機に,想定外という言葉がよく使われるようになりました。想定外の津波が襲い,また原子力発電所の事故なども想定を超えるものとなりました。
 また今回の震災だけではなく,経済,社会全体の持続可能性そのものを問うような大きな変化も起きつつあります。地球温暖化の問題は私たちの住む天体である地球環境の持続可能性を問うような変化ですし,また最近の各国の財政危機の問題は私たちの政府の持続可能性を問うような変化です。さらに日本などでは少子高齢化によって,国家社会の基盤である人口の持続可能性も問われています。
 卒業生の皆さんの生まれた1990年頃の日本では,65歳以上の高齢人口が総人口に占める割合はまだ12%と,10人に1人を少し上回る程度でしたが,現在ではそれは24%に近く,人口のほぼ4人に1人は高齢者となっています。これはすでに世界一の高齢人口比率ですがこれからさらに上昇し,皆さんが働き盛りの40代となる2035年頃には人口の3人に1人,そして皆さん自身が高齢者の仲間入りをする2055年頃には人口の5人に2人は高齢者となります。つまり皆さんは,人口構造がまだかなりピラミッド型に近かった時代に生まれ,それが逆ピラミッド型に近くなる中で老いていくことになります。まさに社会の構造が180度変化する中で人生を送ることになるのです。
 もう一つ皆さんのこれから出ていかれる社会は多様性の拡大する社会です。たとえばこれから皆さんの多くは企業等に就職していかれると思いますが,私の同級生などが就職した時代の日本の企業社会は,若いところから中年くらいまでの日本人の男性といったような,かなり同質的な集団が中心でした。しかし現在は,いうまでもなく皆さん方の中でも多くを占める女性が職場で活躍し,また高齢化するに従って年齢の高い人も職場に多くなり,さらに外国人の同僚も増えていくというように,非同質的な集団の中で仕事をすることになってきています。
 また日本の人口が少なくなっていくということは,日本の企業にとって国内市場も頭打ちになることを意味します。これまで以上に海外の消費者にモノやサービスを売らなければなりませんから,海外での生産や販売といった活動も多くなり,それにともなって仕事上での,海外社会との接点は増えてくるでしょう。
 同質的な職場や社会であれば,以心伝心といった形で意思疎通をはかることも可能かもしれません。しかし文化的背景等の異なる人たちの間ではそうはいきません。相手が何を考えているかをよく理解し,同時に自分が何を考えているかをよく理解してもらうためには,より積極的で明示的な意思疎通の方法が必要となるでしょう。
 つまりこれから皆さんが出て行かれる社会は,ひとつには変化の大きな社会であります。そしてもうひとつには多様性の大きい社会ということになります。そこで必要とされる能力は,変化する状況の中で,新しい状況を自らの頭で理解する能力であり,また多様な人々の間で他人を理解し,自らを理解してもらう能力です。皆さんはその能力をこれからも常に磨いていかなければなりませんが,その基礎は慶應義塾大学においてしっかりと身に付けてこられたと思います。
 ひとつは新しい状況を自ら理解し,その理解にもとづいて問題を解決する能力です。これは具体的には問題を見つけ,その問題がどうして起きているのかについて自分の考えをまとめ,その考えが正しいかどうかを確認したうえで,その考えに基づいて問題を解決するということです。すなわち自分の頭で考えるということであり,そしてこれは実は学問の方法論に他なりません。
 まず研究すべきテーマ,課題を見つけること。次にその課題についての自分の考えつまり仮説を作り,その仮説が正しいのかどうかの確認すなわち検証,これは自然科学であれば実験,社会科学であれば統計分析,人文科学であれば文献資料調査などを行う。そして最終的に結論を導くということです。
 皆さんはそうした学問を慶應義塾大学においてしっかりと修められました。それは教室での授業と課外活動両面においてなされたと思います。
 まず幅広くこれまでの学問を学ぶことによって,それらの学問を打ち立てた碩学たちがどのように自分の頭で考えたかを追体験したはずです。その上で自ら卒業論文や卒業研究に取り組むことによって,問題を見つけ,仮説を考え,それを検証して結論を導くという作業をされたと思います。そうした学業が自分の頭で考える力を養ってくれたのです。
 また授業だけでなく課外活動も同じです。たとえば体育会部員が試合に勝たねばならないという課題を抱え,そのためにはどんな技を磨けばよいか,どんな戦術をとればよいかを考え,それを練習で試し,試合に臨んで結果を出す,ということです。芸術系,文化系のクラブの部員が,技を磨き,展覧会や演奏会で結果を出すということも同様です。それらもまた自分の頭で考える能力を磨くよい機会です。
 他の人,とくに文化的背景の異なる人たちを理解し,また自分を理解してもらう能力もまた学問をすることによって磨かれます。今述べた学問の方法論というのは,論理的にものを考えて仮説を作り,だれもが納得するような方法で検証し,誰にでも分かるように結論を示すということです。それらは,文化的背景が異なっても相互に理解可能なものです。
 そもそも学問の世界では,年齢,性別,国籍を問いません。研究者たちは論理と実証のみを頼りに自らの主張を述べ,また他人の主張を評価しなければなりません。学問,とくに科学の方法論は,文化的背景の違いを越えて相互に理解可能なものを目指したものでした。それは多様化する社会に生きる皆さん全てに必要なものとなります。
 教室や,課外活動において,出身校や出身地の異なる友,あるいは海外から留学してきたクラスメイトなど,多様な人とのコミュニケーションを経験することも重要だったと思います。体育会やサークル活動などで充実した活動をした塾生は多様な人たちと意思疎通し,仲良くなる機会をたくさん持ったはずです。そうした学問や課外活動は必ずや皆さんが多様性の高まる社会を生きる礎になっていると思います。
 実は福澤先生もまた,大きな変化の時代を生きた人でありました。封建の江戸時代に生まれ育ち,近代国家として歩み始めた明治時代の知的指導者となりました。先生は,そうした江戸時代から近代社会へと大きく変化した時代を生きた同世代人を,「恰も一身にして二生を経るがごとく」,すなわちまるで一人の人間が二つの人生を生きたようなものだ,というふうに表しています。これは,鎖国をし,士農工商の身分制度の中で限られた人間関係を結んできた時代から,開国によって外国人も入ってくる,そして身分制度が取り払われるという,人間関係が一気に拡大し,多様化する時代でもありました。
 そうした時代の知的指導者となった福澤先生が,学問の重要性を強調されたのは当然であったといえるでしょう。
 大きな変化と多様性の時代にはますます学問が重要になります。学問の重要性を説いた福澤先生の学塾である慶應義塾に学んだ皆さんはその基礎をしっかりと身につけてこられたと思います。改めて皆さんの御卒業とその限りない前途を祝し,幸多き人生を祈念して私の式辞と致します。御卒業まことにおめでとうございました。

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