メインカラムの始まり
2011年01月10日 第176回福澤先生誕生記念会年頭の挨拶 「学問による貢献」
慶應義塾長 清家 篤
〔Ⅰ〕福澤先生誕生日をお祝いして
あけましておめでとうございます。今年も,1月10日の福澤先生のお誕生日を皆様とともにお祝いできることを有り難く思っております。きょうは福澤家を代表して福澤信雄様にご出席頂いておりますが福澤先生のお誕生日おめでとう存じます。
昨年は福澤先生生誕175年にあたり,福澤先生関係の行事や事業も多く行われました。7月には,生誕の地でもあり,また若き日に適塾に学ばれた地でもあった大阪において,関係者皆さんお集まりの中,記念式典と記念講演会を開催いたしました。また昨年暮れには,『福澤諭吉事典』が出版されております。義塾の運営に関しましても,昨年は4年毎の評議員改選の年にあたっておりまして,第33期評議員の皆さんが選出されました。これにともない,それまで31期,32期と2期にわたって議長の重責を担われた福澤武評議員が議長を勇退され,後任に西室泰三評議員が選出されました。福澤前議長の長年にわたる塾へのご貢献と私共へのご指導に改めて御礼申し上げますとともに,西室新議長にはこれからどうぞよろしくお願い申し上げます。
創立150年記念事業につきましては,創立150年記念事業募金活動が昨年9月末をもって終了しましたが,お蔭様で目標額の250億円を超える285億円のお申し込みを頂きました。尊いご厚志を賜った皆様に,この場を借りて改めて深く御礼申し上げます。150年記念事業そのものも,お蔭様で着実に進展しています。具体的には,今年も信濃町では病院の3号館北棟,三田では南校舎,中等部では体育館,そして湘南藤沢では中等部・高等部の教室棟など多くの事業が完成する予定ですし,また今年中には病院3号館南棟や矢上の理工学部・理工学研究科テクノロジーセンターなどの本格着工なども予定されています。
〔Ⅱ〕学問を大切にされた福澤先生
きょうは,福澤先生のお誕生日にちなんで,慶應義塾の学問による社会への貢献ということについて少しお話ししたいと思います。いうまでも無く福澤先生は学問というものをなにより大切にされた方でした。『学問のすゝめ』や『文明論之概略』などで,繰り返しその重要性を説いておられることは,皆さんご存知の通りです。
もちろん,およそ大学や学校と呼ばれるところはどこも学問によって社会に貢献すべき存在であります。しかしとくに福澤先生の建てられた学塾である慶應義塾にあっては,学問というもののもつ意味はほかにも増して大きなものがあることはいうまでもありません。とりわけ現代の世界に生きるわれわれにとって,福澤先生の強調された意味での学問の持つ意義はますます大きなものとなっています。そこでの学問の効用は,大きく分ければ2つの面があると思います。
ひとつは新しい価値を作るということであります。豊かな社会を作るためには,所得を増やす,余暇を拡大する,社会的安全網を整備することなどが必要ですが,所得の増加,余暇の拡大,社会的安全網の充実など,どれもその源泉となるのは人口一人当たりの経済的付加価値の増加以外にありえません。その経済的付加価値を増加させるために果たす学問の役割はますます大きなものとなっています。
もうひとつは変化の時代に対応しうる人材を育成するということです。地球環境,経済社会などの持続可能性が問われるような大きな変化の時代に,新しい状況をきちんと理解し,その理解にもとづいて問題を解決する能力の涵養がなによりも重要になっています。またグローバル化する経済社会の中で,多様な価値観や文化的背景を持った人たちと協力していくためには,普遍的な論理や科学的・合理的思考能力の獲得が不可欠です。それらの能力は,学問を通じてしっかりと獲得できるものです。
〔Ⅲ〕新しい価値を作る
そこで第一のポイントである付加価値創造についてでありますが,実際に新しい価値の多くは学問から生まれています。とりわけ歴史的に見たときに,社会に決定的な変化をもたらすような大きな付加価値は,必ず学問から生まれてきているといっても過言ではありません。そもそも現在のわれわれの社会の経済的な豊かさは,学問の飛躍的進歩に依拠しています。
今日の物質的豊かさのもとをたどれば,それは産業革命であるということについては異論が無いでしょう。人間一人当たりが生み出す経済的価値の大きさが,産業革命によって飛躍的に増加した結果,社会の養いうる人口も急激に増加し出したのが18世紀後半からです。いうまでもなくその産業革命を可能にしたものは,蒸気機関に代表される近代技術でした。そしてそうした近代技術を生み出したのが,古典力学に代表される近代科学であり,だからこそ福澤先生は,西欧と日本の国力の格差を埋めるために,先生が「実学」と呼ばれた科学を重視せよと強調されたわけです。
その古典力学体系を確立したのが,福澤先生も『文明論之概略』などでしばしばその名をあげているニュートンでした。そしてニュートンがその万有引力の法則を見出す端緒となったのがケプラーの法則であったといわれています。太陽と惑星の間の引力にかんするケプラーの法則は,天文学において,それまでの定説であったギリシャの天文学者プトレマイオス以来の天動説に対する,新しい地動説の優位を決定づけたものでした。
つまり現代の社会の豊かさの根源は,地動説を確立した天文学にあるということもできるわけです。それがニュートン力学につながり,産業革命を生みました。そこから現在の社会の豊かさも出発しています。まさに学問こそが,人類の長い停滞の歴史の壁を打ち破り,大きく発展成長する社会を作る原動力となったのです。
先に申しましたように,福澤先生はこの点を強く意識されました。先生の時代,西欧の列強に,日本を含むアジア諸国の独立が脅かされたのは,彼我の軍事力,産業力の格差ゆえであり,その背後に科学の水準の格差がありました。学問によって独立を守り,社会を進歩させるという学問重視の考えのもとはここにあります。
今日の状況もまた,福澤先生の時代とは日本の国の発展段階こそ異なるとはいえ,学問によって豊かな社会を作るという基本原則においてはまったく同様です。新しい技術,これは必ずしも工業技術には限りませんが,IT技術,生命科学技術,エネルギー技術,金融工学など,あらゆる分野で学問を基礎にした技術革新が高い付加価値を生み,国家や社会の豊かさの源となっています。われわれは,学問をさらに進め,深めることによって,そうした豊かな社会の源を作っていく責務があります。
〔Ⅳ〕自分の頭で考えることのできる人材の育成
学問による人材育成ということもまた大きな責務です。まず学問によって学生に高い専門能力を身に付けさせることが重要であることはいうまでもありません。
しかしそれと同じように大切なのは,学問的なものの考え方というものを,学生や生徒に,しっかりと身に付けてもらうということであります。つまり,客観的・科学的にものごとを理解し,その理解にもとづいて問題を解決するという能力です。これはとくに,過去の延長線上でものごとを考えることの難しくなっている今日のような大きな変化の時代には,ますます重要になります。
科学的にものを考える力は,およそ知的な仕事に就く者には必須の能力となります。具体的には,まず問題を見つけ,その問題がなぜおきているかについて論理的な仮説を作り,そしてその仮説を誰もが納得するような客観的な方法で検証し,その結論にもとづいて問題を解決する,というプロセスです。
このプロセスはまさに学問の作法にほかなりません。どんな専門分野であれ,研究を行い論文を書くということは,まず研究テーマとなるまだ誰も答えを見出していない問題を見つけ,その問題を説明しうる論理的な因果関係の仮説を作り,それを自然科学ならば実験などで,社会科学ならば統計分析などで,あるいは人文科学であれば資料調査などによって客観的に検証し,結論を導くという作業です。学生がしっかりと学問研究作業を行うことによって,こうした学問的なものの考え方を身に付けてもらうようにすることが,ますます重要になっている,と考えています。
こうした客観的・科学的な思考能力を身に付けることは,多様な人々と交わり,協力して仕事をする上でも大切なこととなります。これからの高齢化社会,国際化社会では,働く人々の年齢の幅も大きくなり,男性も女性も同様に働き,かつ国の内外で外国の人たちと一緒に働く機会も増えてきます。価値観や文化的背景の異なる人たちと一緒に,十分なコミュニケーションをとりながら協力して仕事を進め,生活していかなければならない状況がますます増えてくると考えなければなりません。
そこでは,明快な論理にもとづくコミュニケーション能力が必要となります。価値観や文化的背景の違いを理解した上で,そうした違いにかかわらず共通の,客観的,科学的な思考にもとづき,お互いに理解し合うことができなければなりません。こうした点からいえば,これからますます多様な人々と協力しなければならない機会の増えるであろう若い世代の人たちにとっては,学問的思考方法を身に付けることはきわめて有用です。
〔Ⅴ〕真理の追求ということ
このように学問を通じて新しい価値を創造し,変化の時代に対応しうる人材を育成することで,慶應義塾は社会に貢献していきたいと考えています。ただしそれは,必ずしもすぐに社会の役に立つ学問を志向する,ということではありません。もちろん中には社会にすぐに役に立つ学問というものもあります。しかし多くの学問研究の成果,とくに社会のありようを大きく変えるような画期的な研究成果は,当初はすぐにはどのような形で社会のために役に立つのか分からないものです。
先ほど,現代の物質的な豊かさの根源に天文学があると申しましたが,地動説を唱えたコペルニクスやガリレオ・ガリレイ,ケプラーなどは,私たち将来世代を豊かにしようと思って地動説を確立したわけではないでしょう。ただ自分たちの観測事実と整合的な理論を追い求め,純粋学問的興味に従って研究を重ねていたはずです。実際彼らの学問的成果は,当時は人々から有り難いと思われるどころか,胡散臭く見られたわけです。というのも,われわれは毎日朝になれば東から日が昇り,夕方には西に沈み,そして夜になれば星が夜空を動くのを見ているわけですから,当時信じられていたプトレマイオス以来の天動説は,現在の言葉でいえば,圧倒的に市民目線に合っていたわけで,地球が丸くて動くなどという地動説は,まさに異端の説であったわけです。
実際ガリレオ・ガリレイなどは異端の説を述べるものとして宗教裁判にかけられたと伝えられています。しかし最初はそのような紆余曲折はあったものの,最終的には人々は地動説こそ天体の動きを正しく説明するものであると理解するに至ったわけです。自らの経験,実感とはまったく異なる地動説が真理であるということを,学問を通じて理解できるということこそ,人間にのみ与えられた知性というものでありましょう。
純粋に真理を知りたいという学問の動機が,やがて思いもよらない経済的利益をもたらす。学問の効用とはもともとそういうものであると思います。
この点について福澤先生も適塾時代の自分たちを振り返って,緒方の書生は何か目的があって勉強したのではなく,ただ面白いから勉強したことや,講演の中で学者は酒飲みが酒を好むのと同じように学問が好きでやっているので,余計な管理などせずに飼い放しにしておくのが良いと述べられています。もちろん今の時代の研究者は福澤先生の時代とは異なりますし,また研究者として名声を得たい,社会から感謝されたいといった動機が良い研究成果につながることもあると思います。しかし,やはり研究の最終的な目的は真理の追求にあるという志だけは,常に持ち続けなければならないということは,私も研究者として自戒の念も込めて強く思うのであります。自分の研究によって,新しい叡智を付加するということこそ,学問の醍醐味であるわけです。
〔Ⅵ〕慶應義塾の目指すもの
その意味では,まず学生に学問の面白さに数多く触れてもらうことが大切です。われわれが幅広い,かつ奥深い教養教育を重視するのはこのためです。教養教育で様々な学問に触れることは,そうした学問を確立した過去の碩学たちが,まさに自分の頭で考えたプロセスを追体験することであります。またそれによって学問の作法を学ぶということも大切です。
そうした学問の作法は,自然科学においてより具体的に理解できます。そこでわれわれは,とくに文科系の学生に対しても,実験をともなう自然科学の授業を教養教育の重要な柱と位置付けてきました。幸いこの取り組みは,文部科学省の「大学教育の充実-グッドプラクティス-」に採択され,数年にわたって助成を受けながらプログラムをさらに充実させてきたところです。
そしてそうした教養を十分に吸収すると同時に,学生も自ら研究をすることが不可欠です。学部の学生であっても,卒業論文や,卒業研究において,まだ誰も答えを見つけていない問題テーマを見つけ,その問題についてのオリジナルな仮説を作り,科学的に検証して結論を導くという学問研究を行うことで,社会に新たな叡智を与える。それはまた自分の頭で考える能力を磨くためにも不可欠の作業となります。そのためにも,大学院はもちろんのこと,学部であっても少人数の演習授業,セミナーなどをさらに充実していかなければなりません。
スポーツや文化などの課外活動もまた,自分の頭で考える能力を磨く良い機会となります。たとえば体育会の部員は,早慶戦などの試合に勝つにはどうしたらよいかという課題を持ち,そのためにはどのような戦術や技を繰り出せばよいか仮説を作り,それを日々の練習で検証し,使えると確信を持った戦術や技で試合を戦うということを行っています。彼らは監督やコーチの良き指導を受けながら,同時にそれを自主的に受け止め,自分たちで工夫しながら日々の活動に励んでいます。これは文化系のクラブ活動や学生自身による福利厚生活動などにおいても同様です。そうした学生の自主性を重んじる課外活動が自分の頭で考える力を養う格好の場ともなっています。これもひとつの重要な学びの場であります。
このような様々なかたちで,学問を通じて慶應義塾は社会に貢献していきたいと考えています。その学問による研究成果がやがて社会を豊かにする。またその学問による教育成果が,自分の頭で考えうる人材を世に送り出すことによって,社会の問題解決に寄与する。そうした貢献をこれからさらに広げていきたいと思っています。
そしてその貢献は,日本社会だけでなく,広くグローバルな世界社会に及ぼしたいと考えています。そのためには留学生の受け入れ拡大や慶應から積極的に学生を海外に送り出すことも大切です。幸い慶應義塾大学では,一昨年から留学生の拡大を目的とした文部科学省のグローバル30の助成を受ける大学のひとつに選ばれました。こうした助成なども活用しながら,とくに質の高い留学生交流をさらに推進していくつもりです。
同時に国内においても,日本全国にその貢献の範囲をしっかりと確保したいと考えています。実は慶應は現在急速に首都圏のローカル大学になりつつあり,直近の学生保証人の居住地で見ますと,東京,千葉,神奈川,埼玉からの学生が全体の72%を占めています。もっと,日本全国から学生を受け入れ,そして全国に人材を供給していかないと,慶應の影響力は首都圏に限られたものになってしまいます。学生の募集において,各学部・研究科の独自に行う奨学金制度の工夫や入試改革などの取り組みを応援しつつ,義塾全体としても,もっと地方からの受験生が慶應に来てくれるような,学生支援制度の拡充や広報活動の地域展開を工夫していきます。
もちろんこうした学問による社会貢献は慶應義塾だけでなく,内外の多くの大学の使命でもあります。慶應義塾はそれらと切磋琢磨しながら教育,研究,医療の質の向上を図ると同時に,それらとの協力,連携を通じて社会により大きな貢献をしていきたいと考えています。
とくにそうした社会の中の学問的な協力,連携において,慶應義塾のような私立大学の果たす役割はきわめて大きいと思っています。公費に全面的に依存する公的な教育,研究は,政治状況によってそのあり方が左右されやすいものになっています。社会のなかに教育の多様性を維持するためにも,私立の学塾は大きな役割を果たさなければなりません。
万一国の政策に,教育や研究を揺るがすような大きな変化があっても,創立者の理念に則り,授業料や有志の寄付等に頼って学問と教育の独立を守ることができるのは,私立の学塾の強みであります。私立大学の持続可能性は,それ自身のためだけではなく,社会そのものの存続,継続に必要なのです。この点に関連して,昨年夏の福澤諭吉先生生誕175年記念講演会で大阪大学の鷲田清一総長が,国に頼らない独立ということは,一人だけで生きていくということではなく,いざというときの支え合いの仕組みを,きちんと自分たち民間の力で準備しておくことだ,と述べられたことは示唆に富んでいます。そうした社会の支え合いの仕組みの一環としても,慶應義塾は大きな役割を果たしたいと考えています。
そのような点も含めて,慶應義塾は社会にとって不可欠の存在であり続けるよう努力していきます。そのために今年も日々,教育,研究,医療の質の向上に努めてまいります。皆様の更なるご支援をお願いいたします。
この後は寺崎先生の講演が予定されております。皆さんも先生のお話を楽しみに待っておられると思います。私も先生のお話を早く伺いたいと思いますので,ご挨拶はこの位に致します。あらためて皆様の今年のご健康,ご多幸をお祈りし,私の年頭のご挨拶と致します。
(これは1月10日に開催された第176回福澤先生誕生記念会における清家塾長の年頭の挨拶である。)
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