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2009年04月03日 平成21年度大学入学式式辞
慶應義塾長 安西 祐一郎
本日ここに入学式を迎えた諸君,入学おめでとう。明治維新から10年前,1858(安政5 )年,黒船が浦賀に来航してから僅か5年後の幕末騒乱の時代に,福澤諭吉先生が塾を開かれました。それから今日まで150年の間,たくさんの塾生がこの慶應義塾に育ちました。「独立自尊」の精神を身につけて,社会の先導者となってきました。その努力の積み重ねが,幕末明治から今日まで,私塾たる慶應義塾を未来への先導者たらしめてきました。ほかならぬその伝統ある慶應義塾に,諸君は入学しました。諸君が義塾の新しい塾生となったことを心からお祝いします。世の中は,政治,経済,その他,多くの面で不透明な感じを深めていますけれども,世情に揺らぐことなく,世間の風潮に揺らぐことなく,自分で考え自分で責任をもって行動する,慶應義塾の伝統である「独立自尊」の精神,これを慶應義塾のキャンパスでぜひしっかり身につけてほしいと願っております。
入学した諸君を支えてこられた保護者,ご家族の皆様にも心からお慶び申し上げます。保護者,ご家族の方々もまた,私どもの仲間として,これから義塾とともに歩んでいただきたいと思います。
新入生諸君のうしろのほうに,昭和34(1959)年に卒業されて,社会の第一線で活躍しておられる,このたび卒業50年を迎えられた大先輩の方々がご列席くださっており,諸君の入学を一緒に祝ってくださっておられます。卒業50年の皆様が入学されたときには,この日吉記念館はまだ建っていませんでした。入学式は三田のキャンパスで行われました。この記念館ができましたのは,卒業50年の皆様が卒業する直前の1958年,創立100年のときのことであります。それから50年がたってこの記念館で入学式を行っていますが,この記念館で入学式を挙行するのは,これが最後になります。創立150年記念事業の一環として建て替える計画がございまして,今年解体を始めて2011年の3月,今日の新入生諸君が2年生を終える直前に,この記念館は新しく建て替わっている予定であります。
今日は,卒業50年の皆様,また,壇上におられる方々,そして多くの評議員,塾員,教職員の方々も参列してくださっておられます。諸君を慶應義塾の新しい塾生として迎え入れたことを,入学式に列席しておられるすべての方々,また,義塾社中すべての方々とともに慶びたいと思います。
せっかくの機会ですから,諸君に慶應義塾大学の学生として,塾生として折に触れて思い出してもらいたい,3つのことをお話しておきます。諸君はとくに将来,国内,また,国際社会のリーダーになる人たちでありますから,そのことを念頭に置いて,3つのことをお話しします。
第1は,「学問の感動」ということです。学問をすること,先人の積み重ねた知識を学ぶこと,そしてそれを自分で批判的に検討して,場合によっては新しい知識を生み出す努力をすること,それは大学生としての第一の務めです。しかし,学問は人からただ与えられるものではありません。本当に学問を修得することは,受け身の態度からではなく,自分で考えて行うべきことです。そして,自分の未来のために,自分自身の血となり肉となる学問を求める過程の中で,諸君それぞれの心の中に感動が生まれてきます。感動とともに得た学問は一生の宝になります。
入学手続きのときに『福翁自伝』を手にしたと思います。『福翁自伝』は申すまでもなく福澤先生の自伝で,自伝文学の最高傑作の一つと言われる書物でありますけれども,この『福翁自伝』には,福澤先生がいかに学問への好奇心と夢を持ち続けて,学問の感動を得ていたかが,活きいきと書かれています。まだ読んでない人はぜひ読んでもらいたい。諸君もまた,福澤先生以来の伝統を汲む義塾のキャンパスで,「学問の感動」を得てもらいたいと思います。
2つ目は「体験の感動」であります。今の世界,もちろん日本国内も,きわめて複雑な様相を呈している。昨日までロンドンでG20,いわゆる金融サミットが開かれていましたけれども,世界を覆う経済状況をどう乗り越えられるのか,多くの国々,地域の利害が絡んで予測の難しい事態が続いています。経済に限りませんけれども,何が起こるか予測のつかない未来の社会でリーダーシップを発揮できるためには,大学生のときから多様な場でもって多様な体験を積んでおくことがきわめて大切であります。
そして,体験もまた学問と同じように,人から与えられるものではない。自分に閉じ籠らず,開かれた心をもって,生活とか文化とか,あるいは学問の分野,仕事,国籍,経済事情,その他さまざまな背景をもつ人々にできるだけ会って話をする,それは新しい体験への第一歩であります。外国の学生と議論することも体験の一つだと思います。
私自身,今の諸君と同じ慶應の1年生のとき,はじめて外国の大学に行きました。外国の大学生と議論をすることがありました。そのことが,今でも自分の記憶に刻まれています。卒業するときまでスポーツをやっていました。練習は厳しかったけれども,それは得難い体験でありました。
苦労すればするほど体験の感動は大きい,人生を通じて決して忘れることはありません。とくにそうした体験のなかで,できれば尊敬できる人に巡り会ってもらいたい。それは一生の宝になると思います。
「学問の感動」,「体験の感動」と申しました。3つ目,最後は「自己発見の感動」であります。今まで諸君それぞれ,自分はこうだと思っている,それは実は自分のごく一部分に過ぎないかもしれません。今まで自分はどちらかというと,独りで内に籠るタイプだと思い込んでいた。しかし,慶應の環境に身を置いてみると,むしろ自分は人と解け合うことができる,人に尽くすことが好きだ,そういう面があることがわかってくる。いろいろな発見の仕方があるでしょうけれども,新しい自分を見つけ出すことができたときの感動というのは,なにものにも代えがたいものであります。大学の存在意義として最も大切なことのひとつは,大学とは新しい自分を見つけるところ,自己発見の場だということだと思います。新しい自分を見つけたときの喜びには,おそらく言葉では言い表せない感動がついてくるでしょう。
「学問の感動」「体験の感動」「自己発見の感動」,3つの感動について申しました。諸君が夢を持ち続け,また周りの人たちの心の痛みを感じ取り,そして自分に閉じ籠ることなく自分の心を開いていけば,今申しました3つの感動は,向こうからやってきます。慶應義塾のキャンパスはそれを可能にしてくれるキャンパスであります。どうか楽しみにしていてもらいたい。
この日吉のキャンパスには新しい第4校舎「独立館」が建っています。その名称は「学問の感動」に通じるところがあると思う。なぜなら,学問の感動を得るには,自分で独立して生きていく「独立心」,独立する力が必要だからです。学問を探求する姿勢というのはそういうものだからです。また,日吉のキャンパスには「協生館」という名の建物もあります。この名前には他人,他者と協力して生きる,そういう意味があって,「体験の感動」に通じるものがあります。そしてもちろん日吉に限らず,慶應義塾のすべてのキャンパス,また,義塾のあらゆる活動が,「自己発見の感動」を呼び起こしてくれる場になっている。ぜひそれを活用してもらいたい。
慶應義塾では,感動をもたらしてくれる学びの場をすべての塾生が享受できるように,経済的に困難な塾生のための奨学金等々の制度,あるいは,国際的な体験が積めるように,留学や海外研修,そういったプログラムも相当に整備しています。そういうことにも気を配って,感動を自分で掴み取る塾生生活を送ってほしいと願っております。
いくつかのことを申しました。最後になりますけれども,1930年代から40年代にかけて義塾の苦難の時代をリードされた,当時の小泉信三塾長のことばを引用して,式辞を終えたいと思います。それは「心志を剛強にして容儀を端正にせよ」ということばであります。しっかりした心をもって,強い志をもってほしい,そして,身だしなみと礼儀を端正にしてほしい,ということであります。先の見えにくい,何が起こるかわからない時代になればなるほど,慶應義塾の塾生には,内面においても,また外見においても,端正であってもらいたい。「心志を剛強にして容儀を端正にせよ」という小泉信三塾長のことばは,今に通じることばです。このことばも,入学に当たって諸君にぜひ伝えておきたいと思います。
慶應義塾は独立自尊150年の伝統を原点として,学ぶ意欲と力のある誰にでも開かれたオープンな学塾,地球規模で思索と実践のできるグローバルな学塾として,未来への先導者の道を歩んでいきます。私たちの慶應義塾に,新入生の諸君を,今日ここにいるみんなを新しい塾生として迎え入れたこと,新しい塾生として得たことを,あらためて心から誇りに思い,諸君のこれからの健闘を祈って式辞といたします。ありがとうございました。
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