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2009年03月23日 平成20年度大学卒業式式辞
慶應義塾長 安西 祐一郎
本日,ここに卒業式を迎えた諸君,卒業おめでとう。諸君の卒業を心からお祝いいたします。諸君の成長を支えてこられた保護者,ご家族,関係者の皆様にも,心からお慶びを申し上げます。また,諸君を導き,支援してこられた教員,職員の方々にもこの場を借りて感謝申し上げたいと思います。
諸君の母校である慶應義塾は,独立自尊150年の伝統を原点にもつ,未来への先導者たる学塾であります。諸君は創立150年の時代の節目に,その慶應義塾に学んだことを誇りとし,糧として,人生の新しいページを開いていってもらいたい,心からそう願っております。
とりわけ薬学部は,昨年4月の共立薬科大学との合併によって生まれた学部であり,卒業生諸君は,義塾史上はじめての薬学部の卒業生となりました。卒業する諸君,また関係者のご尽力にあらためて感謝を申し上げたいと思います。
また,この日吉記念館は,1958年,創立100年のときに建てられたものですけれども,創立150年記念事業の一環として建て替える計画でございまして,今年解体を行って2011年の3月に新しい建物が竣工の予定であります。ですから,今日のこの卒業式は,この日吉記念館で行う最後の卒業式になるものと思います。
壇上には,諸君の向かって右側に,福澤評議員会議長,塾員代表祝辞をいただく内田横河電機株式会社代表取締役会長・評議員,服部連合三田会会長,そして常任理事,塾監局長,学事センター部長の方々がいらっしゃいます。諸君の左側には,お世話になった学部長の方々,通信教育部長,メディアセンター所長,学生総合センター長,多くの方々が壇上にご列席くださっておられます。また,多くの塾員の皆様,先輩の方々がご列席くださっておられます。諸君のうしろには,卒業25年を迎えた1984年卒業の塾員の方々,現在社会の第一線で活躍しておられる世代の皆様が,諸君の卒業を見守ってくださっておられます。ご列席の皆様,また,義塾社中,すべての方々とともに,今日卒業式を迎えた諸君のこれまでの努力を讃えたいと思います。
諸君が慶應のキャンパスで過ごした時間というのは,どんなものだったでしょうか。挫折もあったかもしれません,悩んだこと,辛かったこともあったかもしれません。しかし,嬉しかったことや,楽しかったことも,また,感動したこともあったと思います。私自身も,慶應義塾の学生時代にはいろいろに考え,悩んだことがたくさんありました。結局のところ私自身は,大学の卒業までに自分の道を見つけることはできませんでした。一生の道を見つけることができたのは,もう30になろうという頃でした。そして,それまでずっと慶應義塾に勤めていたのですけれども,38のときに慶應を退職いたしまして札幌に移り住みました。一生札幌で仕事をするつもりでありました。その後縁があって慶應義塾に戻りまして,今になっています。自分の人生だけを振り返っても,ずいぶんいろいろなことがありました。
諸君がそれぞれ,慶應義塾で何かを見つけた,そうであればもちろんそれはたいへん結構なことで,ぜひまっしぐらに自分の道を進んでもらいたいと思います。しかし,自分の方向が見つからない,まだ迷っている,そういう人もいるかもしれない,そういう人たちのほうが多いかもしれません。しかし,人生というものは挫折とか,苦労とか,あるいは感動とか,嬉しさとか,そういうものすべてが入り交じったものだと思います。はじめから幸せだけの人生など,ほとんどありません。もし,まだ自分の道が見つからない,そう思ったとしても,そのときそのときを悔いなく,何かを学び続けていけば,自分の一生といえるものが見えてくるに違いない。そして,その中で,慶應義塾で学んだことがきっと活きてくると思います。
学部の塾生としてこうして諸君に会えるのは,もしかしたらこの卒業式が最後の機会かもしれません。ここで特に諸君に3つのことをお伝えしておきたいと思います。
まずその第1は,「開かれた精神」ということです。今,世界が同時不況というべき経済危機にある。同じようなことが昔はなかったのでしょうか。
今から80年ほど前の1929年,アメリカで大恐慌が起こりました。その翌年の1930年に,日本ではそのアメリカの大恐慌に金解禁の政策が追い討ちをかけて,株価,物価の暴落,あるいは,失業率の急速な増大が起こりました。経済が緊迫した事態になりました。いわゆる「昭和恐慌」であります。
経済が不安定になると,国民の気持ちはどうしても内向きになります。明日の食べ物があるかどうか,仕事があるかどうか,それが大事なことですから,どうしても心を世界に開かなくなります。さらには,むしろ自分のほうが正しいのではないか,自分が正しい,そういうきわめて内向きの心が出てくる。そして,たとえば,1933年に国際連盟から脱退をする。日本は世界の潮流から孤立を深め,戦争への道を歩んでいったわけであります。
もちろん,時代の流れについては,あとからみればいろいろな解釈ができるかと思います。しかし,今の経済状況に直面している,また,世界の状況に直面している私たちは,今一度1930年代の頃を思い出すべきでありましょう。そして,むしろ慶應義塾こそ,卒業する諸君こそが,内向きに閉じ籠らない「開かれた精神」をもち続けるべきだと思います。
実際,慶應義塾は1930年代当時の世情不安な時代にも,独立自尊の灯を絶やすことはありませんでした。騒然とした世の中にもかかわらず,1932年には創立75年記念式典を挙行して,そして,1934年には,この日吉キャンパスを開設しました。日吉キャンパス開設の断行をはじめとした英断のもとで,義塾に学び,義塾に根ざす「開かれた精神」を身につけた多くの先輩が,今に至る時代を先導してきたのであります。
「開かれた精神」は,誰に対して,どこに対して開かれているのでしょうか。それは世界中に対して,日本中に対して,また,すべての人たちに対して,国籍を問わず,伝統や文化の背景を問わず,もちろん経済的な背景を問わず,すべての人に対して開かれた精神であります。そして,特に,自分に対して開かれた精神であります。どうしても閉じ籠りがちになる自分の心に気づいて,心を開いて,誰とでも良いコミュニケーションを取ることができる。それが「開かれた精神」です。
第2は「端正な態度」ということであります。「端正」というのは,身だしなみがきちんとして清潔である,礼儀に適っている,気持ちがいい,身をわきまえている,いろいろな意味があるかと思いますが「端正である」という言葉は,もっともっと深い意味を含んでいます。
「端正である」というのは「隙がない」ということです。人から見ても,自分の心の内にも隙がない,何事があろうと即座にしっかりした判断をすることができる,そのために外見と内面,両方に隙がない。「端正な態度」というのは,隙がないということです。
「端正である」ということは「奇を衒わない」ということでもあります。服装や身振りによって人を驚かすということはない。自分の自信のなさを,奇矯な行動で隠すのではなくて,自分の内面の自信をもって,誰にでも対する。
また,「端正である」というのは「人に媚びない」「人を脅かさない」ということです。人に擦りよることはない,また,人に不愉快な気持ちを与えない,自ら培った品格をもって,人に接するということであります。
1930年代の前半から塾長を務められた小泉信三先生,苦難の時代に義塾をリードされた塾長でありますけれども,その塾長訓示の4ヵ条の第1に,「心志を剛強にし容儀を端正にせよ」という言葉があります。しっかりした心をもって,強い志をもって,それらに立脚して身だしなみと礼儀を端正にせよという意味であります。
1930年代とそっくり同じことがこの現代に起こるということはないと思います。しかし,すでに世界を覆っているグローバル化の潮流を考えると,昔は考えられなかった状況が今後起こる可能性は否定できません。グローバル化の時代には,何事が起ころうと,誰に対しても,自らの迅速果敢な判断によって身を処することのできる端正な態度が求められます。特に,これから社会のさまざまな分野でリーダーとして活躍するであろう,今日の卒業生諸君にとっては,とても大切な態度になると思います。
「開かれた精神」,「端正な態度」,最後の3つ目は,「挑戦する勇気」ということであります。日本全国の若い人たちがおとなしくなっている,自分に閉じ籠りがちになっているように思われる。ややもすると,面倒な疲れることは回避して,自分の世界でじっとしていたい,そう思う人たちが日本で多くなっているように思います。しかし,慶應義塾を卒業する諸君には,ぜひ何事にも挑戦する勇気をもってもらいたい。自分に挑戦する,未来に挑戦する,時代に挑戦する勇気をもってもらいたいと思います。
挑戦する勇気とは,あとさきを考えずに,無茶苦茶な暴走をするということではありません。じっくりと合理的にものごとを考えて,これで間違いないと思ったら勇気をもって断行する,それが「挑戦する勇気」ということであります。それを貫くには,我慢も必要でありましょう,苦労を我慢する,耐えることも挑戦する勇気の一端であります。
福澤先生とその門下生たちが,1900年のはじめにまとめた『修身要領』29ヵ条の第6条に,「敢為活溌堅忍不屈の精神を以てするに非ざれば独立自尊の主義を実にするを得ず。人は進取確守の勇気を欠く可らず」という言葉がある。「堅忍不屈の精神」「進取確守の勇気」は,慶應義塾の伝統であります。それらは今申しました「挑戦する勇気」ということにほかなりません。
「開かれた精神」「端正な態度」「挑戦する勇気」この3つは,混迷を深めている世界と日本の現状を超えるために,また,未来への先導者たる今日の卒業生諸君に,特に記憶しておいてもらいたいことであります。
最後に,卒業生諸君の栄光ある未来のために,今申し上げた3つのこと,それは何に収斂するか,福澤先生とその門下生が作られた『修身要領』の文章を引用して式辞を終えることにしたいと思います。
それはその『修身要領』第2条「心身の独立を全うし自から其身を尊重して人たるの品位を辱めざるもの之を独立自尊の人と云ふ」という文章であります。これほどはっきり「独立自尊」について言い切っている文言は稀だと思いますけれども,この「独立自尊の精神」は,今日の卒業生一人ひとりがみんなすでに身につけているはずのものであります。そして同時に,これからの日本が最も必要としている精神であります。諸君はぜひ「独立自尊の精神」を身につけた卒業生,新しい塾員として,自信と誇りをもってこれからの人生を歩んでいってください。
慶應義塾は独立自尊150年の伝統を原点に,オープンな学塾として,また,地球的視野で思索と実践のできるグローバルな学塾として,これからも未来を先導していきます。私自身もそのために全力を尽くす所存であります。
卒業する諸君,もう一度申し述べます。「開かれた精神」「端正な態度」そして「挑戦する勇気」を持って,失敗にくじけることなく,常に可能性を求めて未来に挑戦していってもらいたい。「独立自尊の精神」をもって,これからの新しい道を歩んでいってもらいたい。そう心から願っております。諸君の前途が幸い多き道であることを祈り,また諸君の健闘を祈って,式辞といたします。ありがとうございました。
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