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2008年04月03日 平成20年度大学入学式式辞
慶應義塾長 安西 祐一郎
慶應義塾大学に入学した諸君,入学おめでとう。諸君の入学を心から歓迎いたします。諸君を慶應義塾の最も新しい塾生として迎えたことを誇りに思います。とくに今年は,慶應義塾が創立以来150年を迎えた記念すべき年にあたります。義塾は,明治維新の10年前の1858(安政5 )年,福澤諭吉先生が開かれてから,私学,私塾として日本の近代を先導してきた日本のトップリーダーたる学塾であります。諸君が,夢を持ち,ほかの人の心の痛みを感じとる,その気持ちを持って,自分を貶めることなく,自分を変えていく勇気を持ち続けるかぎり,慶應義塾の気風で言えば,「独立自尊」の精神を磨いていくかぎり,慶應義塾は必ず諸君の期待に応えることでありましょう。
新入生の諸君を支えてこられたご家族,保護者の皆様にも心からお慶びを申し上げます。慶應義塾という学塾は,ご家族,保護者の方々が真に慶應義塾を思い,学生,塾生たちを思ってくださるかぎり,必ずや皆様の期待に応える学塾であります。
入学式に参列しておられるすべての方々とともに,また慶應義塾関係者,社中すべての方々とともに,諸君を義塾の最も新しい一員として迎え入れることができる。このことは,義塾にとって大きな喜びとするところであると同時に,私自身にとってもたいへん嬉しいことであります。
とりわけ今年は,義塾の大学第10番目の学部として,薬学部が新たに発足しました。諸君の中には薬学部1 年生が肩を並べています。薬学部及び大学院薬学研究科の発足は,共立薬科大学との合併によるものであり, 2 年生以上の先輩諸君も共立薬科大学からの転籍によって慶應義塾の塾生となりました。共立薬科大学は創立以来77年に渡る実績を持つ大学であります。その伝統を受け継ぎ活かすとともに,慶應義塾の伝統にも根ざした,新しい薬学教育,研究,社会貢献への道が開かれた,そのことは慶應義塾にとっても大きな喜びであります。薬学部,また薬学研究科の発展と,薬学部生,薬学研究科生諸君のこれからの健闘を期待したいと思います。また,合併と薬学部,薬学研究科の設置にご尽力くださってこられた皆様に,あらためて心から感謝を申し上げます。
本日入学式を迎えた諸君,これから4 年間,あるいは医学部と薬学部薬学科の場合は6 年間でありますけれども,慶應のキャンパスで学ぶに当たって,いろいろなことをお話ししておきたいのですが,本日はとくに心に置いておいてほしいと思う3 つのことを伝えておきます。とくに私は,諸君に将来,社会のさまざまな立場でもってリーダーになってもらいたい。リーダーシップをとってもらいたいと思っておりますから,そのことを念頭に置いて3 つのことをお話ししておきます。その第1 は,「知ることの喜び」ということです。大学は知識を得るところです。知識を得るといえば,多くの諸君が,これまでにやってきたことではないかと言い返すかとも思いますけれども,それは違う。これまでの勉強とは別れて,自分の未来のために,自分自身の血となり肉となる,そういう知識を自分自身の努力に応じて得ることができる。大学はそういう場所であります。自分自身の努力に応じて自分の血となり肉となる知識が得られる。
諸君の中には,まだ友人がいないという人もいるかもしれない。一人で慶應義塾の扉を叩いた人もたくさんいるでありましょう。すでに知り合いがある人もいるかもしれません。友人がいようといなかろうと,大学では知識は人から与えられるものではない。書物や教室や先生,支援してくれる職員,あるいはこれから巡り合うであろう新しい仲間たち,そういう人たちとの対話はとても大事です。しかし,新しい知識は他人のものではない,自分が得たいと思うものであり,自分が得るものである。だからこそ知識を得る喜び,知ることの喜び,その喜びを自分自身の喜びとすることができるのです。
諸君が入学手続きのときに手にした『福翁自伝』。申すまでもなく福澤先生の自伝であり,自伝文学の傑作といわれる書物であります。この本にはぜひ目を通しておいてほしいと思いますが,福澤先生は,大阪の適塾で医学,自然科学を学び,江戸に出て経済学,政治学,法学など多くの分野を学んだ,そのことが『福翁自伝』に書かれている。『福翁自伝』全編にわたって,「知ることの喜び」,知識を得ていくということが自分にとっていかに嬉しい,喜ばしいことかということが活きいきと書かれています。
諸君には「知ることの喜び」を伝統ある慶應のキャンパスにおいて噛みしめてほしい。そう思っております。
2 番目は,「体験することの喜び」であります。もちろん諸君は,これまでの生活でいろいろな体験をしてきたことと思います。諸君それぞれにいろいろなことがあったでありましょう。しかし諸君が将来,社会のリーダーとして活躍をしていくためには,さらに多様な体験を積んでいく必要があります。なぜなら日本と世界のありようは,すでにたいへん複雑になっている。先の見えにくい社会になっているからであります。昨年来の世界的な経済の不安定というのはその一例でありますけれども,何が起こるか予測のつかない,そういう世界になっている。その不透明な社会においてリーダーシップが発揮できる,そういう人間になるためには,大学生のときに多様な体験をすることが必要であります。
もう一度福澤先生のことを引き合いに出しますと,先生は,諸君も知ってのように,1860年,塾が開かれてから2 年後のことでありますけれども,咸臨丸に乗ってアメリカに渡った。また戻ってから1 年後には,ほぼ1 年にわたってヨーロッパに旅をします。これらの旅の体験については『福翁自伝』に詳しく載っていますが,そういう旅の体験がその後の福澤先生の思考の基盤を創ったということは,十分に伺うことができます。諸君もまた,義塾での生活の間に,キャンパスでの体験,国内での体験,あるいは国際体験,さまざまな体験を通じて,「体験することの喜び」を掴み取っていってもらいたい。
3 つ目は,「自己発見の喜び」ということです。自分を見つけることの喜びということであります。いままで諸君が思ってきた自分。それはもしかしたら自分というもののごくごく一部分に過ぎないかもしれない。自分はこういう人間なんだと思っているかもしれないけれども,それは思い込みで,実は,ごくごく自分の一部分に過ぎないかもしれない。おそらくはまったくの一部分に過ぎないでしょう。
大学生活において最も大切なことの一つは,大学は新しい自分,自分の新しい可能性を見つけるところだということであります。つまり自己発見の場だということです。勇気を出せば新しい自分を見つけることができる。見つけられたときの喜びというのはこれに勝るものはない。涙が出るほどの感動を覚えることもあるでしょう。大学での生活においては,もちろん挫折も失敗も体験するかもしれない。でもそういう中にあって新しい自分を見つけることができたときの喜びというのは大きな感動をもたらすと思います。諸君がこれから4 年間あるいは6 年間を過ごすことになる慶應義塾大学という場は,諸君にとって人生の宝となり得る場であります。それはいま申しました「知ることの喜び」,また「体験することの喜び」,「自己発見の喜び」,そういった喜びを通じて感動を得ることのできる,きわめて大切な場であります。いま申しましたように,失敗も挫折もあるだろう,それぞれいままでの生活とたいへん違う大学生活が待っていますから,いろいろなことがあるだろうけれども,諸君それぞれに,「知ることの喜び」「体験することの喜び」「自己発見の喜び」という3 つの「喜び」,これらは,諸君それぞれが心の奥底に夢を持ち続け,周りの人たちの気持ちを汲みとって,自分を卑しめることなく,自分に閉じこもることなく,自分を開いていけば必ず得られるものであります。
失敗や挫折もまた「体験する喜び」に変えていく,慶應義塾大学のキャンパスは,「独立自尊」の長い伝統をもってそのことを可能にしてくれるキャンパスであります。ぜひ楽しみにしていてもらいたい。
諸君の入学した慶應義塾は,1858(安政5 )年江戸築地鉄砲洲に福澤諭吉先生が開いて以来,幕末から明治,大正,そして昭和の激動の時代を経て,さまざまな困難を乗り越え,日本で最も伝統と実績のある近代総合学塾として歴史を育んできた,そういう学校であります。とくに,塾が開かれて以来,先駆的な教育を行ない,産業を興し,行政,教育,文化,その他諸々の分野を導いて,日本の近代化を先導してきました。また,戦後の困難な時期を乗り越えて,真の国益と世界の幸福を追究し,長年にわたって新しい時代を開拓してきた,そういう学校であります。
本日は,いま申しました慶應義塾の伝統を創ってこられた先輩の中で,とくに卒業50年を迎えた大先輩の皆様をここにお招きしております。戦後のまだ復興のさなかにあった義塾の塾生として,慶應義塾に尽力をされ,卒業後は戦後日本の復興と繁栄への担い手として社会に貢献をされ,卒業後50年を経て,今日,入学式にご列席くださいました。皆様にあらためて深く感謝を申し上げますとともに,これからのご多幸,ご健康を心よりお祈り申し上げます。
さきほど申しました「知ることの喜び」「体験することの喜び」「自己発見の喜び」,この3 つの喜びは,今日ここに参列くださっておられる,50年前に塾生生活を送られた方々も,義塾のキャンパスで見出すことができたでありましょう。そういう先輩がおられるということを,今日から大学生活を始め,先々には日本の未来を担うリーダーとなるであろう新入生の諸君はぜひ覚えておいてもらいたいと思います。そういう先輩の方々の長年の蓄積,尽力があって今の慶應義塾は成り立っているのだということをぜひ覚えておいてもらいたい。
ここまで申しましたことをまとめて言えば,慶應義塾の独特の気風である「独立自尊」の精神,これを諸君にはぜひ磨いていってほしい,ということであります。今日は入学式,これから毎日いろいろなことがあるでありましょうけれども,その生活を通して,さっき申しました「3 つの喜び」を得,さらにはそれらを通して,慶應義塾の気風である「独立自尊」の精神を磨いていってもらいたい。独立の気力,気概を持っていってほしいと思っております。
『学問のすゝめ』第三編にこういう文章があります。
「独立の気力なき者は必ず人に依頼す,人に依頼する者は必ず人を恐る,人を恐るゝ者は必ず人に諛ふものなり。常に人を恐れ人に諛ふ者は次第にこれに慣れ,其面の皮鉄の如くなりて,恥づ可きを恥ぢず,論ず可きを論ぜず,人をさへ見れば唯腰を屈するのみ。」
これもまた福澤先生の言葉でありますけれども,独立の気概,独立心,「独立自尊」の精神を,ぜひ諸君それぞれに,義塾の生活を通じて磨いていってほしい。それがきっと諸君の未来を切り開いていくことになると思います。
最後になりますが,新入生の諸君にとって,今日から始まる大学生活は,「知ることの喜び」「体験することの喜び」そしてとくに「自己発見の喜び」,大学生活というのはそういう喜びを知るための旅路であります。今日からその旅が始まるということであります。その旅は,「独立自尊」の気風を身につける,そのための旅路です。
私は,すべての塾生,塾員の方々,教員,職員,慶應義塾社中の方々,そしてまた合併によって一緒になった共立薬科大学の卒業生,関係者の皆様,すべての方々とともに,これから新しい塾生として自己発見の旅に出る諸君を慶應義塾の一員として得たことを心から誇りに思い,また諸君の未来に期待するものであります。
これからの諸君の健闘を祈って式辞といたします。おめでとう。
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