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2007年04月03日 平成19年度大学入学式式辞

慶應義塾長  安西 祐一郎
慶應義塾大学に入学した新入生の諸君,入学おめでとう。諸君を心から歓迎します。そして,諸君を慶應義塾の最も新しい塾生として迎えたことを心から誇りに思います。
 
慶應義塾は来年には創立150年を迎える,近代の総合学塾として日本で最も長い歴史と誇るべき実績を持つ,日本のトップリーダーたる学塾であります。慶應義塾は諸君が夢を持って他人とともに生き,また自分を貶めることなく,伝統ある空気を思う存分に吸って自分を変えていく,その勇気のあるかぎり必ず諸君の期待に応える,そういう学塾であります。
 
今日入学式を迎えた諸君を支え続けてこられた保護者,ご家族,関係者の皆様にも心からお慶びを申し上げます。慶應義塾という学塾は,皆様が真に義塾を思い,また塾生たちを思ってくださるかぎり,必ず皆様のご期待に応えられる,そういう学塾であります。

新入生諸君の後方には,卒業して50年目を迎える,1957年のご卒業であります先輩の方々が列席してくださっておられます。今日の諸君の入学に先駆けること50年以上も前に入学され,戦後間もない困難な時期に学んだ方々であります。その大先輩の方々,また壇上におられる方々,保護者,ご家族,評議員,そして教職員の方々,関係者すべての方々とともに,新入生諸君が義塾の一員になったことをお祝いしたいと思います。

諸君がこれから慶應義塾で学ぶに当たって,お話ししておきたいことはたくさんあります。諸君は将来,社会のいろいろな分野でリーダーシップをとっていくでありましょう。その諸君に,特に入学式に当たって,私は塾生としてどうしても覚えておいてもらいたい三つのことをお話ししておきます。
 
その第一は,「学ぶを知る」ということであります。
 
「学ぶことを知る」。あたりまえではないか。高校まで十分勉強してきた。もう学ぶということは知っている,というふうに言うかもしれない。しかし,大学では自分で学ぶ,自分で考えて学ぶ,そして,その学び方も自分で会得していく,そのことがとても大事であります。学問を学ぶということはもちろんですが,しかし学ぶことの意味はそれだけではない。教室で学ぶこと,書物から学ぶこと,あるいは尊敬できる先生や友人から学ぶこと,さらには,いろいろな環境で仕事をしている多くの人に出会って学ぶこと。

また,学ぶことを知るには,まず,自分に何が足りないかということを知ることが必要です。自分に足りないことを学んでいく。それは勉強だけではないかもしれない。驕らず,高ぶらず,また卑屈にならないで,謙虚に自分を見つめて,初めて「学ぶを知る」ということができていきます。
 
特に,慶應義塾には福澤諭吉先生以来の「独立自尊」の伝統がある。「独立自尊」,これは,ひとことで言えば,自分で考え,自分で行動をすることができるということであります。諸君はその慶應義塾で学ぶのでありますから,ぜひ自分で学ぶことを体得してもらいたい。諸君の中にはまだ友達がいない,一人で慶應義塾の門を叩いた,そういう人も多いと思います。もちろん,既に友達のある人もいるかもしれない。いずれにしても高校時代と違って一緒に入学した同期生だけでも6,500人余りの人達がいるわけです。今までとはまったく違う環境が開かれています。そういう中で,場合によっては一人で寂しいこともあるかもしれない。また,挫折することもあるかもしれない。でも,ほかならぬ慶應義塾の塾生になったの
でありますから,明るく,元気よく,夢と志を持って,勇気を持って,「学ぶを知る」。そういう姿勢を養っていってもらいたい。それが第一のことです。

二番目は,「人を感じる」ということです。
 
特に,人の気持ち,人の心の痛みを感じることができる力,人を感じ取ることのできる力をぜひ育んでいってもらいたい。慶應義塾の大きな特徴は,高い知性と共に,「人を感じる」力のある,そういう多くの先輩に恵まれていることにあります。人に対して嫌な気持ちを与えない,人を傷つける言葉をぶつけない,他人の心の襞を感じ取ることができる。また,他人と協力して共に歩むことができる,人に尽くすことができる。人を感じる力を持った,そういう卒業生をたくさん持っている。それが慶應義塾であります。同じ義塾に学ぶ仲間を軽蔑したり,卑しめたり,あるいは逆に羨んだり,自分が卑屈になったり,そういう心は慶應義塾の心ではありません。そういう心は人を感じ取る,人を感じる力によって払拭されていき
ます。また,初対面の人への挨拶の仕方,うしろから見ても崩れない姿勢,塾生らしい身なり,こうしたことも人を感じる力がついてくればくるほど,しっかりしたものになっていくはずでありま
す。
 
その,人を感じる力をつけるにはどうすればいいのか。教科書に書いてあるわけではない,その秘訣は,諸君が慶應義塾で学んでいる間にいろいろな体験をすることであります。自分だけに引きこもらず,明るく,元気に人に接する。人の嫌がる仕事を率先して引き受ける。そういう体験を自分で重ねていくことによって,諸君であれば必ず人を感じるということができていくはずであります。「学ぶを知る」ということ,「人を感じる」ということ。固い言葉で言えば知性と感性ということでありましょう。

二つのことを申しましたけれども,最後の三つ目は,これもよく覚えておいてもらいたい。それは「勇気を持つ」ということであります。

諸君が慶應義塾のキャンパスで学ぶこれからの時代,またその先,きっと諸君が社会のいろいろな分野で活躍していくであろう時代。それはこれまでの時代とは大きく変わっていきます。大学に入ればその先は自動的に一生が決まる。あるいは大学を出て就職すればそれで一生が決まる。就職すればそれで人生は一直線。そういう時代ではなくなっていきます。国内でも国際社会でも,これからの時代には特に,自分で道を切り開いていく,そういう勇気が求められていきます。諸君の入学した慶應義塾は,150年の長きにわたって,その勇気のある人間を育んできました。

先日,私を訪れてきたある人がこう言いました。「これまでの日本では,組織の中で上から言われて働く人を育ててきた。しかしこれからの日本においては,自分の夢と志を持って自分の道を開いていく。そういう人間を育てていかなければいけない。」そのとおりだと思います。そのとおりどころか,慶應義塾は150年にわたってそうした人々を育んできたのです。諸君の先輩である卒業生の多くが,一人ひとり,夢と志と勇気を持って,この日本をつくってきた。世界に貢献してきた。義塾は日本だけでなく国際的にもきわめて特別な位置を占める,そういう学校であります。そういう慶應義塾のことをぜひ覚えておいてほしい。

慶應義塾が福澤諭吉先生によって創設されたのは1858年(安政5 年)のことであります。明治維新の10年前です。攘夷か開国かの議論が沸騰し,暗殺や処刑が続いた,そういう時代に義塾はいち早く近代の総合学塾として出発したのです。私たちの義塾は,来年,2008年に創立150年を迎えます。諸君は来年,その創立150年に巡り合わせます。そういう運命にある。

150年にわたって民主的な近代社会の形成を先導してきた大学というのは,日本だけではなくてアジア全域を見渡しても,まずない。慶應義塾は日本とアジアの近代化を先導してきた未来への先導者であります。官立の大学とは一線を画しています。民の立場で勇気を持って社会を先導してきた学塾として,慶應義塾の関係者──慶應義塾社中の人々は,この義塾に大きな誇りと愛情を持っています。その勇気を,これから義塾で学ぶ今日入学式を迎えた諸君はぜひ受け継いでいってもらいたい。諸君一人ひとりに慶應義塾を貫く歴史とその精神,特に未来への先導者としての,その勇気をぜひ継承していってもらいたい。ほかならぬ慶應義塾大学に入学したのでありますから,伝統と実績のある義塾の塾生であることに誇りを持って,夢と志と,そして勇気を持って,これからのキャンパス生活を歩んでいってほしいと心から願っています。

これで三つのことを申しました。「学ぶを知る」─学び方を知る,そして「人を感じ取る」ことができる力を持つ,そして三つ目に「勇気を持つ」。これら三つのことの背景にあるその精神を一言で言えば,それは慶應義塾建学の精神として知られる「独立自尊」の精神であります。独立して生きる心と,広く心を開いて人に協力していく心の双方を兼ね備えた,知性と感性と意志,勇気に満ちたその精神であります。

福澤先生とその門下生によって1900年(明治33年)に「修身要領」という文章が発表されました。その第二条に,「心身の独立を全うし自から其身を尊重して人たるの品位を辱めざるもの,之を独立自尊の人と云ふ」とあります。「独立自尊」の精神を最も簡潔に表した文だと思います。今申しました「独立自尊」の精神。そして「学ぶを知る」「人を感じる」「勇気を持つ」その三つのこと。特にこれからの時代に,義塾を超えて多くの人々に共有されるべき精神だと思います。この精神を背景にして,そして創立150年を迎えようとしている義塾のキャンパスにおいて,未来への先導者たるべく努力を重ねていく。そのことを,今日入学式を迎えた諸君には心から期待をしています。挫折もあるかもしれない。人知れず悩むこともあるでしょう。しかし,それに挫けることはない。学生の間,それは失敗してもいい。学ぶことを知り,人を感じる力を育んで,勇気を持ち続けて,義塾での生活を通して成長する。いつの日か必ず諸君一人ひとりが,自分のその姿に,成長する姿に感動を覚える。そういう日がくると思います。

諸君の後方におられる卒業50年を迎えた大先輩の方々が卒業された1957年という年は,義塾がやっと戦後の復興期を迎えようとしていた頃でありました。皆様は,その後の多難な時期を,それこそ未来への先導者として活躍してこられた。戦後半世紀にわたるご尽力を讃え,義塾へのご厚情にあらためて感謝申し上げます。そしてこれからのご多幸,ご健康を心からお祈り申し上げます。

卒業50年の皆様,現在すでに義塾で学んでいる先輩の塾生3 万人,世界各地で活躍をしている卒業生─塾員30万人, 5 千人におよぶ教職員,そして慶應義塾を応援してくださっているすべての方々とともに,私は今日,諸君がこのほかならぬ慶應義塾の塾生になった,諸君を塾生として得たということを心から誇りに思う。そして諸君のこれからの成長を心待ちにしています。特に諸君の学年は,さっき申しましたように,義塾創立150年の節目の年が来年やってくるという巡り合わせにある,特別な学年だということも,ぜひ覚えておいてもらいたいと思います。

あらためて諸君の新しい門出を心からお祝いしたい。そして,諸君の,慶應義塾におけるこれからの健闘を祈って,式辞といたします。
 
入学おめでとう。

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