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2008年03月24日 平成19年度卒業式式辞
慶應義塾長 安西 祐一郎
本日ここに卒業式を迎えた諸君,卒業おめでとう。心からお祝いを申し上げたいと思います。諸君はこの卒業式を境に,慶應義塾の学窓を巣立っていきます。母校である慶應義塾は,1858(安政5 )年の創立以来,150年にわたって日本の近代を先導してきた,独立自尊の気風をもつ,日本のトップリーダーたる学塾であります。とくに諸君が卒業する今年は,安政5 年の創立から数えて150年の記念すべき年にあたります。諸君はそういう学塾で学んだのだということを誇りにして,人生の新しいページを開いていってもらいたい,そう心から願っています。
諸君の成長を楽しみに長い間支えてこられた保護者,ご家族,関係者の皆様にも,心からお慶びを申し上げます。諸君を導き,また支援してこられた教員,職員の方々にも,この場をお借りして深く感謝を申し上げたいと思います。
壇上には,諸君の向かって右側に,福澤評議員会議長,塾員来賓の代表として上原慶應義塾理事・大正製薬株式会社代表取締役社長,北里連合三田会副会長,そして常任理事,塾監局長,学事センター部長の方々,諸君の左側には,学部長の方々,通信教育部長,メディアセンター所長,学生総合センター長,諸君がそれぞれにお世話になってきた方々が列席しておられます。諸君のうしろのほうには,卒業25年目を迎えた,1983年卒業の先輩の皆さんが参列してくださって,諸君の卒業を見守っておられます。ご列席のすべての皆様,また,義塾社中,すべての方々とともに,今日卒業式を迎えた諸君のこれまでの努力を讃えたいと思います。
諸君が慶應のキャンパスですごした時間というのは,どんなものだったのか。挫折もあったかもしれない,悩んだこと,辛かったこともあったかもしれません。いさかいもあったかもしれない,しかし,嬉しかったことや,楽しかったこと,感動したこともあったでありましょう。私自身も学生時代には,いろいろに考え,悩んだことが多くありました。結局のところ私自身は,大学の卒業までに自分の道を選ぶことはできませんでした。
自分の道は見つかりませんでした。一生の道を見つけることができたのは,私が30歳になろうとしていた頃であります。そして,38歳のときに,慶應義塾に勤めていたのですけれども,退職をして札幌に移り住みました。一生札幌にいるつもりでありました。しかし,その後縁があって慶應義塾に戻り今になっています。自分の人生を振り返っても,いろいろなことがありました。
諸君が,慶應義塾の生活で何かの道を見つけた,そういう人間であれば,それはたいへん結構,ぜひまっしぐらに慶應で見つけた自分の道を歩んでいってもらいたいと思います。しかし,自分の方向がまだ見つからない,卒業してまだいろいろなことがあるかもしれない,そう思っている人もいると思います。そういう人たちのほうが多いかもしれない。しかし,人生というのは,挫折や,苦労や,感動や,嬉しさが,全部入り交じったものです。はじめから幸せだけの人生というのはほとんどありません。まだ自分の道が見つからない,そう思ってもそのときどき,そのとき,そのときを悔いなく何かを学びながらすごしていってもらいたい。それをずっと積み重ねていけば,諸君であれば必ず自分の人生といえるものが現れてくるはずであります。慶應義塾で学んだことが,きっと活きてくると思います。
この卒業式は,学部の塾生として諸君にこうやって会う最後の機会かもしれない。とくにここでは諸君にこの機会に考えておいてもらいたい3つのこと,「3 つの精神(スピリット)」についてお話をしておきたいと思います。折りに触れて思い出してもらえればありがたい。
その第1 は,「グローバリズムの精神」であります。交通や情報通信の発達によって,国境を簡単に越える人や物の移動,あるいは,お金や情報の流通,政治や経済の相互作用が,リアルタイムで起こっている。そういう世界で,どの国,どの文化,どういう言葉の人とでも,自分の考え,自分の言葉をもとにしてコミュニケーションを図ることができる。彼らの思考を理解して,彼らの心の痛みを感じられるようになる,世界の視野,国境を超えた視野でもってものを考え行動できる,それが「グローバリズムの精神」であります。
「グローバリズムの精神」というのは,ただ,グローバル,グローバルと唱えていればいいと,そういうものではありません。世界に学び,体験をして,文化の多様性を深く理解して感じ取ることのできる,そういう心のことであります。もちろん日本の文化と伝統をよく理解するということも,当然その中の大切なことです,それが「グローバリズムの精神」であります。
第2 は,「民主導の精神」,民間主導の精神ということであります。日本は明治以来長いこと議院内閣制の民主主義を標榜しながら,現実には官主導の中央集権国家として国力の強化を図ってきました。それは封建制度を脱却して,欧米と並ぶ民主制の国家に変貌するためには,必要な道だったとも考えられます。しかし,時代はすでに変わっている,諸君がそれぞれの道を歩んでいく時代には,それぞれの場において,それぞれの地域において,民のコミュニケーションを通じて社会を活性化させていく民主導の時代になっています。
福澤先生は,『痩我慢の説』の冒頭に「立国は私なり,公に非ざるなり」と書かれた。その福澤先生の思いは,慶應義塾創立後150年近くの間,官主導のもとで封印されてきたようなものでありますけれども,今の時代に本当に必要になっている。国土の広さや,資源の量よりも,人間の知恵と知識に基礎を置くべきこの日本の将来は,民が主導し,官はそれを十分に支援していく,そういう国にならざるを得ません。
諸君は慶應義塾を卒業するのですから,民の立場で社会を主導する精神については,十分感じ取っているはずでありますけれども,今日を境にぜひその精神をさらに磨くようにしてもらいたい。どういう道を歩むにせよ,「民主導の精神」をつねに学び続けてほしいと,心から願っています。
「グローバリズムの精神」と世界のこと,次に「民主導の精神」と日本のことを申しましたけれども,3 つ目は,諸君それぞれ,個人のことであります。それは,協力すること,力を合わせること,「協力の精神」ということであります。
諸君がこれからまた新しい道を歩み出せば,いろいろな困難があると思う,独りで塞ぎ込むこともあるかもしれない。人間は弱いものです,独りで生きるというのはなかなか難しいことです。社会が幸福の度を増していくためには,不満の相手や,利害の反する人々ともうまく折衝して,コミュニケーションを図って新しい関係を築いていく,そういうことが求められていきます。これは諸君の仲間同士のことだけではありません,地域同士や国同士,あるいは世代の間の関係についても言えることであります。
たとえば高齢者の社会保障と子どもたちの教育支援のどちらを取るか,これは両方取らなければならない。世代を超えたコミュニケーションによって,協力し合って折り合いをつけていくことが大切であります。諸君には利害の反する相手と,協力することのできる「協力の精神」をぜひ養ってもらいたい。さっき申しましたように,人生というのは挫折と苦労と感動と嬉しさの入り交じったものであります。だれもが心の奥に何らかの重荷や痛みを抱えています。その重みや痛みを理解しながら,自分の考え方を相手にわかってもらう,その両方に努力する精神,これが「協力の精神」です。
3 つの精神について申しました。「グローバリズムの精神」,「民主導の精神」,そして「協力の精神」,この3 つの精神,スピリットについてお話をしました。
諸君の学んだ慶應義塾は,「独立自尊の精神」をもって,他の学校には見られない,他の大学には見られない,独特の気風を育んできました。「独立自尊の精神」は,いま申しました3 つの精神のいずれにも共通する土台であります。福澤先生が書かれた『慶應義塾の目的』という文章があります。
「慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず 其目的は我日本国中に於ける気品の泉源智徳の模範たらんことを期し 之を実際にしては居家処世立国の本旨を明にして之を口に言ふのみにあらず躬行実践 以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり」 福澤先生の言葉であります,「慶應義塾は全社会の先導者たらんことを欲するものなり」。今年は義塾の創立150年,未来への先導者としての慶應義塾は,諸君の母校として,未来の世界と日本と人々を先導する,そういう大きな役割を担い,ますます発展していきます。社会の先導者としての150年にわたる慶應義塾の栄光と実績はまた,先輩の努力の結晶であります。ご列席くださっている卒業25年の塾員の皆様の,社会における努力はもちろんのことであります。
卒業する諸君の人生はこれからです。これからの人生にはいろいろなことがあると思う。しかし,諸先輩に続いてそれぞれの道に励み,新しい時代を創り出していってほしい。今日申しました「3つの精神」を学び続け,悔いのない時間を過ごし,精進し続けてほしい。私も諸君とともに,また,国内外で活躍しておられる30万人を越える塾員とともに,さらには世界中の人々とともに,慶應義塾の発展に力を尽くしていきたいと思っております。
最後になりますが,卒業式を迎えた諸君,慶應義塾で身につけた学問と精神と出会いを大切にして,これからの新しい人生を,夢と志と勇気とをもって,塾員として堂々と歩んでいってください。諸君の前途に明るい未来が開けていることを信じ,諸君のこれからの健闘を祈って,はなむけの言葉といたします。おめでとう。
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