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2007年03月23日 平成18年度大学卒業式式辞

慶應義塾長  安西 祐一郎
本日,ここに卒業式を迎えた諸君,おめでとう。諸君の卒業を心からお祝いいたします。

 諸君一人ひとり誰にとっても,時間は確実に過ぎていきます。いま振り返って見れば,慶應義塾に学んだ時間はあっという間だったかもしれません。しかし,そこに凝縮された思い出は,諸君一人ひとりにとって,たった一つしかない尊いものであります。挫折もあったかもしれない。悩んだこと,辛かったこと,寂しかったこともあったかもしれません。しかし,嬉しかったことも,また感動したこともあったでありましょう。その思い出は単なる思い出としてだけではなく,これからの人生の宝物として,一人ひとりの心の中に永久に残っていきます。

 諸君の学んだ慶應義塾は,1858年(安政5 年)に創立された,来年には150年を迎えようとしている,近代の総合学塾として日本で最も長い伝統を誇る,日本のトップリーダーであります。その義塾で学んだ体験と記憶は,これからの人生の宝物になる。諸君にはこの慶應義塾で学んだということを誇りにして,今日の卒業式を境に,また次の新しい人生を切り開いていってほしい,そう心から願っております。

 卒業する塾生諸君を支えてこられた保護者,ご家族,関係者の皆様にも,心からお慶びを申し上げますとともに,これまでのご支援に深く感謝を申し上げます。そして,卒業する諸君の学業やいろいろな活動を支えてこられた教員,職員の方々にも,この場を借りて深い感謝を捧げたいと思います。

 壇上には,諸君の向かって右側に,福澤武評議員会議長,塾員来賓の代表として翁百合日本総合研究所理事,服部禮次郎連合三田会会長,そして常任理事,塾監局長,学事センター部長の方々。諸君の左手には,諸君がお世話になった学部長等の方々,通信教育部長,メディアセンター所長,そして学生総合センター長,多くの方々が列席してくださっておられます。また,諸君の後方には,卒業25年目を迎える1982年に卒業された諸君の先輩の皆さんが列席され,諸君の卒業を見守ってくださっておられます。壇上のみなさん,卒業25年の方々,また,ご列席の評議員,教職員,そしてとりわけご家族,保護者,関係者の方々,たくさんの方々とともに,卒業する諸君のこれまでの努力を讃えたいと思います。

 卒業式という特別の機会でありますから,このときに当たって,諸君に三つのことをお伝えしておきたいと思います。

 まず第一は,これから新しい人生を歩むに当たって,「独立する心」をぜひ持ってもらいたい。「独立する心」とは,何事も自分に拠って立つ,人の権威にすがらない,他人をおとしめない,そういう心であります。

 20世紀の半ばから50年ほどの間,この日本ではどこに就職するか,あるいはどこの学校に入学するか,そういうことで一生が決まることが多かった時代がありました。いまでもまだそう思っている人が多いかもしれません。しかし,長い間存在していた終身雇用制度や年功賃金の制度は徐々に崩れてきています。その理由は,少子高齢化,規制緩和,経済のグローバル化,技術革新,価値観の変化など多々あるかと思いますけれども,いずれにしても諸君が生きていくこれからの時代は,人生のいつになっても自分の能力を発見して,それを磨いて,他者,社会に貢献することによって,独立した人間としての喜びと糧の両方を得ていく,そういうことができていく時代になっていくでありましょう。諸君はそういう時代に生きていく,というより,そういう時代を創り出していく未来への先導者であります。

 その諸君に必要なもの,それは,自分の考えで行動し,人の権威にすがらず,また,他人をおとしめず,そういう心を持ち続けるということであります。その気概を持って,これから,それぞれの道を歩んでもらいたい。「独立する心」を持ち続けてほしいと願っています。

 第二は,「協力する心」を持つということであります。いつでも人の気持ちを汲み取ることができる,自分を犠牲にして人に尽くすことができる,人と協力して歩んでいくことができる。「協力する心」とはいま申しましたそういう心であります。

 やはり20世紀の半ばから50年近くの間,アメリカといまはないソビエト,その冷戦構造が世界を支配していた時代がありました。日本はアメリカの傘の下にあって,外国との関係については基本的に受け身の関係で済んでいた時代でした。むしろそのおかげで20世紀後半の日本の経済成長が成し遂げられたと言っても過言ではないかもしれません。しかし,1980年代の終り頃から,国家の間,あるいは民族の間の関係は急速に変化を始めました。これからの時代,諸君の時代には,とくに利害の相反する相手と十分なコミュニケーションをとって,新しい協力関係を築いていく,そのための知恵とエネルギーが求められます。

 国際関係だけではない,国内においても同じことであります。これからは,たとえば若い世代と中高年の世代の間の軋轢が高まるかもしれない。健康や生活,社会保障の問題をめぐって,それをだれが担っていくのか,そういうことがすでに問題になってきています。地域間の軋轢も高まっていくでありましょう。日本の未来は,明治から続いた官中心の国家,そこから民を中心とする国家づくりへの移行ができるかどうか,それにかかっている面があるかと思いますけれども,その流れのなかで,地域の間のいろいろな問題が浮上してくる可能性もあるかと思います。

 そういう国内外のいろいろな問題,それを乗り越える知恵とエネルギーを持って,未来を築いていくことのできる,そういう先導者になるのは,今日ここに卒業式を迎えた諸君一人ひとりにほかならない。そのために諸君に必要なのは,人の気持ちを汲み取ることのできる,人に尽くすことのできる,そして,他者とともに歩むことのできる,「協力する心」を持つということであります。

 第一に「独立する心」を持つこと,第二に「協力する心」を持つこと,その二つを申しましたけれども,第三は,「姿勢を磨く」ということです。「姿勢」という言葉,これは,たとえばピンと背筋を伸ばしている,あるいは,きちんと座っている,立ち居振る舞い,礼儀作法,また,外見だけではなくて,内面にしっかりした常識的な考え方を持っているか,あるいは,自分の姿が外見でも内面でも,きちんとした方向を向いているか,「姿勢」という言葉には多くの意味が含まれると思います。とくに服装や礼儀作法だけではなくて,心の中でも慢心をせず,人にへつらうことなく,常識と分限を知って謙虚に学ぶ姿勢,そして自分の姿,鏡に映っている自分の姿だけではない,とくに自分の心の中の内面の姿がどこを向いているのか,その内面の自分をいつも見つめ続けていく,そういう姿勢を磨くということは,きっと諸君のこれからの人生に役に立っていくにちがいありません。

 諸君は,卒業してから企業に勤める人もいるでありましょう。慶應義塾の大学院をはじめとする国内外の大学院に進む人もいるでありましょう。医師になる人,健康関係,あるいは技術の関係の仕事に従事する人もあるでありましょう。さらには,自分で何かの事業を手掛けよう,そういう人もいると思います。どんな道を歩むにしても,諸君がこれから生活や仕事をする,その社会にはいろいろな人がいます。国際社会を考えれば,ますますいろいろな人がいる。きっと諸君は,大学の中で出会ったよりも,もっともっと多くの人に出会うでありましょう。諸君それぞれに,これからの新しい経験,新しい人,書物との出会い,そういうことを通じて,とくに自分の内面を見つめ,心の姿勢を正しながら,「姿勢を磨く」ことをぜひ続けていってほしいと思っています。

 三つのことを申しました。「独立する心」を持つ,「協力する心」を持つ,「姿勢を磨く」ということであります。これら三つのことは,実は福澤諭吉先生やその門下生,慶應義塾の多くの先達が説かれたことにほかならない。たとえば,「独立する心」の大切さ,それは,たとえば『学問のすゝめ』をもう一度読んでみればよい。「協力する心」また「姿勢を磨く」ということについても同様であります。諸君はその福澤先生以来の伝統を持つこの慶應義塾を卒業するのですから,いま申しました三つのこと,「独立する心」を持つ,「協力する心」を持つ,「姿勢を磨く」ということは,すでに身についているでありましょう。その基本は諸君それぞれに,場合によっては知らず知らずの間に身についているはずであります。しかし,この卒業式をまた一つのきっかけにして,改めてそれを思い出して,ぜひこれからの人生に続けていってもらいたい,そういうふうに思っております。

 慶應義塾は来年2008年に創立150年を迎えます。創立150年の記念事業も進み始めております。その最も基本的な趣旨というのは,福澤先生が夢に見た新しい日本の姿,しかし,明治の時代から今日までなかなか実現してきたとは言いがたいその日本の姿,福澤先生が『痩我慢の説』の冒頭で,「立国は私なり」と,そういうふうに断じた新しい日本の姿を,いまにして創り出すその原点を築くことにあります。私学としての義塾の150年の伝統と実績,それは諸君の先輩のご尽力,汗と血と涙の結晶と言っても過言ではない,その努力の賜であります。その心とその姿勢を,この慶應義塾を卒業する諸君は,ぜひ大切にしていってもらいたい,そういうふうに思っております。

 今日ご列席くださっておられる卒業25年の塾員の皆様は,1982年に卒業されてから,日本の経済が急速に落ち込んだ時期を含めて,多くの苦労をされながら,世の中を先導してこられました。今日卒業式を迎えた諸君は,最も新しい塾員として,未来への先導者として,こうした先輩に続いて慶應義塾と世の中の歴史をつくり出していってほしい。ぜひ,自信と誇りをもって新しい人生に旅立っていってください。

 諸君の母校である慶應義塾もまた,150年の歴史とともに,いま申しました「独立する心」を持つ,「協力する心」を持つ,そして自らの「姿勢を磨く」,これを続けていきます。私自身も諸君とともに,また,国内外で活躍をしておられる塾員30万人の方々とともに,また世界中の人々とともに,そのことを共有して,慶應義塾の発展に尽力をしていきたいと思っております。

 卒業式を迎えた諸君,もう一度申しますけれども,慶應義塾で身につけた学問と出会いと経験,さまざまな思い出,それは人生の宝物であります。これからの新しい人生を,挫けることなく,夢と勇気と志を持って歩んでいってほしい,そのことを心から願っております。

 最後になりますが,諸君の前途に素晴らしい未来が開けていくことを信じ,またその未来を諸君が切り開いていってくれることを信じ,その健闘を祈って,諸君が未来への先導者となることを祈って,私の諸君へのはなむけの言葉といたします。

ありがとうございました。

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