メインカラムの始まり
2006年01月10日 創立150年記念事業の船出—福澤精神と慶應義塾の使命
慶應義塾長 安西 祐一郎
明けましておめでとうございます。2006(平成18)年の新年を、皆様とともにお祝いいたしたいと思います。そして福澤諭吉先生171回目のお誕生日を、皆様とともにお祝いいたしたいと思います。
昨年もさまざまなことがありましたが、こうして年が明け、福澤先生のお誕生日を皆様とともにお祝いができますことは、本当に嬉しいことであり、慶應義塾にとりましてもたいへん喜ばしいことであります。福澤ご宗家福澤範一郎様ご夫妻にも、心からお慶びを申し上げます。
皆様には、旧年中、義塾に対しまして、暖かいご指導、ご鞭撻、ご支援をずいぶんといただきました。この場をお借りいたしまして、あらためて深く感謝を申し上げます。昨年はいろいろなことがあったと申し上げましたが、景気が底を打ち、経済の活性化は本物になってきましたし、また、政治の主導もあって、官から民への流れも見えてきました。そうした意味では、国内の活気が戻ってきた一年でもあったように思います。
大雑把に括れば、昨年は、日本の社会が、経済復興から経済成長、そしてバブルの崩壊といった経験を経て、官主導の国策では立ち行かないことがはっきりしてきた。このままでは社会が、国が、どうかなってしまうのではないかという危機感が明確になってきた。そして、民の主導によって公をどうやって創っていくかということが、人々の口にのぼるようになってきた年であったかと思います。
個人の独立と個人の間の関係、協力関係を基礎とする成熟した社会を、アジアで初めて本格的に創れるのではないか、という希望が見えてきた一年であったかと思います。
そうだとすれば、これは、福澤先生以来150年の歴史をもつ慶應義塾に本当の出番が回ってきた、そういう時代がやってきた、ということであります。福澤先生が『痩我慢の説』の冒頭で「立国は私なり」と言われた、先生の構想された、個人の独立と個人の間の協力関係を基礎とする社会が、ようやく世の中の期待として芽を出してきた、ということであります。
慶應義塾は、150年の歴史を貫いて、民間の学塾としての誇りを堅持し、たゆまぬ努力を続けてきました。創立50年のときには、三田の山に図書館が創られました。福澤先生が逝去された後の1907年に創立50年記念式典が行われましたが、これから慶應義塾は再び学問の府として教育・研究の新しい姿を創っていかねばならない、という気概をもって、新たな出発をした。創立100年のときには、戦争で大きな被害を受けたキャンパスの復興、とりわけ学生のための教室、学習の環境を整えることをみんなの力でやり遂げてきた。それぞれの節目に、たいへんな苦労と、その時の状況からの飛躍がありました。こうした努力によって、官立の学校にまして国の発展、社会の発展に貢献をし続けてきた、その義塾が担う社会的な役割、社会的使命、世の中からの期待が、ことばにし難いくらい大きな重みを持つ、そういう時代がやってきたのだ、と心から思います。
義塾は、この新年にあたって、本来の福澤精神に立ち返り、個の独立と個の間の協力関係に基礎を置く新しい社会の形成、民主導による新しい国際社会の形成の先導者となっていきたい。それはもちろん決して簡単なことではありませんが、150年にわたる先人の努力を顧みれば、学内外を問わず、義塾社中一同が一致団結して事に当たれば、必ず成就するに違いない。もちろん私自身、義塾のこの社会的使命を実現するために全力を尽くす覚悟であります。
こうした義塾の社会的使命を考え、塾長に就任した2001年の9月に発表いたしましたのが、感動教育の実践、知的価値の創造、実業世界の開拓を謳う「慶應義塾21世紀グランドデザインの基本方針」でありました。また、当面の実施計画として、その後発表しましたのが「総合改革プラン2002~2006」でありました。
ここではまず、総合改革プランの進捗を中心とした昨年の状況を、教学に関することからかいつまんでご報告申し上げておきます。
昨年は、総合改革プランの4年目にあたる年であり、塾生、教職、また社中関係者をはじめ、多くの方々のたいへんなご尽力によって、教育、研究、医療、社会貢献、すべてにわたって着実な歩みを残してきたと思います。
たとえば昨年4月、健康マネジメント研究科を湘南藤沢キャンパスに開設いたしました。看護、介護、医療、スポーツ等のマネジメントを専門的なレベルで教育する大学院を創設し、人を育むことを始めたわけであります。
他の学部、研究科、あるいは研究センター、一貫教育校等におきましても、たくさんの新しい教育プログラムが始まっています。これらは創立150年記念事業への大きなステップになるものと期待しているところであります。
たとえば、経済学部、法学部、商学部等で新しいカリキュラムが始まりましたし、文学研究科にはアートマネジメントの分野が開設されました。経営管理研究科と医学研究科が連携して、経営学と医科学の両方の学位を出すコースもできましたし、理工学部や湘南藤沢キャンパスで外国の大学とダブルディグリーの制度も始まり、あるいは計画されているところであります。政策・メディア研究科の社会人ドクターコースも始まりましたし、また、e‐ラーニングについては、マサチューセッツ工科大学との連携によって新しいソフトウェアの開発も行われつつあります。
公募による国の競争資金につきましても多くを得ていますが、教育関係のプログラムの例を一つだけ申し上げておきますと、「特色ある大学教育支援プログラム」において、昨年で慶應義塾は全国で唯一つの3年連続採択校になりました。教育についてこうした実績が蓄積されていくことは、やはり学塾において重要なことの一つであります。
研究におきましても、多くの著作や論文が著名な賞を受賞し、世界的にもトップレベルの成果が挙がっております。いわゆる21世紀COEプログラム、またスーパーCOEプログラムに採択されたデジタルメディア・コンテンツ統合研究機構をはじめ、国からの競争資金による研究、基礎研究、産学連携研究、研究を通じた社会貢献、さまざまなベンチャー企業の起業と運営等も含めまして、基礎的な研究から応用研究に至るまで、たいへん多くの研究成果が出ております。国からの競争資金を含めた外部資金は昨年3月までの2004年度で約140億円近くを得ており、これはもちろん私学における最高額となっています。
慶應義塾医学振興基金による慶應医学賞は、昨年でちょうど10回目を迎え、世界的な賞に育ちました。これまでの受賞者の中からすでに二人のノーベル賞受賞者が出ています。
また、慶應義塾商工学校が創立100年を迎えまして、三田キャンパスに桜の木の植樹と記念碑の建立をいたしましたこともご報告申し上げておきます。
施設につきましては、昨年3月三田キャンパスに南館が竣工し、学生の学習環境、とりわけ法務研究科、いわゆるロースクールの学生の学習に供されております。4月には、日吉下田地区で、留学生の宿舎と体育会学生のための宿舎を複合した新しい施設の建設が始まりました。12月には、日吉キャンパス学生食堂の全面改修が終わりまして、新しい明るい食堂が学生に供されるようになりました。また湘南藤沢キャンパスの食堂も改善されております。
いずれにしても、私自身は義塾は第一に学生のための学塾でありたいと思っておりますので、多くの方々の努力によって、こうした施設の改善を通じて学生の学習環境、生活環境の改善が図られていくことは、たいへんに嬉しいことです。
特筆されるべきことは、国際連携の推進を加速したことであります。昨年1月に、大学全体にわたる国際連携推進機構を創り、全学をあげて国際連携の推進に取り組む方針を明確にしました。
今世界的に、大学についてきわめて急激な変化が起こっています。とくに社会のグローバル化によって、世界でもトップレベルの教育・研究機関がお互いに連携を組んでいく、その中で学生も育っていく、という姿がこの一、二年の間に急速に出てきています。教育のグローバル化、優れた学生の国際的な探索、国際的なリエゾン活動、とりわけ質の高いトップレベルの研究交流がきわめて大切な時代が急速にやってきています。慶應義塾として、塾生のためにも研究のためにも、質の高い教育交流、研究交流をもっと強化していかなければなりません。
昨年までに、多くの方々の努力によって、世界の主要な大学約150校と大学間交流協定を結びました。昨年だけでも、イギリスのロンドン大学キングズカレッジ、ロンドン大学クイーンメアリー校、エディンバラ大学、ロシアのサンクトペテルブルク大学、スウェーデンのウプサラ大学、ルンド大学、アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・ダブリン、ベトナムのハノイ工科大学等々、多くの大学と新しい協定を結びました。フランスのビジネススクールESSECと慶應の交流20周年の記念式典も昨年行われました。
これからは、東アジア、東南アジア、アメリカ、ヨーロッパにそれぞれ拠点を持ち、拠点間のネットワークをつくり、外国から義塾への研修や留学、また塾生の海外研修や留学を飛躍的に拡大して、2008年に迎える創立150年の年には、今よりも遥かに大きく質の高い姿で国際的なネットワークを形成することができるよう、昨年から急速に国際連携を強化しているところです。
スポーツについて一言だけ申し上げておきますと、体育会の活躍は昨年もたいへんに素晴らしいものでありました。高校においても、慶應義塾高等学校が春の選抜高校野球全国大会に出場し、たいへん感動的な試合を見せてくれました。また、昨年暮れのクリスマスイブの日には、同じ慶應高校のアメリカンフットボール部が、22年ぶりに高校日本一の座に輝きました。こうした学生、生徒、児童諸君のさまざまな努力は、もちろんスポーツに限りません。音楽をはじめ、さまざまな課外活動で塾生が活躍を続けている。独立と協生の心に富む、知的レベルの高い、また明るく、コミュニケーション能力のある塾生が、一人でも多く出てくることを願っております。
総合改革プランを中心とした、とくに教学に関する活動のご報告を、かいつまんで申し上げましたが、総合改革プランには経営改革のプランも含まれております。次に、経営改革プランを中心として、経営に関する昨年の状況をかいつまんでご報告申し上げておきましょう。
総合改革プランの中の経営改革プランは、病院経営改革、人事・給与制度改革、財政・経営システム改革の3つの改革項目からなっています。病院経営については、現場の方々、また病院経営ボードの方々のたいへんな努力によって、2003年度決算、2004年度決算で2年連続して信濃町の病院の消費収支差額がプラスになりました。これは、慶應義塾の経営に対してきわめて大きな効果をもたらすものであります。
また昨年から、個々の経営改革の努力と並行して、経営改革プロジェクト室で3つの改革項目を直接総合的に扱うようにいたしました。塾外よりお迎えいたしました井上和雄常任理事兼経営改革プロジェクト室長のもとで、総合改革プランの最終年度にあたります本年4月からの2006年度に向けて、収支の抜本的改善を図る予算編成を行っているところであります。
2006年度について多少申し上げれば、病院経営改革については、医学部・病院の収支を、質の向上、安全性を担保したうえでさらに伸ばしていく、収支の改善を図っていくということであります。人事・給与制度改革については、経営改革プロジェクト室において職員のプロジェクトチームを結成いたしまして、新しい人事・給与制度が具体的に検討されております。その議論を踏まえながら、ぜひとも新しい人事・給与制度を慶應から世に出していきたいと考えているところです。財政・経営システム改革については、用度、管財、あるいは外部資金の管理等々、新しい管理システムの構築をいたしまして、財政状況、経営の状況をできるだけ透明に、リアルタイムで理解できるようにする計画を進めているところであります。
抜本的な経営改革は、多くの人々の痛みを伴うものです。しかし、もちろん私自身も含めて、今の時点でこういう痛みを共有し、それを乗り越えることができれば、安定した財政基盤を必ず創ることができます。義塾には、150年の歴史の中で、たとえば明治10年前後の頃のように、もう存続できないのではないかという財政の危機もありましたし、また戦後すぐの時代のように、給料の遅配を含むたいへんな危機があった。先人はそういう危機を乗り越えて慶應義塾の歴史を創ってきたわけであります。今の財政状況は、そういうことを考えれば、たいしたことはないとは申し上げませんが、皆で一致協力して経営改革を進めていくことによって、必ず乗り越えられるものと確信しております。
経営構造改革の進展、また経営改革による収支の抜本的な改善は、慶應義塾として必須のことであります。国立大学法人を含め、全国の大学はたいへんな努力を重ねていて、学校間の競争はきわめて激しくなっている。そうした中で慶應義塾は、競争ということだけでなく、教育、研究、医療、社会貢献、そして経営のすべてにわたって、これからの時代、これからの社会に、未来への先導者として新しい姿を提供する、という社会的役割を担っている。未来への先導が慶應義塾の使命です。
建学以来、私学として、ときには官に抗しながら、結局は日本の近代を先導してきた、その誇りと実績が義塾社中に共有されている。その義塾こそが、福澤先生が構想した世の中を創っていかなければならない。そのためには、財政基盤の安定化を図る一方で、教育、研究、医療、社会貢献の質の向上と、国際的な視野での発展を十分に心掛けていく。それを通して、大きな構想をもって社会的使命を果たしていく、それが慶應義塾であります。
今日は白石孝名誉教授から福澤先生にまつわるお話をいただけるものと思いますが、日本という東洋の島国において、民の力が本当に社会の基盤になっていく社会、そういう時代が見えてくるまでに、福澤先生が1858(安政5)年に江戸築地鉄砲州に塾を開かれてから150年という歳月を要したのであります。
透明度の高い民主政治、公正な市場、清潔な環境、健康、安全、安心な社会、美しい国土、信頼できる技術等々、日本の良い点を民の主導で確立していく、その芽がとうとう出てきたちょうどそのとき、慶應義塾が創立150年を迎える。義塾が、民としての誇りと実績をもって、活力のある多様な人間の育成を先導し、新しい多様な価値の創造を先導して、社会的使命を果たしていく、そういう時代がとうとうやってきたということであります。
2006年度は、総合改革プランの最終年度にあたると同時に、義塾が150年の歴史を背負ってこの社会的使命を果たしていく、記念すべき最初の年にあたります。慶應義塾創立150年記念事業は、本質的には、その社会的使命を果たすための事業として位置づけられる、そうした事業なのだということを、とくに慶應義塾関係者の方々にはぜひご理解いただきたいと思います。
創立150年記念事業につきましては、一昨年の9月に準備委員会を立ち上げ、昨年の6月に準備委員会で事業の大枠を決めていただきました。そして昨年9月、理事会、評議員会、そして新たに発足した事業委員会における事業計画の承認を経て、記念事業が出発をいたしました。
事業計画は、昨年10月から2015年9月までという10年にわたる大掛かりな計画であります。事業委員会で承認された記念事業の基本テーマは「未来への先導」であり、また基本コンセプトとして、個人の独立と個人が協力して生きるための力が大切だという意味で「独立と協生」が掲げられています。また、画家として国際的に活躍しておられる塾員の千住さんにお願いして、このコンセプトとテーマを表象するロゴマークをデザインしていただき、これも事業委員会で承認されております。
記念事業計画の遂行には、10年計画全体で最低でもおよそ900億円程度はかかるものと思われます。これを自己資金、またさまざまな資金調達、いろいろな方法で資金を得て進めていかなければなりません。そのうちの約4分の1にあたる250億円につきましては、多くの方々に募金のお願いをしていくということになりました。募金期間は、昨年10月から2010年の9月までの5年間ということであります。すでに高額のご寄附をいただいた個人の方々も多くおられます。ご寄附につきましては、事業計画の実現のために、またそれを通した社会的使命の達成のために、有意義に使わせていただきたいと考えております。
事業計画について申し上げれば、事業の第一は、塾生のための学塾ということを考えますと、奨学基金等にすべき新しい基金の創設ということであります。個人的な思いではありますが、計画のうち30億円程度はどうしても塾生のための基金に回したいと期待しているところです。未来を担う学生等のさまざまな支援をしていくことが、義塾として今後きわめて重要になるものと思っております。
事業の第二は、新しく興すべき教育事業であります。その一つとして、小学校・中学校・高等学校についていろいろなことがいまマスコミでも取り上げられ、子どもたちについてのさまざまな事件が起こっていますが、そういう中で、慶應義塾の一貫教育校、これは義塾の宝であり、それぞれに伝統をもち、大きな力でもって教育をしている。それをぜひ推進していきたいと思います。同時に、先ほど申し上げた、人が独立して生きる力と協力して生きていく力、これらを兼ね備えた人間を育む新しい初等・中等教育校の設置、これが事業計画の中でも一つの重要な位置を占めています。10年にわたる計画の中で、場所、内容、時期等、検討を重ねるべき点は多々ありますけれども、ぜひ実現をしていくべきと思っている次第です。
次に、大学の学部レベルの教育につきまして、それぞれの学部等が鋭意カリキュラムの改革を進めています。こうした改革はたいへん大事でありまして、記念事業に結びつくものと期待しております。その一方で、伝統的な学問体系を基礎にしながら、感動体験、国際体験を十分に積むことができるような、新しい学部創設への挑戦の検討が、記念事業の一環として開始されています。新しい教育プログラムのことですから、検討には時間がかかる可能性もありますが、三田キャンパスに設置することを念頭に置いて、時代を見据えた学部教育のプログラム、新しいシステムが構成されることを、心から期待しています。
また、大学院レベルの教育について、まず、未来の国際社会を担う高度な教養を備えた人間が今後多く必要になる。そういう中で、高度な教養を備えた大学院修了レベルの人間、またその教養教育自体の担い手を育成する、国際教養系の大学院を2009年の4月を目途として、日吉キャンパスに開設する計画であります。日吉キャンパスは、昭和のはじめ、義塾創立75年の頃に開設されたキャンパスですが、それからさらに75年が経つ創立150年のときに、記念事業の一環としてそこに初めて大学院を置く。これによって学部の1、2年生、あるいは高校生等も良い刺激を受けられる場になるものと期待しております。
さらに、すでに長い歴史を持つ経営管理研究科とビジネススクール、これを、国際的なレベルでもって起業家の育成を行う、そういう新しい経営系の大学院に抜本的に改編して、2009年4月にはその改編が完成するようにしていきたい。また、設置して2年が経とうとしているデジタルメディア・コンテンツ統合研究機構を基に、コンテンツのクリエーターと、コンテンツ事業のプロデューサーを育成していけるようなコンテンツ系の大学院を創りたい。これは、2008年4月を目途として開設したいと考えております。さらに、いわば100万個以上の部品からなるシステム、たとえば車ですとか飛行機、あるいは都市基盤、環境システム、こういった非常に複雑な技術的なシステムのデザインとマネジメントを行うことのできる人間が日本には払底しております。そういう人間を育成する大学院を設置していきたい。これも2008年4月の開設を目途に計画しています。
今申し上げましたビジネス、コンテンツ、そしてデザイン、これらのマネジメント、とくに知識とスキルのマネジメントに関する専門家を養成する大学院は、まさに時代が要請する大学院であります。
これら3つの大学院はいわば直接的な社会実践を指向するものですが、これに対して、さきほど申し上げたように、国際的視野での教養と教養教育の問題を扱う国際教養系の大学院を日吉キャンパスに置きたいと考えている次第です。
さらに、未来の社会における構想力をもつ真のリーダーを育成するにはどうしたらよいか。これについては長い間学内でも議論が続けられてきました。それを継承して、真のリーダーを育むことのできる新しい大学院を三田キャンパスに置く計画を立てております。
以上、新しい大学院についていろいろに申し上げましたけれども、すべて記念事業計画の項目として挙げられているものであります。慶應義塾が大学院を創設したのは1906年でありますから、今年はちょうど100年目を迎える年になります。義塾の大学院が始まってから100年が経ち、未来に向けて学生に多様な道を示す新しい大学院の体系を準備し、創っていく、今年がその元年になることを切に期待している次第です。
今申し上げたさまざまな教育の課題はきわめて重要でありますが、その受け皿となる施設もやはり必要になります。一つは、三田キャンパスの南校舎のあたりに、記念事業の基本テーマである「未来への先導」の出発点として、福澤精神を涵養して未来への先導の精神を高める「未来への先導館」をつくりたい。これは仮称でありますけれども、多くの人たちが今までの歴史を振り返り、また未来をさまざまに構想することのできる施設をつくっていきたい。さらに、この先導館と複合する形で、三田の新たな教育・研究の場となる施設をつくっていきたい。これにつきましては、概略2010年4月には利用できるように建設をしていきたいと考えております。三田につきましては他にも手をつけなければならない場所がありまして、それについても記念事業の中でおいおい計画を立てていきたいと考えています。
日吉キャンパスについては、新しい時代の教養教育、感動教育、体験教育について、義塾が世の中に新しい教育モデルを提供していくことのできる施設を、2009年4月から利用可能になることを目途といたしまして、日吉キャンパスの銀杏並木を駅の方から入って左側、現在の第四校舎付近に建設していく計画です。
また、日吉キャンパスの第四校舎とは逆側、プール側の方に、さきほど申し上げたいくつかの社会実践的な大学院のための教育・研究施設、そして社会連携を深めることのできる文化施設を兼備した、新しい複合棟を建設する計画です。2007年の末に日吉キャンパス入口のプール側のところに地下鉄の出入口ができる予定になっていますが、この複合棟については、そうした将来の状況も想定したうえで、2008年の夏には完成するようにしたいと思っています。なお、この複合棟の地下に屋内プールを置き、隣接の陸上競技場も公認の競技場に変えていく。これらを合わせて、体育関係の施設整備も同時に行っていく計画にしております。
他方で、既存の分野についてももちろん推進を図らなければなりません。その一つは、医学・医療の新しい体制であります。慶應義塾の誇るべき医学・医療については、全国の大学医学部・病院の未来を先導することのできる、組織改革と経営改革による構造改革に基づく新しい医学・医療体制の創造、そして財政基盤の確立が急務です。そのうえで、そうした新しい体制の下に、新たな病棟の建設に入っていかなければなりません。すでに、別館南と呼ばれる現在健康相談センターが入っております建物を建て替え、先端的な医療機能をもつ新しい施設を建設する計画があります。さらに、医学部・病院の関係者によって、組織と経営の構造改革案の検討が始まっています。そうした案が承認されれば、他の部門の収入に頼らない、自立した財政基盤ができていくに違いない。それとともに、病院の建設を含む新しい施設の構築を信濃町で開始していけることを、心から期待しているところです。
もう一つは、未来の科学技術を先導する新しい教育・研究・社会貢献体制の創造と展開ということであります。総合学塾として、世界的なレベルの科学技術の教育・研究とそれを通した社会貢献を行って、国際的に誇れるものにしていかなければならない。理工系学問の変革は、従来の分野の垣根を越えて、地球規模で急速に進んでいます。未来を先導する体制を、理工学部の構造改革を中心として創り出し、それに基づいた展開を図っていく。これもやはり義塾にとって急務であると思っております。
第三は、未来の国際ネットワーク社会を先導する新しい教育・研究・社会貢献体制の創造と展開であります。義塾は、湘南藤沢キャンパスを中心として、情報通信ネットワークを基盤とする国際ネットワーク社会の形成を先導してきた実績を持っています。そのことを踏まえ、湘南藤沢キャンパスの構造改革を実践して、真のグローバルキャンパスを創っていきたい。これもまた義塾にとっての急務だと思っています。
記念事業計画にはさらに、国際的な拠点ネットワークの構築、また通信教育、遠隔教育の新たな構築に関する項目があります。これらについては、最新の情報通信技術を使っていくことになるかと思いますが、いずれにしても、国内外に教育の拠点をもつことによって、福澤塾の伝統である、学びたい人に開かれた学塾を創り出していきたい。国際連携、体験教育、体育の充実を図るための新しい複合的な寮施設についても、さきほど申し上げたように日吉下田地区で建設が進んでいるところです。 もう一つ、日吉の記念館のことでありますが、日吉キャンパスについては、やはり塾生のための学習環境、生活環境の整備が第一です。ですから、さきほど申し上げました、教養教育のための施設と大学院や社会連携のための施設を先に建設する予定で、日吉記念館の建て替えについてはその後ということになります。しかし、少なくとも2010年の10月までには竣工して、新しい記念館を使えるようにしていきたいと考えています。日吉記念館は、塾員の方々の学生時代の思い出の場としてもたいへん重要なところですから、できるかぎり早く、2010年の10月までの竣工を目途として、新しい集いの場ができるように計画を立てているところです。
最後になりますが、教育・研究・医療の質の向上、そしてとくに安全性の向上は、きわめて大事なことであります。とりわけ建物の安全性につきましては、この数年の間に全塾的に手を打ってまいりました。記念事業におきましても、安全性の向上を十分に視野に入れて、施設の計画を立てていきたいと考えています。
上に挙げなかった事柄でも、記念事業として取り上げるべき事業は今後多々あるかと思います。たとえば、福澤先生の原点に戻るという観点からも、福澤先生ゆかりの地をどういうふうにしていけばいいのかといったことも、この機会に検討していかなければなりません。
いずれにいたしましても、創立150年記念事業計画は、10年にわたるたいへん大きな計画であります。資金をきちんと手当てしながら事業を展開していくことが基本であり、義塾の財政基盤にできるかぎり影響を与えないようにすることは必須のことであります。記念事業計画は、財政基盤にできるだけ影響を与えずに展開していく大掛かりな計画になります。
10年にわたる事業計画、5年にわたる募金計画でありますが、事業の多くが教育、研究、医療、社会貢献にかかわる重要なものになります。それらを成功させ、あらためて福澤精神によって世の中を照らし出す、そのためには何としても義塾社中30万人の皆様の一致協力、一致団結が必要であります。事業計画についてはいろいろご意見がおありになると思いますけれども、できるだけオープンな議論をして、ご指導、ご鞭撻、ご支援をいただいて計画の実現を進めていきたい。今のところ、記念式典は2008年の11月8日(土)に日吉キャンパスで行うことを予定しております。まだ変わる可能性もありますけれども、ぜひ多くの方々がお元気で、明るい笑顔でもって、お互いに創立150年をお祝いできるように、いまからぜひ心と体の健康に気をつけてお過ごしいただきますように、お願いしておきたいと思います。
今日は、後ほどここで、第30回小泉信三賞全国高校生小論文コンテストの表彰が行われます。小泉信三賞はアメリカの William Fremd High School 11年生の清水瑛子君、次席が田中翔太君、佳作が高橋翼君、中尾大志君、橋口志穂君です。彼らの論文は『三田評論』の1月号に載っておりますの、ぜひとも読んでいただきたい。彼らのようなしっかりした文章を書く高校生、若者が世の中にはたくさんいます。こうした若い人たちのためにも、未来の社会をいかに創っていくか、そのことについて私たちには大きな責任があるのです。
私たちは150年近くを走り続けてきました。走ってきたその船を、荒波の中、強風の中、そういう中でも止めることはできません。止めることなく走らせたままで、構造のしっかりした新しい船に全面的に改装していかなければなりません。しかも同時に、たくさん走っている他の船を先導しながら、未知の大洋に向かって新たな舵を切っていかなければなりません。
それには、ほとんど曲芸に近い、たいへん微妙で、慎重で、しかも大胆な舵の切り方が求められる。そういう舵の取り方にせざるを得ないのです。しかしながら、乗組員が本当に一致団結してこれを成し遂げれば、国際社会に活躍する新しい日本を支える、活力溢れた人たちの待っている輝かしい港が見えてくる。その港に到達する日は遠くはないと思っております。
そのことを夢見ながら、皆様とともに、始まったばかりの2006年、平成18年を良い年にしていきたいと、心から念願している次第であります。
今年は、創立150年を前にして義塾の足場を固める「総合改革プラン2002~2006」の最後の年になります。それと同時に「創立150年記念事業」の実質的な始まりの年になります。あらためて理念と信念と勇気をもって進んでいきたいと思っております。
今日ここにご列席の皆様、慶應義塾社中の皆様、また関係者の方々、すべての方々のご多幸、ご健康、ご活躍をお祈りいたしまして、年頭のご挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。
※本稿は、2006年1月10日第171回福澤先生誕生記念会における年頭の挨拶をまとめたものです。
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