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2004年04月07日 平成16年度大学院入学式式辞

慶應義塾長  安西 祐一郎
今日ここに、慶應義塾大学大学院の入学式を迎えた諸君、大学院入学おめでとうございます。

慶應義塾は諸君の大学院入学を心から歓迎いたします。今年で慶應義塾は創立以来146年を迎えます。日本の近代総合学塾として最古の伝統と栄光ある実績を誇る慶應義塾の塾生、特に大学院生としての誇りを持って、これからの道を歩んでほしい。大学院生としての勉学を志した、その初志を大切にして、勇気を持って志を貫徹してほしいと願っております。

入学した学生諸君を支えてこられたご家族、関係者の皆様にも心よりお慶びを申し上げます。大学院の生活はいろいろと大変なこともあるかもしれませんが、これからもさまざまなかたちでご支援いただきますよう、また慶應義塾の社中として、ご家族および関係者の皆様も慶應義塾の活動に参画をしていただきますよう、この場をお借りしてお願い申し上げます。今日は、壇上の方々を含めまして、評議員の方々や教職員の方々など、慶應義塾に貢献をしてくださっている多くの方が参列しておられます。そういう方々とともに、またご家族、関係者の皆様とともに、諸君の入学をお祝いしたいと思います。

諸君の人生において新たな出発のときであるこの入学式の機会に、いろいろお話したいことはありますが、特に二つのことをお話ししておきます。

一つは、「大学院の役割とは何か」ということであります。世間で大学院といいますと、昔は研究者を養成するところであるという概念が一般的でありましたし、いまももちろんそうであります。実際研究者になるには、大学院、特に博士課程で教育を受けるということが、もっとも近道であります。慶應義塾の大学院に入学した諸君の中には、そういう志を持っている人たちもたくさんおられると思います。慶應義塾の大学院は、将来世界的なレベルの知的創造に関与したいと願う研究者の卵を育てるのに最高のレベルであると認識しておりますし、諸君は最大限の努力をして、当該分野で光り輝く一流の研究者になってほしいと心から願っております。一方で、大学院の役割は、そういうアカデミックな役割のみならず、多くの役割に広がっております。法律や、会計や、医療、技術、あるいはほかの分野においても、将来高度なプロフェッショナル、専門家として社会に貢献していきたい、そういう人たちを育てる役割も大切であります。世の中はますます複雑になり、多様化し、グローバル化の度合いを深めており、その傾向はこれからますます深まっていくと思います。そうなると、世界的なレベルでのプロフェッショナルの養成は、喫緊の課題であります。大学院はそれに応えていく役割も担わなければなりません。アカデミアとプロフェッショナルの二つの世界を担うという役割は、大学院という教育組織の中で、きわめて重要なものであります。

日本の大学院生の数は年々増え続けており、大雑把ではありますが、20万人ほどの大学院生がいます。大学学部の在籍者数は、これも大雑把に300万人弱ですから、大学院生の数はそれに比べれば少ないのですが、最近は大学院生の数がたいへん多くなってきています。その中でアカデミアを目指すものと、プロフェッショナルを目指すものと、ほかの方向もあるでしょうが、大きくは二つに分かれると言ってよろしいかと思います。いずれにいたしましても、大学院は学部とは違います。独創性と構想力が、何といっても必要であります。先入観を持って頭ごなしに物事を判断しない。信じ込んでしまうということをしない。逆に独創性と構想力に溢れた成果をあげるには、人が信じ込んでいることを疑ってみるということが大切です。疑ってみることによって本物を発見することができる可能性があるということであります。学者を目指すのであろうと、高度な専門職を目指すのであろうと、あるいはほかの仕事、ほかの目標を目指すのであろうと、世界に通用するオリジナリティを持った人間になるには、先入観を持たずに、人が信じていること、それを疑ってみることがまず第一だと思います。

今日、この入学式には法務研究科、法科大学院の1期生を迎えております。間もなく創立150年を迎える慶應義塾にあって、初めての専門職大学院の入学者であります。ぜひ法務研究科の入学者に覚えておいていただきたいと思いますのは、大学院の入学式を法務研究科だけ別に行うのではなくて、他の大学院研究科と一緒にここで行っているということであります。法務研究科1期生の諸君は、ほかの研究科の大学院に入学した諸君と同様に、慶應義塾の塾生であり、慶應義塾社中の一員であります。司法試験に合格することは、いちばんの目標であるかもしれませんが、それだけではなくて、世界中に活躍している29万人の慶應義塾の卒業生、塾員、そういう人たちとの仲間になるということであります。慶應義塾のバックボーンである独立自尊の精神に裏付けられた国際的視野と広い経験を求めて、精一杯がんばってほしいと願っています。

創立者である福澤諭吉先生が、明治31年に三田演説会において「法律に就て」という演説を行っておられます。その背景、また福澤先生の示唆するところは、法律というのは、君主からあるいは官から与えられるものではない。人民にただ与えられるものではなくて、むしろ人民によってつくられていくものだということであります。慶應義塾は私塾であります。慶應義塾の法科大学院生には、ぜひそのことを記憶していただいて、慶應義塾の塾生として、教職員はもちろんのこと、ほかの大学院研究科、あるいは学部生、あるいは塾員の人たちとともに歩んでいただきたい。そのコミュニケーションを持つことによって、慶應義塾ならではの法曹界人材が育っていくと確信をしております。

ほかの研究科の諸君も同じであります。諸君はほかならぬ慶應義塾大学の大学院に入学したのであって、ほかの大学の大学院生になったのではありません。福澤先生以来、多くの先輩方が営々とした努力をもって、いままでつくりあげてきた、そして日本のトップリーダーの位置を占めるに至った、この慶應義塾の塾生であるということ。しかもいちばん高いレベルでの学問を学ぶ大学院生であるということ。そのことをぜひ覚えておいてほしいと思います。

先ほど「人が信じていることは、実は間違っているかもしれない」とお話しましたが、福澤先生が「学問のすゝめ」第十五編において、「信の世界に僞詐…」と書いておられる。僞というのはにせということ、それから詐は詐欺、詐術の詐であります。「信の世界に僞詐多く、疑の世界に眞理多し。試に見よ、世間の愚民、人の言を信じ、人の書を信じ、小説を信じ、風聞を信じ」云々。「信の世界に僞詐多し」「人民が今日の文明に逹したる其源を尋れば、疑の一點より出でざるものなし。『ガリレヲ』が天文の舊説を疑て地動を發明し」云々。あるいは、「賣奴法の當否を疑て天下後世に慘毒の源を絶たる者は、『トーマス・クラレクソン』なり」云々、等々いろいろな例が出ております。いずれにいたしましても、「信の世界に僞詐多く、疑の世界に眞理多し」。そして、信と疑、真実ということと偽ということ。その間の「取捨の明なかる可らず」。取り上げるもの、捨てるものを、自分の判断を持って、導いていかなければいけない。そういうことを言っておられるわけであります。これから慶應義塾の大学院で研鑽を積まれる、今日入学式を迎えた諸君には、この福澤先生の「取捨の明なかる可らず」いう言葉を贈りたいと思います。先ほど、二つのことをお話したいと言いました。いまお話した第一のこと「取捨の明なかる可らず」。アカデミアであろうとプロフェッショナルであろうと、その両方であろうとすべて大学院生に対して成り立つことです。特に、慶應義塾の大学院生は、そのことを心掛けてもらいたいと思います。

第二のこと、これは慶應義塾の大学院がどのようにしてできたかということであります。創立者である福澤先生が亡くなられたのは、1901年の2月3日でありました。慶應義塾に大学院が創設されましたのは、1906年のことです。したがって、福澤先生が亡くなられてから、5年しか経っていないときに、大学院がつくられたわけであります。実際には、亡くなられた直後の1902年ごろから、今日でいう大学学部の学生の間で「もっと勉強がしたい」という声が沸きあがってきました。「大学院を設置したい」という声が学生の間から出るようになりました。当時の慶應義塾の学生が出していた三田評論には、学部3年生の学生が書いた「大学院を設置せよ」いう趣旨の文章が掲載されております。その数年の後1906年に慶應義塾は大学院の創設に踏み切ったのでありますが、慶應義塾の大学院は、やはり慶應義塾に学ぶもの、慶應義塾の活動に参画するものの中から出てきた、そういう組織であると言ってよろしいかと思います。

これからの時代には、大学院のレベルで学問を修めていくということはきわめて大事であります。日本は、これまでは学部レベルの卒業生が社会の基盤を成してきたと言えたかもしれませんが、これからは大学院のレベルでの教育が、何としても必要であります。諸君は、その先導者となるわけであります。特に、いまお話した慶應義塾の大学院の成り立ちを考えてみますと、諸君が自分の志を持ち、自分の心で考え、自分で判断して、自分で実行していく。そのいちばんの原点が、慶應義塾大学の大学院の成り立ちにすでにあるということも第二の点としてお話しておきたいと思います。「一身独立して一国独立す」という言葉も福澤先生の言葉でありますが、まず自分が自分として独立していくということが大事である。それは、慶應義塾大学の大学院において諸君が高度に磨くべき第一のことだと考えております。

今の時代は、政治が複雑化し、経済が国境を越えてグローバル化、ボーダレス化する。あるいは、社会が多様化している。コミュニティが多様に重なり合っている。また、医療、健康、科学、技術、あるいはもちろん法律の世界、あるいは経済、あるいはもちろんその他教育、文化、多くの分野において、以前のように予測のきかない、先の見えにくい現象が多々起こっている、そういう時代であります。

21世紀、これからしばらくの間は、そういう時代が続くと思います。先ほどからお話しておりますように、慶應義塾は1858年に創立された伝統ある学塾であります。慶應義塾こそが、これまでそういった時代の波を乗り越える先導役を担ってきた、その自負があるわけであります。諸君はさらにその先導者として、いまお話したこの不透明な時代を乗り越えて、日本と世界の未来を先導していってほしい。それが私の大いなる期待であります。

諸君は、こういう期待に応えるだけの能力を必ずや持っているわけであり、持っているからこそ、慶應の大学院に入学を果たされたはずです。その能力を十分に発揮して、あるいは新しい力を自分でこの大学院において見つけ出して、未来への挑戦を続けていってもらいたい。そして、これから慶應義塾が21世紀をリードする学塾として発展していく中にあって、慶應義塾とともに未来への先導者として、自分の夢を果たしていってもらいたい。そう心から願っている次第です。これからの諸君一人ひとりの健闘を祈りまして、式辞といたします。おめでとうございます。

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