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2005年01月10日 創立150年記念事業スタートの年—社中一致で未来への先導

慶應義塾長  安西 祐一郎
新年明けましておめでとうございます。

2005(平成17)年新春を、ご列席の皆様、そして義塾社中の皆様とともにお祝いをいたしたいと存じます。また、福澤諭吉先生の170回目お誕生日を、皆様とともにお祝いできますことをまことに嬉しく存じます。今日ここにお越しくださっておられます福澤ご宗家、福澤範一郎様ご夫妻にもあらためてお慶びを申し上げます。

義塾社中の皆様には、昨年も義塾への温かいご指導、ご鞭撻、ご支援を賜りました。この場をお借りしてあらためて深く感謝申し上げます。

昨年は台風や地震や津波をはじめ、さまざまな自然の災害があり、多くの方々が被害を受けられました。また、政治、経済、社会、さまざまな場で戦後の構造疲労からの脱却にもがき続けた年でもありました。他方で、塾員、義塾関係者の多くの方々がいろいろな分野で先頭に立って努力をしてこられた、そういう年でもありました。時代は常に先導者の努力を要請するものでありますが、とりわけ義塾社中の方々の努力があればこそ、今日こうして私たちみんなで新年を祝い、福澤先生のお誕生日を祝うことができます。私は、特に一年のこの日に、慶應義塾という一つの私塾が積み重ねてきました歴史の重みとありがたさを感じるのであります。

昨年は義塾におきましてもさまざまな進展がありました。塾長就任直後に「慶應義塾21世紀グランドデザイン」を公表し、その実現のため、2002年7月に約40の改革項目からなる「総合改革プラン2002-2006」を発表しておりましたが、昨年はその実施の3年目に入りました。項目の大部分が実行に移されていますが、特に昨年に実施された事柄、また実施予定の事柄につきまして、いくつか例を申し上げておきたいと思います。

この「総合改革プラン」は、教学に関する「総合先導プラン」、それから経営に関する「経営改革プラン」からなっておりますが、まず「総合先導プラン」についてまとめて申し上げたいと思います。

第一に、新しい教学の組織につきましては、「法務研究科」いわゆる法科大学院を昨年の4月に開設し、数多くの意欲ある学生が学んでおります。また、看護・保健・医療・スポーツ等の広範なマネジメント能力をもった人間を育む「健康マネジメント研究科」を、今年の4月に開設いたします。大学院文学研究科には、図書館・情報学専攻に「情報資源管理分野」ができましたし、今年の4月には「アート・マネジメント分野」が創設されることになっております。社会学研究科教育学専攻には、学校の現職の先生を対象にした社会人入試制度が作られます。さまざまな分野の安全・セキュリティを総合的に扱う「グローバルセキュリティ研究所」を創設いたしました。さらには経営大学院等々新しい大学院の計画も進めているところです。カリキュラムや入試等につきましても、それぞれの学部、研究科、あるいは一貫教育校等がそれぞれに大変な努力をされており、鋭意新しい制度が発足、あるいは準備されています。

第二に、新たな国際連携については、清華大学、ケロッグ経営大学院、エコール・ノルマル・シュペリウール、サンパウロ大学等々、世界の著名大学との国際交流協定の締結・更新、「国際連携推進機構」の創設、アジア圏の諸大学との連携強化等を行っております。今年から韓国の延世大学に「慶應ソウルオフィス」、慶應に「延世東京オフィス」を設置する予定で、日韓交流がさらに進展することを期待しております。また、延世大学、フランスの四つの大学とダブルディグリー制度を開始することで計画を進めています。e-ラーニングにつきましても、マサチューセッツ工科大学等との連携を進めているところです。

第三に、学生、生徒、児童のための事柄につきましては、今申し上げた教学組織や国際連携との関連は申すまでもありませんが、塾生の支援ということで、慶應義塾維持会からいただいております維持会費の相当部分を塾生の奨学金に充てさせていただくことにいたしました。また、体の健康だけでなく、最近は心のケアが大変重要になっており、ストレスのケアを行う組織・システムの整備を進めております。また、特に三田キャンパスの学生の学習環境の改善のための新しい校舎が3月には完成の予定です。留学生向けの寮、および体育会学生向けの寮につきましても、日吉に設置することで計画を進めております。さらに、塾生のためだけではありませんが、43Gbpsのキャンパス間超高速ネットワークの運用を開始しております。

塾生につきましては、ぜひしっかりした学問を学んでもらいたい、そのために素晴らしい先生方がおられるわけでありますけれども、スポーツ、芸術、さまざまな社会的活動においても、高いレベルに挑戦する機会を通じた感動教育の実践をしていきたいと常々願っているところです。昨年は特に野球部、バスケットボール部をはじめ、体育会が大活躍をして、「陸の王者復活」の夢を沸き立たせてくれました。早慶戦に勝利した部も、その前の年の倍近くになりました。もちろん、スポーツだけでなく、さまざまな活動に塾生が挑戦し、感動の体験を積んでいくことは、慶應の未来にとって何ものにも代え難い宝を得ることであり、義塾としてもさらに支援をしていきたいと考えております。

第四に、塾員の皆様にも直接関係することといたしまして、先進的な診断、診療を行う新しいセンターと施設を信濃町キャンパスに設置する計画を進めております。また、塾員、塾生、教職員約30万人が同じサイトを使うことができるような、認証機能・セキュリティのしっかりしたポータルサイトの構築を進めており、今年実験的に運用を開始することになっております。

第五に、外部からの研究・教育資金につきましては、義塾は2003年度に私学では突出して多い約140億円あまりを獲得し、研究・教育に大きな役割を果たしております。たとえば、「21世紀COEプログラム」や「知的財産本部事業」等々は順調に進展をしておりますが、さらに、教育に関するプログラムとして、「特色ある大学教育支援プログラム」、「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」、「法科大学院等専門職形成支援プログラム」等がすべて採択されています。科学技術振興調整費による戦略的研究拠点育成事業、いわゆるスーパーCOEと呼ばれる競争的資金ですが、私学として初めて採択され、従来ありましたデジタル・コンテンツ研究運用機構を発展的に改組いたしまして、「デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構」を創設しました。

別途、地方自治体関連の資金につきましては、地域振興整備公団、藤沢市との共同による新規事業の創設プロジェクトが湘南藤沢キャンパスで進んでおります。横浜市との共同によります内閣府の「全国都市再生モデル調査」も日吉キャンパスで進めており、こうした地方自治体との共同事業が進展しています。外部との共同事業という意味では、湘南藤沢キャンパスを中心としたベンチャーインキュベーション事業が急速に進んでおりますし、義塾の研究シーズに基づくベンチャー企業もいくつか作られています。ベンチャー起業のためのベンチャーキャピタルとの提携組織として、慶應ベンチャーフォーラムが形成されていることも申し上げておきたいと思います。

以上「総合先導プラン」について述べましたが、もう一つの「経営改革プラン」について申し上げます。

第一に、財政・経営システムの改革につきまして、以前は学内のそれぞれの組織が自由に裁量できる予算費目はなく、各組織は使途の決まった予算を使うだけ、という状態が続いていたのですが、昨年度から新しく、自由裁量のための予算費目として「予算管理部門内調整費」を創設し、その試行を開始しております。また、外部資金のオーバーヘッドの制度も作り、活用を始めているところです。

第二に、人事・給与制度改革につきましては、柔軟な人事体制を作るため、有期の教員、職員の制度の活用を図るとともに、年俸制の実質的な運用を始めました。また、各組織が人件費の一部を自由裁量で使用できるように「部門配分人件費」と呼ぶ費目を創りまして、これも試行を開始いたしました。

「予算管理部門内調整費」と「部門配分人件費」、これらは組織と人の活性化、また、それぞれの組織の自己改革を支援するという目的のためのものであります。これまでにない予算費目ですので、まだ戸惑いもあるように思いますが、今後さまざまに活用されることを期待しております。

第三に、病院経営改革でありますが、病院経営ボード制度、および病院長の新しい選任制度を始めまして一年以上が経ち、とりわけ医学部、病院の関係者には多大なご尽力をいただきまして、経営改革が一歩ずつ進んでおります。たとえば、さまざまな努力によって、短期的には2002年度と2003年度を比較して、約12.5億円の消費収支の改善がなされました。もちろん、信濃町の病院につきましては、充実した安全管理が大切であります。そのうえで、医療サービスの質の向上、先進的な医療方法の開発、医学生・研修医等の教育・トレーニング等、多様な役割を推進しなければなりません。一方で、施設・設備の充実、経営の安定が重要であります。こうしたことすべてを並立させていくには、どうしても構造改革を進めていく必要があります。現在、医療情報管理システムの構築を計画しているところですが、急速に進む医療制度改革のもとでの新しい研修医制度への対応、無給医の有給化、さまざまな資源の有効利用等々多くの課題があり、安全管理へ十分な対応をしながら、改革の断行を進めているところであります。

第四に、経営改革全般につきましては、新しい法人経営情報システムの構築を計画中であり、また発注、業務委託等々の効率化、透明化を図る管財・用度システムの構築を計画しております。

以上、昨年行われました、あるいは実施予定になっております改革の項目につきまして、いくつかの例を申し上げました。全学的にこうしたことが着実に進んでおりますこと、また他方で、学内のそれぞれの組織が自らの改革を着実に進めておられること、ともにそれぞれの立場にあります教職員、塾生、そして義塾関係者皆様の膨大な努力の賜であります。あらためて心から感謝を申し上げたいと思います。

なお、慶應義塾全体の意思決定の仕組みにつきましては、評議員会に「評議員会のあり方等検討委員会」を設置をしていただきまして、昨年の3月にその答申をいただきました。
それに基づいて、理事会機能の強化等を図ることが評議員会で決まっております。義塾の意思決定の仕組みにつきましては、今後とも検討を継続することとされております。

また、義塾の大学の活動につきまして、各学部、研究科等の努力により、自己点検・評価が進められてきました。それらを基にいたしまして、大学全体の外部評価を実施いたしました。外部評価委員会からその結果をいただいたばかりでありますが、結果につきましては今後さまざまな形で役立てていきたいと思っております。学校の評価はなかなか大変な仕事であり、携われた関係者の方々に深く感謝を申し上げなければなりません。

なお、経営に関する評価は国際的な格付け機関にも依頼しておりますが、特に昨年の末にスタンダード&プアーズ社による二回目の評価がありました。「AA」/アウトルック「安定的」の評価を継続されましたが、評価の実質的な内容は最初の一年目の評価よりもさらに良くなっております。

以上、昨年に関連したことに限りましていくつかの例を申し上げましたけれども、多くの方々のお蔭をもちまして、改革への道は半ばにさしかかっています。慶應義塾の使命たるべき「未来への先導」を真に行える体力を養うためには、特に構造的な改革を回避することはできません。人口減少・高齢化社会が到来する、学力低下問題等をはじめとする初・中等教育、高等教育への社会への関心が深まっている、昨年4月に国立大学が法人化されたわけでありますけれども、国立大学の活性化と大学間競争の激化、あるいは国際社会の多極化と世界の一流大学間の国際競争、こういった条件を乗り越え、義塾が「未来への先導者」として国際社会のリーダーシップをとっていくためには、教育・研究・医療・財政・人事・ガバナンス等の基盤を創る構造改革を進めていかなければなりません。また、国際的に最高水準の活動を行うための塾生支援や財政基盤の整備も進めていかなければなりません。ぜひ、義塾社中の皆様のご理解ご支援と、義塾教職員、関係者の皆様の今しばらくのご尽力をお願い申し上げます。

さて、改革を進めていくのと並行しまして、今年は創立150年まであと3年を残すばかりの年になりました。福澤先生が福澤塾をお開きなさった安政5(1858)年から150年が経つ2008年に、慶應義塾は創立150年を迎えます。明治初期に生まれた多くの大学・学校が周年事業を行っているなかで、義塾の150年はまさに突出した歴史であり、近代総合学塾として前人未到の歴史を刻むと申し上げて過言ではないと思います。特に今年は戦後60年を迎える年になりますが、戦争による被害が全国で最大であったといわれる義塾こそが、多くの先輩塾員の皆様、関係者の言葉に尽くし難い努力によって、戦中、戦後の困難を乗り越えて日本を先導してきた、その歴史は慶應義塾社中がこれからも深く共有していくべきものだと思います。

こうした歴史の下に未来を展望するとき、私は、慶應義塾が創立150年を期して「未来への先導」、しかも「国際社会のリーダーシップを真にとることができる未来への先導者になる」、このことを目標にすべきだと考えております。「先導」という言葉は、もちろん福澤先生の「慶應義塾の目的」にあります「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」という言葉から取ったものでありますが、創立150年に向けての慶應義塾社中の合言葉は、第一に、国際的にも最高水準の「未来への先導」であってほしいと願っております。

「未来への先導」の「未来」というのはどういう時代なのか、皆様いろいろにお考えになるかと思います。それは暗い時代にもなり得るかと思いますが、一方で明るい時代にもなり得ます。それは一に、これからの私たちの構想力と実行力にかかっています。日本と世界の未来を明るい時代に導くことが「未来への先導」の意味であり、それが慶應義塾の役割であり責任だということであります。

「未来」は、予測如何によっては必ずしも甘い世の中ではありません。国内社会におきましては、人口が少なくとも来年にはピークを打ち、人口減少・高齢化社会が確実にやってきます。国際的には、民族、宗教、言語、文化、国家、経済圏等がさまざまに入り乱れた、複雑で不透明感の強い、多極構造の国際社会が到来します。福澤先生の頃には人口が右肩上がりの人口増加・若年社会でありましたし、国際社会は英仏米等々、一握りの欧米先進諸国が、多くの国々、とりわけアジア諸国を支配する、列強支配社会でありました。こうした様相は、現在の日本が直面している人口減少・高齢化社会、多極的国際社会とはまったく違ったものです。私たちは、福澤先生の時代とは異なる未来への知恵を絞り、また、実践していかなければならない、そういう時代に生きているわけであります。

そうした知恵と実践を生み出し、日本と世界を明るい未来に導くこと、これが慶應義塾創立150年を期して求められる「未来への先導」ということであります。

福澤先生の時代とこれからの時代はきわめて違っている、「未来への先導」は福澤先生の時代とは違った意味をもっている、ということを申し上げました。ところが他方で、「未来への先導」は、福澤先生の当時ときわめて類似した方向性をもって進めることができるのであります。このことについて、二つ申し上げておきたいと思います。

第一は、福澤先生の頃とこれからの時代と、二つの時代がともに、「生まれが一生を決めない、自分の能力を自ら発見し、それをもって他者に貢献することによって、人間としての喜びと糧とを得ることができる」時代だ、ということであります。

江戸の思想と福澤先生のことにつきましては、この後で福澤研究センター所長の小室正紀教授からお話があることと思いますが、福澤先生の生まれ育った幕末におきましては、例外はあったとしても、生まれた家柄や家族構成によって一生が決まることが多かった。むしろそれを乗り越えて、学校で学問を学ぶことによって自分の能力を磨き、他者と社会に貢献できる、そういう時代を開いたのが、福澤先生の思想であり、学塾であったと思います。翻って戦後何年かの間、どこに就職するか、あるいはどこの学校に入学するか、そういうことで一生が決まることが多かった。ところが、人口構成、経済状況、あるいは若い人たちの価値観の変化等々が相俟って、戦争の頃に創られて戦後持続してきた終身雇用の制度、あるいは年功賃金制度が崩れつつあります。そうなりますと、学校でしっかりした学問を学び、自分の能力を磨く、こうしたことをしていかなければならない時代がやってきます。逆に言いますと、人生のいつになっても、学問をする志と実行力があれば、人それぞれが自らの新しい能力を見出だし、磨いて、それをもって他者に貢献できる時代がやってきたということであります。

生まれとか一つの就職が一生を決めない、これは福澤先生の生きた幕末から明治にかけてと、私たちが生きてきました戦後60年からこれからの時代にかけてと、これら二つの時期における重要な共通点だと思います。

人はだれでも多くの能力をもってこの世に生まれてきます。隠れていた新たな自分の能力を自分で見出して、それを磨いて他者に貢献する、そしてそれを通して喜びと糧を得る。しかも、生涯にわたって何度もそうした経験を持つことができる。こうした人間を育む場として、人それぞれに新たな自分の能力を発見し、磨き、自らと他者の未来に向けて希望を貯め込み、意欲を沸き立たせる、そういうことができる学校が日本の学校のあるべき一つの姿です。福澤先生が夢見た義塾と、これからの義塾は、こうした姿において大きな共通点があり得ると思っております。

二つの時期の第二の共通点は、国際関係に対する姿勢です。大括りに申しまして江戸時代は鎖国の時代であり、日本にとって外国との関係は受け身の関係でありました。戦後50年近くの間もまた、これも大括りでありますけれども、米ソの冷戦構造のもとで、日本にとって外国との関係は受け身の関係でありました。これに対して、明治にかけては、外国とどういう関係をつくっていくか、能動的な実践が求められた時代でした。翻ってこれからの時代もまた、国際関係を築くことについて能動的な役割が日本に求められています。福澤先生の時代と現在との第二の共通点は、能動的な姿勢をもって国際関係を築いていく、そういう人間を多く育むことによって、日本の明るい未来が開ける可能性がある、ということであります。

今申し上げました二つの共通点を総合しますと、江戸幕末の時代と戦後60年、明治の時代と今年を出発点にしてこれからの未来、これらを並列に置いてみると、生まれとか、入学とか、就職とか、そういうこと一度だけで一生が決まった、また受け身の国際関係で済んだ、そういう時代から、自分の能力を磨いて喜びと糧を得、また能動的に国際関係を築いていく人間の時代へ、という類似性が浮かんできます。170年前に生まれた福澤先生が、全精力を傾けて渇望し、活動し、書き、語り、育んだ、あの当時の時代と現在とは、今申し上げた意味で、まさに同じ時代だと考えられます。慶應義塾は、創立150年を期し、「志をもって学び、積極的に国際関係を築いていく」ことのできる多くの人間を育み、明るい未来を実現する「未来への先導者」とならなければなりません。それが成功すれば、日本と世界にとって真に明るい未来が開けていくに違いありません。

それでは、創立150年の志をこめた「未来への先導」という合言葉のもとに、慶應義塾はどういう学塾を創っていけばよいのでしょうか。私なりの答を申し上げますが、これらは創立150年記念事業の基本的な指針になり得ると思っております。

第一の答は、政治・経済の短期的な動向や特定の観念にとらわれないという意味で社会からは中立的な立場で、体験と教養を身体に染み込ませた人間を育む感動体験教育・教養社会教育・国際社会教育の創造と蓄積を行う学びの場を創ることです。また同時に、高次の人間精神の所産であります知的価値の創造、蓄積等を十分に行っていく研鑽の場を創ることです。こうした場は、もちろん内容として国際的に最高水準の場でなければなりませんし、また、研究から大学院、学部、一貫教育校の教育まで、すべてにわたるものであってほしいと思います。

第二の答は、国内外を問わず、政治、経済、社会の日々の活動に参加する形で、地域社会・国際社会・実業界・官界等の実世界と学校の垣根を超える実学教育を実践していく場を創ることであります。また、同様に健康・医療・芸術・実業等の現代的な課題に挑む社会貢献活動を実践していく場を創ることです。こうした場もまた、国際的に最高水準の場でなければなりませんし、そこで活動する人たちの活力を引き出す場であってほしいと思います。

今申し上げた二つの答を合わせれば、「社会に中立な焦点と社会への参加の焦点の両方を、バランス良く、高いレベルでの緊張感を保ち、国際的な最高水準でダイナミックに発展させていくことのできる場を創る」ということであります。「未来への先導者」として、福澤先生の時代とは異なる暗い未来への予測を払拭し、福澤先生の頃と同様に「自分の能力を磨いて喜びと糧を得、また能動的に国際関係を築く」人間の時代を創るには、こうした場を創ることが必須であります。

しかも、こうした場は、慶應義塾に現在のような入試を経て入学する学生だけではなく、義塾で学ぶ志のある世界中の人々に開かれ、今までよりもはるかに幅広く人間の育成が行われる場でありたい。なぜなら、義塾が先導者として明るい未来を築くためには、数多くの多様な人たちが慶應の学びと実践の場を踏むことがどうしても必要だからであります。福澤先生が1868(慶応4)年に「慶應義塾」という名前を福澤塾につけられたときに、『慶應義塾之記』にこう書いておられます。

「……事本と私にあらず、広く之を世に公にし、士民を問はず苟も志あるものをして来学せしめんを欲するなり」(『福澤諭吉著作集』第5巻、慶應義塾大学出版会、p.4, 2002)

慶應義塾が、「未来への先導」の合言葉のもとに、今申し上げた二つの焦点を国際的に最高水準でもつ開かれた学塾、オープンでオーバルなユニバースを、新たな機能と施設の両面にわたって創り出すこと、また「未来への先導」に必要な塾生支援と財政基盤の整備を行うことを、創立150年記念事業の目標として、社中一致協力していくことができれば、義塾は必ず未来の日本と世界に真に貢献することができるものと思います。

なお、オーバルとは「楕円」という意味でありますけれども、20世紀の大学、学校の多くは象牙の塔一本槍の、一つの中心しか持たない「円」的な世界観に縛られていました。その時代から、社会の支えと社会への参加、両方の焦点をもつ「楕円」的な世界観への移行が、世界の一流水準の大学・学校に求められるようになってきました。「オープンオーバルユニバース」と申し上げたのは、社会に中立な焦点と社会への参加の二つの焦点をもつ楕円的世界観に立った国際的に最高水準の開かれた学塾が、世界の未来を拓くためにはどうしても必要であり、義塾はその先導役を果たすべきである、という意義を込めてのことであります。

創立150年の記念事業につきましては、一昨年の11月から昨年の7月まで、塾長主宰で、学部長、研究科委員長、日吉主任、一貫教育校の校長、主事等の方々ともに「教育研究未来会議」において義塾の未来像を議論してきました。また、昨年の3月から7月まで「アドミニストレーターズ未来会議」が塾監局長の主宰で開催され、職員の方々の間でも義塾の未来像が議論されてきました。そして、昨年6月に学内に事業準備室を設置し、9月の理事会で「創立150年記念事業準備委員会」の設置をご承認いただきました。10月から毎月一回の割合で委員会を開催して、事業案の大枠を策定するための議論を行っております。

創立150年を歴史の節目として、「慶應義塾21世紀グランドデザイン」に述べました三つの使命である感動教育実践、知的価値創造、実業世界開拓、さらには塾員の皆様を含む社会との交流、の四面にわたり、「未来への先導」の新たな出発点を目指して記念事業を行う、その事業案の大枠を準備委員会で準備していただき、今年設置予定の「創立150年記念事業委員会」に引き渡して、事業委員会で詳細な最終案を策定するとともに事業を推進していく予定です。

これからの日程といたしましては、できるだけ早くに準備委員会で事業案の大枠を取りまとめまして、事業委員会を設置して詳細の事業案を策定し評議員会でお認めいただくとともに、記念事業の一部の原資とするための募金を開始させていただくことにしたいと考えております。募金の額、開始時期、募金期間等は委員会での議論等によりますが、経済状況、社会状況等の変化を入念に読みますと、概略今年の7月開始を目途といたしまして、数年にわたって続けていく必要があると思われます。また、事業につきましては、慶應義塾の将来への布石ということを考えますと、自己資金、資金調達等の原資による事業も含めまして、相当程度の規模にならざるを得ず、新しい施設等含めて、記念式典を行うべき2008年、創立150年の年だけでなく、約10年程度にわたって続けることが必要と考えております。実際、今年秋に予定されております連合三田会大会のテーマは、創立150年への気概をこめた「未来への先導者たち」であると、関係者から伺っております。

義塾社中、関係者の皆様には、先程から繰り返し申し上げてまいりました明るい未来を先導する夢と志を共有していただき、創立150年の記念事業を一致協力して成功させることができますよう、ご協力ご支援を切にお願い申し上げます。

あらためて申し上げますけれども、慶應義塾は、国際的に最高水準の教育、研究、社会貢献を行うことはもちろんでありますが、予測のし難い不透明な時代を乗り越えて日本と世界の未来を切り開くことのできる、真に「独立自尊」の心をもった数多くの人間を育んでいかなければなりません。

とりわけ、今日は小泉信三賞全国高校生小論文コンテストの表彰をこの後で行うことになっております。二百数十編の作品が寄せられた中で小泉信三賞受賞の栄に輝いた袴田優里子君、そして受賞された大西奈穂君、景山巴留乃君、福岡佐織君、福田拓君、彼らには心からお祝いをいたし、また、将来の飛躍を願うものであります。

「三田評論」1月号に掲載されました彼らの作品を読みまして、そのことばの瑞々しい力、私の言っております「語力」の厚みに大変驚きました。たとえば、袴田優里子君の作品の題名は「言葉は、時を超えて」でありますが、「言葉は」のあとに読点が打ってあります。「言葉は」のあとに普通なら打たないでありましょう読点が打たれている。読点を打つ判断力とエネルギー、これが私の申し上げております「語力」であります。彼らのような若い人たちが未来を担っていくにちがいない、彼らのような人たちが数多く生まれて、素晴らしい人生を歩んでいくような、そういう日本と世界の未来を、なんとしてももたらさなければならない、とあらためて肝に銘じました。

今年は、慶應義塾にとっては、改革をさらに進めていく年であると同時に、創立150年記念事業のスタートの年になります。「未来への先導者」としての志と勇気をもって事に当たりたいと存じます。

本日ご列席の皆様、慶應義塾社中すべての皆様のご多幸、ご健康、ご活躍を心から祈念いたしまして、年頭のご挨拶とさせていただきます、ありがとうございました。

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