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2005年03月23日 平成16年度大学卒業式式辞

慶應義塾長  安西 祐一郎
本日ここに卒業式を迎えた諸君、おめでとう。諸君の卒業を心からお祝いいたします。

慶應義塾は、今年で創立147年目を迎える、近代総合学塾として日本で最も長い歴史と実績を誇る学塾です。諸君は、その大学で学問を修め、友と語り合い、先生方の薫陶を受け、またスポーツ、芸術、さまざまな活動に励んできました。感動したこと、楽しかったこと、悩んだこと、辛かったこと、いろいろな思い出があると思います。今日諸君は、その熱き努力の証しとして、とりわけ学問を修めた証しとして、学位記を手にしました。諸君には、多くの誇るべき諸先輩が卒業した、日本のトップリーダーたる慶應義塾大学の卒業生であるということに自信をもって、大きな夢にこれからまた挑戦していってほしいと願っています。

卒業する諸君をこれまで支えてこられたご家族、保護者の皆様にも、心よりお慶び申し上げますとともに、これまでのご支援を深く感謝いたします。そして、卒業する諸君の学業、諸活動を導いてこられ、支えてこられた教職員の方々にも、深く感謝申し上げたいと思います。

今日は、壇上、諸君の向かって右側に、福澤武評議員会議長、塾員代表のご来賓として矢嶋英敏島津製作所会長、服部禮次郎連合三田会会長、そして常任理事、塾監局長、学事センター部長の方々、向かって左側には、諸君がお世話になった学部長、通信教育部長、またメディアセンター所長、学生総合センター長の方々がおられます。そして、諸君の後のほうには、卒業して25年目を迎えた、1980(昭和55)年ご卒業の先輩諸君がご列席くださっております。壇上の皆様、卒業25年の方々、ご列席のご家族、関係者の皆様、評議員の皆様、教職員の方々、皆で、学窓を巣立っていく諸君の希望に満ちた門出を、晴ればれとした気持ちでお祝いしたいと思います。

本日、諸君がこの慶應義塾の学び舎を巣立つにあたって,伝えておきたいと思うことはたくさんあります。その中で、今日はとくに、諸君がこれから身につけていってほしいと思っております「三つの力」について、お話ししておきたいと思います。

その第一は、「先導する力」、先へ導く力、未来への先導者となるためのエネルギーであります。

今年は福澤先生によって義塾が創立された1858(安政5)年から数えて147年目にあたるわけでありますけれども、幕末の世に欧米列強に飲み込まれようとしていた鎖国日本の姿を知って,先生は福澤塾、後の慶應義塾を創り、明治に至る近代化を先導されました。義塾に学んだ多くの大先輩が、国内のみならず国際社会に根を張って、日本近代化の先導者となりました。

その道は決して平坦なものではありませんでした。官主導の明治時代にあって、私学人として国の未来をつくり出したその努力、これはまことに誠実で真摯なものであったと思います。福澤先生が、晩年に「慶應義塾の目的」の中で、「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」と言われたのは、こうした努力の成果と、そして未来への志を謳ったものだと思います。

今年はまた、さきの戦争で日本が敗れてから、ちょうど60年目の年にあたります。諸君の学んだ慶應義塾は、全国の大学、学校の中でも、戦争によって最も大きな被害を受けた学塾の一つでありました。そうした苦難を乗り越えて、義塾の復興のみならず、日本の経済復興を担い、その後の経済成長の先導者として日本を豊かな国に導いたのは、義塾に学んだ多くの塾員であります。諸君は、慶應義塾の卒業生として、こうした諸先輩の志を受け継ぎ、今度はこれからの社会、新しい未来への先導者となっていくべき、そういう人間であります。

これまでの義塾の歴史、諸先輩の道と同様に、諸君のこれからの道も決して平坦ではないと思います。国際社会においては、民族、文化、宗教、言語、国家、経済圏等々が入り乱れ、多極化する国際社会のなかで,日本は新しい道を模索しなければならない。国内においては人口が減少に転ずる。人口減少・高齢化社会が到来しています。こうした社会の変動によって、たとえば国内では終身雇用制度や年功賃金の制度が崩れつつある。しかし他方で、組織に一生依存しなくても、自分の努力によって道を拓き、活動の喜びと日々の糧を得ることのできる、そういう新しい社会が現れつつあります。

諸君は、これまでの150年近くの義塾の伝統をもとにして、新しい道を、本当のオリジナリティをもって創り出していってほしい。諸君は、そのために慶應義塾に学び、慶應義塾を卒業するのであります。これからの道は、一人ひとりみな違っているでしょう。また、行く手には多くの困難、挫折が待ち受けているかもしれません。しかし、失敗を恐れず、義塾で培った体験を胸にして、大きな志と大きな夢と大きな勇気を持って、歩んでいってもらいたい。

その歩みをとおして、第一に申しました力、「先導する力」は、必ず諸君の心に刻みつけられていきます。慶應義塾での感動体験、そしてこれからの志と夢と勇気が、諸君に、未来を先導していく力、未来への先導者となるためのエネルギーを、必ず与えてくれるものと思います。

第二は、「独立する力」、独立した人間となるためのエネルギーであります。

福澤先生が、「独立自尊」の意味として、人に迷惑をかけないということである、と言われている。同じことでありますけれども、なにごとにおいても自分で考え、自分の言葉で表現し、自分で実行する、そういう人間になるための力が「独立する力」であります。

世の中の変化は早い。明日の経済、政治、技術、医療等々、何が起こるか予測がつかない世の中である。世の中ではまた、情報の伝わり方も均一ではありません。同じ事件であっても、報道機関によって伝わり方は違います。また他方で、他人と同じ言葉で真似をして語る人たちもいないではありません。そういう世の中において、諸君はこれからの日々を、人に迷惑をかけず、一瞬の判断をしなければならない、そういうことが起こってくるはずです。

そうしたときの判断を正しく行うためには、結局のところ、自分で考え、自分で表現し、自分で実行する、そういうことのための力、「独立する力」、これを磨いていかなければなりません。しかし、この「独立する力」を発揮するのは、口で言うほど簡単ではありません。現実の世の中には、人に依存し、人を妬み、陰口を叩いて、離合集散を繰り返している人も見受けられます。

だからこそ慶應義塾は、百有余年の間「独立自尊の精神」を掲げ続け、独立自尊の大切さを世に訴え続けてきたのです。福澤先生とその門下生が、1900(明治33)年に発表した『修身要領』の第二条に、有名な文言があります。

「心身の獨立を全うし自から其身を尊重して人たるの品位を辱めざるもの,之を獨立自尊の人と云ふ。」(『修身要領』、『福澤諭吉全集』第21巻 354ページ)

この「独立自尊の精神」を、これまで多くの塾員が体現してこられた。諸君は、その「独立自尊の精神」の土壌を持つ慶應義塾において、知識、体験、人間関係を培ったわけでありますから、「独立する力」の基礎を十分に身につけているはずであります。

しかし、それを現実の世の中で発揮していけるかどうか、それは諸君のこれからの努力にかかっています。現実の世で、人に迷惑をかけず、後ろ指を指されずに生きていくというのは、口で言うほど簡単ではありません。諸君は、慶應義塾の卒業生として、ぜひそれを実現していってもらいたい。義塾で身につけた「独立自尊の精神」を基礎として、これからの歩みの中で、「独立する力」、独立した人間となるためのエネルギーを、さらに磨いていってほしいと心から願っております。

第三の力は、「協力して生きる力」、協力しあい、力を合わせて生きていくためのエネルギーであります。

人の世には、民族、国家、世代、その他諸々、昔からさまざまな軋轢があります。こうした軋轢は、人間の相当に深い性質に由来するものですから、扱いがたいへん難しい。しかも、これからの時代には、それが地球規模で一瞬のうちに広がる、そういう状況が出てきます。これは世界の歴史にこれまでなかったことであります。

国内外の社会変化のなかで、国家間や世代間の軋轢を超えて、国同士、世代同士が協力しあい、力を合わせて世界の安定と発展に貢献していく、このことは、これからの時代に必ず要請されることであります。

協力しあうのは当たり前ではないかと言われるかもしれません,たしかに今まではそうでした。たとえば、昔アメリカとソビエトの冷戦が続いていた戦後何年かの間、アメリカに与する国々の協力、ソビエトに与する国々の協力、互いに利益の一致する、また共通の目標を持った仲間の協力関係というのはあったわけであります。

しかし、これからの時代には、共通の目標を持つ仲間とだけ協力すればいいという状況は変わっていきます。共通の目標を明確には持たない人々、国々が、利害得失や言語・文化の違いを超えて協力しあう、新しい時代がやってきます。

だからこそ諸君は、「協力して生きる力」、協力しあい、力を合わせて生きていくためのエネルギーを持つようにしていかなければなりません。

諸君が「協力して生きる力」を発揮する機会は、これから増えていくと思います。多極化する国際社会においては、相手の気質や感情や知識や意図を推し量ることが難しい、初対面の相手との交渉ごとが多くなっていくと思います。そうしたときに通用する「協力して生きる力」を身につけるということは、実は体験と教養と知識を総合した高いコミュニケーション能力を身につけるということと軌を一にしているのであります。

義塾において諸君が培った友人との協力関係、さまざまな人々との交際を通じて何かを創り出してきたこと、その中での人への思いやり、人の痛みがわかること、やさしさ、強さ、こうした感情を育んだ体験は、協力して生きる力の基礎にふさわしいものだと思います。

しかしまた、これからは特に、気脈の通じていない中で人々との協力関係を創っていくには、友達ではなかった人と友達になっていく、そのための力が必要であります。また,「独立自尊の精神」を持った人間同士が協力して生きていく、そのための力が必要であります。友人を創り出す力としての「協力して生きていく力」を磨いていかなければなりません。

たとえば、福澤先生の書かれた『学問のすゝめ』第17編、1876(明治9)年の刊行でありますけれども、そこにこういう文言があります。

「人に交らんとするには啻に旧友を忘れざるのみならず、兼て又新友を求めざるべからず。」 (福澤諭吉『学問のすゝめ』17編 『福澤諭吉著作集』第3巻 194ページ)

旧友、つまり、諸君が慶應義塾において培った仲間、友情、これは大切にしてもらいたい。ぜひ大切にしていってほしい。しかし、他方で「新友を求めざる可らず。」 新しい友、新しい友人、新しい協力関係をぜひ創っていってもらいたい。いろいろな人に出会うと思いますけれども、もしかしたら気脈の通じていない人々に出会うこともあるかもしれません。けれども、そういう人たちとも協力をしあっていけるような、そういう力を磨いていってほしいと願っております。

特に、今日ここにご列席いただいている、諸君の後の2階のほうに座っていただいている卒業25周年の皆様、ご卒業以来、バブル経済の崩壊、また国際社会の転換期、そうした時期を経て今日まで、さまざまな場で活躍をしてこられた方々であります。皆様は、今申しました「協力して生きる力」の大切さをよくご存じのはずであります。そしてまた、さきほど申しました「先導する力」「独立する力」の大切さもよくお分かりのことと思います。卒業25周年の皆
様には、卒業以来長い間変わらぬ義塾へのご厚情を、この場をお借りして深く感謝を申し上げます。

卒業生の諸君に、これから磨いていってほしい三つの力、「先導する力」、「独立する力」、そして「協力して生きる力」、これら三つの力についてお話ししました。慶應義塾は、これら三つの力を、創立以来150年近くの間大切にしてきた学塾であります。したがって私は、諸君が在学していた間に、こうした三つの力の基礎を十分に身につけたものと信じております。また、そのために教職員の方々、塾員の皆様、ご家族、関係者の皆様が、諸君を支えてきてくださったのだと考えております。

ぜひこれからの人生において,「先導する力」「独立する力」「協力して生きる力」、これら三つの力を、さらにさらに磨いていってほしい。それが、卒業する諸君への私からのお願いであり,また,はなむけの言葉であります。

慶應義塾はあと3年、2008年に、日本の高等教育に大きな歴史を刻む創立150年を迎えます。諸君は、卒業したばかりの若き塾員として、創立150年の記念事業活動に参画することになります。記念事業の準備はすでに進めているところでありますけれども,ぜひ諸君には、いま申しました三つの力をさらに養いながら、次の慶應義塾の150年を生み出す原動力になってもらいたいと願っております。

諸君の母校たる慶應義塾もまた、150年の歴史と栄光のもとに、新たな150年への準備を整えつつあります。私自身、諸君一人ひとりと、そしてご家族、関係者の皆様、もちろん卒業25周年を迎えた方々、ご列席の皆様、義塾社中すべての方々とともに、150年の歴史を刻む慶應義塾の精神を深く共有して、さらに広く日本と世界に広めたいと思っております。

卒業する諸君、この卒業式を新たな出発点として、あらめたて気力をみなぎらせ、挫折に挫けず、あらゆる可能性を求め、大きな志と夢と勇気をもって、未来に挑戦していってほしい。諸君の前途が幸い多き道であることを信じ、諸君のこれからの健闘を祈りまして、私のはなむけの言葉、式辞といたします。

ありがとうございました。

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