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2003年04月03日 平成15年度大学入学式式辞

慶應義塾長  安西 祐一郎
 本日、ここに入学式を迎えた新入生の諸君、入学おめでとう。諸君がこれまでの生活から一歩を踏み出して、未来に向けて新しい道を歩み始めた、その門出を心からお祝いします。そして諸君が、慶應義塾に既に在籍している学生たち、塾員の方々、教職員、関係者、即ち慶應義塾社中に大学生として仲間入りをした、そのことも併せてお祝いをいたします。

 慶應義塾は、今年で創立145年を迎える伝統ある学塾です。「独立自尊」の精神をもって日本をリードしてきた誇り高き学塾であります。諸君が常に夢をもって、他人への思いやりをもって、人を脅かすことなく、自分をおとしめることなく、潔くクリーンに勇気をもって歩もうとする限り、慶應義塾は必ずや諸君の期待に応えてくれる、そういう学校であります。
 今日、入学式を迎えた新入生の諸君を陰に陽に支えてこられました保護者、ご家族の皆様にも心からお慶びを申し上げます。ご家族、保護者の方々もまた、今日から慶應義塾大学に深い関わりをもつ、慶應義塾とともにあるということになります。慶應義塾は、保護者、ご家族の皆様が、慶應義塾を想い、学生たちを想ってくださる限り、必ず皆様のご期待に応えることのできる、そういう学塾であります。

 新入生の諸君の後ろには、卒業50年を迎える1953(昭和28)年卒業の大先輩の皆様が列席してくださっておられます。諸君よりも50年余りも前に慶應義塾大学に入学をされて、戦争で壊滅的な打撃を受けたキャンパスを転々としながら、戦争後の困難な時期に勉学に励まれた方々であります。
 本日は、壇上におられる方々も含めて、多くの評議員、塾員、教職員の方々も参列しておられます。本日、諸君を慶應義塾の最も新しいメンバーとして迎え入れることを、慶應義塾社中全ての方々とともに慶びたいと思います。

 今日、ここに入学式を迎えた諸君、大学生になった、慶應義塾大学の学生になった、塾生になったということで心に留めてほしいこと、それを三つだけ申し上げることにします。大学は今まで諸君が歩んできた生活の場とは、また違う新しい場であります。諸君は慶應義塾で学んで、社会のさまざまな立場でリーダーとしての務めを果たしていくであろう。そういうふうに私は考えておりますから、そのことを心に留めて、諸君に三つのことをお伝えしておきます。

 諸君に伝えたい第一のことは、大学において「知の深さ」を求めてほしいということであります。大学というところは知識を求めるところである。正確な知識、豊かな知識を求め、学ぶところである。これは当たり前のことであります。しかし、知識をただ暗記するだけということではない。大学というところはできるだけたくさんの事柄を、できるだけたくさんの情報を考え併せて、それを総合して合理的に判断を行なっていく。そういう方法を身につけていく場だということであります。
 新聞を読む、テレビを見る、あるいはインターネットのホームぺージを検索する。同じ問題でも、新聞記事によって、テレビ番組によって、あるいはホームぺージによって、書き方、しゃべり方、映像の出方は全く違います。最近起こっている国際社会での出来事、あるいは国内での出来事、身近な地域社会で起こっていること、どれについても何が本当のことか、何が本物かということを探り当てようとする力。そういう力を「知の深さ」と言おう。つまり書いてあること、人の言っていることの奥にあることを読み取る力、合理的な思考の力、これを大学でぜひ身につけてほしいと思います。
 合理的な思考力を身につけるには、豊かな知識が必要であります。ただ、それだけではなくて頭の柔らかさも必要です。人の言っていることをよく聞き取る、よく理解する頭の柔らかさが必要であります。また、いろいろな情報のなかから自分で何かを汲み取っていく判断力も必要であります。慶應義塾の創立者である福澤諭吉先生は、幕末から明治にかけて日本の近代化を成し遂げる原動力となった方でありますけれども、福澤先生は、深い知識への探究心、世界のその頃の状況を理解する頭の柔らかさ、そして欧米列強のもつ知識を導入しながらも、それらの諸国にはむやみに追従しない「一身独立して一国独立する」という判断力をもった人でありました。その流れを汲む新入生の諸君には、特に「知の深さ」、合理的な思考力を求めるものであります。

 第二は、「情の広さ」をもってほしいということです。感情、思いやり、他人への思いやり、また、それを超えて人が何をどのように思っているか、そのことを想像する力。イマジネーション、想像力、これが大切です。家族や身の回りの人たち、友人、あるいは遠くにいる人たち、外国にいる人たち、地球の裏側にいる人たち、誰が何を考え、何を思っているか、広い想像力をもって思い起こしてほしい。何かのことに狂信的に情を通じるのではなく、情の「広さ」が大切である。そういう力を身につけてほしいということであります。さきほど申しました「知の深さ」とともに「情の広さ」ということを身につけてもらいたいと思います。
 国際社会は大きな変化を遂げている。政治、経済、社会、あるいは科学技術、健康、医療等、あらゆる分野にわたってあらゆることが渾然一体となっています。しかも、そういう国際社会について、あるいは地域の社会、国内についての情報を日々どこから得ていくのか、誰から得ていくのか。また、それが本物の情報であるのか。さらには、人に思いやりをもち、人が何を考え、何を行おうとしているのか。こうした諸々のことについて広く思いを巡らすことのできる、そういう力を身につけてほしい。想像力と申しましたけれども、言いかえれば「情の広さ」を身につけていってほしいと思っています。

 「知の深さ」と「情の広さ」に次いで、諸君に求める三つ目のこと。諸君は大学生になったのであります。大学生として志の高さ、言い換えれば意志の強さ、これをもってもらいたいと思っております。慶應義塾に入学した諸君には、「意の強さ」をもってもらいたい、志を高くもってもらいたい。キャンパスにおいていろいろな人たちに出会うことでありましょう。友達と語り合う、いろいろな活動をする、先生方と対話を交わす。そういったなかで自らの志を一つひとつ暖めていってほしい。志を立ててそれを貫く、そのための準備をしていってほしいと思います。
 志をもつには、勇気が必要であります。人は常に回りの情報に流されやすい、迎合しやすい、同じような情報が誰にでも手に入る、そういうネットワークの時代になっている。そういう状況ではなおさら、自分の頭で考えずに人の言うことに同調しやすくなります。それを振り切って志を立て暖めていく。必要なのはそのための勇気であります。もちろん単に猪突猛進をせよとか、あるいは独断専行をするということを言っているわけではない。「知の深さ」「情の広さ」をもって、そして自らの責任において事を定め、判断し、実行してもらいたい。そういうことを言っているわけであります。
 福澤先生とその門下生が明治33年に書かれたこととして、
 「敢為活溌堅忍不屈(かんいかっぱつけんにんふくつ)の精神を以てするに非ざれば、独立自尊の主義を実(じつ)にするを得ず。人は進取確守の勇気を欠く可(べか)らず。」
という言葉があります。「意の強さ」をもつには勇気が必要であります。

 慶應義塾大学に入学した諸君、「知の深さ」と「情の広さ」、そして「意の強さ」、志の高さをもってほしいということを申しました。これら三つのうち、一つだけをもっているという人は世の中にいます。知の深さだけをもっている、知が優秀である、いろいろなことを知っている、こういう人は世の中にたくさんいます。情に厚い、情だけで生きている、こういう人も世の中にいます。また、志、意志だけが強い、こういう人も世の中にいます。
 慶應義塾大学の学生は、今申しました「知を深く」、「情を広く」そして「意を強く」、この三つのことをバランスをもって自分のなかに身につけていってほしい。それが、混沌とした世の中、これから何が起こっていくかわからない社会、国際的にも国内においても諸君が将来リーダーとしてさまざまな立場で活躍していくべきそういう世の中にあって、必要なことです。今申しました三つのこと全てをバランスをもって、諸君の心と身体に身につけていくということを、慶應義塾のキャンパスにおいて進めていってほしいと願っています。これが慶應義塾の伝統の精神、「独立自尊」の精神を身につけるということであります。

 今日は、その「独立自尊」の精神を50年以上前の慶應義塾のキャンパスで育み、卒業後も身をもって示されてこられた、卒業50年を迎えた大先輩の皆様をここにお招きをしている。卒業50年の皆様は、1953(昭和28)年に慶應義塾大学を卒業されたわけでありますけれども、戦争によって莫大な被害を受けていた慶應義塾のキャンパス、生田、三田、日吉、小金井、あるいは武蔵野等々を転々としながら学生生活を送らざるを得なかった。とりわけ日吉のキャンパスは、1945年から4年間、米軍に接収をされて使えなかった、そういう時代であります。このため卒業50年を迎えた塾員の方のなかで、日吉キャンパスで学ばれた方は限られていたわけであります。戦争直後から復興期にかかる困難なときに慶應義塾に尽くし、卒業後は日本の戦後復興と成長の担い手としてさまざまな立場で貢献をされてこられた半世紀後、この入学式に列席くださったのであります。今日お見えになれなかった同期ご卒業の方々を含めて、卒業50年を迎えた塾員全ての方々に慶應義塾より改めて深く感謝を申し上げます。そしてこれからの益々のご多幸とご健康をお祈り申し上げます。
 「知の深さ」「情の広さ」「意の強さ」、この三つのこと、そして、この三つが鼎立した「独立自尊」の精神。卒業50年の方々のなかに脈々と流れている、この「独立自尊」の伝統の精神。新入生の諸君は、そういう大先輩が背後から見守ってくださっているということをぜひ心に留めておいてもらいたい。慶應義塾大学は、そういう学塾であるということを心に留めておいてほしいと思います。

 最後に、「独立自尊」ということについての福澤先生の言葉を、有名な『学問のすゝめ』の第三編から引用いたします。
 「獨立の氣力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るゝ者は必ず人に諛(へつら)ふものなり。常に人を恐れ人に諛ふ者は次第にこれに慣れ、其面の皮鐵の如くなりて、恥づ可きを恥ぢず、論ず可きを論ぜす、人をさへ見れば唯腰を屈するのみ。」
 「知の深さ」と「情の広さ」と「意の強さ」、この三つのバランスから生まれる誠実でまっすぐな常識の精神、すなわち「独立自尊」の精神。国際社会、また国内社会の激動のなかで日本が世界にどのように貢献していくのか、そのことが問われている。これからの世界に、慶應義塾は「独立自尊」、独立・自由の精神をもって、気概をもって判断し、事に当たっていきます。その最中に慶應義塾大学に入学した諸君、今、引用した「獨立の氣力」ということを慶應義塾のキャンパスにおいて身につけていってもらいたい、育んでもらいたいと切に願っています。

 私は、3万人近くに及ぶ全ての慶應義塾大学の学生諸君と、29万人近くに及ぶ全ての塾員の皆様と、そして教職員、更には慶應義塾を支援してくださっておられる全ての関係者の方々とともに、新たな未来へのチャレンジを始める諸君一人ひとりを慶應義塾の塾生として得たことを心から嬉しく、また誇りに思っております。諸君の大学生としての門出を改めてお祝いし、これからの健闘を祈ります。おめでとう。

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