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2002年04月29日 大学通信教育課程入学式式辞

慶應義塾長  安西 祐一郎
慶應義塾大学に入学された皆さん、おめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。また、ご家族の皆様にもお慶びを申し上げたいと思います。2000名近くの通信教育課程の皆さんを慶應義塾にお迎えしたということを、慶應義塾は大きな喜びとするものです。
 
せっかくの機会でありますので二つ申し上げたい。一つは、慶應義塾とその通信教育課程のことであります。もう一つは、大学、大学生、そして大学に学ぶということであります。

まず、慶應義塾のことを申し上げます。皆さんが入学された慶應義塾大学は、1858年に福澤諭吉先生によって創られた福澤塾が原点になっております。江戸築地鉄砲州にその碑が建っておりますけれども、1858年といえば安政5年、まだまだ日本が鎖国の時代、幕末の時代、そして経済的にも困窮の時代でありました。そのときに福澤先生が蘭学塾として始められた福澤塾が、慶應義塾の起源になるわけであります。その後すぐに英学塾に変わりましたが、それ以来明治の時代、大正の時代、昭和の時代を経て、今年で144年目を迎えました。慶應義塾が創立以来あらゆる分野に社会の先導者を出してきたことは、皆様もよくご存じかと思います。

福澤先生が「気品の泉源」「智徳の模範」ということばを言われ、書かれたその文章の中に、慶應義塾は「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」という文があります。「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」。そう言い切られた福澤先生の精神が、皆さんが入学されたこの慶應義塾大学に脈々と波打っています。

そのなかにあって、通信教育課程は昭和23年、1948年に発足をいたしました。そして昭和27年、1952年に最初の卒業生34名が卒業しました。最初の頃の苦労はいかばかりかと思いますけれども、今年第1回の卒業生34名が卒業後50年を迎えました。

慶應義塾大学は4月初めに行っている全学部の入学式に卒業後50年の方々をご招待する、そういう習わしを続けております。通学課程の学生の入学式でありますけれども、卒業後50年の通信教育課程の皆様を初めてお迎えした、そういうことが先日ございました。

また、昭和33年、慶應義塾が100周年を迎えたとき、この通信教育課程も開設10周年を迎えました。そして平成10年、1998年には開設50年を迎えました。皆様が勉強されるラジオの放送は、昭和33年慶應義塾100周年、また通信教育課程10周年の年、昭和33年6月1日に始まったものでありますが、その後努力が重ねられまして多くの科目が放送されるようになっていることは、これからも皆様が勉強する中でおわかりいただけるものと思います。

また、夏にはスクーリングがあります。慶應義塾大学の通信教育課程のスクーリングというのは、日本最初のスクーリングでありまして、開設最初の年の昭和23年夏三田においてスクーリングが行われたのが日本で最初であります。これから皆さんもその経験を積まれると思います。
 
慶應義塾と通信教育課程の歴史を多少申し上げましたけれども、福澤先生の「独立自尊の精神」は、とくに自ら主体的に学ぶ通信教育課程において大きな意義をもっています。独立した精神をもって自らを尊ぶということは他人を尊ぶということであります。

福澤先生は、これから日本が欧米列強に追いつく、あるいは欧米の列強と並んで発言権をもつ、発言力をもつ、そういうことが必要だということで「独立自尊」、一国の独立は一身の独立にかかっているということを言われたわけでありますが、現代の日本、現代の世界は、その頃よりはるかに密な関係をもつようになっています。

たとえば、政治においても国際的な場で日本が、また世界の各国がお互いにたいへん密接な関係をもつようになり、また民族間の関係、あるいは国の間の関係、安全保障の関係等々において、世界はきわめて狭くなって、複雑化しているということが言えると思います。

また経済の世界におきましても、インターネットをはじめとする情報ネットワークの発達によりまして、日本国内の地域経済においてすら、世界のグローバル経済と密な関係をもつようになっている。経済においてグローバル化の波が、日本にもすでに到達しているわけであります。

そして社会においても、皆さんがそれぞれ暮らしておられる地域の社会、あるいは仕事の場、活動の場が、昔に比べてはるかに多様になっている。仕事の場、日々の糧を得る場だけではなくて、地域とのつながり、また、ほかのいろいろな活動とのつながりが多様化しています。

政治の複雑化、経済のグローバル化、社会の多様化、こうした関係は、おそらく福澤先生の時代とはまた違った様相を呈しているかに思います。そのなかにあって「独立自尊の精神」、あるいはむしろ、自尊と共生、他者と共に生きる「自尊と共生の精神」が、これほど求められている時代はありません。

慶應義塾は144年の歴史と伝統をもって、この新しい時代を切り開いていく、先導者の精神を育んできたといえます。本日入学式を迎えられた皆さんそれぞれに、今申し上げた慶應義塾と通信教育課程の歴史のもとに、新しい時代、新しい自分を切り開いていってほしいと願っております。

もう一つ、大学、大学生、大学で学ぶとはどういうことかということを申し上げましょう。大学で学ぶことが高等学校までとどう違うか。大学で学ぶということは、入学した学生の皆さんそれぞれが、自らの志をもって学ばないかぎり、大学のほうから反応が返ってきにくい、大学で学ぶとはそういうことであります。

例えば知識を得ること。文学部、経済学部、法学部で学ぶ言葉、文化、法律、経済等々、人間世界のさまざまなことについて、これまで人間がつくり上げてきた、蓄積してきた知識というのは膨大なものがあります。それは広いばかりでなく、たいへん深い、さらにはたいへん厳しいものであります。自らの志をもって学ばない限り、その知識は得られないものであります。

一方、いま生き残っている多くの知識は、長い歴史の間に彫琢されてきた知識の体系、知の体系の一部である。大学という場はその知に触れることができる、そういう場であります。これは単に与える、与えられないの問題ではなく、皆さんと大学との関係によって、単に切り売りされる知識を得るということを超えて、知の感動を得る、知識の感動を得ることの場であるということなのです。このことを第一に申し上げておきたいと思います。

さきほど申し上げたように、志がなければ知の感動は向こうからやってこないでありましょう。ただ、皆さんそれぞれに学ぶということの志があれば、必ずや慶應義塾大学の通信教育課程は、知の感動を与えてくれるにちがいない、そういうふうに考えております。

それからまた、慶應義塾大学という学びの場は、たとえば、さきほど申し上げた夏のスクーリングも含め、同じように学ぶ学生諸君の間のつながり、あるいは卒業生とのつながりも含めて、いろいろな体験を積んでいく、いままでになかった新しい体験の感動を得ることのできる、そういう場であります。

大学という場は、世の中の短期的な日々のいろいろなこととは違った大きな意味での体験を自らの中に蓄積することのできる、そういう場であります。その体験の感動をぜひ、何かしら得ていただきたいと思います。感動というのは自分で掴むことができるか。私は、日々精進していれば、必ず向こうからやってくるにちがいない、そういうものだと思います。

「知識の感動」と、そして「体験の感動」ということを、ぜひ慶應で学ぶ間に得ていただきたい。それはきっと皆さんが慶應の塾生として日々励んでおられれば、必ずや向こうからやってくるものだというふうに思います。そして知識、体験の感動に重ねて、慶應義塾大学で学ぶということはどういうことか。いちばん大事なことは、新しい自分を発見するということだろうと思います。

自分というのは、自分にとってわかっているようでいて全部がわかっていることはない。もしかしたら自分が今まで知っている自分というのは、実は自分の一部でしかないかもしれません。新しい自分を発見する、自分を見つけるということの感動を得てほしい。慶應義塾大学という長い歴史と伝統をもち、多くの先導者を生み出してきた学塾は、皆さんひとりひとりが、新しい自分を見つける「自己発見の感動」を得る、そういう場としてまことに相応しいと考えております。

大学、大学生、大学で学ぶとはどういうことか。とくに慶應義塾大学で学ぶとはどういうことか、それを申し上げました。「知識の感動」「体験の感動」そして「自己発見の感動」。これから皆さんはひとりひとり、慶應義塾の塾生として自らを見出だす自己発見の旅に出るわけであります。ぜひその旅が皆さんそれぞれにとって、自分の新しさを見つける旅になりますように。そして慶應で知識、体験を皆さんが積めますように、慶應義塾大学で学び、大学生活を送るということが、皆さんにとって大きな意味で幸いでありますように。そして皆さんが慶應の塾生としていろいろな経験を積み、将来社会の先導者として新しい歩みを始められますように。

もちろん学生生活は厳しいかもしれない。しかしそれを乗り越えていけば、いま私が申し上げたことは必ずや皆さんそれぞれの手に入るもの、と信じております。慶應義塾の塾生として皆さんに幸いあらんことを、そして皆さんそれぞれの健闘を祈りまして、私の式辞とさせていただきます。

おめでとうございました。

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