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2003年01月10日 年頭の挨拶

慶應義塾長  安西 祐一郎
新しい慶應義塾への始動

 新年明けましておめでとうございます。2003年(平成15年)の新しい年を、皆様とともにお祝いいたしたいと思います。そして、福澤諭吉先生の168回目のお誕生日を、今日ここに慶應義塾社中の皆様とともにお祝いできますことを、たいへん嬉しく光栄に存じます。昨年は日本にとりまして、政治、経済、社会、いろいろな面で多難な年でした。そのなかにあって慶應義塾社中の皆様には、義塾に対しましてたいへんなご支援、ご貢献、ご指導、ご鞭撻をいただいてまいりました。この場をお借りいたしまして、改めて皆様に心より感謝申し上げます。
 新年のことでありますので、昨年のこと、あるいはこれからのことをご挨拶に代えて申し上げます。
 私は、毎年この1月10日に福澤先生のお誕生日を迎えるたびに、大きな喜びを覚えます。それは、慶應義塾が長年の歴史をさらに積み重ねて着実な発展を遂げる、そのことを実感する喜びなのでありますが、今年はとりわけ二つのことが理由として挙げられます。
 一つは、昨年が日本にとってたいへん厳しい時期であった、一度は景気が上向くかと言われたのですが、デフレが加速し、日本は非常に厳しい経済状況のなかにありました。塾員の皆様にも、また保護者の方々におかれましても、いろいろなご苦労があったことをうかがっております。もちろん慶應義塾も、私学として、そうした厳しい経済状況のなかで、教職員の人たちにもいろいろにご苦労をおかけするような状況でした。しかしながら慶應義塾は、皆様のご協力のもと、そういう厳しい年を乗り越えてこの新しい年、1月10日を迎えることができた、福澤先生のお誕生日を迎えることができた、そのことを私は大きな喜びとしております。
 もう一つ、今年は、慶應義塾の1858年の創立から145年を迎える節目の年になります。私はこの節目の年を、新しい慶應義塾への始動の年、新しい慶應義塾への脱皮の年、と位置づけたい。創立145年を迎えた今年は、2008年の150周年まであと5年ということになりますが、いま日本は、その5年後がなかなか見えない、そういうなかにあって、日本がいまから5年後にどういう姿で世界のなかに位置づけられているか。日本に対する慶應義塾の大きな社会的な影響力を考えますと、私には、5年後の日本の姿が、慶應義塾の5年後、創立150周年の姿と重なって見える。そういう意味で、今年の創立145周年というのは、慶應義塾のみならず、これからの日本にとって、たいへん大きな節目の年になると思われます。私は、慶應義塾が日本を形づくる力を持ちうると信じている、そのチャレンジの年のスタートを切ることができるということ、慶應義塾が新しい時代に向けて脱皮を遂げ、新しい時代を導いていく始動の年として創立145周年を迎えたこと、そのことをもう一つの大きな喜びとしております。

 いま述べた二つのことは、一つは昨年のこと、一つは今年またそれ以降のことでありますが、まず、改めて昨年のことから振り返ってみたいと思います。
 私は、教育、研究、社会貢献においてそれぞれ最高のレベルを維持し、また発展させていくことが、慶應義塾の大きな使命であると考えております。その使命を果たすため、昨年もまた大学の各学部、研究科、研究所、研究センター、一貫教育校、あるいはそれぞれの部署等々で、多くのオリジナリティに富む努力がなされてきたと思います。
 そうした努力が結実した一方で、昨年は教育、研究、社会貢献にわたり、さまざまな発展をみました。たとえば日吉のキャンパスには来往舎、幼稚舎には新館21が完成しまして、いろいろな形で利用されるようになっています。
 大学におきましては理工学部に生命情報学科ができ、商学研究科には「専門的職業人のための学術教育プログラム(APPs)」が発足の運びとなりました。また、医学部では包括先進医療センター、日吉キャンパスでは教養研究センター、また三田キャンパスでは、デジタル・コンテンツ研究運用機構が発足をしています。
 また文部科学省の「21世紀COEプログラム」の昨年公募のあった5分野に申請をいたしまして、その5分野とも選定され、すでにそれぞれのプロジェクトが研究・教育を開始しています。この「21世紀COEプログラム」には今年も応募をする予定です。この「21世紀COEプログラム」の申請にあたりましては、それぞれの関係部門、研究科等々にご尽力をいただきました。関係各位にこの場を借りて感謝申し上げたいと思います。
 大学としては他にも、たとえば国際化については環太平洋大学協会(APRU)に加盟をし、またリサーチ・ライブラリーの国際グループ(RLG)にも加盟をするなど、国際化への努力を続けています。留学生の宿泊施設等の手当ても早急に考えることになっています。
 一貫教育校についても、各校の教育への努力に加え、私が見ているところでは、学校間のさまざまな連携が進みつつあるのではないかと思います。慶應義塾の一貫教育は慶應義塾にとって大きな宝物ですが、一貫教育校の努力がこれからますます大きな発展に結びついていく、そのきっかけができ始めているように思われます。
 一方で、慶應義塾は時代を先導すべき私学として、自ら経営改革をしていかねばなりません。昨年の9月には、経営改革プロジェクト室を設置し、「財政・経営システム改革」、「人事・給与制度改革」、「病院経営改革」という三つの改革を軸として、それらの整合性をもって経営改革を進めていくことを宣言しました。私は、短期的な収支改善策等々のみならず、慶應義塾の組織改革、構造改革、経営改革が必須だと考えております。経営改革プロジェクト室はその成就に向けてさまざまな立案をしていく予定であります。
 また、10月に第30期の評議員会の任期が満了し、11月に第31期の評議員会が新たに発足しました。それに伴いまして評議員会議長が、長年にわたりご貢献いただいてまいりました、今日おみえになっておられます神谷健一君から、福澤武君に交替をいたしました。同時に11人の評議員の方々が名誉評議員になられました。さまざまな面にわたりまして義塾にご貢献いただいた慶應義塾社中の皆様に、改めて厚く御礼を申し上げたいと思います。

 昨年のことについて申し上げてまいりましたけれども、次に慶應義塾の今年、またそれ以降のことについて申し上げます。
 私は塾長に就任して以来、二つのことを常に念頭に置いてまいりました。その一つは、教育・研究・社会貢献のすべてにわたって、学塾のなすべき本道としてその質を上げていくことであります。もう一つは、質を上げるために必要な足腰の強化、特に組織としての構造改革、および財政基盤の安定と強化、充実ということであります。一昨年の9月に「慶應義塾21世紀グランドデザイン」を発表しましたあと、昨年の2月に「合理と独立の学校経営」という経営の基本方針を発表し、権限と責任の明確化と財政基盤の充実ということを学内のさまざまな場で述べてまいりました。大学、大学院、また小学校・中学校・高等学校に至るまで、学校間の競争が国内のみならず国際間で激しく起こってきている、そういう状況のなかで、教育・研究・社会貢献の質を高めるための構造改革と財政基盤の充実は、慶應義塾がいま最もなすべきことであります。慶應義塾の組織につきましては、一生懸命に働いて慶應義塾に貢献している人たちが報われるようにしていきたい、また、責任と権限の所在がはっきりした合理的な組織にしていきたいと考えております。
 そして、昨年の7月には「総合改革プラン2002~2006」を発表し、これにつきまして学内のさまざまな場で私の考えを述べてまいりました。「総合改革プラン」は、「慶應義塾21世紀グランドデザイン」で述べた、人の育成(感動教育実践)、知の創造(知的価値創造)、富の創造(実業世界開拓)を具体化していくプランであり、経営改革としては「財政・経営システム改革」、「人事・給与制度改革」、「病院経営改革」を進めていくプランであります。一言で申し上げれば、新しい慶應義塾への脱皮のための改革ということであります。この「総合改革プラン」を基に、経営改革、構造改革、また財政基盤の強化ということを含めて、教育・研究・社会貢献にわたる総合的な改革を、特に今年を新しい慶應義塾への始動の年として進めていく所存であります。
 グランドデザイン実現に向けての第一は、「人の育成」であります。「感動教育実践」と銘打っていますけれども、人を育むことが学塾の最も大事な使命であり、大学の各学部、研究科、あるいは一貫教育校にはたいへん大きな期待をしております。慶應義塾全体としてはやはり教養教育、そして外国語教育がたいへん重要であろうと私は思います。私は慶應義塾の卒業生には、ある一定レベル以上の教養と、語学の能力を持っていてほしい。人の育成を含め、慶應義塾は国際スタンダードの下で世界を舞台に活躍できる、そういう学塾として明確に名乗りを上げられるように、努力していきたいと思っています。そういう意味ではすべての学部等にわたって、これからやはり教養教育、外国語教育を含めた学部教育のあり方を改めて考えていかなければならない、そういう時期にきていると思います。また、これからの複雑な時代には、学部、研究科等を越えた横断的な教育のプログラムも重要になると思っています。三田、日吉、矢上、信濃町、湘南藤沢キャンパス等々を含めて、全学として取り組んでいきたいと思っている次第です。教育一つとりましても、たいへん多くのなすべきことがあります。
 第二に「知の創造」、「知的価値の創造」という面も非常に大事であります。これもまた、大学の各学部、研究科、一貫教育校、教職員すべて、あるいは学生、あるいはまた慶應義塾社中、卒業生の方々も含めて、知の創造に向けて大いなる努力が必要なのであります。いままであまりなかったこととして、慶應義塾のなかの学部等々を越えた全学的、横断的な研究推進の仕組みがあります。いまの複雑な時代には、たとえば、生命の問題、ことばの問題、あるいは科学技術、医学の問題をとりましても、人文学、社会科学、自然科学等々あらゆる面にわたって総合的な研究推進の仕組みが必要だと思っております。こうした全学的な研究推進の仕組みを、研究推進のセンターとして構築していくことを、すでに学内におきまして話し始めております。今年はそういう知の総合的な創造に向かって歩みを進める、そういう年になってくるかと思っております。
 また第三に、「実業世界の開拓」ということを打ち出しています。私はもちろん学塾の役割として人を育むこと、知を創造することが重要だと考えていますが、一方で社会との連携も重要な時代になります。そもそも「実業世界の開拓」というのは、福澤先生が福澤塾、慶應義塾を創られたときからの伝統の精神、歴史であります。新しい実業を起こす、起業ということ、また起業家の育成も含めて、「実業世界の開拓」をあらためて21世紀の新たな時代にやっていきたいと考えている次第です。「実業世界の開拓」につきましても、なすべきことは多々あります。一つは「法科大学院」、いわゆるロー・スクールですが、その設置へ向けての努力が進んでおります。また「戦略構想大学院」と仮称していますが、もう一つ専門職大学院を構想しております。明治の時代には福澤先生とその門下生が、政治・行政・経済・産業・新聞・出版その他、あらゆる分野にわたってリーダーとして活躍し、それが日本の近代化の原動力となっていきました。明治の頃のあのリーダーシップ教育、これをもう一度現代に捉え直して、戦略構想力を持った新しいリーダーの育成に努めていきたいということであります。一言で言えば、時代を導くリーダーを輩出した福澤塾・慶應義塾の精神を蘇らせ、21世紀の福澤塾をたてていきたい、21世紀の新しい時代に福澤塾をもう一度創っていきたい、ということです。また、慶應義塾は日本で最も歴史の古いビジネス・スクールを持っていますが、そのビジネス・スクールを再編して、国際時代に相応しい新しいビジネス・スクールをたてていくことも必要だと考えています。もちろん、大学院、学部を問わず、学術的な活動は当然重要でありますが、これからの時代、そういったアカデミアの活動と、プロフェッショナル養成のためのいろいろな活動をどう組み合わせて、どういうふうに慶應義塾の大きな発展につなげていくかが、これからの一つの課題であると考えています。
 いくつかのことを申し上げましたけれども、改めて今年をきっかけにして、さまざまなことを具体的にやっていく。これからの不透明で複雑な時代、社会のなかにあって、慶應義塾が、国際社会においてもリーダーシップを持てるような人間の育成をしていかなければいけない。また、国際社会においてオリジナリティをもって十分に尊敬されるような知の創造を大きく発展させていかなければいけない。さらには、福澤先生以来の精神と伝統を未来に転じて、21世紀の実業の世界を新たに創っていかなければいけない。もちろんこれらを高いレベルで行っていかなければいけないのであり、それはそんなに簡単なことではありません。21世紀の前半、中盤に向けて、そういったことを実現していくため、組織的にも、経営的にも、いろいろな面で脱皮を図っていく必要があると考えております。そういう意味で、最初に申し上げましたが、ちょうど創立145年にあたる今年を、新しい慶應義塾への始動の年、脱皮を開始する年にしていきたいと思っている次第です。

 福澤先生の著作に、『痩我慢の説』があります。先生が明治24年に執筆され、その後封印されて亡くなられる直前の明治34年に時事新報に発表された有名な著作のことです。その冒頭に皆様よくご存じの「立国は私なり、公に非ざるなり」という言葉があります。人口に膾炙された言葉でありますが、私はいまの日本にとてもよく当てはまる言葉だと思います。いまの日本に必要なことは、責任を持たない流行論議や他者批判ではなく、自己責任に裏打ちされた合理的な思考と行動であります。慶應義塾は、私学として合理的な自己改革の道をたゆみなく歩み続けなければならない。私は、その歩みの先頭に立って努力していく覚悟でありますが、一方できわめて大事なことは、慶應義塾社中の一致団結であります。新しい年を迎えるにあたり、私は最後にこのことをもう一度申し上げておきたい。明治12年(1879年)、いまから120数年前のことでありますけれども、1月の新年発会において福澤先生が言われた言葉があります。
 「我慶應義塾の今日に至りし由縁は、時運の然らしむるものとは雖ども、之を要するに社中の協力と云わざるを得ず。其協力とは何ぞや。相助ることなり。創立以来の沿革を見るに、……命令する者なくして全体の挙動を一にし、奨励する者なくして衆員の喜憂を共にし、一種特別の気風あればこそ今日までを維持したることなれ。」

 福澤先生がこのことを言われた明治12年頃というのは、西南戦争などの影響で慶應義塾もたいへんな時期でありました。福澤先生が言われたその精神、その行動、その思考というのは、現代まで脈々とわれわれ慶應義塾社中の体の中、心の中に波打っていることを私は信じております。慶應義塾は「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」という福澤先生建学の精神のもと、創立された学塾であります。その福澤先生のお誕生日、このよき日に、「我慶應義塾の今日に至りし由縁」、この言葉をもう一度思い起こしていただければ幸いです。福澤先生の頃とはまた違った意味で激動する世界のなかで、社中一致協力のエネルギーをもって、時代を先導し未来を創造していく。それが慶應義塾のこれからの大きな役割であり、福澤先生の願いでもあると私は思っております。
 本日ご列席の皆様、また、慶應義塾社中すべての皆様のご多幸、ご健康、ご活躍を心からお祈りいたしまして、年頭のご挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。

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