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2003年03月24日 平成14年度大学卒業式式辞
慶應義塾長 安西 祐一郎
本日ここに卒業式を迎えた諸君、本当におめでとう。諸君の卒業を心からお祝いいたします。諸君はそれぞれの学部において、あるいは看護短期大学において、それぞれに学問を修め、友人と語り合い、あるいは先生と交わり、またいろいろな活動に精進をしてきました。皆さんの長い間の努力に敬意を表します。その結果として今日の卒業を迎えられたということを、心から祝福したいと思います。慶應義塾は1858年に創立された、今年で145年を迎える伝統ある学塾であります。多くの先輩たちが日本の国を興してきた誇り高き学塾であります。その慶應義塾大学を卒業するのだということを大いなる誇りとして、そして大学生活のさまざまな思い出と厚い友情を胸に抱えて、これからの新しい道を歩んでもらいたいと願っております。
とりわけ看護短期大学につきましては、もともと1918年の医学科附属看護婦養成所創設から始まり、厚生女子学院等を経て1988年に看護短期大学になったわけでありますが、看護医療学部の発足等々大いなる発展がありまして、今日の卒業式において卒業する104名の諸君を最後に看護短期大学としては幕を閉じることになりました。3月26日に閉校式を挙行いたしますけれども、その志と活動は看護医療学部へと受け継がれていくわけであります。看護短期大学にこれまでご貢献、ご支援いただいてこられたすべての皆様に感謝を申し上げたいと思います。
一方、卒業する諸君をこれまで支えてこられたご家族、保護者の皆様に、慶應義塾を代表して深く感謝を申し上げたい。慶應義塾大学にご子息、ご息女を送られていろいろに支援をしてくださったことに深く感謝申し上げたいと思います。そして評議員の方々、すべての塾員の皆様、卒業する諸君を支えてきてくださったことに厚く御礼を申し上げたい。教員職員の皆様にも深く感謝をしたいと思います。
今日は、壇上には福澤評議員会議長、また塾員代表としてメルシャン株式会社鈴木社長、また、服部連合三田会会長、常任理事、塾監局長、学事センター部長、そしてもちろん諸君が卒業した学部の学部長、通信教育部長、看護短期大学長、メディアネット本部長、学生総合センター長等々の方が列席されておられます。そして諸君の後ろには、諸君より25年先に卒業した卒業後25年の方々が、諸君の卒業を祝って駆けつけてくださっておられます。卒業25年の皆様にも、慶應義塾をご支援くださっていることに、深く感謝申し上げたいと思います。
いま申し上げたように、多くの慶應義塾社中の方々が卒業生諸君一人ひとりの卒業を祝ってくださっている、そのことを十分心にもって卒業生諸君が新しい道に出発していく、そのことを、希望に満ちた気持ちで祝福をさせていただきたいと思います。
卒業するにあたって、諸君にお話ししたいことは多々ありますけれども、ここでは三つだけ申し上げておきたい。
一つは、「端正であれ」ということです。慶應義塾の卒業生は端正でなければならない、身だしなみが端正である、服装が端正である、礼儀に適っている、礼儀作法がいき届いている、身をわきまえている、ということであります。
ただ、端正な身だしなみ、端正な礼儀作法ということばはもっと深い意味がある。「端正である」ということは、隙がないということです。外から見ても、また内なる自分に対しても、何事があろうと即座にしっかりとした判断をすることができる、その準備としての身だしなみ、礼儀をもっているということであります。また、「端正である」ということは、奇をてらわないということです。人を驚かすことはない、自分の内なる自信によって人に対する、これをもって「端正」と言う。そして「端正である」ということは、人に媚びない、人を脅さないということです。人におもねることはない、人に不愉快な気持ちを与えることはない、自ら培った品格をもって人に接するということであります。
1933(昭和8)年から1947(昭和22)年まで塾長を務められた小泉信三元塾長が「端正」ということばをはからずも使っておられる。1939(昭和14)年に小泉塾長が塾生に与えられた講話のなかで、
「端正なる身だしなみということについて深く諸君の留意を促したい」
ということをおっしゃっておられる。また、その後に塾生に配布された「塾長訓示」の第一の文言として、
「心志を剛強にして容儀を端正にせよ」
という有名な文面がある。しっかりした心をもって、強い志をもって、身だしなみと礼儀を端正にしなさい、こういうことであります。
私の述べた「端正であれ」ということ、そしてその昔、小泉塾長がおっしゃったことばは、今日を境に学窓を巣立つそれぞれの諸君に、十分にあてはまると思うのです。なぜか。それは、いま国際社会が激動している、国内においてもとくに経済は先の見通しがなかなか立たない、そういう時代においてはとりわけ、何事が起こっても、だれに対しても、自らの敏速、果敢な判断によって身を処すること、そういうことの身だしなみと礼儀が大切だからであります。外面の様相においても、内面の身だしなみにおいても、端正な容儀をもっているべきだと思います。それがこれから社会のさまざまな分野で活躍していくべき慶應義塾大学卒業生の諸君それぞれに、とくに必要なことだと考える次第であります。これが一つです。
二つ目は「リーダーシップ」ということであります。「リーダーシップ」ということばはよく使われることばです。ただ、それは単に人に好かれるとか、人の話をよく聞くとか、あるいは何事も一人で決めてしまう独断専行の人間だとか、そういうこととは違います。これからの時代、リーダーシップというのは、その人に対して合理的な信頼がおけるということであります。いまの時代はグローバルなネットワークの下で、だれもがある程度の情報をとれる、そういう時代になっています。そういうなかで、そうした情報を超えて合理的な思考力をもって、あらゆるファクターを総合的に考え、判断して、実行する、そういう人間に対して信頼がおけるとき、その人はリーダーシップがあるということであります。感情的な、狂信的な思い込みでなく、合理的な思考に基づいて信頼に足る、そういう人間になってもらいたい。社会において、組織において、職場において、あるいは家庭において、リーダーシップというのはさまざまに発揮されるであろう、とくに慶應義塾大学を卒業する諸君には、そういう機会が多く出てくるでありましょう。そのときにぜひ諸君それぞれに、いま申し上げたことを思い出してほしい。
福澤先生の『学問のすゝめ』、諸君は慶應の卒業生ですからよく知っているかと思います。そのいちばん先頭には、
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり。」
と書いてある。それではいちばん最後にどう書いてあるか。第17編です。1876(明治9)年に発行された。福澤先生はこう書いておられる。
「世界の土地は広く人間の交際は繁多にして、三、五尾の鮒が井中に日月を消するとは少しく趣を異にするものなり。」
いちばん最後の文言は、こうなっている。
「人にして人を毛嫌ひする勿れ。」
さきほども申し上げましたように、国際社会は大きな変動のときを告げています。1980年代の末に東西冷戦が終結してから、世界の各国は冷戦後の国家間関係を模索してきました。いま、政治、経済、社会、あるいは科学技術、健康医療、あらゆる分野にわたって渾然一体となって先が見えない。ある意味で大学もその渦中に巻き込まれかねない、こういう状況にあるわけであります。そうしたなかで、いま申し上げた福澤先生の『学問のすゝめ』、「世界の土地は広く人間の交際は繁多にして」ということばがここに蘇ってくるわけであります。そうしたときにとくに「人にして人を毛嫌ひする勿れ」、正真正銘『学問のすゝめ』の最後のことば、これを諸君に贈りたい。将来リーダーシップを発揮すべき機会が多くなるであろう諸君には、さきほど申し上げたように合理的な思考力をもって信頼をかち得ていく、そういった人間になってもらいたい。その前提は「人にして人を毛嫌ひする勿れ」、他人を毛嫌いせず、人から孤立せず、慶應義塾において身につけた学問、友情、思想、いろいろな活動の記憶、先生方との関係、こうしたことを糧にして、将来のために人に尽くし、いろいろな人たちと交わる経験を積んでいってほしいと願っている次第であります。「端正であれ」ということ、そして合理的な思考力の下で「リーダーシップ」を身につけてほしいということを二つ目に申し上げました。
三つ目は「不屈」ということです。簡潔な身づくろい、あるいは礼儀正しく人に接すること、さらには合理的な信頼に基づくリーダーシップ、言うのは簡単でありますが、いまの日本の消費社会において、それを通すのはそれほど簡単なことではない。揺れ動く社会のなかで、諸君はさまざまな立場を得ていくでありましょう。慶應義塾の卒業生としての諸君によく言われる「スマートではあるけれどもこらえ性がない。じっとこらえて辛抱する気持ちがない」、そういうことが一般的に慶應義塾の卒業生に対して言われることもあるように思われます。
ところが、事実は逆であります。慶應義塾145年の歴史を振り返ってみると、慶應義塾ほど学生、卒業生、一緒になって辛抱し、不屈の精神によって国を興してきた、そういう学塾はない。日本の近代化を担った明治時代はむろん、戦後の経済復興期、あるいは経済成長期、私学としてこれほど苦難の道を歩みながら国をリードしてきた学塾はない。このことをとくに今日卒業する諸君にお伝えしておきたい。
私が申し上げたい三番目のことは「不屈の精神」、慶應義塾が不屈の精神の殿堂であるということであります。「端正」であること、「リーダーシップ」をもつこと、それぞれに引用をしてきましたから、「不屈の精神」についても一つ福澤先生のことばを引用させていただきます。福澤先生とその門下生が1900(明治33)年にまとめた、有名な『修身要領』29か条、その第6条に次の文章があります。
「敢為活溌堅忍不屈(かんいかっぱつけんにんふくつ)の精神を以てするに非ざれば、独立自尊の主義を実(じつ)にするを得ず。人は進取確守の勇気を欠く可らず。」
こういう文面であります。「堅忍不屈」堅く忍び屈することのない、そういう精神は慶應義塾の伝統であります。これはまた端正であること、リーダーシップをもつこと、それらにもつながる大切な心のもちようだと思います。
端正であれ、合理的な思考力を磨いてリーダーシップを身につけてほしい、そして不屈であれということを申し上げた。私は諸君が慶應に在籍している間、学生として在籍している間に、いま申し上げたことはすでに身につけていると思います。教職員の方々、あるいは塾員の方々、多くの方々が、いま申し上げた三つのことを皆さんが身につけていると信じてくださっていると思います。とりわけ卒業25周年の方々、1978年に卒業された方々の学部在籍当時は学園紛争の頃でもありました。卒業してからもいろいろな道があったでありましょう。そのなかで慶應義塾のいわば伝統だとも思われる、端正であること、リーダーシップをもつこと、そして不屈の精神をもつこと、この三つのことを卒業25周年の方々は体現されてこられたというように思います。
私は、今日卒業式を迎えた諸君、ご家族、保護者、関係者の皆様、卒業25周年を迎えられた方々、ご列席のすべての皆様、そしてもちろん、29万近くの塾員の方々と、いま私が諸君にはなむけのことばとして申し上げたことを含めて、慶應義塾の精神をさらに広く、また深く、慶應義塾社中として共有をしていきたいと願っています。最後に卒業生の諸君のこれからの栄光ある未来のために、さきほど述べた福澤先生の『修身要領』からもう一つ文章を引用させていただいて、私の式辞を終えたいと思う。それは『修身要領』1900(明治33)年の第2条であります。
「心身の独立を全うし自から其身を尊重して人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云ふ。」
こういう文言であります。これほどはっきりと「独立自尊」について言い切っている文章はほかには稀であります。この「独立自尊の精神」は、今日卒業する諸君一人ひとりの心に、一人ひとりの体に脈々と流れていると思います。卒業生の諸君、「独立自尊の精神」をもって、失敗に挫けず、常に可能性を求めて未来にチャレンジしていってほしい。諸君の前途が幸い多き道でありますように祈りまして、私の式辞といたします。おめでとう。
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