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2002年03月23日 平成13年度大学卒業式式辞
慶應義塾長 安西 祐一郎
本日ここに卒業式を迎えた卒業生の諸君、おめでとうございます。諸君の卒業を心からお祝いいたします。諸君はそれぞれの学問を修め、先生方と交わり、あるいは友人と語らい、さまざまな活動に励んできました。諸君の長期にわたる努力に敬意を表するとともに、その結果として本日の卒業式を迎えたことを心から祝福したいと思います。
また、卒業生を支えてこられましたご家族、保護者の皆様に、心からお喜びを申し上げるとともに、皆様のこれまでのご支援に深く感謝申し上げます。そして、やはり卒業する諸君を支えてこられた教員、職員の皆さんにも、この場を借りて感謝いたしたいと思います。
本日は評議員、教職員、そして卒業して二十五年目を迎える、一九七七年、昭和五十二年に慶應義塾大学を卒業された、諸君の先輩の皆様が列席してくださっております。私は、慶應義塾社中のすべての方々とともに、慶應義塾大学の学窓を巣立っていく卒業生諸君のこの旅立ちの日を、厳粛な気持ちでお祝いしたいと思います。
本日諸君を、諸君の学び舎である慶應義塾大学から送り出すにあたり、お話しておきたいと思うことは数限りなくあります。ただ、この場では諸君にどうしても伝えておきたいことを三つだけお話しをしておきます。
その第一は、「理念をもつ」ということであります。ここで私の言う「理念をもつ」ということは、何かのものごとについてできるかぎりの知識、できるかぎりの情報、できるかぎりの想像力、イマジネーションをもって理屈に合った理解をし、合理的な予測をし、ものごとをできるだけ正しく見通すということです。それが私の言う「理念をもつ」ということです。
もちろん「理念」ということばは哲学的にはたいへん難しいことばで、西洋の哲学だけをとりましても、それこそプラトン以来多くの哲学者によって彫琢されてきたたいへん深い概念ですけれども、ここで「理念をもつ」ということは、先程申し上げたように、できるかぎりの正しい見通しをもつということだというふうに理解していただきましょう。
諸君は福澤諭吉先生の建学の精神を受け継ぐ慶應義塾大学を卒業するわけですから、ここでは慶應義塾のことを取り上げてみたいと思います。創立当時の慶應義塾にとって「理念をもつ」ということはどういうことであったか。幕末のあの時代に、知識も情報も極めて限られていたあの鎖国の時代に、列強に抗して日本が世界に発言力をもった国となるためには、国の独立が肝要であり、一国の独立には一身の独立が必要であり、一身の独立には教育が必要である、学問を身につけることが必要である。そういうことを正しく見通していた慶應義塾は、「理念をもっていた」ということです。
諸君は二十世紀の終りにこの慶應義塾大学に入学され、二十一世紀のはじめに卒業するわけです。諸君が少年、少女の時期、そして大学で青春の炎を燃やしたその時代は、例えば、一九八九年にヨーロッパでベルリンの壁が崩壊して、東西ドイツの統合に至りました。その後、ソビエト連邦が解体し、あるいは中東に湾岸戦争が起こり、あるいは東欧、アジアにおいて民族紛争が起こり、さらには昨年アメリカで国際テロ事件が起こり、そして今年はヨーロッパにおいてユーロ通貨圏が発足しました。政治的にはたいへん複雑な多国間の安全保障への模索の時代でありましたし、経済的にはグローバル化の時代でありましたし、そして社会的には多様に開かれた社会への模索の時代であったかと思います。
諸君がこれから社会に巣立ち、あるいは大学院で研鑽をさらに積まれる、活躍を期待される二十一世紀のこれからの時代は、この複雑化、グローバル化、多様化がますます進行する時代であると思います。その時代に向けて卒業する諸君は、現状を正確にとらえ、未来を合理的に予測することが求められます。先の見えにくい時代であるからこそ、諸君には先程申し上げた「理念をもつ」ということが求められるかと思います。
二つ目は、「信念をもつ」ということであります。何かが起こるたびに、あっちに揺れたり、こっちに揺れたり、そういう人間は信頼されませんし、信用されません。揺るがない理念に基づく信念をもった人間を人は信頼し、信用いたします。とくにこれからしばらく続くであろう先の見えにくい、多様な出来事の起こり得る、そういう時代には、「信念をもつ」ことが肝要だと思います。
慶應義塾は今年で百四十四年目を迎える学塾であります。百四十四年の間慶應義塾は、「一身独立して、一国独立す」という理念をもつとともに、その理念を一貫してもち続けてきた、つまり信念をもって百四十四年の間歩んできた学塾であるということを、改めて申し上げておきたいと思います。「独立自尊」ということばのとおりであります。
「独立自尊」ということばは福澤先生が晩年になって使われるようになったことばですけれども、昨年、慶應義塾の卒業生の集まりである連合三田会大会において、これからご祝辞をいただく福澤武さんが、「独立自尊新世紀」ということばを発案されまして、大会のキャッチフレーズとされました。幕末の頃から明治を経て、昨年、そして今年、これからも「一身独立して、一国独立す」というその信念は揺るがないと考えております。
「理念をもつ」こと、「信念をもつ」ことに加えて、三番目は、「勇気をもつ」ということであります。合理的で正しい見通し、理念をもつ、それを一貫してもち続け、信念を貫く姿勢をもち、そしてそのうえで勇気をもつ。つまり、理念と信念を踏まえて、断固としてことをなす志をもつということです。「勇気をもつ」ということは、猪突猛進とは違いますし、また、感情の高ぶるままに行動するということとも違います。「勇気をもつ」ということは私の思うところでは、確実な理念と一貫した信念に基づいて、障害を事前に予測して合理的にその障害を解消してものごとを断行するということです。
せっかくの卒業式ですから、私の心の内を申し上げますけれども、ぜひ理念と信念のもとに勇気をもって、これからの社会に巣立ってほしいと思っています。とりわけ本日この卒業式にご列席をいただいております卒業二十五年の皆様、その皆様からも理念と信念と勇気が、卒業する諸君に伝わっているかと思います。
卒業二十五年の皆様が入学したのは昭和四十八年でしたが入学式がありませんでした。学園紛争のただなかにあって入学式が行われなかったその学年でありました。それはたいへん残念なことでありましたけれども、この卒業式にご出席をいただいて、皆様が培ってきた理念と信念と勇気を、卒業する諸君に伝えていただけるということを信じておりますし、またそれをたいへん嬉しく存じております。
私は、本日卒業式を迎えた諸君が、慶應義塾大学で学ぶ中で、私が申し上げた理念と信念と勇気を、すでに自らつくり出してきたことを信じて疑わないわけであります。ただ、先程から申し上げているように、諸君がこれから巣立つ社会、時代というのは、諸君が思っているよりもおそらくはもっと厳しい時代、厳しい社会であろうと考えられます。諸君がいまから船出をしていくこれからの時代は、諸君を待っていると同時に、諸君の理念と信念と勇気を待ち望んでいます。
福澤先生は生涯において多くの詩を作られました。その頃でありますから漢詩です。その漢詩の中で明治11年に作られたものの中から、一節を引用させていただきたいと思います。その一節というのは、
「人生須有痕(人生須らく痕あるべし)」
ということばであります。船出をして海を走る船の跡に泡が立っていく波の跡、船の航跡がそれぞれの船によって大きかったり小さかったりする、船によってその跡の波の泡立ちというのはいろいろに違ってくるものです。人生にもまた、人それぞれの努力の跡が残るものだという意味です。
私自身このことばが好きで、このことばを頭に思い浮かべるたびに、慶應義塾とともに、理念と信念と勇気をもって、これからの時代、大きな航跡を描いていくことに全力を尽くしたいと考えております。本日を境に新しい人生に船出をする諸君もまた、それぞれ一人ひとりが自分の理念と信念と勇気を培って、二十一世紀の大海原に人生の跡を残す、堂々たる航跡を切り拓いていただきたいと心から願っています。そして、慶應義塾大学を卒業する諸君には、必ずやそういう力が備わっていると信じております。
卒業する諸君の前途に、堂々たる未来が開けますように、また、諸君の前途が幸い多きものでありますように、心からお祈りを申し上げて私の式辞といたします。
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