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林 毅陸

林 毅陸
林 毅陸
1923~1933年
(はやし きろく)
明治5年、長崎県東松浦郡田野村中村清四郎四男として出生。
明治33年5月、香川県の漢学者林滝三郎の養子となる。

明治23年6月慶應義塾に入り、正科を経て同28年12月大学部文学科を卒業、直ちに普通部教員となり、同31年2月普通科主任就任。明治34年2月留学生として渡欧、おもにフランスでヨーロッパ外交史、比較憲法を学び、38年2月帰国後、大学部政治科で教鞭をとり、明治43年4月から大正9年8月までは大学部政治科主任(政治科学長)の任にあった。

大正8年4月法学博士。
大正11年12月慶應義塾理事、翌12年11月から昭和8年11月までの10年間塾長をつとめ、昭和10年4月学事顧問の制が設けられると同時に、それに任じて死去のときまで在任した。
昭和11年1月帝国学士院会員。
他方、明治45年5月から大正12年5月まで香川県選出の衆議院議員として3期当選、大正10年ワシントン会議に出席したことなどもある。
昭和21年6月枢密顧問官に就任。そのほか交詢社理事長、日本放送協会理事等を歴任。

昭和21年10月から同25年5月までは愛知大学学長の任にあった。
昭和25年12月17日死去、享年79歳。号、弘堂。

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